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十六話 最高で最強な剣④

 ―――刃が舞っていた。


 今のジグルの剣を表現するのなら、その一言に尽きる。

 連撃に続く連撃。一見、そこまで変わったように見えないが、しかしジグルの攻撃には、無駄が最小限に抑えられていた。無駄が少ないということは、隙が少ないということであり、反撃することすらままならない。

 無論、ダインテイルとて黙って防御一辺倒というわけではなかった。隙がないとはいっても、攻撃できないわけではないのだから。

 強靭な一擊。強烈な一刀。

 雲や大地すら破壊するダインテイルのひと振り。

 けれど、ジグルはそれを悠々と交わし、時には技が放たれる前に自らの剣で止め、尽く封殺していく。

 ダインテイルの力押しが、ここにきて、通用しなくなっていた。

 それもそのはず。ジグルが持つ全てを出し切っているのだから。

 今まで培ってきた己の力。ゲオルから授かった身体と記憶。

 そして何より、『剣師』ザイリードの剣。

 その全てが融合したものが、そこにはあった。


(―――凄まじい)


 ジグルがしていることは、ただ単にザイリードの剣を真似ているだけではない。自分とザイリード、二つの剣を織り交ぜ、組み合わせ、新しいものへと変化させている。

 普通の人間は当然、剣の天才だからといって、こんなことは不可能のはず。自分の力を全力で発揮するということが本来の人間の限界。それに加えて、他人の剣を交ぜるなど、不可能に近い。記憶を見たから? 否、それだけでできる芸当ではないはずだ。

 彼は今、人としての限界を超えた領域にいるのだ。

 才能やら、素質やら、そんな程度では決してたどり着けない。

 努力し、修練し、研磨しつづけてきた者にしか足を踏み入ることが許されない場所に。


(―――素晴らしい)

 

 間違ってはいけないが、ジグルはあくまで人間だ。人工体だの、記憶だのと自分で手に入れてないものもあるが、それでも彼という存在が人間であることには変わらない。本当の力が覚醒しただの、隠された能力が発動しただの、そんな無粋なことは一切ないのだ。それは、ダインテイルの『魔殺加工』が一切機能していないのが、何よりの証拠。加えて、言っておくが、ダインテイルの弱点は普通の剣での攻撃は通用するということだけ。ザイリードの剣ならばもっと通用するだの、彼がザイリードの剣術を使っているから効果があるだの、そういう機能は一切ない。

 彼は、人間として、人間の限界を超えたのだ。

 己が培った物。今、己が手にしている物。ありとあらゆる物、全てを使って。

 その姿は、その在り様は、ダインテイルの心を震わせていた。


(ああ、本当に―――何と美しい剣なのか)


 度重なる剣戟によって、着々と追い詰められていく魔剣は、そんな事を思っていた。

 既に、均衡は崩れている。ジグルが、ザイリードの剣を織り交ぜた攻撃を始めてから、場は少しずつ、けれど確実に変化していっていた。

 僅かな、しかし決定的な差が生じてしまったのだ。

 ジグルが剣を振るう度に、ダインテイルの身体のどこかが斬れていく。それらは全て軽傷。だが、傷であることは事実。

 まごうことなく、ダインテイルは押されていたのだ。


「ぐっ……!?」


 傷は既に無視できない数になっており、魔剣は思わず苦悶の表情を浮かべる。

 そして、ふと気付く。

 自分の頬に、何かが流れたことを。

 最初は血だと思っていた。だが、ダインテイルは傷を負っているものの、顔には一切斬撃を受けていない。掠ってもいないのだ。

 ならば、これは一体なんなのか。


(もしや……涙か?)


 心の内で吐露するも、正直理解できなかった。

 これが涙だというのなら、一体全体、自分は何に対して泣いているのだろうか。

 自分の主の技を使われたことへの怒り? 他の誰かが主の剣を使っていた悲しみ?

 馬鹿が。阿呆なことを抜かすな。

 ジグルがザイリードの技を使えているのは彼自身の力だ。彼が、主の剣を使えているのは、今までの修練や努力の賜物だ。

 そしてなにより、彼はそれを覚悟を持ち、誠意を示しながら振るっている。

 そこに怒りや悲しみを感じるのは、あまりにも筋違いだ。

 だが、それならば、この涙の正体は一体何なのか。


(……そうか。これは……)


 刹那、ダインテイルは自分の中にある不思議な気持ちを理解する。

 彼が感じているものは、怒りや悲しみといったものではない。

 いいや、むしろその逆である。

 つまりは。


(これは……歓喜の涙か……) 


 かつて、ザイリードは『剣師』という名前で多くの人間に知られていた。だが、それもかつての話。彼に剣を学んだ者は数多けれど、彼に至った者、超えた者は現れることはなかった。

 けれど、今、その剣が目の前で蘇っている。

 いいや、蘇っただけの話ではない。ジグルはザイリードの剣術と自分の剣術を合わせ、さらに進化させたのだ。

 速く、強く、巧く。

 認めざるを得ない。今のジグルの剣は、かつてのザイリードを超えている。最高の剣士と最強の剣士、それらの力を技が合わさった奇跡の代物。

 正しく、最高で最強な剣だ。

 その剣を目にしたダインテイルの中にあるのは、ただただ感謝のみ。

 自分の主の剣を覚えてくれたこと、そしてその剣を更なる高みへとのぼらせてくれたこと。

 そして何より、その剣をもってして、自分と戦ってくれていること。

 本当に、心の底から、礼を尽くしたい。

 けれど、これは戦いであり、自分は魔剣だ。言葉で返すのでは意味がないし、今のダインテイルにはそれはできない。 

 だからこそ、ダインテイルがやることは決まっており、変わることはなかった。


「カァァァァァアアアアアッ!!」


 雄叫び、そして強烈な一擊が、ジグル目掛けて叩き込まれる。

 しかし、それもまたジグルの予想の範囲内。ダインテイルの剣の側面を弾き、軌道をずらし、斬撃を回避。そしてすかさず、己の剣を叩き込んだ。


「ハァァァッ!!」


 真横からの一閃は、ダインテイルの脇腹を捉え、そして直撃する。


「ごっ、がっ……!!」


 苦悶の表情を浮かべながら、ダインテイルは吹っ飛ばされそうになるものの、その場に踏みとどまる。

 そして、己の右手を振るうものの、しかし刃は空を斬るだけ。見ると、ジグルは既にダインテイルの間合いから離れ、距離を置いた場所で剣を構えていた。


「くっ、ははっ……今のはだいぶ効いたな」


 積み重ねられてきた傷。そこにきての、強烈な一擊。遮二夢刃状態ゆえに真っ二つにはなっていないものの、刃は確かにダインテイルに食い込んでいた。

 その証拠に、彼の脇腹から血が流れている。

 普通なら、痛みで立っていられない。いいや、それどころか、ショック死してもおかしくはないはずだ。致命傷にすらなりえる。剣が身体に食い込み、血を流しているのだから。

 けれど、生憎とダインテイルは魔剣であり、人間ではない。普通の尺度で彼を語ってはならないのだ。


「……そう言えば、まだ名前を聞いてなかったな」

「ジグル。ジグル・フリドーです」

「ジグル、フリドーか。失礼をした。これだけ戦っているというのに、某はお前の名前を知らずに戦っていた。本当に申し訳ない。そして、認めよう。ジグル・フリドー。お前は真実、我が主、ザイリードを超えた剣士であると。お前の剣は最高で最強な剣だ」


 ダインテイルにとって、それがどれだけ重い言葉なのか、ジグルには計り知れない。

 彼が自分の主を慕っていることは、ゲオルの記憶からよく知っている。そんな彼に主を超えた剣士であると言われたのだ。

 そこにはただ単純に嬉しい、という感情だけではない。

 逆に、もっと重い何かを背負った気がしたのだった。

 故に、ジグルは謙遜しない。それは、かえってってダインテイルの、そしてザイリードを侮辱する行為に思えたから。


「そして―――だからこそ、某は全力でいく。己という存在を賭した一擊を放つ。付き合ってもらえるか?」


 それはつまり、次の一擊に全てをぶつけるということであり、その一擊をもって、この勝負に決着をつけるという意思表示だった。

 はっきり言う。現状はジグルの優勢だ。加えて、ダインテイルは先の一擊で負傷した。致命傷にはなっていないとはいえ、致命的な差がさらに開いたのは言うまでもない。

 このまま戦い続ければ、勝利するのはジグルの方。いいや、むしろ勝負を受ければジグルが敗ける可能性は高くなる。何せ、ダインテイルの一擊は、数キロ先の地面も抉るほどの破壊力と切れ味。それに真っ向からぶつかるなど、自殺行為にも等しい。

 無論、それはジグルも重々承知していた。

 そして。


「望むところです」


 している上で尚、彼が出した返答はそれだった。

 青年の言葉に一切の迷いはなく、淀みない答えとともに、重心を低くし、剣を構える。

 状況が優勢? 敗ける可能性? 下らない。そんなものなど、この場には不要。

 目の前の魔剣は、自分の剣を、最高で最強の剣だと言ってくれた。己の主を超えたと認めてくれた。

 そんな男に勝負を挑まれて、断る理由がどこにあるというのか。


「感謝する―――そして。ああ……やはりお前は素晴らしい剣士だ、ジグル・フリドーッ!!」


 言いながら、ダインテイルは刃と化した右腕を構えた。

 燃えるような闘志。全てを押し潰すが如き覇気。

 それらを前にして、しかしジグルは全く動揺せず、ただただ集中していた。

 ダインテイルが仕掛けてくる攻撃は、恐らく今まで以上に強力無比な代物だろう。それは、彼の姿勢や覇気から十分に理解できる。まともに立ち会えば、剣と一緒に粉砕されてしまうのは自明の理。

 けれど……いいやだからこそ、ジグルはダインテイルに正面から挑む。 


「「――――――っ」」


 無言。しかし、動いたのは同時だった。

 互いに前進。故に距離が詰まるのは一瞬のことであり、あっという間に互いの間合いに入る。

 そして、これまた同時にお互いの剣が振るわれた。

 刹那、ダインテイルは思う。

 ジグルの剣は技の極み。剣術の頂点に位置する代物だ。だが、それは剣士として総合的に見た場合の話。単純な一擊の破壊力で言うのなら、ダインテイルの方が威力は高い。

 そして、この場における魔剣の一擊は、今までのものとは比べ物にならない一太刀。

 状況は力と力のぶつかり合い。もしもここで、ジグルの方が速ければ、恐らくダインテイルの敗北は決まっていた。だが、剣が振るわれたのは同時、そしてこのままいけば互いの剣は正面激突する。


(勝った―――っ!!)


 勝利を確信する魔剣。それは、傲慢というわけでも、気の緩みからくるものでもない。自分が積み重ねてきた剣。その一番効果が発揮する状況に至った。

 ならば負けない。敗けるわけにはいかない。

 本気で、全力で、渾身の一擊を放つ。

 そして次の瞬間。

 二つの刃は激突し――――――――――――ダインテイルの刃は唐突に砕けたのだった。


「な―――」


 思わず、言葉を失う。

 分かっていた。自分の攻撃が当たると同時に、それはつまり向こうの攻撃が向かってくるということ。向こうも最高で最強の一擊を放ってくるということ。

 だが、それでもダインテイルには自信があった。正面で激突するのなら、ダインテイルの方が強いと。必ず勝てると。

 しかし、結果はご覧の有様。


(ま、さか―――)


 ぶつかった時に感じた感触。あれは、壊されたというより、崩されたという方が正しい。こちらの一撃よりもさらに強力な一擊で破壊したのではなく、ひびが入った壁が少しの力で崩壊するような、そんな感触。

 そのことから考えられるのは、ただ一つ。


(この戦いでできたであろう、某の剣のひびを……『弱所』を見つけ、そこを攻撃したというのか……!?)


 ダインテイルとジグルの剣は何度もぶつかりあった。それだけではない。ダインテイルに至っては、強力な一擊を何度も何度も放っていた。

 しかし、強い力には必ず反動が出るもの。強靭な身体とはいえ、力押しの一擊を使い過ぎれば、どこかにひびが入ったり、欠けたりするのは自然なことだ。いいや、もしかしれば、ジグルが剣によって与えた一擊によって生じたものかもしれない。

 しかし、最も驚くべきことは、ここでその『点』に自分の攻撃をぶつけたこと。そして、ぶつけられると信じ、身を投じたこと。

 もしかすれば、外れるかもしれない。いいや、外れず『点』を攻撃できたとしても、壊れる前にダインテイルの一擊に押しつぶされるかもしれない。

 そんな不安や恐怖を振り払えることができたのだ。

 何故、どうして、どうやって……一瞬の、刹那の間にダインテイルの頭には様々な疑問と疑念がよぎっていく。

 だが、それもジグルの言葉で全て吹き飛んでいった。


「僕達の……勝ちだぁあああああああっ!!」


 声とともに、青年の一擊が、ダインテイルの身体を切り裂いた。

 吹き出す大量の血は尋常ではなく、傷の深さを物語っている。

 たった一擊。たった一太刀。しかし、そのたった一回の攻撃が勝負を分ける。それが闘争というものなのだ。

 そして、そのたった一回の攻撃が直撃したことにより、この戦いの勝敗はついた。


(ああ、そうか……)


 背中から倒れるダインテイルは、朦朧とする意識の中、ジグルの姿を捉えながら、心の中で呟く。


(お前は最初から、一人でなど、戦っていなかったということなのだな……)


 ジグルは言った。今の自分は僕は色々なものを借りている状態だ、と。

 ゲオルから、そしてザイリードから。彼らに多くの物を貰い、戦っていたのだ。

 いいや、それだけではない。今のジグルには、守りたい人、助けたい人がいる。その少女との約束を果たすために、彼は勝利を望んだのだ。

 我儘だったかしれない。自分勝手だったかもしれない。

 けれど、それでも。

 彼は決して、一人ではなかったのだ。


(ハハッ、ならば……最初から、某が勝てるわけがなかったのか……)


 結局、二人の決定的な違いはその点。

 たった一人で自分の我儘を叶えようした魔剣が、勝てる要素など、元々なかったのだ。

 これ以上ない納得のいく敗因を胸に刻み、ダインテイルは倒れた。

 その顔に、最後まで笑みを浮かべながら。

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