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七話 勇者であるはずの男①

 思いもしなかった勇者との邂逅。

 それだけでも有り得ない事態だというのに、ゲオルは今、勇者達と共闘関係になっていた。

 その理由は、ゲオルが口にしたように、現状の把握、そして打破。それには人手が多いことに越したことはない。

 ……というのは、無論建前。本音のところは、共闘どころか、一緒にいることすら拒否したかった。

 だが、嫌悪を感じている一方で、不思議な点、というか引っかかることがいくつかあったのだ。記憶喪失、それに伴う性格の変化等。

 そして、共に行動することによって、疑問はさらに増えていくことになる。


「りゃああああっ!!」


 ユウヤの剣が、人形に向かって放たれる。

 しかし、それをあざ笑うかのように、人形の外殻は剣を弾き飛ばし、そのまま蹴りが放たれた。


「がっ……!?」


 人形の一撃をモロにくらったユウヤはそのまま呆気なく吹っ飛ばされた。

 だが、それでいい。

 ユウヤに攻撃を仕掛けたことで、人形はユウヤに視線を向けている。云わば、他のことを軽視している形だ。

 そして、そんな絶好な隙をゲオル達は見逃さない。


「はっ!!」


 すかさず、間合いに入ったヘルが、人形の足下を払い、体勢を崩す。バランスを失った人形は、しかしそのまま地面に倒れることはない。倒れそうになり宙に浮くその一瞬にヘルによって腕を掴まれ、そのまま背負投の要領で、十数メートル先まで投げ飛ばされる。

 そして、その先には腰を少し下げ、拳を握るゲオルが立っていた。


「ふんっ!!」


 刹那、強烈な一撃が、人形の顔面に突き刺さり、頭部は一瞬にして吹き飛んだ。

 流石の人形も頭部を失えばただでは済まない。ゲオルの一撃が放たれた後、人形の身体はぎこちない動きをしながら、ゆっくりと泥になって朽ちていった。


「これで、五十七体目か」


 ゲオル達が塔の中を探索し始めて、既におおよそ半日が過ぎようとしていた。とはいいつつも、それは正確な時間ではない。

 この塔の中は扉を一つ開けば、全く別の場所に移動してしまう。例えば、喫茶店の扉を開いたかと思えば王宮のど真ん中に出てきたり、洞窟に隠されていた扉を開けば、氷山の山頂に出たりなど。当然、どこの場所も天気や時間帯はバラバラ。昼か夜かなども不定期であり、何時間経ったのかというのは、完全にゲオルの勘のようなものだ。そして、ゲオル達が行く所々で必ずと言っていいほど魔術人形が襲いかかってきた。しかも、一体ではなく複数体。しかし、それは返って魔術人形を探す手間が省けたということでもあり、ゲオル達にとっても悪いことではなかった。


「ユウヤ様っ!!」


 後方にいたルインが、吹き飛ばされたユウヤの下へと駆けつける。そして、自らの神器である『聖書』を開いた。


「【全智の神に乞い願う 天の光を輝かせ 癒しの祝福を贈り給え】」


 聖職者のみが使うことができる『祈願』。それを大幅に補助する『聖書』の力によって、ユウヤの傷は立ち所に治っていった。


「大丈夫ですか、ユウヤ様」

「いててて……ああ、ありがとう、ルイン」


 苦笑するユウヤにルインは安堵の息を吐く。

 それを見ていたゲオルは確信する。

 ここまでの戦いの中で、ルインは回復や治癒といった能力を使ってきた。いや、実際のところはそれしか使えない、というところか。言ってしまえば、彼女は回復支援専門なのだのだろう。そもそも、『祈願』という能力そのものが、そういう類のものがほとんどだったはず。そして、『聖書』はそれを強化、補助する力を持っている、と見るべきか。

 と、そこでゲオルはふと言葉を漏らす。


「その様子だと、貴様本当に『聖剣』が使えないらしいな」


 ゲオルの何気ない一言に、ルインはキッと睨みつけながら、振り向く。


「……わたし達の言葉を信じていなかったのですか?」

「無論だ。むしろ、信じてもらえると思っていたのか?」


 ルインの視線を、しかしゲオルは意に介さず、答えた。

 ここまでの道中で互いに情報交換は済ませてある。ユウヤ達がここに入ったのが、数日前であること。彼らが今まで『六体の怪物』がいるかもしれない場所に行ったが全て空振りに終わったこと。そんな折、ここの噂を聞きつけてやってきたこと等。

 その中でもユウヤが『聖剣』を使えなくなったというのは、何とも皮肉なものだと言わざるを得ないだろう。

『聖剣』。それに選ばれたことによって、タツミ・ユウヤは異世界人でありながら、勇者になることができた。そして、それに選ばれなかったことによって、ジグル・フリドーは自らの夢を潰された。いいや、彼だけではない。『聖剣』に選ばれるかどうか。たったそれだけのことで、多くの人間の人生が振り回されたことだろう。

 そして、その『聖剣』に選ばれたはずの男が、今では使えなくなっているという。

 これを滑稽と言わず、何といおうか。むしろ、話を聞いたゲオルは最初、本当に信じられなかったのだから。


「しかしまぁ、確かにソレが使えていれば、そもそも貴様が我に協力を申し込むことなどしないか。『聖剣』の技が使えれば、少なくとも人形一体に後れをとることはないだろうしな」

「聖剣の技、ですか。一体どんなものなので?」

「何、魔力を光として放つ、単純な技だ。だが、確かに複数の敵をなぎ払うには便利な技だったな。恐らく、一撃でそこらの魔物を百は消し飛ばせるだろうな」


 ヘルの言葉に答えながら、ゲオルはかつて見た『聖剣』の光を思い出す。あの一撃は、確かに尋常ならざるものであり、人はおろか、魔物ですらただでは済まない代物だ。もしも、ここで使うことができたのなら、もっと簡単に人形を排除できるだろう。

 ……まぁ、その一撃をゲオルは拳で相殺したのだが。


「マジっすか……話には聞いてたんすけど、そんなに凄い技、おれ使えてたんだ……」


 信じられないと言わんばかりに『聖剣』を見つめながら、ユウヤは呟く。が、そんな彼の姿を見て、ルインはどこかムッとした表情を浮かべた。


「ユウヤ様。今更何を言っているのですか。『聖剣』については、以前にもお話したはずです」

「いや、そうなんだけどさ。こう、他の人から話を聞くと信憑性が増した感じがあってさ」


 その言葉に悪意は一切感じられない。

 だが、いいやだからこそ、ルインの表情はますます険しいものになった。


「……それはつまり、わたしの話だけでは信用ならなかったということですか?」

「や、違う。違うからな? そういう意味じゃないからね?」

「でも、あの男の話を聞いて信憑性が増したのは事実なのでしょう? それはつまり、わたしよりもあの男の方が信用できると言っているようなものじゃないですか」

「おおう、そう捉えられたか……いや、今のは言葉の綾っていうか、ルインの話を信じていなかったわけじゃ……って、何でそんな怒ってるの?」

「怒ってる? いいえ怒ってません。全く。ええ。全く、これっぽっちも怒っていませんとも。ユウヤ様がわたしより、あんな上から目線の自己中男の方が信用できると思われてても、わたしが怒る理由などどこにもありませんから。ええ」

「いや、それ完全に怒ってる人の口調ですよねっ!? 何か知らないけど、ごめんなさい!!」

「別に謝罪を求めているわけではありません。ただ一つ言わせてもらいますが、謝罪するのなら相手が怒っている理由をちゃんと理解してからして下さい。何か知らないとか言われると、余計に腹が立ちます。いいですね?」

「は、はい……って、やっぱ怒ってるじゃないか……」

「揚げ足を取らないっ。大体、前々から言っていますが、ユウヤ様は―――」


 苛立ちながら、説教を始めるルイン。そして、その原因が何かが分からないユウヤは慌てふためきながら、弁明の言葉を続ける。


「……、」


 その様子を見ながら、ゲオルは思う。

 本当に記憶がないのか、と。

 態度や口調云々もそうだが、先程までの戦いでそれは確信へと変わった。


(魔王の話だと、奴は剣の腕は素人だと言っていたが……)


 剣に関しては、ゲオルも専門外だ。しかし、そんなゲオルから見ても、ユウヤの剣が素人のものではないというのは分かる。いや、別段玄人というわけでもない。はっきり言って、ジグルなどに比べれば、天と地程の差はある。が、それでも剣の握り方や振り方、足腰の入り方などを見れば、ある程度は剣を使ったことがある者の動きだというのは分かった。

 恐らくだが、ここに至るまでに剣の修練を積んできたのだろう。ゲオルが驚いているのはそこだ。あの聖剣の力にしか頼ってこなかった男が、剣の修練を積んでいた。この事実からも、ユウヤの人となりが変わったのは言うまでもない。


「ゲオルさん? どうかなさいました?」

「……何、少し……いや、かなり呆れているだけだ」


 未だ謝り続けるユウヤの姿を見ながら、ゲオルは呟く。

 本当に変わった。別人としか思えない。

 あれが演技である、という可能性はもうほぼ零に近い。もしも演技だとするのなら、それこそ玄人以上の代物だ。

 しかし、だとするのなら、もう一つの疑問が生まれてしまうのだが……それは今は置いておく。


(取り敢えず、もう少し様子を見てみる、か……)


 何が原因であるにしろ、今できることは観察のみ。最優先事項は、魔術人形を倒し、ここから脱出すること。加えて、『六体の怪物』の居場所を聞き出す。

 それを念入りに理解しながら、未だに説教をし続けるルイン達に対し、ゲオルは割って入った。

 ……その後、下らない些細なきっかけによって、ルインとゲオルの子供のような言い争いが始まり、二人を止めようとしてユウヤが苦労し、それを見ながらヘルが笑っていたことは、言うまでもないだろう。

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