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五話 白砂漠の塔⑤

 予想的中。

 ここまでの会話の中で、不自然だったユウヤの言動も、全て納得がいくものとなる。あれだけボロボロの状態にしたというのに、恐怖どころか、怒りすら見せなかったのは、そもそもそんな記憶が彼にはなかったためだ。人が変わったような性格も、記憶喪失ではそんなに珍しいことではないとゲオルも知っている。

 だが、その上で。 


「……そんなふざけたことが通用すると、本気で思っているのか?」


 それは、ユウヤが記憶喪失になったということへの疑念ではない。

 彼が記憶喪失になってしまった、その事実に対しての怒りだ。

 ジグルへの仕打ちやゲーゲラの街でのことを鑑みれば、ユウヤのやったことは到底許されるものではない。だというのに、彼はその非道すら忘れているという。それはまるで、そんなことはなかったかと言わんばかりに。

 ふざけるな。

 声にはしなかったが、ゲオルの心の声を理解したのか、ユウヤは顔を伏せながら、呟く。


「……そう、だよな。その反応からして、やっぱ『前のおれ』、あんたにかなり迷惑をかけたみたいだ。そんな奴が突然現れて、記憶喪失になりましたとか言われても、怒るのも当然だよな」


 ユウヤの態度は、どこまでも以前とは違う。こちらの態度を見て、それを当然だと受け入れている。


「でも、記憶がないのは本当のことなんだ。数ヵ月前、何かとてつもない奴と戦って、ボコボコにされたショックでなにもかも忘れたみたいで……おれはそいつのことすら覚えてないけど、そんなことをされるくらいのことを、おれはしちまったってことは分かる」

「……、」


 ゲオルは口を挟まない。敢えて、ユウヤに喋らせ、その言葉を聞いていた。


「記憶喪失になったから、以前の自分がやったことは全部なかったことにする……なんてふざけたことは言わない。でも、自分が何をしたのか分からないままなのは、やっぱ……変な言い方だけど、ダメなんだと思う。だから……よければ教えてくれないか。前のおれ、いいや、おれが一体、何をしたのか」


 言い終わると同時、ユウヤは顔をあげ、ゲオルに視線を向ける。

 その瞳は真剣そのもの。少し、不安も見える。何を言われているのか分からない。殴られるかもしれない。そんな恐怖。

 だが、それでも。

 それでも、目の前の男は逃げることをせず、ゲオルの言葉を待っていた。

 その有り様は、やはりおかしいと言わざるを得なかった。いや、もっと言うなら違和感か。以前のタツミ・ユウヤとはあまりにかけ離れ過ぎている。記憶が無くなり、人が変わったという例を知ってはいるものの、しかしここまで変わるものなのか。

 そんな疑念と共に、ゲオルが言葉を漏らそうとした瞬間。


「貴様は―――」

「ユウヤ様っ!!」


 唐突に耳に入ってきたのは少女の声。

 それは以前にも聞いたことのあるものであり、振り向くとやはり知っている銀髪の少女―――ルインがこちらに、正確にはユウヤに向かって走り寄ってきた。


「ルイン、無事だったのか!!」

「はい。ユウヤ様もご無事で何より……って」


 ルインの顔がゲオルの方へと向いた瞬間、彼女の顔が一変する。


「貴方は……!!」


 刹那、ルインは神器である『聖書』を取り出し、ユウヤの前に一歩出た。


「ユウヤ様っ、離れてください!! この男は危険です!!」

「ちょ、待った待ったルイン。勘違いしてるって!! この人は命の恩人……っておれが言っていいのかかなり曖昧だけど、助けてくれたんだって!! あの真っ黒野郎を一発で倒してくれたし……」

「真っ黒野郎って……」


 ルインの反応からして、どうやら彼女も魔術人形のことは把握しているらしい。

 ユウヤの言葉を聞き、ルインはしかめっ面を晒しながら、ゲオルに向かって問いを投げかける。


「まさか……あの人形を、倒したというのですか?」

「だとしたら何だ」

「……いえ。確かに貴方なら、それも可能だと思ったまでです」


 甚だ遺憾だが、とでも言わんばかりの表情を浮かべるルインに対し、ゲオルはふんっと鼻を鳴らす。


「他の連中はどうした?」

「そ、そうだっ。ルイン。メリサとアンナはどうしたんだ? はぐれたおれが言うのもあれだけど、一緒じゃないのか?」

「…………、」


 無言、そして何やら言葉を探しているかのような表情から、ゲオルは全てを察した。


「……なる程。貴様もはぐれたのか」

「……仕方なかったんです。ユウヤ様を追いかけるあまり、二人のことをいつの間にかおいてきてしまって……」


 その言葉に、ゲオルは思わずため息を吐いた。

 これが聖人と言われた少女なのか、と本当に疑いたくなってしまう。いや、以前の態度からして、もはや聖人などとは認めてはいないが。


「それよりも、どうして貴方がここにいるのですか?」

「答える義理はない。というより、言うまでもないことだろう。それをわざわざ口にするなど無駄の極みだ」

「相変わらずの上から目線とその態度。本当に人を苛立たせるのがお上手なようで」

「そういう貴様は相変わらずの無能ぶりだな。人をおいかけながら、他の連中とはぐれるとは。ここがどういうところなのか分からんというのに、その計画性の無さは恐れ入る」

「放っておいてくれますか? 貴方に言われるまでもなく、それくらいは自覚してます……メリサ達とはぐれてしまったのは確かに軽率でした。私のミスです。しかし、それを貴方に指摘される覚えはありません。大体何なんですか? どうして貴方がユウヤ様と一緒にいるんですか? まさか、またユウヤ様をひどい目にあわせようと……」

「つくづく愚かな奴め。状況を察することもできんとはな。本当に救いようがないとみえる。我は以前、この男を叩きのめした。あれで全てを精算させたとは思っていないが、しかし無駄な争いをするつもりなど毛頭ない。とはいえ、そちらがその気なら、話は別だがな」

「この、言わせておけば……!!」

「―――はいはい。お二人とも。言い争いは、そこまでにいたしません?」


 両手を叩き、ゲオルとルインの間に割って入ったのはヘルだった。


「お二人の関係がどのようなものなのかは、大体察することができます。ただ、ゲオルさん自身が今おっしゃったように、ここがどういうところなのかは、わたくし達は分かっておりません。それは、そちらも同じだと思ってよろしいでしょうか?」

「あ、はい。そうです」


 と、ヘルの疑問に答えるユウヤ。

 それを聞き、頷きながらヘルは続ける。


「ならばここで争うのが愚かな行為ではあることは、お分かりですわよね? わたくしは貴方がたの因縁については存じません。故に、そこについては口出しをするつもりは毛頭ありませんわ。ただ、ここがどこなのか。どういう状況になっているのか。喧嘩をするなら、それを把握してからにしてはどうでしょう?」


 ヘルの指摘に、ゲオルもルインも反論しなかった。彼女の言い分は尤もであり、今自分達がすべきことは、ここで争うことではない。

 それを理解し、承知した上で、二人はそれぞれ顔を背ける。


「……確かに、貴方の言う通りですね。ええと……」

「ヘル、と言います。どうぞお見知りおきを」


 スカートの裾を少しあげながら、挨拶をするヘルにルインもまた、自らの名を口にした。


「ヘルさんですね。私はルイン。こちらは……」

「タツミ・ユウヤです。よろしくっす」

「はい。どうぞよろしく。それで、早速色々と聞きたいのですが……」


 などとヘルが情報交換をしようとした次の瞬間。



『―――おんやぁ? 何やら妙なモノが混じってしまったようですねぇ』



 癖のある異様な声が、どこからともなく聞こえてきたのだった。

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