二十二話 帰還
令和一発目の投稿!!
「―――これからどうするの? マスター」
ふと、フィセットはダインテイルに問いを投げかけた。
自らをマスターを呼ぶ少年に対し、ダインテイルは「ふむ」と言いながら、答える。
「そうさな。主の復活は諦めたのは事実だが、あの魔術師との戦いがこれからの目的となった。無論、戦うとするのなら勝利を目指す。そのためにも、修練や修行は欠かすことはできんだろう。故に、だ。また別の異世界に旅に出ようと思っている。所謂、武者修行の旅、というやつだっ」
堂々と宣言する主に対し、フィセットは無表情のまま言い放つ。
「それって、今までと大して変わってないよね」
「うむ。そういうことになるな。つまりは、今までどおりの旅をするというわけだ」
指摘されるものの、ダインテイルは態度を変えず、いつもどおりの口調で言う。
あまりにもいつも通り過ぎて、フィセットは思わずため息を吐いてしまった。
「さっきまでボロボロで、今までの目標が無くなったのに、マスターはマスターのままだね」
「ハハハッ。当然だ。それが某なのだからな。それに、目標が無くなったわけではなく、変わっただけに過ぎん。故に、悲観する必要もない。むしろ、今回の戦いで某は多くのモノを得た」
ゲオルとの戦いは、今まで以上の壮絶なものだった。勝敗を除けば、あれもまた素晴らしい戦いだった。
だが、それ以上にジグルとの戦いはダインテイルが見たかったものが全て詰まっていた。己の主の剣。それを進化させ、昇華させた最高の剣。それを目にすることができ、さらには戦えたのだ。本来ならあそこで死んでいても何らおかしくはなかったし、悔いもなかった。
けれど、こうしてダインテイルは今も生きている。
ならば、それを謳歌せずしてなんとするか。
「世界は一つではない。無数に存在する。ならば、今回よりもさらに素晴らしい出会いが待っているかもしれん。人の輝きをこの目で見れるかもしれん。それを再認識しただけでも、儲けものだ」
多くの異世界には多くの人々が住んでいる。その世界の価値観、常識の中で生きている。ダインテイルはそれをもっと見たいと思っている。その中で、今回のような素晴らしい何かに出会えるかもしれないから。そして、その上でもっと強くなれれば、いうことはない。
「とはいえ、だ。やはり、旅というのは一人ではつまらんものだ。それは、数百年、ずっと旅をしてきて理解している」
フィセットと出会うまで、ダインテイルもゲオルと同じように一人で旅をしてきた。その過程で多くのものを身に付け、多くのことを識った。それは今も彼の糧となり、力となっている。だが、それでも一人旅の限界というものもよく知っているのだ。
「だから……まぁ、なんだ。これからも一緒についてきてくれないだろうか。フィセット」
最強の魔剣からの願いに、少年は一瞬言葉を詰まらせた。まさか、そんなことを言われるとはついぞ思っていなかったのだ。
そして、顔を伏せながら、フィセットは言う。
「……いいの? 僕、もうマスターにとっては用済みの存在だと思うけど」
ダインテイルは言った。もう主と戦うつもりはないと。それはつまり、フィセットの身体にダンテイルの主の魂を入れるつもりはないということ。
彼にとって、フィセットは主の器。そのために今まで一緒に行動してきたし、フィセットもそれを喜んで受け入れるつもりだった。
だが、それが無くなった以上、自分は既に彼には必要のない存在だと思っていたのだが……。
「馬鹿を言うな。某にとって、お前はかけがえのない旅の仲間だ。用済みなどと、そんなことを言ってくれるなよ」
そんな言葉を、投げかけてくるのだ。
あまりにも真っ直ぐ。愚直と言わざるを得ない程の言葉。嘘や偽りなども全く感じることができない。
だからこそ、フィセットは小さく笑みを浮かべてしまった。
そして、その上で彼は言う。
「そっか……うん。分かった。じゃあ、一緒に行ってあげるよ。マスター」
「うむ。感謝する」
言いながら、魔剣と少年は歩いていく。
次の世界がどんな場所なのか、フィセットには分からない。
だが、分かっていることが一つある。
きっとこの主は己の道を貫くであろう、と。
そして、その姿を、有り様を、自分は見ていこうと。
そう、強く思ったのだ。
*
戦いは終わり、全ては元に戻った。
いや、この場合は、振り出しの状態になった、というのが正しいか。
ゲオルは人工体に戻り、ジグルの魂と一緒になった。これで、残り期間は七ヶ月。いいや、魂と人工体を切り離す魔術を使ったため、実際にはもっと少ないか。もう半年もないと考えるべきだろう。
ダインテイルとの戦いは、いつもいつもそうだが、今回の戦いは、あまりにも厳しいものだった。何より、ゲオルは今回、彼に敗けている。それは覆しようがない事実であり、やはりどこかひっかかるものが存在していた。
しかし、一方で吉報も手に入れたのも事実。
『六体の怪物』の一体である、紅のフェニカス。それが既に倒されているというのなら、残りはあと二体。あと半年で三体倒さなければならないところを、二体になっただけ、と思われるかもしれないが、しかしその差は大きい。それだけ、『六体の怪物』はゲオルにとっても厄介な相手なのだから。
そして何より、今回の戦いで自分を見つめ直せたのは大きい。
魔王を倒し、身体を取り戻さない限り、ジグルが元に戻ることはなく、エレナの願いは叶えられない。ゲオルは……魔術師は、それが嫌なのだ。自分のことではない。だが、彼らが不幸になるのが、到底許せないし、何より納得できない。
ならばどうするか?
決まっている。戦うだけだ。
拳を握り、拳を振るい、拳で潰す。
それくらいしか、今の自分にはできないのだから。
たとえ、『六体の怪物』が相手だろうが、魔王が相手だろうが、もはや彼には前に進み続けることしか残されていない。勝利することしか許されない。
そしてその中には、自分が死なない、というのも含まれてしまった。
今回の件で、具体的に何かが変わったわけではない。未だ、自分への評価は変わることはない。傲慢で我儘で自分勝手。それがゲオルであり、『魔術師』。ジグルは過小評価すぎる、と言っていたが、それだけで何百年も抱いている自分自身の見方は変化しないのだ。
だが、それでも、だ。
自分が死ぬこと、犠牲になることが許されないことだと自覚させられた。
彼らが真に明るい未来を手に入れるには、その勘定にゲオルも含まれていなければならない。
自己犠牲、などと言われる日がついぞ来るとは思わなかった。しかも、それが自己犠牲の塊のような者に言われるなどと誰が予想できるだろうか。
けれど、言われたものは仕方がない。
そして、だからこそ、何が何でも魔王を倒し、身体を取り戻すと決心した。
したのだが……。
「……、」
無言でドアの前でつったったまま、かれこれ数分が経った。
今、ゲオルはエレナ達がいる宿へと帰ってきていた。そして、その部屋の前までやってきている。ならば後はドアを開ければいいだけの話なのだが、ここに来てそれができなくなっていた。
考えてみれば、ゲオルはジグルに助けられた身だ。そんな自分が、どんな顔をして他の者達と会えばいいのか、流石に分からない。
恥ずかしい? 違う。そんな程度のものではないような気がする。
気まずい? それも少し違う。もっと的確な表現がある気がする。
ならば……後ろめたい?
「……、」
恐らく、そうなのだろう。
ダインテイルに敗けたせいで、ジグルは一度表に出て来た。それはエレナにとってみれば、一瞬の希望。その希望をゲオルは打ち砕いたのだ。それに対し、何も思うところがない程、彼も感情がないわけではない。
しかし、だ。それでもゲオルは決めたのだ。だから、ここにいるのだ。
ならば、やるべきことをしなければならないだろう。
そして、ドアノブに手をかけた瞬間。
「―――なーにつっ立ってるんすか」
唐突に開いた扉。
その向こう側にいたのは、半分しか開いていない目をしたロイド、そしてヴェールで顔を隠しているヘルだった。
「いつまでそうしてるつもりなのでしょうか? こちらは、さっきから待っているというのに」
「貴様ら……気づいて……」
「当然でしょ。いや、最初に気づいたのは俺じゃないっすけど、それでもドアの前で何分も立たれれば、誰だって気づきますって」
「まぁ、お気持ちは大体察することができますが、それでも限度というものがございます。男なら、覚悟を決めてくださいまし」
「そういうわけで、ほら、入った入った」
「なっ、貴様ら、ちょっと待て―――」
静止する声を聞き入れず、二人はゲオルを部屋へと引っ張り込んだ。体勢が一瞬崩れ、こけそうになるも踏ん張りながら、視線を上げる。
そして、目に入ってきたのは―――ベッドの上で座っていたエレナだった。
「……っ」
言葉が詰まる。
何かを言わなければいけないというのに、何も出てこない。
言いたいことは山のようにあった。あったはずなのだ。謝罪や感謝、それからもっと色々なことを言葉にするべきだし、そうするつもりだった。なのに、いざこうして面と向かった瞬間、それらが全て吹き飛んでしまった。
口は少し開くものの、やはりそこからは何も出てこない。
「ゲオルさん」
ふと。
エレナはこちらの方に視線を向けながら、魔術師の名前を呼ぶ。
目が見えない彼女だが、ここまで近づけば流石に気配で分かるはず。そして、何も言わないゲオルに対し業を煮やし、自分から声をかけてきたのだろう。
その口から次に出てくるのか。怒号か、はたまた説教か。何にしても、今回は反論するつもりもなく、甘んじて受け入れいる覚悟はしてある。
だが……その覚悟は不要だと言わんばかりに、エレナは笑みを浮かべて。
「おかえりなさい」
そう、言った。
ゲオルは再び言葉を失う。まさかの一言。彼にとってみれば、それは予測もしていなかった言葉。
だが……何故だろうか。その一言が、とても暖かいと思えたのは。
自分にはそんな言葉をかけられる資格などない……きっと以前のゲオルならそう考えただろう。無論、今もそう思っている節はある。
だが、それ以上にこの笑顔を守りたいと強く思っているのだ。
彼女に涙を流させたくない。彼女に悲しい顔をさせたくない。
そのためにも、自分は覚悟したのだから。
ならば、この瞬間、やるべきことは決まっている。
「ああ――――――戻ったぞ」
不器用に、ぶっきらぼうに、けれどいつもよりどこか優しさが混じった声で、魔術師はそう返したのだった。
次回の幕間で、四章は終わりです。




