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九話 魔毒の森①

 早朝。ゲオルとエレナはニコの家を出た。

 もう少しゆっくりしていけばいいのに、というニコの言葉にけれどもエレナは首を横に振った。彼女からしてみれば、期限があり、時間は刻々と過ぎ去っていく。ただでさえ少ない手がかりを探しに行くのだから、行動は早めにしたいということらしい。

 ニコと母親に見送られながら、ゲオル達はゲーゲラ北部を出て森へと向かった。

 その道中、ゲオルは昨日の話を全てエレナに話した。後から何故言わなかったのか、と問われるのも面倒であったし、なによりエレナの反応を見たかった。

 森にいるであろう『六体の怪物』、北部に広がる魔毒、それを討伐しようとしない勇者、探しに行った北部の連中とその末路……そしてニコの父親についてもだ。

 普通の人間なら、話を聞いただけでも森に行くのは止めるだろう。通常の魔物でも危険だというのに、魔王が作ったとされる『六体の怪物』がいるとなると、それはもう死地に向かうようなもの。実際、何人もの被害がでているのだ。怖いと思うのが普通であり、躊躇するのが当然だ。

 ここで止まっても誰も彼女を責めはしない。ここで放り出しても誰も彼女を罵りはしない。

 だというのに。


「すみません……それでも、行きたいです」


 盲目の少女の決意は一切ブレていなかった。


「……正気か、貴様。ワレの話を聞いていなかったのか? それとも無知なのか?」

「わかっている……つもりです。『六体の怪物』が普通の魔物じゃないってことは、重々承知です。今まで以上に死ぬかもしれないというのも理解しています。でも……それでも、こんなところで諦めるなんてことはしたくないんです。何もしないまま終わりたくないんです」


 こちらを見上げるその顔に迷いはなかった。

 怖いのだろう。恐れているのだろう。彼女は所詮、ただの目の見えない少女。剣も使えず、魔術も使えない、どこにでもいる少女。

 けれども、彼女の顔は諦めないと告げていた。


「ゲオルさんには、迷惑をかけるのは申し訳ないと思ってますが……」

「阿呆が。自覚があるのなら、それなりの態度を取れ」

「すみません……」

「まぁ―――それでも、貴様は止まらんだろうがな」


 エレナと旅を初めて一ヶ月も経っていない。けれども、彼女の性格というのが嫌という程分かっていたゲオルは最早それ以上の無粋な言葉を告げなかった。なにより、彼女が選んだ道だ。ならば部外者が口を挟む余地などない。

 こうして、ゲオルとエレナの二人は、森へと向かったのだった。


 *


 森には半日程度で到着した。

 流石にここまで来れば、魔毒の濃度もかなり濃いものになっており、実際、目に見える程のものになっていた。普通の霧とは変わらないそれは、しかして毒を含んでおり、実際、エレナは呼吸をする度にどこか辛そうだった。

 そんな彼女に、ゲオルは一枚の布を差し出した。


「これは……?」

「魔除菌の布だ。これで口と鼻を隠すように巻いていろ。魔毒はもちろん、人心を惑わす香や痺れの香、眠りの粉といった魔力を帯びた外的要素を受けつけないようにする」

「ありがとうございます……でも、いいんですか? ゲオルさんはしなくても」

「問題ない。前にも言ったが、この身体はワレが造った人工体。こういった魔術的要素を受けないよう、あらかじめ手を加えている。貴様が心配するようなことではない」


 元々長く生きることを前提として作られたものだ。故に病気や厳しい環境下でも活動可能なように仕掛けは施している。

 エレナは言われたように布で鼻と口を覆うと周りを見渡した。


「それにしても、静かですね……動物の気配が全くしません」

「当然だ。これだけ濃い魔毒の霧が出ているということは、ここ一帯の普通の動物は死んでいるはずだ。いるとすれば魔物くらいだろう。魔毒は魔物には効果がないからな」


 とは言うものの、その魔物すら姿が見えない。今は眠っているのか、それとも『六体の怪物』に全滅させられたのか……いずれにしろ、この状態が異常であることは確かだ。


「にしても、『六体の怪物』とは、また面倒なものがきたものだ」

「ゲオルさんは『六体の怪物』については詳しんですか?」

「それなりにな。貴様はどうなんだ」

「実はあんまり……。知ってることと言えば、魔王が造ったとされる怪物で、数は六体。そのどれもが凶暴且つ強力で前の勇者達も多くの犠牲を出したとか……あとは、それぞれの身体が一色であることですかね」

「ふん。何だつまらん。そこまで知っているのではないか」


 エレナが口にしたものは、御伽噺として語られてきたものだ。そして、その通りであることをゲオルは知っていた。


「貴様が言っていることは大体合っている。ワレが元の姿でいた時もそのような噂が流れていたからな。興味が湧いて見に行ったこともある」

「…………、」

「何だ、その見るからに絶句と言わんばかりな顔は」

「いえ……何でも」


 そうは言うものの、彼女は心の中で確かに絶句していた。ありえないことを口にしているが、嘘を言っているようには見えない。というか、そもそもこの男が数百年生きていることをそこで思い出した。

 しかし、ということは、だ。


「ゲオルさんは、以前の勇者がいた頃から生きていたんですか?」

「無論だ。とは言え会ったことはないがな。ワレは魔術の研究に没頭していたからな。世俗が勇者だ魔王だと騒いでいたが、全くもって興味がなかった」

「でも、『六体の怪物』には興味があった、と」

「その内部構造がどのようになっているのか、知りたかったからな。魔物の内臓や唾液、牙や爪などから薬や魔術道具を作れたりすることができる。故にその上位互換である『六体の怪物』からはどんなものができるのか、魔術師として知りたいと思うのは当たり前だ」


 さも当然の如く語るゲオル。その声はまるで普通の事を口にしているかのようだが、エレナからしてみれば、少し引くどころの騒ぎではない。


「それで、結果は?」

「うむ、それがな。ワレが噂を聞きつけ、探しに行った時には既に全ての怪物が勇者によって倒されていた。その遺体は焼却されており、研究に使えるものは何一つとして得ることができなかった。全くもって不愉快極まりない結果だった」


 今でもゲオルは思い出せる。わざわざ遠い場所に赴いたというのに尽く「怪物は勇者様が倒してくれた」という言葉を聞き、徒労に終わったことを悔やんだあの日々を。ほとんどの者が怪物がいなくなったことを喜ぶ中で悔しがるなどおかしな話ではあるが。


「けれど、妙なこともあってな。せめて怪物の特徴を知ろうとして村人等に話を聞こうとしたんだが……誰一人として怪物の姿を見た者はいなかった」

「誰一人、ですか?」

「ああ。自分達の脅威になっていたはずの正体を誰も知らなかったのだ。おかしな話だ。まぁ遭遇した者は誰一人として生き残れなかった、ということなのだろうがな。けれど、もっともおかしかったのは、遭遇し、殺したはずの勇者がその特徴を曖昧なまま伝えたことだ。強力であり脅威であり全身が単色である……姿形はどうなっているのか、習性はどうなっているのか、弱点は何なのか……そんなものが一切知られていない。おかげで一時は勇者は『六体の魔物』を倒してないんじゃないかって噂もあったものだ」


 けれど、その噂は魔王が倒され、各地の魔物が沈静化したと同じ時に段々と無くなっていった。勇者が倒したかどうか云々はさておき、実際に被害がでなくなったのは事実なのだから、それ以上掘り下げようとする輩は誰もいなかった、というわけだ。

 エレナは「そうですか……」と呟くも、そこであることに気がつく。


「あの……色々と話してくれるのはありがたいんですけど、結局ゲオルさんも『六体の怪物』についてはそんなに知らないってことなんですね?」

「…………さて、ワレの屋敷はまだまだ先だ。急いでいくとしよう」

「あっ、また誤魔化した。もう……知らないなら知らないで、正直に言ってもいいんですよ? 誰も笑いませんから。っというか知ったかを気取るほうがよっぽど恥ずかしい思いをしますよ」

「それは馬鹿にする前提での言葉に聞こえるのだが? それと、知ったかとは何だ。これでも一体だけなら姿を見たことがある。ジグル・フリドーの記憶でちらりとだが」

「そうなんですか? ちなみにどんな?」

「緑のシュバインと言ってだな。その名の通り、全身緑色の巨大な豚だった」

「…………すみません、ちょっと吐き気が」


 エレナの気持ちは少しだけだが分かる。魔術師として様々なゲテモノをその目にしてきたゲオルだったが、それでも全身が緑色の巨大な豚が目の前にいるとすれば、口を押さえたくなる。実際、勇者一行のほとんどが引きつった顔をしながら戦っていた。ただ、ジグル・フリドーだけは倒すべき敵として何の抵抗もなく剣を振るっていた。

 うん、やはりどこかおかしいぞ、ジグル・フリドー。

 もしかすれば、あの勇者と一緒にいて精神を鍛えられたせいなのか、それともボロボロにされてもはやそういった感性を失ったのか……どちらにしろ、苦労したのが窺える。


「いつまで口を抑えている。想像して気味が悪いと思うのは分からんこともないが……」

「いえ……そう、じゃなくてですね……何というか、本当に気分が悪くて……」


 言われてゲオルはまゆをひそめた。


「魔毒を多く吸ったか? いや、それにしてもそうなる前にその布を渡したのだが……」

「えーっと……多分、違います。魔毒のせいじゃないと思います。これは、その、何というか……」

「? 何だ、はっきりしろ」


 歯切れの悪い物言いにゲオルは問い詰めるかの如く言い放つ。

 そして、エレナはというと、言いにくそうに言葉を続けた。


「あのですね……さっきから下が妙なんですよ」

「下……? 地面のことか?」

「はい。私たちの真下の地面、もっというと地面のさらに下が動いているように感じるんです。まるで大地そのものが動いているのに、自分達はその動きとは全く関係なく進んでいる……その感覚のせいで少し頭がくらくらして……」


 下、地面の中、動いている。

 その単語一つ一つは意味が分からない。

 だが、それらをつなぎ合わせ、さらには事前に掴んでいる情報を加え、整理する。

 森に行った者達は突然姿が消えたこと、この森には『六体の怪物』がいるということ、そしてその姿を誰も見ていないということ。

 その全てを踏まえた上で出される結論。


「―――っ!! 小娘、ワレに掴まれ!!」


 え? とエレナが素っ頓狂な声を出した次の瞬間。

 地面から彼らを襲う無数の白い牙がその姿を現したのだった。

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