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幕間 勇者一行

 魔王。それは約六百年前に現れたという災厄だ。

 彼の王が何故生まれたのか、どんな存在なのか、はっきりとした答えを知る者はいない。魔術を極めし王だの、魔物を統べる王だの、魔を司る神が作り出した王だの、諸説は様々だ。

 ただ、言えることがあるとすれば、六百年前、魔王の力は凄まじく、世界中にいた魔物が人間を襲い、人類は窮地に立たされていたということ。そして、その危機を救ったのが、当時の勇者とその仲間たちであるということ。

 彼らは傷つき、多くのものを失いながら、魔王の配下である『六体の怪物』を倒し、そして魔王自身をも滅ぼしたとされる。

 だが、問題だったのは、魔王の魂を完全に消滅させることができなかったということだ。

 魔王は言った。いつか自分は戻ってくると。その言葉から、人類はいつか魔王が蘇った時のために武器を作った。それが『聖剣』『聖槍』『聖書』『聖杖』。『神器』と呼ばれる聖なる武器である。

 それから六百年。既に御伽噺と化していた魔王と勇者の存在が、しかしてここにきて現実のものとなってしまったのだ。

 最初に起こった異変は魔物の凶暴化だった。元々魔物は人を喰らい、襲っていたが近年になってその活動が目に余る程活発になっていた。その原因を探っていると、更なる問題が発生したのだ。それが『六体の怪物』の復活である。実際には姿が確認されたのは三体のみであるが、しかし伝承通りの姿であり、人間では歯が立たない程の猛威を振るった。おかげで村や街が何十と潰されたところもあるという。

 これを問題視したのが、テスタント救国。かつて勇者を輩出した国であり、『神器』を所持していた。彼らは国の内外から勇者の候補、またその仲間の候補を集めて審査をした。結果『聖槍』『聖書』『聖杖』の資格者はすぐに決定した。

 だが、問題が発生した。

 勇者の持つ『聖剣』を持つ資格者がいなかったのだ。

 そう。勇者には『資格』が必要なのだ。例えどれだけ強くとも、資格がなければ勇者にはなれず、聖剣を使うことはできない。そして、かつて勇者に一番近い青年と言われていたジグル・フリドーにはその資格がなかったらしく、事実『聖剣』に認めてもらえなかったという。

 それ故にテスタント救国が目をつけたのが、「異世界召喚魔術」というものの存在だった。この魔術で呼び出した異世界人は強力な魔力と身体能力を持っているという。そして、あらゆる『資格』を持つというのだ。

 無論、このことに多くの議論がなされた。

 異世界の人間にこの世界の命運を任せて良いのか。それはあまりにも無責任且つ他人任せではないのだろうか。それなら『聖剣』が認める人材を探す方がいいのではないか……多くの反対意見が出る中、しかして一部の貴族と魔術師達が強引なやり口で無理やり「異世界召喚魔術」を決行した。

 そうして、呼び出された一人の男は、『聖剣』に選ばれ見事勇者となった。その性格に難色を見せるものも多かったが、けれども聖剣を扱えることは認めざるを得なかった。

 そして、その男こそが、タツミ ユウヤであった。


 *


「クソ、クソ、クソッ!!」


 時刻は夜。

 デリッシュ家の客間において、苛立ちを隠さず声を上げている男がいた。

 そんな彼を見ながら、「はぁ」とメリサは溜息を吐いた。


「いい加減落ち着いたらどう?」

「落ち着く? これが落ち着いていられるかっ。あのクソは俺の顔を殴ったんだぞ? 誰でもない、俺の顔をだぞっ! あー、今思い出しただけでも腹が立つ!!」


 言いながら、椅子を蹴り飛ばす。その姿は癇癪を起こした子供そのものだった。

 しかし、それを口にすればもっとひどくなるのを知っていたので、メリサは敢えて言わない。


「ルイン、彼の怪我の方はどう?」


 ルイン、と呼ばれて反応したのは白い修道服に身を包んだ銀髪碧眼の少女。見た目から見て、年齢は十代半ばといったところだろうが、その美しさは見ていたいものである一方、どこか触れ難いと感じ入ってしまうものがあった。


「問題ないと思います。お顔の傷は綺麗に治しました。後遺症も傷跡もありません。けれど、わたしが治せるのはあくまで怪我。ユウヤ様が味わった屈辱を治すことはできません」


 ふがいない、と言わんばかりに目をふせる彼女に、ユウヤは告げる。


「ああ、いいさ、気にするな。ルインが気にすることじゃない。悪いのは全て、あの逃げ出したゴミクズなんだから」


 そんな台詞を堂々と口にする。

 こんな奴が勇者なのか……と思った人間は少なくないだろう。

 それでも世の中はおかしな作りをしているもので、こんな奴が『聖剣』に選ばれたのだ。


「それにしても、まさかあの人がこの街にやってきていたなんて……正直意外です。わたしたちを見捨てて逃げたというのに、まさか舞い戻ってきたとでもいうのでしょうか?」


 その可能性をメリサは否定する。


「それはないと思うわ。もしもそのつもりなら、ユウヤを殴るなんてこと、しないでしょ。そもそも連れがいたみたいだし、別の目的だと思うわ」

「お連れさん、ですか……? また変わった方もいるものですね。あのような人と一緒にいるとは」

「……ええ。そうね」


 ジグルに対し、辛辣な言葉を並べるルイン。見た目からは考えられない言い分だ。しかし、それが彼女の中では普通なのだ。

 ここで勘違いしてはいけないのが、ルインが他人に全員、そんな態度を取るわけではない。むしろ大勢の人に対し彼女は誠実だ。だが、ジグルに対しては厳しい、というより悪感情を持っている。その理由をメリサは直接聞いたことはないが、ユウヤ絡みなのは間違いないだろう。


「もしかして、脅されているとか、何か弱みを握られているとか、そういうのではないでしょうか? でなければ、あの人の近くに女性がいるというのは正直考えられません」

「ああ、そうか。ルインもそう思うか。そうだよな。でなきゃ、あのゴミの近くにあんな可愛い子がいるわけがない。やっぱりあの時、無理やりにでも助けるべきだった……よし、次に会った時は何が何でもあの子を助けよう。その時は、くれぐれも邪魔するなよ、メリサ」


 ユウヤの言葉にメリサは言葉を返さない。ただ、重いため息を吐くのみだった。


「それよりも、明後日の討伐について話があるって聞いたんだけど?」


 そう。メリサがこんなにまで頭を悩ませながらここにいるのは、そのためである。

 この街に来てから半年。何度も延長してきた『六体の怪物』退治。その決行がようやく決まったのだ。その話となれば、聞かないわけには―――。


「ああ、その件だけど、無くなったから。よろしく」


 思わず、言葉を失った。

 あまりにも軽く、あまりにもどうでもいいと言わんばかりな口調で、とんでもなく重要なことをさらりと言い放ったのだ。それも、とんでもなく悪い方向で。


「無くなったって……それは、どういう……!?」

「しょうがないだろ。そもそも、全然情報がないんだ。事前に調べがついてない相手に戦いを挑むなんて、愚の骨頂ってやつだろ?」

「だから、アンナに頼んで魔術的な調査をしてもらってたはずでしょ!? それが何で……」

「理由はアタシから説明するわ」


 そう言ってドアを空けて入ってきたのは三角帽子を被った少女。

 背丈は然程高くなく、帽子からはみ出ている赤髪は胸元まで伸びており、右手には装飾が凝ってある杖があった。

 そんな少女を睨みつけながら、メリサは言う。


「……説明して頂戴、アンナ」

「説明っていっても、簡単なことなんだけどね。使い魔を飛ばして森の中を探ったところ、強力な魔毒が検出されたわ。恐らく『六体の怪物』は確実にあの森にいる。それは確か。けど、問題なのは、その姿が全くわからないってこと」

「分からない?」

「そ。いくら探しても見つからないのよ。洞窟の中とか林の中とか、隠れられそうな場所をしらみつぶしに探したけど、何も無かった。それが理由。相手の正体を探り、調査するってことだったけど、分かったことと言えば森に『六体の怪物』がいるってことくらいだけ。たったそれだけの情報で敵陣に乗り込むのは危険だと判断した。お分かり?」

「ってことだ。ま、しょうがないよ。いくら俺達が最強だからって、危ないことは最小限にしたいからね。でないと、森に入っていった馬鹿な連中と同じ、無駄死にするハメになりかねない。ま、俺は絶対に死なないけど」


 その言葉を聞いて、メリサは殴りかかろうとした自分を押さえつけた。

 ここで彼を殴っても仕方ない。意味はない。彼は必要な存在なのだから……そう自分に言い聞かせながら、これ以上の話し合いは意味がないとして部屋を出ていこうとする。


「あっ、どこいくんだよ」

「部屋に戻るのよ。アンナ、貴方は森の調査を続けて。何かわかったらすぐに報告していいわね」

「ええ、いいわよ……っと、それより小耳に挟んだんだけど、あの男がこの街に来てるって本当?」


 その問いにメリサよりも先にユウヤが答える。


「ああ。胸糞悪いが、事実だ。しかも、俺の顔面を殴りやがった」

「そう、それはお気の毒様。……正直もう二度と会うことがないってホッとしてたんだけど。どこまでいっても、余計なことしかしないのね、あれ」

「ああ。しかも女連れだ。しかも可愛い女の子だ」


 その言葉にアンナはルインと同じように目を丸くさせていた。


「……絶句ね、それ。あれの近くに女がいるだけでもおかしいのに、可愛いなんて。何か裏があるんじゃない?」

「俺もそう思う。だから、今度あいつを成敗してやるつもりだ。その時、その子を助けて、もう二度と俺達の前に現れないように凝らしめてやる」

「そう。なら、その子と私たちのためにも頑張ってね」

「ああ、任せろ。何せ俺は―――」


 勇者だからな。

 その言葉と同時、メリサはドアを閉め、自分の部屋へと向かう。

 頭が痛い。お腹が痛い。身体が重い。

 今日は色々とありすぎた。討伐が延期になったのもそうだが、なによりの問題は彼が目の前に現れたこと。

 雰囲気は変わっていたが、姿形はあの頃と何一つ変わっていない。

 自分と共にこのパーティーにいた存在。

 そして、逃げ出した男。

 悪いのは彼だ。逃げ出したのは相手の方だ。

 自分は悪くない。何も悪くない。

 だというのに。


―――死にたくなければ二度とワレの前に現れるなよ。


 凍りつく程殺気に満ちた言葉が、脳裏に蘇る。


「なんなのよ……もう」


 その言葉にメリサは胸を締め付けられていた。

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