幕間 魔剣『ダインテイル・レヴァムンク』①
それは遥か昔の話。
人口の約八割が魔術師であるという国で、一本の剣を作ろうという計画が行われていた。
折れず曲がらず刃こぼれしないのは当然のこと。あらゆる異能、あらゆる奇跡すら断ち切ることができる刃。そして、その上で所有者に必ず勝利をもたらすことができる剣。
まさしく最強のひと振り。
そんな、誰もが夢見た代物を、その国は欲したのだ。
理由は単純。戦に勝つため。
度重なる戦争による兵士の減少。加えて、その国は魔術師が減ることを何よりも嫌っていた。血筋と才能。それらは国の宝であり、失われるべきものではない。故に守護されるべきなのだ、と。
……などと公言はしているものの、内心はただ死にたくない、というのが本音だ。戦争にいけば、死ぬことはないかもしれないが、危険な目にあう。そんなのは御免であり、嫌だ。だから、『才能のある魔術師は戦には出さない』などというおかしな法が存在していたのだ。
だが、不幸にも大多数が魔術師であるその国では、既に『魔術師ではない』こと自体が劣等であり、ある意味、罪であるともされていた。故に誰も狂った法に異を唱えることはせず、反論する者はいても、異端視されるだけであった。
故に、戦場に出向くのは、決まって魔術師ではないただの人間か、または才能の無い魔術師のみ。しかし、その数が減少してきたことに危惧した国の上層部が、その解決案として新しい武器の製造を提案したのである。
だが、剣の製造は難航していた。
当然である。彼らが欲していた武器は、ただ性能の良い魔道具程度ではダメなのだ。一軍、いや一つの国を滅ぼせる程の剣。それを一朝一夕で作れるわけもなく、また時間を割いても必ず完成する見込みもなかった。
そもそも、だ。問題は剣の性能だけではない。材料に関しても十分に注意しなければならなかった。武器の使用は即ち敵へのお披露目でもある。そして、それは相手にも同じようなものを作られてしまう可能性を僅かだが、与えてしまうことでもあった。
だからこそ、簡単に相手が製造できないようなものを作らなければならない。材料から作り方まで、慎重にならなければいけない。
そんな時、一人の魔術師がある提案をした。
この世界ではない、異世界の材料を使用すればいいのではないか、と。
異世界の材料となれば、この世界では手に入れることができない。故に相手は剣の存在は知ることができても、作ることはできない、と。
幸か不幸か、この国には異世界へと渡る魔術が存在していた。それを利用して異世界から極上の材料を持ってくる。
その提案はすぐさま可決され、そして彼らは異世界へと渡り、武器の材料を集め、持ち帰った。
その材料とは、それぞれ違った世界の四本の剣……いいや、正確にはその残骸か。
一本は、一度鞘から抜けば、必ず誰かが血を流すという剣。
一本は、願いを三度叶えるが、必ず所有者に不幸をもたらす剣。
一本は、世界を炎で包み、全てを焼き尽くし、滅ぼした剣。
一本は、黄金を守護する邪竜を、たった一人で退治した英雄の剣。
それらの剣は既に刃こぼれを起こしており、それぞれが単独では使い物にはならなくなっていた。だが、問題はない。材料としては一級品であることにはかわらないのだから。
そして、四本の刃は溶かされ、一つとなり、四十四日、一時の休むことなく精錬されたことによって、新たな一つの剣が作り出された。
それこそが、魔剣―――ダインテイル・レヴァムンクの誕生である。
*
結論から言うと、ダインテイルは、多くの戦場で多くの勝利をもたらしてきた。
たったひと振りするだけで、千の戦士が吹き飛び、万の兵士が消し炭となる。あらゆる場所、あらゆる条件を無視し、どんな時でもどんな敵をも、容赦なく討ち滅ぼしてきた。
全戦全勝。まさにその力は圧倒的である。
だが、そんな勝利がタダなわけがない。
ダインテイルは確かに、必ず勝利を掴める力を持っている。が、それは一人につき、四回まで。そして、その四度目を使えば、使用者は必ず死んでしまうのだ。
それを知っていた国の連中は、魔術師ではない人間を生贄としたのだ。
元々、剣術の才能が無くても、自動的に達人の域を超えれるような細工もしており、それ故に所有者は誰でもよかったのだ。
だからこそ、男も女も、大人も子供も関係ない。ただ、魔術が使えないという一点のみを理由に、選び、自分達のためにわざと魔剣を使わせたのだ。しかも、その多くが他国から攫ってきた者、自分達が侵略した国の者達ばかり。加えて、自分達に反逆できないよう、魔術で縛ったり、家族や恋人、友を人質にとったりなど、その非道っぷりは悪辣であった。
戦場に行くたびに数多の命が散り、そして時には使用者すら命を落とす。
家族のため、恋人のため、友のため。死にたくないという気持ちを押し殺しながら、彼らは戦場を駆け抜け、そして死ぬ。
ただ魔術が使えないという理由だけで。
たったそれだけの、下らない要因のみで、多くの者が死んでいった。
一方で彼らを利用していた多くの魔術師達、そして国民は、のうのうと生活し、贅沢な暮らしを送っていた。食事に困ることは一切なく、病気になることさえ少なく、貧困などは有り得ない。
彼らに罪悪感など一切ない。
何故なら、魔術が使えないというのは、その時点で汚点であり、罪である。それが常識なのだから。
朝になって起きたら顔を洗う。目上の人には敬語を使う、などといった具合に、魔術が使えないならそれは罪であると本気で思っていた。だから、魔術が使えない者には人権はなく、戦場で散ることこそ、彼らの役目なのだと。
それが、彼ら魔術師の思考であり、普通であった。
そこに疑念や疑問が生じる者はほとんどいない。当然だ。子供の頃から教えられ、育ってきたのだから。その在り方を異常だと唱える者こそ、この国では異常者なのだ。国家や社会というものは、そういうものなのだから。
けれども、だ。
だからと言って、魔術が使えない者が犠牲になっていたことは覆すことができない事実。
彼らは戦場で戦い、必死になって剣を振るい、そして最終的には死んでいった。そこには、老若男女など関係ない。
激昂、憤慨、後悔、無念、悲嘆。
本当は死にたくない。殺したい相手は別にいる。何故自分達が死ななくてはいけないのか……そんな負の感情を抱きながら、彼らはこの世を去っていく。
それを、ダインテイルは最前線で見ていた。
何度も。
何度も何度も何度も。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
そして、理解した。
ああ、なんと悲しいことなのか。
ああ、なんと悔しいことなのか。
彼らに罪などありはしないのに。彼らに落ち度などあるはずがないのに。
これが魔術か。これが魔術師か。
魔術が使えないという、ただそれだけの理由が、そこまで重要だというのか。だとするのなら、貴様らの方が余程業が深く、救いがたいクズである。
故に『某』は貴様らを許さない。
たとえ、この身が剣で、何もできないとしても。
たとえ、人間のように、喋ることができないとしても。
この感情だけは、決して消えることはないだろう。
即ち、魔術師への怒り。
それが、ダインテイルが抱いた初めての感情だった。
*
先に結果を述べると、魔術師達の国は滅ぼされた。
それは、ダインテイルが反逆したわけではない。酷使され、差別されてきた者達が己の力で反旗を翻したのだ。
無論、彼らは魔術が使えない。だが、様々な奇跡と偶然が重なり合い、彼らは魔術師達に勝利することができた。
魔術が使えないからという理由で人権を与えなかった国、ひいては国民の当然の結末。そもそも、魔術が使えるからという理由だけで、彼らは自分で戦おうとしなかった。それが大きな敗因だったのだろう。
だが、問題はその後。ダインテイルの処遇について。
反逆の際、ダインテイルも使用され、魔術が使えない者達の勝利に貢献していた。だが、彼らからすれば、ダインテイルもまた自分達を苦しめていた存在。感謝よりも、憎悪や嫌悪、忌避感の方が強い。
だが、それは仕方のないことだとダインテイル自身も理解していた。ダインテイルという魔剣が存在していたからこそ、多くの罪のない人間が死んでいったのは事実。
だからこそ、ダインテイルは己の死を覚悟した。
けれど、その予想は外れ、ダインテイルは破壊されることはなかった。
それから長い年月が経ち、ダインテイルは人から人へと渡るようになっていた。
曰く、必ず勝利をもたらす魔剣。
曰く、必ず所有者を不幸にする魔剣。
そんな触れ込みは、どこにいっても付きまとってきた。しかし、それも致し方のないこと。何故なら、それは事実なのだから。ダインテイルは四度の勝利を約束する代わりに、所有者を死に至らしめる。今まで実際にあったことであり、変えようがない真実。云わば、ダインテイルの罪だ。
そして、そんな魔剣に抱く感情は二つ。
欲望と恐怖。
どんなに力が無くても勝利する魔剣として願われるものの、けれど四度目が近づくとなるとまるで化物のような扱いを受ける。そして、手放すか、四度目の勝利を収め、死んでいく。そして、所有者が死ねば、また噂は広まり、誰もが魔剣を遠ざけるようになる。
それが、魔剣の在り方。
それが、ダインテイル・レヴァムンクの在り方。
想い入れなど一切なく、剣としても中途半端に使われる。あの自分勝手でどうしようもない魔術師達に作られた剣としてお似合いの様。
しかし。
そんな彼の人生……いや、剣生もある男の登場によって変わっていく。
とある国で一番の実力者と謳われ、多くの剣士の師を務めた最高の剣士。
その剣士こそ、ダインテイルが唯一主と認めた、『剣師』ザイリードである。