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八話 勇者であるはずの男②

※遅くなって申し訳ありません!!

 塔の中で戦う内に、いくつかの条件が分かってきた。

 例えば、扉の先には必ず敵が存在すること。恐らくではあるが、ゲオル達が行く先々に敵が配置されるようになっているのだろう。そして、その敵を倒せば、次の入口が現れる。が、その入口は一度しか通ることができず、通った後は消滅してしまうのだ。これのせいで、ゲオル達は最初にいた塔の入口の間に戻ることができなくなってしまった。

 完全に敵の陣地の中で進む以外の方法が無くなったゲオル達。しかし、だからこそ、彼らには進む以外の選択肢は存在しておらず、足を止めるつもりもなかった。

 とはいうものの、何事にも休息は必要不可欠。

 故に、一行は進んだ先にあった森で、一時身体を休めることとなった。

 のだが……。


「……何故我が、あの男を呼びにいかなくてはならんのだ」


 時刻は夜。とは言っても、それは夜空が浮かんでいるからであって、実際の外の時間はまた別なのだろう。

 既に森にいた魔術人形は一掃しており、新たな扉も見つけている。後はくぐり抜けるだけの状況だ。

 休息は勿論だが、腹が減ってはなんとやら。取り敢えず、夕食を摂ることとなった一同。そして、ゲオルは一人どこかへ行っているユウヤを呼びに行っていた。

 無論、ゲオルとしては不満だらけの行動だ。しかし、食事を担当しているヘルに言われては返す言葉もない。ならば、ルインが呼びに行けばいい、という話になるのだが、生憎と彼女も食事の準備中。結果、何もしていないゲオルが呼びに行く形となったわけだ。

 この上なく面倒だ、と言わんばかりの表情を浮かべながら、歩いていくゲオル。

 そして、ようやくユウヤを見つけた時。


「七八一ッ……!! 七八二ッ……!!」


 ユウヤは一人、剣の素振りをしていた。真剣を抜き身の状態で、ひと振りひと振り、力を込めているのは、表情から流れている汗の量でよく分かる。


(やはり、剣の鍛練はしていたのか……)


 予想はしていた。というより、そうでなければおかしな話だ。魔王に「剣のど素人」と呼ばれていた男が、普通に剣で戦えていた。その真相は剣の鍛練を積んでいたから、という単純なもの。その予想は既に立てていた。

 だが、ああして剣を振るう姿を見て、もう一度確信する。

 今のユウヤは、剣に対して本気でぶつかっていた。


(いや……剣を上手くなろうとしている、というよりは強くなろうとしている、と言った方がいいか)


 はっきり言って、剣の振り方がなっていない。いや、基本はできているが、それ以上にどこか我武者羅に感じられる。無駄な力の入れ方が多く、正直そこまで巧いとは思えなかった。

 だが、それでも感じる。ユウヤが全力であること。そして、そこに強い意思があること。

 その姿は、あまりにも以前とは違う。


「千ッ……!! はぁ……はぁ……」

「……ようやく終わったか?」

「ぬぁわっ!? って、ああ、ゲオルさんか。びっくりしたぁ……」


 ひと段落したのを確認したゲオルは、ユウヤに話しかける。どうやら相当集中していたようだ。いや、この場合は周りが見えていない、というのが正しいか。


「夕食だ。さっさと来い」

「あ、はいっ。今すぐ……」


 剣を鞘にしまったと同時、言葉が途切れる。

 いや、言葉だけではない。見ると、ユウヤは表情に迷いを浮かべながらその場で静止していた。


「? どうした」

「いえ、えっと……」


 何か言いたげな、けれどあと一歩を踏み出せない。そんな状態のユウヤにゲオルが少々苛立ちを覚えそうになった途端、唐突に頭を深く下げた。


「ゲオルさん。改めて……その、すいませんでしたっ」


 いきなりの謝罪。

 それに対し、ゲオルは驚くことはせず、淡々と問いを投げかける。


「……それは、どういう意味での謝罪だ?」

「色々っす。ここまでの戦いで足でまといになった分もそうですけど、その……おれが記憶をなくす前のことについても含めて」


 前のこと。即ち、ゲオル達との衝突について。

 ゲオルは既にユウヤに対し、一連の出来事について話している。ジグルのこと、ユウヤ達との邂逅、そして戦い。彼が一方的に蹂躙したこと、そしてその理由も含めて全てだ。

 その時も既に彼には謝罪をされたが、今、こうして再び頭を下げられているのは何故か。


「おれ、最初に目覚めた時、全く記憶が無くて混乱してたんです。そんな状態で外に飛び出した時、街の人から怒号を飛ばされました。人でなし、最低野郎、犯罪者って……」

「……、」


 ゲオルは思い出す。そう言えば、勇者達が出発する直前、街の者達と少し揉め事があったと耳にした。つまり、あれは記憶を無くしたユウヤが街に飛び出し、そこで住民たちから非難を浴びた、というのが真相というわけか。


「最初は本当にわけがわからなくて、困惑しっぱなしでした。でも、後から話を聞いて、前のおれがとんでもない奴だったんだって分かりました。んでもって、ゲオルさんの話を聞いた時、改めて思ったんです。自分は本当にロクでなしのクソ野郎だったんだなって。こんな奴が勇者だなんて、本当に笑えないですよね」


 苦笑……というにはあまりにも悲しげな顔。

 人の評価は行動で決まる。

 内面がどうの、実はこういう性格だっただの、そんなもの他人は知ったことではない。人前で常に良いことをしていれば善人と思われ、常に悪行をしていれば悪人と思われる。それが全てだ。

 自分自身が行った非道。それを自分は覚えていないが、周りはしっかりと覚えている。いや、実際にその目で見ていなくても、話を聞けば分かる。

 他人の話を一切聞かず、自分勝手に他人を傷つける。自分の世界だけで生きている男。

 それこそがタツミ・ユウヤという人間なのだと周りの者は思っている。

 ゲオルやゲーゲラの街の人々、そして恐らくはユウヤ自身も。


「許して欲しい、なんて都合のいいことも言いません。ただ、もう一度謝っておかないとと思って……勿論、謝って済むだなんてことも考えていませんけど……」

「それが分かっているのなら、謝罪の言葉など口にするな。今の貴様は記憶がない。自分が何をやったのか、正しく理解できていない。やったかもしれない。そうかもしれないという漠然とした状態で謝罪されても、こっちとしては不愉快以外の何物でもない。謝罪するなら、全てを思い出してからにしろ」


 ゲオルが今、感じているのはそれだった。

 自分は覚えていないけど、悪いことをしたのはわかってる。だから謝る……などというのははっきり言って謝罪ではなく、ある種の挑発に近い行為だ。

 無論、ユウヤにそんなつもりがないのは分かるし、彼が本気で悪いと思っているのは理解できる。だが、納得はできない。


「そう、ですよね……今のおれには謝罪する権利すらない。本当に、おれ、何も持ってないんですよね……」


 乾いた声で、そんな言葉を口にする。

 記憶を無くし、聖剣も使用不可。今の彼は、勇者という肩書きすら、ほぼないに等しい。

 己の在り方全てを欠けた男。それが、今のユウヤなのだろう。

 そのことに対して、同情はしない。そんな余地など微塵もない。彼がしたこを考えれば当然であり、むしろ相応の報いであるとさえ思える。

 しかし、だ。ゲオルは何故か、ユウヤに対し、問いを投げかけてしまう。


「……貴様、いつから剣の鍛練をしている?」

「いつからか、っすか、それは……ええと、記憶を無くした後からっすけど……」

「それは何故だ?」

「何故って……俺、一応勇者で、戦わなくちゃいけないし、何より……」


 気恥かしそうに頬を赤らめるユウヤ。そんな彼にムッとなりつつ「何だ」とゲオルは追求した。


「わ、笑わないでくださいね……その……ルイン達を守りたいから」

「守る? 貴様が? あの連中を?」


 疑問形になるのも当たり前のことだろう。

 今のユウヤは剣が多少使える。だが、それは使えるという意味であり、強いという意味では決してない。それこそ、自分の身を守るので精一杯だろう。

 そんな人間が、誰かを守る……おかしな話とは言わないが、正直なところ、説得力はない。


「だ、だって男のおれが女の子達に守られるのって、やっぱ格好が悪いし、嫌だっていうか……何か、役に立ちたいっていうか……」


 ギュッと握り拳を作りながら、ユウヤは続ける。


「……おれ、記憶を無くしてから三人に迷惑ばっかりかけちゃって。おれのせいで、傷ついたことだって何度もある。だから、自分の身は自分で守れるようにしたいし、何よりこんな自分についてきてくれる仲間を守りたいって思ったんす」

「…………阿呆らしい」


 ユウヤの言葉をゲオルはばっさりと切り捨てた。


「本当に誰かを守ろうとしているのなら、もう少しマシな剣の振り方をしろ。素人の我でも、貴様の剣の振り方に無駄が多いのが丸分かりだ」

「うっ」

「それに戦い方もなってない。無闇やたらに突っ込んでいって勝てる相手などいるわけがなかろうが。もっと周りをみろ」

「ううっ」

「格好が悪いだとか、守りたいなどと口にするのはそういう諸々をどうにかしてからにしろ。今の状況で貴様が役に立てることは一つもないのだから」

「ぐぁっ!? 全部事実だから言い返せない……っ!!」

「だが」


 言いながら、ゲオルは間をあけた。

 誰かを守りたい。

 そんな言葉を、この男から聞くとは思わなかった。

 ゲオルは今でも覚えている。ジグルを冷遇し、あまつさえ追い出したこと。ゲーゲラの街で助けを求めていた人々の声を無視したこと。そして、自分の目の前であの老人を刺したこと。

 そのことを忘れることは一生ないし、忘れるつもりも毛頭ない。

 タツミ・ユウヤは最低最悪の男。その評価は絶対だ。

 だが、それでも、目の前にいる男の言葉に嘘は感じられない。

 自らが弱いことを自覚しながら、仲間を守ろうとする意思は確かにあるように思えた。事実、その戦いも目にした。

 だから。


「……だが、少なくとも、この数ヵ月の貴様はどんな経緯であれ、強くあろうとしてきた。それは見れば分かる。そして、以前の貴様では絶対に考えられないことだ。故に、今の貴様は……前よりはマシであるのは認めてやろう」


 今までのユウヤがやったことは変わらないし、これから記憶を取り戻したユウヤがどうなるかは分からない。

 だが、少なくとも、今、ここにいる男は、弱いながらも懸命に何かを成し遂げようとしているように思えた。

 それは事実であり、認めなければならないことだ。


「そら。さっさと行くぞ、小僧。遅くなると、またあの似非聖女にうるさく言われるぞ」

「……はいっ」


 返事をしながら、ユウヤはゲオルの後ろについてく。

 その姿にどこか奇妙なものを感じていたが、生憎とゲオルの辞書にそれが何なのか表現できる言葉はなかった。

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