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四話 白砂漠の塔④

 唐突すぎる再会は、ゲオルに困惑をもたらしていた。

 いや、考えてみれば確かに有り得ない話ではない。ロイド曰く、ここは『六体の怪物』が出るかもしれないと言われている場所。そして、タツミ・ユウヤは勇者として『六体の怪物』を倒して回っている。ならば、その彼がここにいることは、自然な流れと言えるだろう。無論、それがゲオル達がここへ来たのと重なったというのは、確率的には低いが。しかし、それでもおかしな話というわけではない。

 むしろ、おかしいと指摘する点があるとするのなら……。


「え……あれ、もしかして、これ何かやばい状況? 危険回避しようとしたら別の危険にであっちゃった感じ?」


 顔をひきつるユウヤ。それは「やってしまった」と言わんばかりの表情であり、事実、彼は今、とんでもない虎の尾を踏み抜いている。


「あー……そのぉ、大変聞きにくいことなんですが……もしかして、おれ達知り合いだったりします?」


 一瞬、ゲオルは挑発されているのかと錯覚した。

 別に、自分のことを覚えていて欲しかった、などと言うつもりは毛頭ない。むしろ、ゲオルからしてみれば、ユウヤは記憶から消したい人間の一人だ。

 しかし、あれだけ叩きのめした相手に対し、ここまで白々しく他人のふりをされるのは、怒りと共に苛立ちが生じる。


「……この顔を忘れたというのか?」

「……すんません、正直なところ、忘れてます、はい」


 言葉を同時に拳を握るゲオル。

 と、それに気づいたのか、ユウヤは両手を前で振りながら、弁明を口にしていく。


「ちょ、待った待った待った!! 冗談とか、印象薄かったから記憶にないとか、そういうんじゃないです!! 本当に忘れたというか、記憶にないというか……!! いや、その反応からして、多分『前のおれ』が相当ご迷惑をかけたのはわかるんですけど……!!」

「……前の、おれだと?」


 まただ。奇妙な違和感が、ゲオルの中で生じる。

 再会して最初の時も感じたが、何かがおかしい。言動から仕草、そして雰囲気。見た目以外の全てが、以前とはまるで違う。あのどこまでも身勝手で、傲慢のような態度は一切なく、逆に腰が低く、どこか間の抜けたお調子者のような印象だ。

 性格が別人にしか思えない。

 そして、先程の『前のおれ』という発言から推察できることは。


「貴様……まさか―――」


 何かに気づいたゲオルが口を開こうとしたその瞬間。

 ぎぃ、と奇妙な音がなる。

 同時に、ゲオル達は一斉に音が鳴った場所、即ちユウヤが出て来た扉を見た。


「……なんですの、あれは」


 そこにいたのは、黒い人。いや、正確には人の形をした黒い影か。大きさはゲオルと同じか、少し小さいくらいか。二本の足で立っており、腕らしきものもある。

 だが、断言できることがある。あれは、人間ではないということ。

 まず、顔がない。目も花も口も耳も、なにもない。本当に顔無しだ。加えて、両手両足の指も一切なかった。あるのは、鋭く尖った槍の先端。纏っている空気からも、生きている気配はなく、それは魔物ですらないということを意味していた。


「魔術人形か」

「魔術人形?」

「言葉通りのものだ。魔術で作り出した人形。作った本人の命令通りに働き、自動的に行動する。無論、それだけではない。個々に特殊な能力を加えるのが基本だ。そして、あれはどうみても戦闘特化の魔術人形だろう」


 鋭い刃を両手両足に宿していながら、ただの従事を行う人形、などという冗談は恐らくないはずだ。


「キィィ……」


 首を九十度に傾げながらゲオル達に視線を向ける。目はないが、しかし確実にこちらを見ているのが分かる。

 いや……正しくは、ユウヤを見ているのか。


「……貴様、アレに追われているのか」

「あ、ああ……。あいつらに追い回されて、何度も死ぬような目にあったんだ。で、逃げている途中で仲間とはぐれて、この様で……って」


 言葉が切れたかと思うと、ユウヤの顔が青ざめる。その視線の先にある人形を見ると、何やら右手を大きく振り上げていた。


「やばいやばいやばい!!、早く逃げろ!! あの両手の先端が地面に刺さると……!!」

「キィィィィィイイイイイッ!!」


 悲鳴、いや絶叫に近い声を出しながら、人形は右手の先端を地面に突き刺した。

 同時に、ゲオル達の地面から無数の槍が出現する。


「ちっ」


 舌打ちをしながら、ゲオルは地面を蹴る。

 無数の槍。それが地面から突然と出現すれば、誰だって後れを取る。事実、一瞬の出来事に後れをとった。

 しかし、ゲオルからしてみればこんなことはいつものこと。彼、いいや彼らにとってみれば、この程度の攻撃は些細なものでしかない。

 そもそも、この攻撃は大勢の敵に対しては有効ではあるが、経験のある少数に向かって使っては意味がない。

 槍の間に着地したゲオルはすぐさまヘルに向かって言う。


「大丈夫か、喪服女」

「ええ。問題ありませんわ」


 余裕と言わんばかりの口調で言い放つヘル。

 彼女は地面を跳んでいない。槍と槍の間にうまい具合に身を置き、回避していた。無数の槍にもわずかではあるが、間隔が存在しており、見つけそこで攻撃を躱したのだ。一瞬にして槍の死角を見つけたことも見事だが、その死角に身を預けた度胸も目を見張ざるを得ないだろう。

 ただ単に跳躍での回避よりも高度な技量であり、流石としか言い様がない。

 一方で。


「あ、危ねぇ……」


 冷や汗を流しながら、そんなことを呟くユウヤもまた槍の攻撃を躱していた。ただし、彼の場合、片足をあげ、首を曲げ、両手をあげと、とことんまでヘンテコな格好をしながらの回避。どう見てもふざけているようにしか見えない姿ではあるが、しかし見事に槍は一つも当たっていない。ある意味、ヘルよりも難易度が高い避けた方と言える。


「全く。しぶとい奴め」


 その点については、前回と変わっていないらしい。いや、この場合は悪運という方が適切だろう。それが本人にとって、そして周りにとって幸運か不幸か分からないが。

 ユウヤについて、いろいろと聞きたいことはあるし、気になる点も多々ある。

 だが、しかし。今はやるべきことは一つであり、はっきりとしている。


「とりあえず、目の前のアレをなんとかするか」


 言いながら、ゲオルは拳を握る。

 人形との距離を詰めるには、無数の槍が邪魔をしている。槍の隙間を駆け抜けていく、という方法もあるが、しかしそれでは先程の攻撃をされてしまえば、また回避せざるを得ない。


(地面を走れば槍が再び襲ってくる……ならば)


 心の中で呟きながら、ゲオルはその場を飛ぶ。

 そして……槍の先端を足場にしながら、跳んでいく。

 勢いよく向かってくる槍ならまだしも、地面から突き出しているだけの槍ならば、ゲオルにとっては足場と変わらない。槍の先端に触れる足の角度、力の入れ方などを考えれば、可能な方法。恐らくだが、ヘルもその気になればやれるだろう。

 そして、この方法ならば、地面を走らずに距離を詰めることができ、間合いに入れば、問題はない。

 だが、槍の先端を使い飛び回るのを見たユウヤは、思わず声を上げた。


「ばっ、ダメだっ!! そいつ、滅茶苦茶頑丈で、普通の攻撃は通用しない!! ましてや、素手なんかじゃ……!!」


 ユウヤの言葉に言葉を返さず、ゲオルはそのまま突き進む。

 そして、間合いに入り、標的を捉えた瞬間。


「キィィィィイイイイッ!!」


 人形の右手が、ゲオルに向かって襲いかかった。

 眼前に迫る鋭い刃は、ゲオルの顔面めがけてい迷いなく突き出される。

 自分を殺そうとする攻撃。しかし、そこにあるのは、敵意や殺意といった感情のようなものは一切ない。言ってしまえば、邪魔者を排除しようとするような行為。当然だ。相手は魔術人形。そこに感情など一切存在せず、故に敵意や殺意がないのだ。

 それはある意味感情に囚われない、無駄のない攻撃とも言える。

 だが……その程度の刃で殺せるほど、ゲオルという魔術師は甘くない。

 首を曲げ、襲いかかる刃を紙一重で回避しながら、一歩前へと足を踏み込む。

 そして。


「ふんっ」


 一言、口にしながら、己の右拳を叩き込んだ。

 刹那、拳から伝わる感触。確かにユウヤの言う通り、魔術人形は硬い。そこらの城壁、いいやそれ以上の頑丈さだろう。

 だが、しかし。

 ゲオルの拳は城壁の壁で止められるものではなく、逆に吹き飛ばす代物。

 故に、そこから生じる結果はただ一つ。


 魔術人形は、断末魔を上げる暇もなく、木っ端微塵に、跡形もなく粉砕された。


「………………嘘、だろ……」


 その光景を目にしたユウヤは思わず、そんな言葉を口にしていた。


「……あの真っ黒野郎を、一擊で倒しちまうとか……マジかよ……」


 彼からしてみれば、魔術人形は強敵どころか、死と直結したような存在であり、勝てるはずがないと思っていたのだ。それを、こうもあっさりと、まるで準備運動でもしたかのように倒すなど、あり得なかった。

 そんな驚愕しているユウヤに対し、ゲオルは近づき、一言。


「素手が、どうかしたか?」


 ある意味自慢をしているかのようなその言葉に、ユウヤは「イエ、ナンデモアリマセン……」と答える他なかった。


「さて。この塔のことにしろ、先程の魔術人形にしろ、聞きたいことは色々とあるが、まず一つはっきりさせておきたいことがある」


 ユウヤの仕草、そして雰囲気。あまりにも前とは違う性格。そして何より、先程言っていた『前のおれ』という言葉。

 それらから、ゲオルが導き出した答え。


「貴様―――まさか、記憶喪失などとたわけたことを抜かすつもりはないだろうな?」


 険しい表情を浮かべながら、ゲオルは問いを投げかける。

 そして。


「えっと……そのまさかです、はい……」


 ゲオルとは相反するかの如く、乾いた笑みと共に、ユウヤはそう答えたのだった。

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