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幕間 魔剣『ダインテイル・レヴァムンク』③

 ダインテイルがまず最初に始めたことは、己を鍛えることだった。


 いくら元々が強靭な作りであるとはいえ、それに頼るだけでは意味がない。それは、ザイリードと魔術師の戦いを見て理解している。

 膨大な時間を使い、剣を振るい、時には他の剣を喰らい、刃をさらに強固で鋭利なものとした。

 そして、多くの敵との戦い。

 ダインテイルが最終的に倒したいと思っているのは『万能の魔術師』。だからこそ、彼は魔術を使う者を標的として戦いを挑んでいった。おかげで、一部では魔術師を専門とする殺し屋、とまで言われる始末。

 とはいえ、彼が戦うことで救われた人間も確かに存在していた。魔術や権力、地位や財力。そういった諸々で他人を不幸にする連中に対し、立ち向かおうとする者達に手を貸したり、彼自身が一人で立ち向かい、なぎ払ったこともある。無論、やりすぎであったことは少なくない。国一つが崩壊したことだってある。

 だが、それでも彼に「ありがとう」と言葉を投げかけた者は一人や二人ではなかった。

 そして、戦う度に、ダインテイルが強くなっていったのも事実だった。


 けれど、自分が強くなるからと言って、相手が進化しないという道理はない。

 毎回戦うにつれ、『万能の魔術師』もまた、技量を上げていた。『魔殺加工』がありながら、それでも魔術で傷を負わせる威力、そして速度。ダインテイルの剣に対応できる身体能力。時には拳を叩き込んでくる気概。どれを取っても、他の魔術師達とは一線を画していた。


 流石、と何度感嘆したことだろうか。

 自分の主が最高の魔術師と認めた男。そして、いつの間にか、ダインテイル自身も『万能の魔術師』に対し、敬意の念を抱くようになっていた。

 そして、だからこそ、今のままではダメだと思ったのだ。

 恐らくではあるが、この世界であの魔術師は最高峰の一人。それを倒すには、同じような存在を倒す他ないが、しかしダインテイルは既に多くの魔術師を屠っており、他の思い当たる者はいなかった。加えて、魔術師は減少傾向で、その技量も全体的に落ちている。

 最早、この世界で『万能の魔術師』以上の魔術師はいないかもしれない。


 故に、彼は異世界へと旅立つことを決意した。

 元々、彼は他の四つの世界から持ち込まれた材料で作られた魔剣。だからこそ、他の世界があることを知っていた。そして、幸運なことに、『どこにもない店』ならば異世界へと渡る道具を売っていることも知識として頭に残っていた。

 他の世界に行けば、『万能の魔術師』と同格の者と戦えるかもしれない。ダインテイルが知らない、強力な剣を喰らうことができるかもしれない。そして何より、魔術師を探知する魔道具をさらに改良できるかもしれない。

 ならば、行ってみる価値はある。

 そんな、ある種の期待を抱きながら、ダインテイルは異世界へと向かったのだった。


 *


 世界が変われば、常識が変わる。

 それは、ダインテイルも理解していたつもりだった。

 夜と昼の扱いが逆の世界。言語が存在しない世界。超能力という特殊な力がある世界。人類全体に『ステータス』なるものが存在する世界。人間が存在しない世界等など。多種多様な異世界があった。


 それぞれの世界には、それぞれの価値観、社会性が存在していた。無論、ダインテイルの好みの世界や逆に嫌悪する世界も多々。だが、それはそれ。ダインテイルはあくまで異邦人。旅人に過ぎない。云わば、異物である。そんな彼が異を唱えるのは、道理に反している。とはいえ、言いたいことを言いたくなるのが彼の性分。故に、衝突することは、やはり多かった。

 それでも、彼は巡ってきた多く世界の在り方に対し、理解を深め、尊敬していった。こんな考え方もあったのか、こういう価値観も存在するのか。自分が今まで知らなかった、感じることすらなかったことを教えてくれたことには、感謝してもしきれない。それは好みの世界、嫌悪する世界、どちらに対してもだ。


 だからこそ。

 だからこそ、彼は許せなかった。

 自分と同じ様に、異世界からやってきた存在が、世界を汚す有り様が。

 転生者、転移者。彼らの存在がちらつき始めたのは、ごく最近の話。

 超常的な存在から力を授かり、それをあたかも自分の力であると言わんばかりに振るう姿は吐き気を通り越して、滑稽だった。

 気概も覚悟もない。ただ、力を振るえば相手を倒せる……その光景は、まるでかつての自分を思い出させるもの。

 けれど、そこまでならまだマシだろう。

 真の恐ろしいところは、その力を使い、他人を、そして異世界に悪影響を及ぼしていたことだった。


『やれやれ。弱いものいじめはしたくないんだが』


 言いながら、必死で努力してきた剣士を嬲った男がいた。


『本当に面倒だなぁ。本当は戦いたくないんだけど』


 言いながら、何の躊躇いもなく初めて人を殺した者がいた。


『? これくらい、なんてことないだろ』


 言いながら、多くの女を侍らせていた少年がいた。


 彼らの多くは、その強大な力で、周りに何かしらの影響を与えている。

 転生者のせいで、心に傷を負った者。転移者のせいで、今までの努力を台無しにされた者。異世界からやってきた者に全てを奪われた者……。

 そして、最もおぞましいのは、彼らがそれを自覚していないことだ。

 自分は当たり前のことをしているだけで、おかしなことなど一切ないと言わんばかりに。


 ダインテイルとて、自分が世界にとって、異質であり、異物だと理解している。周りに何かしらの影響を与えていると分かっている。

 だというのに、彼らは全くそれを理解しようとしない。そこには、悪意すら存在しないのだ。

 本当に質が悪い。

 そして再認識させられる。

 自分もかつて、多くの者達を同じような目に遭わせていたのだと。


 絶対的な力。確実なる勝利。自分を使っていた者達は不幸になったが、しかしその裏で嘲笑いながら、ふんぞり返っていた魔術師達。そして、それに無理やりとはいえ、加担していた自分。

 転移者、転生者達への怒りは、即ち自分自身へのものでもあったのだ。

 ダインテイルが渡った異世界の中で『ブーメラン』という言葉があった。武器であるブーメランの如く、 他者への批判が口にした本人にも当てはまっていることという意味らしい。全くもってその通りであった。

 自分勝手な行動であることは分かっている。

 お前が言うなと言われる理由も承知している。

 ダインテイルには憤慨する資格などなく、激怒することなど許されない。


 けれど。

 それでも、かつての自分と同じような存在に苦しめられ、悲しんでいる人々を見て見ぬ振りはできなかった。

 この想いも、異世界の言葉で言うのなら『エゴ』というらしい。即ち、利己主義。

 結局のところ、これはダインテイルの我儘。ある種の同族嫌悪からくる衝動だ。故に、転移者や転生者と戦う度、彼は自分自身が、どれだけ矮小で、愚かで、ロクでなしなのかを度々自覚させられた。


 こんな魔剣は存在してはならない。

 こんな魔剣は破壊されなければならない。

 異世界を渡るたび、その想いは強固なものとなっていく。


 一方で、『万能の魔術師』が、どれだけ凄まじい存在であったのかも、思い知らされた。

 彼もまた魔術師であり、普通の人にはない能力を持っている。だが、その力を驕ることはあっても、力に溺れることは決してなかった。自分は人を殺せる力があることを十分に理解し、その上で覚悟と決意を持って、力を振るっていた。加えて、然るべき相手には敬意と尊敬の念を持って相手をする。

 その姿は、ダインテイルの主とはまた違った、けれども同程度の眩しさがあった。


 あの男を倒したい。

 あの男を超えたい。

 そうすれば、自分も同じような輝きを手に入れられると思ったから。でなければ、きっと自分には主と戦う資格も、主に壊してもらう権利もない。

 だから、彼は戦った。

 数え切れない程斬り合い、数多の戦場を駆け抜け、多くの剣を喰らい、その身をさらに強化していく。誰にも負けないため、ではない。あの魔術師を倒し、超えるため。


 そして。

 遂に彼は、『万能の魔術師』を倒すことができたのだった。

 短剣を突き刺した瞬間、勝利が確定した刹那、彼は今まで感じたことのない高揚と達成感が包み込む。幼稚な表現ではあるが、ダインテイルは確かに、その時、心の底から嬉しいと感じていた。

 だが……それも一瞬だけのこと。

 倒したかった男。超えたかった男。それを倒し、超えたはずだというのに。

 今のダインテイルの心には、何故かぽっかりと穴が空いていたのだった。

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