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十七話 最高で最強の剣⑤

 瞼を開く。

 その行為そのものが、意識があるということであり、自分が生きているという証明でもあった。


「……何故」


 だからこそ、目覚めたダインテイルの開口一番の台詞は、疑問。

 彼は意識を失う前、確かにジグルの一擊をまともに喰らった。致命傷、そうでなくとも放っておけば、確実に死に至る傷だ。

 ダインテイルの身体はあくまで頑丈なだけ。自動的に治癒したり、驚異的な回復能力は一切備わっていない。

 それらのことから考えられる結論は、ただ一つ。


「気がつきましたか?」


 地面に横になっているダインテイルに声をかけたのは、既に聞き知った青年の声。

 ふと視線を向けると、そこにはやはりジグルが廃墟の家の壁に背を当てながら座っていた。


「……どういうつもりだ? 何故、某は生きている? ……情けをかけたつもりか」


 目を細めながら言うダインテイル。その表情には、ある種の怒りがあった。

 彼にとって、戦いとは全てを賭してやるもの。そして、彼は先程の戦いで全力を出し尽くし、敗北した。ならば、その末路は死であるべきだ。こんな、生き恥を晒すような真似など、頼んだつもりもないし、覚えもない。あのまま、幕を閉じることこそが、ダインテイルにとっては当然の結末だったのだ。

 けれど、ジグルは苦笑しながら、ダインテイルに向かって言う。


「そんなつもりはありません。ただ、僕は貴方を倒しに来たのであって、殺しに来たわけじゃない。貴方に勝ち、この短剣を手に入れることができれば、それでよかったんですから」


 そう。彼は何度も言った。貴方を倒す、と。だが、一方で殺す、という言葉一切使うことをしなかった。矛盾しているのは承知の上だが、少なくとも、ジグルはダインテイルに殺意や憎悪を抱いていたわけではないのだから。


「今更かもしれませんけど、僕には貴方に止めを刺す資格はありません。それがあるのはきっと、ゲオルさんやザイリードさんだけだと思うから」


 長年戦い続けてきたゲオル。そしてダインテイルが倒して欲しいと望んだザイリード。この二人の身体と記憶を受け継いだジグルだったが、彼自身はダインテイルを殺す動機も理由もない。ただのぽっとでの端役に過ぎないのだ。そんな自分に、ダインテイルの幕引き役になってはいけないと思ったのだ。


「多分、未だ文句があると思いますけど、これが僕のやり方です。貴方の在り方とは違いますけど、それは敗者の役目だと思って堪えてください」

「ハッ! それを言われてしまうと、何も言い返せんな」


 苦笑しながら、ダインテイルは言う。敗者ながら、勝者の言い分を聞く。それならば仕方がない、と言わんばかりに。

 そんな彼に、ジグルは続けて言う。

 何故ならダインテイルは一つ、大きな勘違いをしているから。


「それから、貴方の治療をしたのは、僕じゃありません。彼です」


 言われて、視線を別の場所へと移す。

 そこには、ポツンと一人立っているフィセットの姿があった。


「フィセット……」


 少年の名前を呼ぶ口調に交じっていたのは、疑問。何故、どうして? それは怒りからくるものではなく、単純な疑念だった。

 確かに、あの致命傷を治すとなれば、ただの応急処置では無意味。それこそ、魔術や異能といった具合の代物でなければ治療できない。そういう類に関してはダインテイルが拒否をしなければ、『魔殺加工』も適用されないのだ。

 これでダインテイルがあの傷で生きていた理由は分かった。

 しかし、本当にどうして?


「……ごめん、マスター。マスターが戦いの中で倒れることを望んでいることを、ぼくは知ってた。本当なら、さっきの戦いの中で死ぬことが、マスターにとって最大の最期なんだってことも理解してた。こんなことしてもマスターは喜ばないし、逆に侮辱されたと思うってことも」


 けれど。


「でも……でも、何だか、嫌だったんだ。マスターが死ぬんだってことを目の前にしたとき、僕は嫌だと思ったんだ。どうしてだかは、分からない。気づいたら身体が勝手に動いて治療を始めてた……ごめんなさい」


 無表情の少年からの謝罪の言葉。顔は一切変化していないものの、その口調からは申し訳ない、と言わんばかりの感情が込められていた。

 それを耳にしたダンテイルは、目を瞑りながら、仰向けの状態で言う。


「…………馬鹿者が。どうしてお前が謝る。某を助けたいと思った者に対し、何故怒る必要があるというのだ。むしろ、嬉しく思う。こんな男を、心配し、助けてくれたことを」


 正直なところ、敵に情けをかけられたのなら、戦う者として怒りを感じずにはいられない。

 しかし、自分のことを想い、助けようとしてくれたのなら話は別。逆に感謝の気持ちを覚えるのは当然のこと。嬉しく思う、というのはダインテイルの本心だった。

 そして、理解する。

 自分にも、自分のことを想ってくれる誰かが、一緒にいてくれていたということを。


「すまんな、フィセット。礼を言う」


 その事実に今更気づいたことへの謝罪、そして感謝を魔剣は口にした。

 そして、再び視線をジグルの方へと戻す。


「……さて。お前が未だ、ここにいるのは、その短剣の使い方を聞くため、といったところか」

「はい」


 ジグルの右手には、ダインテイルから奪った短剣が握られていた。その中にはゲオルの魂があり、既に取り戻したといえる状態だ。

 だが、このままでは意味がない。

 ここにある魂を身体の中に戻さなければ、今回の件は何も解決したことにならないのだから。


「よかろう。とは言っても、簡単な話だ。その短剣を己の心臓に刺せ。そうすれば、中にある魂が身体へと移る仕組みになっている。ああ、心臓にさしたからといって、死ぬことはない。それは、魂を吸収するか、付与するための短剣だからな。身体に直接害が及ばないようになっている。試しに、腕を刺してみろ」


 言われて、ジグルは短剣の先端を左腕に刺した。だが、刃は腕を通り抜けてしまう。刺している感触はあるが、肉体の損傷は一切なかった。


「不思議な感覚ですね……」

「それで分かっただろう? その短剣で心臓を貫いても、死ぬことはない。安心して、刺すがいい」


 理屈は分かっているものの、ダインテイルの言葉が矛盾を孕んでいると思えてしまうのは、おかしな話ではないだろう。


「ただ……中の魂がそう簡単に、元に戻ろうとするかどうかは、分からんがな」


 意味深な言葉。

 しかし、ジグルはそんな魔剣の言葉に笑みを浮かべて答えた。


「分かってます。そうなることは、僕も含め、皆予想してたことですから」


 刹那、ダインテイルは目を丸くさせたかと思うと、これまた大きな笑い声を上げた。


「ハハハッ! そうかそうか。あの魔術師め。本当に良い連中と出会ったのだな」


 ジグルの言葉の意味を理解した魔剣は、自分のことではないというのに、どこか嬉しげな口調で言い放つ。


「そして、その表情。成る程。どうやら、覚悟はできていると見える。ならば某から言うことはもう何もない。好きにするがいい。健闘を祈る」

「はい。ありがとうございます」


 礼を言いながら、ジグルは短剣を握る右手を大きく振りかぶる。


 ―――そう。戦いはまだ終わっていない。

 むしろ、ここからが本番。

 それは、ダインテイルの戦いが前哨戦だの、前座だのと言うつもりは毛頭ない。だが、ここから先の戦いもまた、ジグル達にとって今後を左右する重要な事柄なのだ。

 無論、何も起こらないという可能性もなくはない。

 だが、きっとそうはならないだろう。

 何故なら、『彼』はとても優しい人間だから。

 だからこそ、そんな『彼』を助けたいからこそ、ジグルはここで止まらない。


 そして次の瞬間。

 ジグルは、己の心臓に短剣を突き刺したのだった。

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