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六話 白砂漠の塔⑥

 ぐにゃり、と地面が歪み、人影が出現する。

 そこから出て来たのは顔を右半分、仮面で覆った男。紺色の髪に、やつれた顔。年齢は三十代前半といったところか。しかし、今回の場合、見た目で歳を判断するのは無意味に近いだろう。いや、年齢だけではない。目の前の男から感じるのは異質そのものだった。


「貴様は……」

「でやがったな、半分仮面野郎!!」

「これはこれは勇者殿。相変わらずのようで何より」


 ユウヤの言葉に、失笑気味の笑みを零しながら、男は呟く。


「……何をしにきたんですか?」


 一方でルインは顔をしかめっ面にしながら男に問いを投げかけた。

 どうやらユウヤとルインは男と面識があるらしく、そして二人は男に対してあまり良い印象を持っていないのは明らかだった。


「様子見、ですよ。ワタシの人形がようやく倒されたようなのでねぇ。それに、何やら余計なものまで入りこんだようですし」


 言うと男はゲオル達に向けて、一礼をした。


「初めまして。ワタシはエドと申す者です。以後、お見知りおきを。それで早速なのですが、貴方がたは、一体何者なのでしょうか?」

「それを貴様に言う必要があると思うか?」


 即答するゲオル。

 それに対し、エドはうんうんと首を縦に振りながら、続けて言う。


「確かに確かに。必要性は一切ありませんねぇ。しかし、そうするとこちらとしては、少々まずい状況になるのですが……まぁいいでしょう。入ってきたのなら仕方ありません。貴方がたにもワタシのゲームに参加してもらいましょう」

「ゲーム、だと?」

「はい。なに、別に大したことではありません。この塔の中にいる人形を全て倒すこと。それだけです。ほら、簡単なことでしょう?」


 それはまるで挑発するかのような言葉。いいや、ような、ではなく確実に挑発している。その態度や口調は一見、丁寧ではあるものの、その奥底にはこちらを馬鹿にしているものを感じられた。

 気に入らない、とゲオルが思うのは当然の結果と言えるだろう。

 いいや、それ以前に。


「それに我らが参加する理由はどこにある?」

「ありませんねぇ。ええ、ありませんとも。元々、これはワタシと勇者達のゲーム。貴方がたは一切関係がない。けれど、貴方がたはここに入ってきてしまった。ワタシが入口を閉ざしていたというのに、無理やり壊して。まさに不法侵入。こちらの領域に入ってきたのは貴方がただ。ならば、これくらいの罰は当然だとは思いませんか?」


 その言い分は確かに間違っていない。ゲオル達がしたことは、どう言い繕うとも不法侵入以外の何者でもない。無理やり壁に穴を開けて中に入ったのだ。文句を言われても仕方のないことなのだろう。


「それに貴方も分かっているはずだ。この塔は外からよりも中からの攻撃に強い。外からやってきた時と同じ要領で中から出ることはできない、と」


 それもまた事実だった。ゲオルが最初に予測したように、ここは外敵から身を守るための場所ではなく、中に閉じ込めた者を逃さないようにするための場所。故に、先程と同じく、魔力の流れを見て、脆い場所に一撃を加えて脱出、というわけにはいかないのだ。


「まぁ、そういうことです。諦めてワタシのゲームに付き合ってください。それに、絶対に生きて出られない、というわけではありません。何せ、貴方がたは既に人形の内、一体を倒しているのですから」


 エドの言葉に、ゲオルは少々違和感を覚えた。

 自分の人形を倒されたというのに、目の前の男は焦りを一切見せない。余裕、というより関心がないような雰囲気だった。

 そのことを疑問に思いながらも、ゲオルが口にしたのは別の言葉。


「一つ答えろ。ここに、『六体の怪物』はいるのか?」


 自分達がここに来た目的の存在。その所在を尋ねる言葉に、エドはどこか驚いていた。


「これはこれは。また妙なことを聞くのですねぇ。まさか、勇者一行以外にその質問をされるとは、思いもしませんでした……残念ながら、ここには『六体の怪物』はいませんよ。そもそも、それはここに勇者一行を誘い出すため、わざと流した噂ですから」


 その言葉に、ゲオルはやはり、と心の中で呟く。話の流れから察することはできたが、どうやら彼は勇者達をここに閉じ込めておくのが目的だったらしい。そして、そのために『六体の怪物』の噂を流し、誘い出した。その結果はご覧の通り、というわけだ。


「とはいうものの、貴方がたの行動が全くの無駄というわけではありません。確かに、ここには『六体の怪物』はいませんが、しかしながらその居場所なら知っていますよ」


 意外な一言。

 しかし、ゲオルは目を細めながら、言葉を返す。


「それが、本当だという確証はどこにある?」

「どこにも。ええ、どこにもありません。なので、信じてもらう以外ありませんねぇ。まぁ、どの道貴方がたがここから出るには人形を倒す他ない。そしてもし、それができた時は必ず『六体の怪物』の居場所をお教えしましょう」


 その言葉が嘘か本当なのか……今のゲオルには分からない。結界のせいで感覚が鈍っているせいか、それとも目の前の男が感情を隠すのが相当巧いのか。それすら、現状では判別がつかなかった。

 そして、ならばこそ、やるべきことは一つしかない。


「……いいだろう。乗ってやる。ただし、もう一つ答えろ。貴様の目的は何だ?」


 エドがここに勇者達を閉じ込めているのは分かった。そのために、わざと嘘の噂を流したのも、そして中から出られなくなる仕様にしたのも理解できた。

 だが、その目的は一体何なのか。

 ゲオルの問いに、エドは不敵な笑みを浮かべながら、答える。


「それはお教えできませんねぇ。ただ、言えることがあるとすれば、貴方がたには一切関係のないこと。それだけは保証しましょう」


 嘘か真か。やはり、判別はつかなかった。

 もしも、この場にエレナがいれば、あるいは何かに気づいたかもしれないが、しかし彼女はここにはいない。

 苛立つゲオル。そんな彼の前に出るかのように、ユウヤがエドに向かって言い放つ。


「ちょっと待て。メリサ達は無事なのか!?」


 仲間の安否を確認したい男の言葉に、エドはため息を吐きながら返した。


「それくらい自分で確認してください……と言いたいところですが、まぁいいでしょう。ええ。無事ですとも。少なくとも、今は、ねぇ」


 意味深な言葉に、ユウヤはぎゅっと拳を握る。

 それしか、今の彼にできることはないと自覚しているのだろう。


「彼女達を助けたければ、一刻も早く残りの人形を倒すことです。ちなみに、残りの人形は、あと四九九体です」

「よんひゃ……あんなのがあと、そんなにいるのか!?」


 驚くユウヤ。しかし、それが当然の反応と言えるだろう。

 あの魔術人形は本来、上級の魔物と同等かそれ以上の存在だ。それが約五百体もいるとすれば、普通の人間は無論、実力のある者ですら、逃げ出したくなるのが普通だ。

 だがしかし、ここには普通でない男が一人いた。


「なるほど。確かに、そこまで難しい話ではないな」


 言うと、エドはゲオルに向かって視線を向ける。驚くでも嫌悪するでもなく、ただ見定めるかのような、そんな目だ。


「面白いですねぇ。ええ、ええ面白いです。その言葉が虚勢なのか、それともただの無知ゆえのものなのか。見極めさせてもらいましょう」


 言い終わると同時、エドの身体は泥となり、一瞬にして崩れ落ちた。


(やはり、遠隔操作の魔術か)


 泥を使用した遠隔操作系の魔術。あの余裕な態度は攻撃されても問題がないからこそのものだったというわけだ。そもそも、こんな場所を作る者が、何の対策もせず自分達の目の前に現れるわけがない。


「……どうやら、また妙なことに巻き込まれたようだな」

「ええ。とは言いましても、今回ばかりはわたくし達の自業自得と言われても仕方ありません。あの方が仰ったように、わたくし達はここに無理やり入ってきたのですから」


 その点については、否定しない。というか、できない。

 元々、入口は無かった。それを無理にこじ開け入ったのはゲオルだ。向こうはこちらに敵意を持っていなかったのにもかかわらず、わざわざ火をつけたのは、間違いなくゲオルの責任だ。


「……我の失態、か」

「いいえ。そんなことはありませんわ。わたくしもここに来ることは同意しました。失態というのなら、それはわたくしもです。それに、全くの無駄というわけではありません。本当かどうかは定かではありませんが、『六体の怪物』についての情報を得られる可能性はあるのですから」


 そうだ。可能性は少なくとも、『六体の怪物』の情報を掴む機会を得たことには変わりない。無論、それら全てが法螺であることも考えられるが、しかし可能性があるだけ、今までよりはマシと考えられる。

 ならば、さっさと他の人形を倒さなければ。

 などと考えていると。


「あ、あのぉ……ちょっといいっすか?」


 不意に、ユウヤが片手を挙げながら、恐る恐るゲオルに向かって言う。


「何だ」

「いや、その、お二人はこれからどうするつもりで?」

「当然、奴が言っていた人形を叩く」

「それしか、ここから出る方法がありませんしね。それに、人形を全て倒せば、わたくし達の知りたいことも聞けるようですし」


 無論、エドが提示してきたこと以外にもここから抜け出せる方法があるかもしれない。だが、その場合だと『六体の怪物』に関しての情報は一切得られなくなってしまう。

 ならば、今は取り敢えず、相手の策に乗っかる以外、方法はないのだ。


「だったから、その……こんなことをいうのは図々しいっていうのは承知してるんだけど……よかったら、おれ達と一緒に行動しないか? というか、一緒に行動させてください、お願いします、この通り!」

「ユウヤ様っ!! 何を言い出すんですか!!」


 唐突の申し出に意義を唱えたのは、ゲオルではなく、ルインだった。


「いや、だってこの人達、滅茶苦茶頼りになるし、少なくともおれよりも強い。今はメリサやアンナとはぐれちまってるし、人数は多い方がいいと思うし。っていうか、現状、おれとルインだけじゃ、あの人形を倒すことはできないし……」

「それは、そうですが……しかし、だからと言ってこの男に頼るなど……」

「それにおれはまだ、この人から話を聞けてない。おれが、この人に一体何をしたのか。しちまったのか。それだけでも聞かないと、ダメなんだ」


 それはまるで、自分に言い聞かせるような口調。

 ユウヤの言葉、一つひとつが以前出会った時には考えられないものばかり。記憶が無くなっているというより、本当に別人かと思ってしまうほどだ。

 だが、いくら記憶が消えていても、彼がやったことが無くなることはない。


「……我が手を貸すと本気で思っているのか?」

「えーっと……そう言われると、自信がなくなるっていうか、そもそも自信がないっていうか、ダメもとみたいな感じというか……」


 以前とは真反対な弱気な態度。そこに前とは別の意味で少々苛立ちを覚えてしまう。

 しかし、だ。記憶がない男に何を言ってもどうしようもない。覚えていないのだ。説教だろうが、怒りをぶつけようが、それは無意味でしかない。そして、現状は個人的な感情に流されるべき状態ではない。

 今、やるべきことは人形を倒し、ここから脱出すること。そして、人手は多い方がいいし、情報も聞いておきたい。

 それらを考慮し、ゲオルが出した答えは。


「……いいだろう。甚だ遺憾ではあるが、貴様に手を貸してやる」

「ほ、本当っすか!! ありがとうございます!」

「おい、こら貴様、勝手に人の手を握るな、そして揺さぶるな!! ええい、鬱陶しい!!」


 両手で握手してくるユウヤにゲオルは思わず叫んだ。だが、ユウヤの方はというと、どこか嬉しそうな表情を浮かべていた。

 一方で。


「……、」


 そんな二人の姿を、ルインは無言で睨みつけるかのように見ていたのだった。

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