二話 白砂漠の塔②
魔物を倒し、ゲオル達はようやく目的地へとたどり着いていた。
「塔、だな」
「塔、ですわね」
二人の意見は一致しており、それが答えだった。
砂漠の真ん中にどっしりと突き刺さるように建てられている塔。その形は円柱であり、色は白……というよりは、灰色というべきか。
構造としては単純なものであり、本当にただの円柱でしかない。特殊な模様や造形など一切存在しない石造りの塔だ。
だが、だからこそ、おかしな点が存在していた。
「入口のようなものがないな」
一周してみての感想は、それだった。
塔なのだから、どこかに入口があるはず……だというのに、この塔にはどこにも入口らしきものが存在しない。いいや、入口だけではない。見上げながら確認すると、窓すら存在しない。もっというのなら、中へと通じるような穴すらないのだ。
「妙……というより、怪しいですわね」
入口や出口がない塔が、砂漠のど真ん中に建っている。それだけでおかしいと思うのには十分だ。
「どうですか、ゲオルさん。何か分かりましたか?」
「どうも何もない。これは明らかな魔術的建造物だ。どこぞの誰かが魔術を利用して作ったのだろう。しかもやたらと頑丈に作っている。加えて、中から空間が捻れているのを感じられる」
「というと?」
「つまり、中は複雑怪奇なことになっているというわけだ。確実に、外見以上の広さはあるだろうな」
正直なところ、目の前にある塔はさほど高くないように見える。だが、ゲオルの見立てでは、中はかなり広い……というより、入り組んでいるはずだ。ただ広いだけならばまだいいが、迷路のように複雑になっているのが魔力の流れで理解できた。
「しかし困りましたわね。入口がないのなら、中に入って調べようもありませんし……というより、この塔を調べに来たギルドの方々は一体どうしたのでしょうか」
「この塔にたどり着く前に、魔物に殺された……というのは早計か。そもそも、凶悪で数が多いとはいえ、それでも全員が全員、突破できなかったというわけではないだろう。我々もまた、ここまでこれたのだから」
ギルド、それも上位の者達ともなれば、装備や準備も万全のはずだ。そんな彼らが、数の多い魔物に全滅させられ続けている、というのは考えにくい。
もしも、全員が命を落としてしまった、というのならそれは砂漠の方ではなく、この塔の中でという方が可能性は高いだろう。
などと考えながら、塔の壁の部分を調べていると。
「……この部分」
「どうかしましたか?」
「この壁の部分が、他とは魔力の流れが少し違う。恐らくは、元々壁ではなかったが、最近壁として作り直されたのだろう」
見た目は他の壁と一切変わりない。だが、魔術師であるゲオルには、そこに流れている魔力が視えるのだ。そして、指摘した壁の部分は、魔力の流れが他とは若干、乱れている。
「つまり……ここが出入り口だったと仰るので?」
「さてな。少なくとも人が通れるくらいの穴はあったはずだ。本来ならば、そこから中に入れるようになっていた。しかし、何かしらの理由で塞がれた」
もしも、最初から出入り口が存在しない塔だというのなら、調査にきたギルドの者達はここで引き返していたはずだ。砂漠の魔物は脅威ではあるものの、誰一人として戻ってこれなかった、というのはないだろう。現に、ロイドの話では塔を確認した者は帰ってこれたのだから。
「出入り口を塞ぐ理由として考えられるのは、敵の侵入を防ぐため……」
「もしくは、何かを閉じ込めるためか」
考えられる理由はその二つ。しかし、現状においてそのどちらかというのは判断はつかない。無論、重要なことではあるものの、
「ここで考察していても埒があきません。ゲオルさん、何か良い策はございますか?」
「良い策もなにも、やることなど決まっている」
言うとゲオルはドアをノックするかのように、手の裏で壁を小さく叩いていく。何かを確認するかのような仕草にヘルは首を傾げながらも、なにも言わず、その様子を見ていた。
「ここか」
何かを見つけたかのように短く呟くと、一歩後ろへと下がる。
そして。
「ふんっ」
次の瞬間、ゲオルの強烈な一擊が塔の壁に叩き込まれる。結果、壁は吹き飛び、人が通れる程の穴ができた。
その様子を傍から見ていたヘルは、少し間を空けたあと、ヴェール越しに口を開く。
「……わたくしの記憶が正しければ、先程、この壁は頑丈にできていると耳にした覚えがあるのですが」
「確かに言ったな。そして事実、この壁は硬い。今のは単に、魔術の流れを読み、脆い部分を見つけただけのことだ」
いくら硬いものとはいえ、脆い部分をつかれればモノというのは破壊される。その理屈はヘルにも分かるし、理屈も通っている。
しかし、だ。それが事実だとしても、実行できる、いやしてしまうのはやはりゲオルが常識外の存在だからだろうか。
「なんというか……ええ。脳筋な発想ですわね」
「喧しい。貴様にだけは言われたくないわ」
ゲオルからしてみれば、国一つを相手にしようとし、真正面から殴り込みをかけようとした者に脳筋などと言われる筋合いはなかった。
そして、それを自覚しているのか、ヘルは「ふふ」と声を漏らしながら、続けて言う。
「それもそうですわね」
自嘲が混じったような言葉を言いながら、ヘルは中へと入っていく。その後ろへと続くかのように、ゲオルもまた、塔の中へと入っていった。
塔の中は、ゲオルの予想通り、奇妙な場所となっていた。
まず、目に入ってきたのは、複数の階段。それぞれが別の場所に向かっており、中には逆さになっているものまであった。上を見上げるも、天井は見えない。加えて広さも尋常ではなかった。やはり、外から見た状態よりも高く、広いのは確かだ。
そして、壁には複数の扉。その数は、数えるのがバカらしくなるほどのものであり、全ての壁にあるのではないかと考えてしまうほどだ。
「確かに、これは複雑怪奇ですわね」
呆れたようなヘルの言葉に、ゲオルも内心では同意していた。
無数の扉。これらは全て飾りではない。それぞれに部屋があるはずだ。いや、部屋であるとは限らない。ここの空間は捻れている。扉を開けば、森の中だったり、山頂だったりする可能性は大いにある。しかも、それらは虚構の場所であり、外に繋がっているわけではないはずだ。
迷うことは死に直結するのは明白。
さらに、追い打ちをかけるかの如く、ゲオルは己の身体の違和感に気付く。
「……ちっ。面倒な」
「どうしました?」
「いや……少し、魔術の干渉を受けただけだ。問題ない」
「大丈夫ですの?」
「安心しろ。攻撃を受けたわけではない。ただ、この塔の中に張られている結界に身体が反応しただけに過ぎん」
「結界、ですか」
「ああ……中に入って確信した。これは、外的から身を守るためのものではない。内部に閉じ込めておくためのものだ。明らかに外とは魔力の質が異なっている。恐らく、外よりも壁や天井は頑丈にできているのだろう。加えて、魔術の感覚を鈍らせる効果もあるようだ。ま、我の場合、人工体の耐性のおかげでほとんど意味はないものだ。少し勘が鈍る程度のものだろう」
身体が反応したというのは、つまりそういうことだ。
魔術を使用すれば完全な耐性をつけ、万全なものとなるが、しかしこの程度のことで魔術を使用するわけにはいかない。
幸いなことに、身体にそこまで不調は出ていない。戦闘になったとしても、今までと同じ動きはできるだろう。
「そうですの……。わたくしには、あまりそのようなものは感じられませんが……」
「貴様の場合、そのヴェールと服のおかげだろう。それらは本人が許容しない干渉系の魔術を受け付けないものだからな。その点に関しては、我の人工体よりも高性能だ。魔術師としては、正直腹立たしいことではあるが」
ヘルのヴェールと服の魔術耐性は、ゲオルも認めざるを得ない程、優れた代物だ。通常、魔術を遮断する効果を持つ魔道具は多くはないが、存在はする。だが、その多くが、使用者の意思に関係なく、全ての魔術を遮断、あるいは無効化してしまう代物だ。
一方で、ヘルが持つヴェールと服の場合は、使用者が認識し、許容すれば魔術を受け入れることができる。この違いは大きい。治癒魔術を受けれたり、強化魔術をかけれたりするなど。干渉系に限られるとはいえ、敵の魔術のみを遮断できるのは、あらゆる場面で優位に立てる。
そういう意味では、彼女を連れてきたのは正解だと言えるだろう。
「さて……これからどうしましょうか?」
その疑問は、当然のものだった。
無数の階段に、壁一面の扉、さらには天井すらみえない程の高さ。こんなもの、どこへ行こうか迷うなという方が無理な状況だ。
加えて、今のゲオルは少し勘が鈍っている。本来ならば、魔力の流れを追い、それを辿って中心部へと向かうことができるが、今の状況ではそれも難しい。
とはいうものの、だ。
「ここが、何かを閉じ込めている場所というのは確かだ。それが『六体の怪物』がどうかは分からん。だが、可能性があるのなら、探す他あるまい」
『六体の怪物』についての情報は既にない。ならば、僅かな可能性をしらみ潰しに探す以外、ゲオル達に残された選択肢は存在してないのだ。
時間はない。猶予も少ない。対して、目の前の手がかりはあまりに漠然としていて、何より探す手間が多すぎる。
しかし、それでもやるしかないのだ。
「勘が鈍っているとはいえ、魔力の流れが完全に分からなくなっているわけではない。雑ではあるが、分かる範囲で魔力の流れを辿っていくか」
「ええ、分かりましたわ」
ゲオルの提案に、ヘルは了承の言葉を紡ぎ、二人の方針は決定された。
その刹那。
『うわぁぁぁぁぁあああああああっ!?』
ゲオル達の目の前にある扉の向こうから、突如として悲鳴が聞こえてきたのだった。




