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幕間 動き出す影

「―――こうして、魔術師は決意を新たにしながら、旅を続けるってか」


 とある山。その山頂で男―――魔王はそんなことを呟いていた。

 手に握られているのは一つの水晶。そこに映っているのは、一人の少女と話す青年、そしてそれを見守るような喪服の女と軽薄そうな男。

 彼らの様子を見ながら、魔王は不敵な笑みを浮かべる。


「何だかんだでいい感じじゃねぇか。あのツンデレ野郎には勿体無い連中だな。ま、あの野郎も今回の件でいろいろと自分を見つめ直したようだし? 少しは成長してくれると、こっちとしてはありがたいんだがな」


 成長してくれるとありがたい。それは、あまりにも矛盾した言葉だろう。

 彼は魔王であり、ゲオルの身体を盗んだ張本人。故に、このままいけば、いずれ二人は戦うことになり、殺し合う運命だ。ならば、今回の件でゲオルが消滅した方が彼にとっては都合がいいはず。

 だというのに、魔王はゲオルの心の成長を喜んでいた。

 そして、一方で。


「ジグル・フリドーっつったか? ああ、あいつも悪くない。ちょいと危なっかしいところもあるが、いい感じになってやがる。何より、自分が誰かに惚れてるって自覚してるあたりがいい。ああいう手合いはとにかく強ぇからな」


 ジグルの戦いも魔王は見ていた。

 文字通り、剣一本で怪物の如き魔剣を倒した。その実力は言うに及ばず。加えて、自分が誰かを愛していることを理解している。

 誰かを想う心があり、その上で戦う者の強さを魔王は嫌というほど思い知らされているのだ。

 そして、だからこそ。


「―――何で、あいつを勇者に選ばなかった。ええ? クソガキ」


 後ろに視線を向けながら、魔王は言い放つ。

 その先にいたのは、髪の色が左右で白黒に分かれている、一人の少年だった。


「やぁ。久しぶりだね。相変わらず……とはいってないみたいだけど」


 嘲笑うかのように……いや、完全に嗤いながら、少年は言う。


「その分身、壊れかけだね。どこぞの馬の骨にでもやられたのかな?」

「教える義理はねぇな。っつか、あれを馬の骨だって言うんなら、お前が用意した勇者は馬の糞だな。っつか、何だあの出来損ないは。あんなのに聖剣とかいうガラクタ与えるとか、いよいよ耄碌したか?」


 挑発的な言葉に、少年は首を横に振る。


「それこそ、君に教える義理はないね」

「はっ! そりゃそうだ。ただ、あんなのでオレ様を殺せると思ってんなら、オタクらつくづくどうしようもないなとは思ってな」

「言ってなよ。今はどれだけ大口叩こうが、意味なんてないんだから。だって……」

「最後に勝つのは自分達だから、か?」


 その言葉は、もう何度も聞いたものだ。

 この少年……いいや、『こいつら』はいつもそうだ。どれだけ勝とうが、どれだけ負かそうが関係ない。それは『今』の結果。重要なのは、最終的な結末だ。そして、『こいつら』は最後には自分達が必ず勝利すると信じている。それが世界の在り方だと思っているのだ。

 そして……残念なことに、それを完全には否定できない状況にあるのも確かだった。


「そう。最後に勝つのはボクらだ。君がどれだけ悪足掻きしようが、どれだけ抵抗しようが、関係ない。君がそうやって生き残っているのだって、単なる先延ばしでしかない。何をどれだけしようとも、結果は変わることはない。前も、君はボク達に負けてるのだからね」


 それは事実である。

 魔王は前回の勇者に敗北し、身体を失ってしまった。今は魔術師の身体を自分のモノにしてはいるが、彼が敗けたのは変わりようがない真実だ。


「というかさ、さっさと死んでくれない? いい加減ウザイんだよ。いつまでボクらの邪魔をするつもりなの? 『君ら』は敗けた。敗北者で、弱者なんだよ。力が弱い者は強い者に従うか、それか消えるかのどちらか。それがこの世の理なんだ。だっていうのに、君はまだ生きてる。まるで蠅だ。いいや、小蝿かな? 耳障りな音を立てて人の邪魔をする。本当に鬱陶しいったらありゃしない。そもそも君は、この世界の……」

「お前さん、何をそんなにビビってんだ?」


 ふと。

 少年の罵倒をまるで意に介していないような口調で、魔王は口を開いた。

 その言葉に、少年は眉間にこれでもかと言わんばかりのシワを寄せながら、問いを投げかける。


「……よく聞こえなかったな? 今、なんて言った?」

「だから、何をそんなにビビってんのかって聞いてんだよ。さっき言ったよな? どうしてジグル・フリドーを勇者にしなかったのかって。あいつの性格が気に入らなかったか? ああ、そうだな。お前さんのことだ。それも理由の一つになってるんだろうよ。だが、それだけじゃねぇはずだわな」


 魔王は知っている。目の前にいる少年が、とんでもないクズであると。

 だが、気に入らないという本当にそれだけの要因で勇者を選別する程、馬鹿ではないのも知っている。

 ならば、他の要因もあるはずだ。


「オレ様の見立てじゃあ、ジグル・フリドーはなんつーか、絵に書いたような好青年だ。困っている人間に手を差し伸べなきゃ気が済まない質のな。しかも剣の実力は最高級。そして、だとするのなら……オレ様を倒した後のことを知れば、黙っちゃいないだろうな。『アイツ』と同じで」


 魔王の言葉を、少年はしかめっ面のまま、黙って聞いていた。


「あの剣術に聖剣の力が加われば、自分達にも害になる。いいや、絶対に邪魔になる。だが、オタクらが恐れたのはそこじゃない。『この世界』で、そういう人間が生まれたこと自体に恐れを抱いた。有り得ないもんなぁ。何せ、お前さん達は、ああいう奴が生まれないような世界にしたはずだったんだから」

「……っ」


 刹那、少年の目が大きく開かれる。

 それはつまり、魔王の言葉の肯定を意味していた。


「言っとくが、あいつはオレ様が用意したとか、他の誰かが力を与えたとか、そういうオチはねぇよ。ジグル・フリドーは、お前さん達の世界に現れた完全なイレギュラー。予想外の人間。オタクらにとって有り得ないことが起こってるってこった」


 そして。


「極めつけは、あの魔術師。あいつは、長年身体を乗っ取って生きながらえている。そして、オレ様はあいつの身体を盗んでこうして生きてる。つまり、あの魔術師はあの戦いよりも前から生きてることになる。これが意味するところ、オタクなら理解できるよな?」


 次々と情報を喋っていく魔王。だが、今の内容は既に少年も知っていることなのは把握済みだ。今更それを口にしたところで魔王が不利になることはない。

 むしろ、今、追い詰められているのは、少年の方だった。


「……何が言いたいの?」

「別に。ただ、お前さん達のご都合主義もそろそろ崩れ始めてるってわけだ」


 不敵な笑みを浮かべる魔王。

 まるで自分が勝つことを信じている彼を睨みながら、少年は言い放つ。


「勝手にそう思ってれば? そんな妄想に付き合う暇、ボクにはないしね。でも、一つ教えてよ……お前、勇者に何をした?」


 君、ではなくお前。そこから分かるように、雰囲気は一変し、目を細めながらの威嚇をしてくる。

 纏う空気は鋭く、確かな殺意がそこにはあった。

 だが、それを受けても尚、魔王は平然とした状態で言葉を返す。


「はっ! そんなに自分の玩具が使い物にならなくなったのが気に入らなかったのか? 全く、長いこと生きてるくせして、中身は見た目とおんなじなのな、オタク」

「黙れよ、カス。いいから答えろ」

「おーおー。怖いねぇ……何をした、と言われてもな。ありのままのことをしたまでだ。そんでもって、どうやったら元に戻るのか、なんてことは聞いてくるなよ? 教えるわけねぇの、分かってんだから」


 どこまでも馬鹿にするかのような態度。

 少年も人をコケ下ろす性格をしているが、魔王に至ってはそれに倍、いいや三倍以上の苛立ちを起こさせるものだった。


「つーか、お前さんがオレ様のところにわざわざくるとか、どうやら勇者の奴、相当追い詰められてるみたいだな。いや? それはオタクもか」

「何を言って……」

「おいおい、忘れたか? この包帯には、隠蔽魔術と妨害魔術が組み込んであるんだぜ? それのおかげで今までお前さん達にバレずに色々とやってこれた。まぁ、分身とはいえ、捕まっちまったら色々とマズイことに使われるのは目に見えてたからな」


 分身だというのに、魔王が隠蔽と妨害の魔術をかけていたのはそういう理由からだった。いくら分身を攻撃されても本体には影響がないとはいえ、その分身から何かしらの弱点や情報が漏れてしまう可能性があった。加えて、調べ物や工作をしたりするためにもバレないための工夫が必要だったのだ。


「そして、今。オレ様はこの包帯の能力を消してる。だから、オタクはオレ様のところに来れた。だが……それが故意のものだとどうして思わなかったんだろうな?」

「……まさか」

「気付くの遅すぎだろ。マジで。そんなんで、よくもまぁ何百年と生きてこれたもんだ」


 呆れた混じった口調で、魔王は続ける。


「いやーついこの間、ある男にボコボコにされちまったせいで、この分身も限界にきちまってな。それで、新しいのを作ることになったんだが、最後にこの分身で何かできないかって思ってな。ほら、よく言うだろ? 何事もリデュース、リユース、リサイクルって」

「またいつものわけの分からない言葉? そうやって、ボクを惑わす作戦?」

「そんなまどろっこしいもんじゃねぇよ。これはもっと単純な話だ。仮に何かしらの不都合でこの分身がオタクらに奪われたとしよう。それを防止するために、何かしらの仕掛けを施してるとは思わないか? そう、例えば……分身に自爆術式を埋め込んでおく、とか」

「っ!? お前……そのためだけに!! そんなことのためだけに……!?」

「だから気付くのが遅ぇって」


 言いながら、魔王は右手を顔の前に持ってくる。

 そして。


「じゃあな、クソガキ。死ぬことはないだろうが、せいぜいボロクソになりやがれ」


 次の瞬間、指が鳴ったと同時に魔王の身体は山頂を吹き飛ばす程の爆発を起こしたのだった。

これにて、四章終了です!!

ダインテイルとの戦い、ジグルの活躍、そしてゲオルの復活……ようやくこれらを書けて、とても嬉しい限りです。

一応、四章までが第一部的な感じになっており、五章は二部の始まりとなります。

五章からも面白くなるよう書いていきます!!


また、書籍版の方も絶賛?発売中です!!

さらに、コミカライズ化も決定し、連載することが確定しました!!

そのことについては、活動報告の方で書かせてもらいます。


これも全て応援してくださった皆様のおかげです。

今後とも頑張っていきますので、何卒よろしくお願いいたします!


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