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十九話 魔術師と青年②

 この戦いに意味などない。

 そう思う者は、恐らく大勢いるだろう。

 ゲオルの魂を取り戻す、という点に絞るだけならば、ジグルは既に叶えている。そして、様々な案も存在するだろう。

 けれど、その全てが今は裏目に出てしまう。


 例えば、短剣の中にジグルが入り、ゲオルが人工体に入る、という案。

 それは理想的な形だが、しかしそれは不可能なのだ。この短剣は魂を分解するようになっている。今は抑えられているが、作動はしている。ほんのごくわずかであるものの、機能しているのは事実。恐らくこのままの状態であれば一年、いや半年も持たないだろう。

 加えて、短剣での魂の出入りは一度きり。そういう制限があるからこそ強力であり、ゲオルの魂も取り込まれたのだ。もし、ここでどちらかが短剣の中に残れば、短剣と共に消滅してしまう。だから、ゲオルは怒っているのだ。


 ならば、魂が分解される前に別の身体に短剣を刺し、ゲオルの魂を入れるという案。

 これは不可能ではないだろうが、限りなく零に近い。そもそも、ゲオルの魂に耐えられる身体自体がほとんど存在しないだろう。

 彼は今まで人工体で他人の身体を乗っ取ってきた。しかし、それはあくまで人工体の更新のようなもの。もしも、ゲオルの魂を人工体を通さず、直接他人の身体に移せば、身体は耐え切れず、崩壊してしまうだろう。ただでさえ、人工体を通した上での適正な身体が少ないというのに、ゲオルの魂を直接移されても平気な身体など、それこそ砂漠に混じった一粒の砂金を見つけるようなもの。この世で今、確実にゲオルの魂に耐えられる身体は人工体とゲオルの本体のみ。


 であれば、ジグルが魔王を倒し、ゲオルの身体に魂を戻すという案。

 無論、これができれば大団円だろう。しかし、ジグルは自覚している。自分では、きっと魔王は倒せないと。

 今回、ダインテイルを倒せたのは、あくまで相性の問題だ。彼が普通の剣での攻撃ならば通用する。そんな弱点を持っていたからこそ達成できた奇跡。

 しかし、それが魔王にも当てはまるとは到底思えない。そもそも、魔術を使用した相手では、ジグルの剣が役立つか、怪しいところだ。何せ、『六体の怪物』を倒すことができなかったのだから。

 彼は、あくまでただの人間でしかない。勇者でも英雄でもない。ただの剣士。その事実はどこまで言っても変わらないのだ。

 だが、ゲオルは違う。彼は既に『六体の怪物』を二体も倒している。それだけではない。勇者すらも叩きのめし、強力な魔女も滅ぼした。結果から見ても、どちらが魔王を倒せる可能性があるのかは、言うまでもない。


 結局のところ、魔王と戦えるのは、ゲオルでしかないのだ。

 だが、勘違いしてはいけない。

 ジグルが拳を握っているのは、ゲオルに魔王を倒してもらうため、などという理由などでは断じてないのだから。


「がっ、はぁ……」


 よろめくゲオル。口の中で鉄の味が広がる。しかし、そんなことなど気にしている暇などない。ジグルは既にもう一度ゲオルの顔面に拳を叩き込もうとしているのだから。


「舐めるな……!!」


 すかさず、ゲオルもまた、ジグルの顔面に拳を叩きこむ。少しのけぞりながらも、しかし青年は倒れず、ふんばった。

 ここは魂の世界。物理法則があるようでない場所。ここで確かなことは、ただ一つ。心の有り様だ。本来ならばゲオルの拳でジグルは吹っ飛ぶどころか、身体ごと粉砕されているはずだ。なのに未だそうならず、踏ん張れているのは、ただ単純に彼の気概によるもの。

 絶対にゲオルを連れて帰るという強い意思が、彼を支え、拳を握らせているのだ。


 分かっていた。

 ジグルがここにきた時点で、彼がダインテイルを倒したことをゲオルは知っていた。無論、その点については驚きはあるものの、しかし絶対に不可能ではなかったのもまた事実。彼は剣士として超一流。天才、などという言葉では言い表せない領域にいたのだ。そんな彼ならば、ダインテイルを倒すのは困難ではあるものの、可能性はあった。


 分かっていた。

 剣士として最強と言っても過言ではないジグルの身体能力は当然のことながら高い。剣がない状態であれ、彼はそこらの武器を持つ人間よりも強い。それくらいの実力がなければ勇者になるはずだった男、などとは言われない。故に、彼と武器や魔術を使わない戦いとなれば、多少なりとも厄介であることは理解していた。


 分かっていた。

 ジグルも半端な気持ちではないことを。彼の決意や覚悟は、ここに来た時点で尋常ではない。自らの魂を懸けて、大切な少女との約束を果たそうとするその心は紛れもなく強い。自己犠牲、と一言で片付けてしまうのは容易い。実際ゲオルもそう言った。だが、それでも、その姿は人として正しいものなのだ。誰かを助けようとする心意気は、決して間違っていない。


 分かっていた。分かっていたとも。ジグルが強いということは。

 だが……この状況は、やはりゲオルの予想の範疇外だった。


「まだ、まだ……!!」


 言いながら、今度はゲオルの胸部に強烈な一擊が叩き込まれる。


「くっ……調子に、乗るなぁ!!」


 無論、ゲオルもやられっぱなしではない。拳を喰らいながらも、自分もまた反撃の一発を加える。

 確かにジグルは剣がなくても強い。だが、ゲオルは今まで魔術を使用せずにいくつもの修羅場を越えてきたのだ。人も魔物も怪物すらも。だからこそ、というわけではないが、素手での殴り合いで敗けるわけにはいかないのだ。

 ああ、そもそも。

 今の彼は、これ以上なく、怒っている。

 その理由は、目前の青年であり、彼がここにいるということだ。


「貴様は……何故いつもいつもそうなのだっ!! 他人のことばかりに考えて、自分のことをもっと大切にしないのだっ!! 自己犠牲が性分だとでも言うつもりか!! ならば、呆れてものが言えんわ!!」


 何度も言うようだが、ゲオルはジグルの記憶を垣間見た。そしてだからこそ知っている。彼が、困っている人間を放っておけない人間であると。それは別に問題はない。誰かを助ける。その行為が間違っているという程、ゲオルも捻くれてはいない。

 問題なのは、その度合い。

 ジグルは全てを承知しているはずだ。ここに来ればどうなるのか、ゲオルが人工体に帰ればどうなるのか。そして何より、自分の行為であの少女がどれだけ悲しむのか。

 理解している。無知ではなく、知った上で彼は敢えて、茨の道を進もうとしているのだ。

 それは何故か?

 答えは簡単だ。信じているのだ。ゲオルなら魔王を倒せると。いいや、魔王だけのことではない。自分やエレナのことを、この人に任せられると信頼している。一見、それは他人任せのように見えるが、そんな生易しいものではない。何故なら、これは自分の魂を懸けた行為なのだから。

 しかし、だ。

 そこまで自分が見込まれていることを、ゲオル自身は疑問に思ってしまうのだ。


「何故貴様はそこまでワレを信じられるのだっ!! ワレは今回、あの魔剣に敗北した。それが全てで真実だっ!! そんな男が、魔王に勝てるとどうして言い切れるっ!?」


 ダインテイルと魔王。どちらが強いか、と聞かれれば、その答えは判断できかねるものだろう。そもそも、魔王についての情報が未だに少なすぎる。比べることなどできはしない。

 だが、今回の敗北によって、ゲオルは痛感させられた。無論、彼も敗北を知らなかった、というわけではない。だが、今までのどんな敗北よりも、今回の敗けは強烈だった。そして何より、絶対の勝利などないというのを強く思ったのだ。


「何もかもが上手くいって、ワレの身体を取り戻して大勝利。そんな夢物語が叶うわけがなかろうがっ。そんなものが通用するのは、どこぞの詩人の歌くらいものだっ。もっと現実をみろ!! そして考えろ!! 貴様がすべきことは、ワレを助けることか? 違うだろうがっ!! 貴様が真にすべきこと、愛する者を守ることだろう!! それを、こんなどうしようもない男のために命を張るなど、どうかしているとしか思えんわ!!」


 ゲオルは何百年と生きている。そして、身体を乗っ取り、旅をしてきた。そしてだからこそよく知っている。人生というのが、いかに不条理で、不合理なものなのか。世界というのが、どれだけ厳しく、残酷にできているのか。今まで乗っ取ってきた者達の末路が、その証明だ。

 知っているからこそ、分かる。識っているからこそ、思ってしまう。

 魔王を倒し、ゲオルの身体を取り戻し、全てが叶う。その未来へ進むには、今、ここでジグルと再び融合しなければならない。だが、もし、魔王に敗北してしまえば、自分はおろか、ジグルもともに死んでしまう。

 それは認められることではない。

 だとするのなら、残る選択肢はただ一つ。ゲオルがこのまま消えること。

 これは、それだけの、簡単な話だ。

 だというのに……。


「さっさと諦めろっ!! こんな無駄なことをしても、意味などなかろうがっ!!」


 叫びながら、ゲオルは拳を放っていく。

 無駄な戦い。意味のない行為。これは、さっさとジグルがゲオルを諦めれば、それで済むことなのだ。こんな男に、命を張る価値などないと理解すればいい。

 本当に守るべき者は別にいる。涙を流させたくない少女がいる。

 ならば、彼が取るべき選択は、ゲオルを見限ること。そして、あの少女と共に幸せになること。

 それが正解。

 それが正答。

 それが……。


「――――――喧しいぃぃぃぃぃぃいいいいっ!!」


 刹那。

 何かが爆発したかのような怒号とともに、ジグルの拳がゲオルの顔面に直撃した。


「さっきから聞いていれば何ですかっ!! 自己犠牲? それはこっちの台詞です!! 鏡を見てから言ってください!!」


 激昂するジグル。その姿に、ゲオルは思わず、目を見開き、一瞬動きを止めてしまった。

 そして、その隙をジグルは見逃さず、追撃しながら、言葉を続ける。


「大団円の何が悪いんですかっ!! 皆揃って目的を果たす。それを目指すことの何が間違っているというんですかっ!! 現実的じゃない? 夢想でしかない? そんなの関係ないじゃないですかっ。貴方は勇者を倒した。『六体の怪物』だって倒した!! それだけじゃない。いつもいつも、不可能の可能にしてきた貴方には全く問題のないことでしょう!!」


 ゲオルがジグルの記憶を見たように、ジグルもまたゲオルの記憶を見ている。だからこそ、彼が今までどんな苦境に立たされても、それをなぎ払ってきたのを知っている。

 いいや、それ以前に、だ。


「自分の友人が、恩人が犠牲になった上での幸せなんて、僕は絶対に認めない。認めてたまるもんかっ!! 誰一人かけることなく貴方の身体を取り戻すっ。完全無欠の大勝利を目指して何が悪いんですか!!」


 そのためになら、己の魂を迷うことなく賭けられる。

 ジグルは、心の底からそう思っているのだ。


「無茶だろうが無謀だろうが知ったことじゃない。僕はゲオルさんなら魔王を倒せると信じているんです!!」

「だから……その理由は一体なんなのかと聞いているのだ!!」


 ジグルの言葉に、魔術師もまた疑問をぶつける。


「ワレは……ワレは何も持っていない男だ。何も手にしたことがない男だ。魔術以外、本当に何もない。空っぽだ。真っ白だ。今まで身体を乗っ取ってきたのも、身体を探すためと言いながら、実際はそれすらただの言い訳に過ぎなかった。夢も目的もなく、惰性で生きているに過ぎない。だというのに、傲慢で我儘で自分勝手で……そんな、どうしようもないクズな外道だ!!」


 ゲオルは、いいや魔術師は、誰がなんと言おうと外道だ。人殺しは無論、敵を倒すために非道な手段を使ったことだってある。加えて、何人もの身体を乗っ取り、ここにいる。無論、全員と契約をしていたし、願いも叶えた。だが、彼らの命を奪ったのは紛れもなく自分であり、その事実は変わらない。

 だというのに、だ。生きながらえながら、彼がしたことは一体何だ?

 何もない。何も、だ。夢もなく願いもなく、ただ旅を続けていく姿はまさに惰性。目的があったとはいえ、それも半ば諦めていたようなものだ。多くの命を糧にしながら、彼は何も成し遂げることはできなかった。いいや、しなかった、というのが正しい表現だろう。

 時間はあった。能力もあった。けれど、何もしなかった。

 本当に、ロクでもない男だ。

 そんな男を、どうして信じられるというのか?


「六体の怪物を倒したから? そんなもの、理由にもなんにもならんわっ!! それはたまたま上手くいっただけの話でしかないっ!! 次の敵も、そのまだ次の敵も同じ様に倒せるかなど分かるわけがない!! なのに何故!? 何故ワレにそこまでする!? そこまで信用できるというのだ!?」


 疑念と疑問の叫び。

 同時に、それは自分という存在をどこまでも信じられない男の慟哭でもあった。

 ジグルはその叫びを、慟哭を聞いた上で。


「そんなの決まってるじゃないですか!!」


 真正面から、愚直に口を開く。

 そう。決まっている。

 ゲオルがどんなに傲慢でも、我儘でも、自分勝手でも、そんなことは関係ない。外道外道と自分を評価しようが、関係ない。彼が自分を信じられないと嘆こうが、関係ない。

 ジグルが魔術師を信じる理由。

 それは。 


「だって……ゲオルさんは、僕の憧れなんだからっ!!」


 単純な、たったそれだけの、けれど重要な要因こそ、ジグルがゲオルを信じる理由だった。

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