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幕間 魔剣『ダインテイル・レヴァムンク』④

「……ター……スター。マスター」


 聞き知った声が耳に入ってきたと同時に、意識が目覚める。

 そこは、とある廃墟の教会。あらゆる場所の窓は割れており、陳列する長椅子もほとんどが壊れている。唯一まともなのは、中央の壁にかけられている十字架か。

 屋根や壁があるため、ある程度の雨風は凌げるものの、それも最低限でしかない。

 長椅子に寝転び、睡眠をとっていたダインテイルは上半身を起こしながら、隣にいた少年を見て、口を開く。

 

「フィセットか」

「らしくないね。マスターの目覚めが悪いなんて。凶悪な顔が、極悪な顔になってるよ」


 言われて、自分がそういう風であるのだと初めて自覚する。ふと、割れたガラスで己の顔を見るものの、確かにそこにはこれでもかと言わんばかりに目つきの悪い男が映っていた。


「それになんだか不機嫌だ。いや、この場合は不満があるって感じかな」


 淡々と言葉を口にするフィセット。その顔は相変わらず無表情であり、読み取りにくい。しかし、彼の指摘は的中していた。


「マスターは倒したい相手に勝った。そして今、己の目的を果たそうとしている。なのに、何でそんなに苛立ってるの?」


 その疑問に、しかしダインテイルは逆に納得したかのような口調で言う。


「苛立っている、か……ああ。確かにそうかもしれんな」


 フィセットの言う通り、ダインテイルは今まで倒したいと思っていた相手に勝った。その魂を得て、己の目的を果たせそうなところまできている。普通なら、ここは喜ぶべきところだ。

 なのに、今の彼の内にあるのは、その真反対の感情。

 苛立ちであり、怒りであり、落胆であり、後悔だ。

 だが、それは決して、あの魔術師に対してのモノではない。

 むしろ、その逆だった。


「今まで某は自らの主と戦い、その中で倒され、壊されることを最大の目標としてきた。だが、それはあの魔術師を倒すことが前提となっていた。奴を倒せば、自分も主やあの魔術師と同じような存在になれる。輝きを放つことができる。そう信じながら、努力し、研磨し、奮闘してきたつもりだ。そして、勝利した……つもりだったのだがな」


 右手で拳を作り、それを見ながら、ダインテイルは続ける。


「しかし、蓋を開けてみればどうだ。倒したと思っていた相手は自らに制限をかけていた。しかも、それは自分のためではなく、他人のために。それを見抜くことはいくらでもできたはずだ。現に、奴が魂になった時、おかしいと確かに思った。だというのに、某が下した判断は全く別物。魂の状態であれば使える魔術があるのだろう、という代物。今考えれば、本当に愚かな思い違いだ」


 それはある種の道化。

 一人で勝手に思い込み、一人で勝手に盛り上がり、そして一人で勝手に納得する。

 これを愚かと言わず、何というか。


「あの時の奴は、確かに今までにないほどの本気だった。そして何より、強かった。それが某の思い違いをさらに強くしていった……だが、そんなもの、何の理由にもならない。手を抜かれていた、甘く見られていた、などとは一切思っていない。しかし……あの男はもっと強い状態になれたというのもまた事実だ」


 あの時、あの瞬間。魔術師は本当に手強く、かつてない実力を見せつけてきた。

 だが、それでも、だ。魂であったことが枷であることには変わらず、それ故に、あの男にはまだ上があるのだという事実を叩きつけれる。

 本気だった。だが、全力ではなかった。

 その一点が、ダインテイルを今の状態にしている。


「苛立っている。全くもって、その通りだ。某は、あまりにも愚かしい自分自身に憤慨している。情けないと呆れているよ。あの男は、懸命に誰かを守っていたというのに。人として正しい在り方を示していたというのに、な」


 誰かの為に己を犠牲にしながら戦う姿は、やはりダインテイルの心を打つものだった。

 だが、自分はそれを知らずに、嬉々として壊した。自分勝手な想いで。

 同じだ。ダインテイルがしたことは、彼が嫌う転生者や転移者達、そして彼を作った魔術師達と同じ行為。他人の輝きを、努力を、想いを。自分の都合で勝手に捻じ曲げる愚行。それを知らず知らずにやっていたことに、腹を立てずにはいられなかった。


「そして何より。それを理解しているというのに、某は引き戻そうとしないことが、この上なく滑稽に思えて仕方がない」


 ダインテイルが自分自身に恥を感じているのは本当のことだ。

 だが、それでも彼は、魔術師の魂を解放するつもりはない。いいや、できないと言うべきか。


「勝者の責任だのと、あの青年達には色々と言ったがな。あんなものは言い訳に過ぎん。結局、某は己の願いを叶えたいがために、生半可な勝利で良しとしようとしているのだから」

「……それは当然だと思う。マスターはこの瞬間を、ずっと望んでいた。四百年もの間、ずっとだ。自分の願いがもうすぐ叶う状況で、それを台無しにするのは、誰もできないことだと思う」


 長い年月の果てに手にした、千載一遇の好機。これをみすみす逃すというのは、あまりにも暴挙にすぎる。

 それが、心の底から叶えたい望みであれば、尚更。


「でも、マスターは納得できない。だから、まだ戦おうとしている」

「ああ。何とも中途半端で、自分勝手ではあるがな」


 そう。結局、ダインテイルは中途半端なのだ。

 己の願いを叶えたい。だが、納得できていない部分もある。それを払拭する一番の手は、魔術師との再戦。だが、それはこの好機を見逃すに等しいものであり、できない。

 だから、彼は他の方法をとることにしたのだ。

 それがつまり、あの青年との対戦だ。


「……来るかな、あの人」

「来るだろうな。きっと」


 フィセットの言葉に、ダインテイルは言い切る形で答える。


「あの時、彼は周りが見えていなかった。だが、某と戦い、魔術師の魂を取り戻そうとする気概と勇気は本物だった。故に来る。そして、某は聞きたいのだ。彼の言葉を。信念を。そうすれば、もしかしたら、この気持ちに整理がつくかもしれん」


 複雑怪奇な自分の想い。それに納得のいく答えを、彼ならば聞かせてくれるかもしれない。

 無論、それがただの一方的な願望であることは承知の上である。


「まぁそれよりも、だ。お前の方はどうなのだ? 未だ、決心は変わらんか」


 ダインテイルの問いに、フィセットは無表情のまま頷いた。


「マスターはぼくを助けてくれた。そして、一緒に多くの場所に行くことができた。『玩具』でしかなかったぼくに、人の在り方、輝きを教えてくれた。ぼくは、その恩返しがしたい。そして、ぼくがマスターにしてあげられることは、マスターの主の『器』となることくらいだけ。それが、ぼくがマスターにできる恩返し」


 フィセットは、この世界の住人ではない。ダインテイルが他の世界で見つけた少年だ。その経緯は敢えて伏せるが、彼が自分のことを『玩具』と例えたことから、その過去が悲惨であることは察することができるだろう。

 そんな彼に、ダインテイルは手を差し伸べた。

 だが、間違ってはいけない。彼がフィセットを助けたのは、己の主の器とするためではない。確かにダインテイルが主と戦うには、依代が必要となる。そして、フィセットは器としては、最高の相性だった。

 けれど、それはダインテイルがフィセットを助けた後に分かったこと。

 彼が『玩具』であった少年を助け救ったのは、いつものように気に入らないことがあり、いつものように力任せで解決した。その結果でしかない。

 それはダインテイルは無論、フィセット自身も理解している。

 だが、それでも少年は言うのだ。


「マスターからしてみれば、迷惑な話かもしれないけど、これは『玩具』だったぼくが初めて自分からしたいと思ったことなんだ。だから、変えるつもりはないよ」


 未だ、無表情な少年の瞳には、しかしどこか強い意思を感じた。

 その眼を見たダインテイルは、静かに口元を緩ませ、言葉を返す。


「迷惑などとは思わん。だが……こんな男に恩返しをしようだなどと、お前も変わった奴だな」

「それ、マスターが一番言っちゃいけない台詞だと思う」


 言われ、魔剣はいつものように声をあげて笑ったのだった。

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