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十二話 戻ってきた青年⑤

 時刻は深夜。

 既に陽は落ち、空には無数の星が輝いている。しかし、そこに月の姿はなく、今日が新月であることを示していた。

 窓から空の様子を見ていたジグルは、窓のカーテンを閉め、反対方向にあるドアの前に立つ。そして、懐から『鍵』を取り出した。

 それはゲオルが持っていた『店』に行くために使用する『鍵』。これを使うためにはいくつかの条件を満たさなければならないが、今のジグルには問題なかった。

 そして、ゲオルの記憶を頼りに、鍵を使おうとした瞬間。


「―――お出かけかい、青年」


 ふと、後ろから声がする。

 ジグル達は、宿に二つの部屋を取っている。一つはヘルとエレナ、もう一つがジグルとロイド、といった具合に男女に分かれていた。

 そして、ここがジグルが泊まっている部屋だとするのなら、もう一人が誰なのか、言うまでもない。


「ロイドさん……起きてたんですか」


 振り向くと、ベッドからこちらに視線を向けていたロイドが不敵な笑みを浮かべていた。


「まぁな。こちとら一日中横になってんでな。昼間寝すぎたせいで、目が覚めちまう」


 大げさに両手をあげながらそんなことを言うロイドに、ジグルは苦笑する。


「……もしかして、もうあの魔剣と戦うつもりなのか?」

「まさか。僕もそこまで薄情じゃないですよ。ただ、あの魔剣と戦うには、ある店に行かないといけないので」

「店……ああ、あいつが言ってたあれか」


 某の居場所を知りたければ、『店』に行くがいい……その言葉はロイドも覚えていた。事情はあまり知らないが、とにかくそこに行けば、ダインテイルの居場所が分かる、という程度の認識ではあるが。

 しかし、その辺に関してはあまり気にしていない。彼が気にかけていたのは、ジグルが誰にも何も言わず、黙って戦いに行こうとしていたのか、という点。

 それが違っていたのなら、問題はない。


「なら、まぁいいけどよ……でもよ、昼間言ってたアレ、本気なのか?」


 言いながら、ロイドは真剣な眼差しを向ける。

 昼間にジグルがエレナと話を終えた後に言った提案。それは、あまりにも受け入れ難いモノであった。


「一人であの魔剣と戦うとか、やっぱ正気の沙汰じゃねぇと思うんだが」


 魔剣・ダインテイルとの一騎打ち。それがジグルが出した、対策であり、方針だった。

 いや……それを方針というにはあまりにも無謀と言うべきか。千、いや万の敵でさえなぎ払うことができるダインテイル。あのゲオルですら打ち負かした相手に、一人で挑むなど、本来なら有り得ないことだ。

 だが、ジグルはそれが今できる、唯一の手段だと言う。


「その指摘はご尤もだと思います。でも、昼間話したように、彼相手に複数人で戦いを挑んでも無理でしょう。ヘルさんはとても強いです。けど、一緒に戦うとなれば、話は別です。恐らく、互いが互いの足を引っ張ると思うんです」


 協力して戦うことができない、というわけではない。ただ、互いに十全な力を振るってしまえば、それはもう一人の力を削ぐことになる。連携というのは、それこそ息があった者同士によって、初めて効果が現れる。

 恐らく、やろうと思えばできなくはない。だが、相手はあの魔剣・ダインテイルだ。急ごしらえの連携では歯が立たない。それどころか、致命的な弱点にもなりかねないのだ。

 無論、ジグルが一人で戦う理由はそれだけではない。


「恐らく、この中で一番、あの魔剣に対抗できるのは、僕です。力とか技量とかの話じゃなく、単純に相性の問題ですけど。それも、昼間話した通りです」


 ジグルはゲオルの記憶を垣間見ている。そこからダンテイルの情報は読み取っており、彼が強者ではあるが、無敵ではないことも知っていた。

 その点を踏まえて、ジグルは説明をしたつもりだったのだが。


「いや、確かに理屈は分かる。分かるがなー……」


 どうにもロイドは未だ、納得できずにいるようだった。

 いや、実際はロイドだけではないのだろう。エレナは無論、ヘルもまた心の底では「それはどうなんだ?」と思っているに違いない。実際、ジグルの言い分は間違ってはないが、しかしそれ以上に認めることが難しいものなのだ。


「……やっぱり、無謀だと思いますか?」

「ああ。そりゃ無謀だろ。誰がどう見ても。どう考えても」


 ばっさりと切り捨ているロイドの言葉に容赦はなかった。そして、ジグルはその言葉を否定しない。恐らく、彼の言葉は、誰もが思うことだと自覚はしている。


「とは言っても、俺が渋ってんのはそこじゃなくてだな。その……何だ。俺、今回とんでもなく外野にいる気分なんだよ。いや、実際外野なのは事実なんだが」


 ロイドは言われずとも理解している。自分がここにいるということが、場違いであると。そもそも、エリザベートの時でさえ、彼は当事者でありながら、ほとんど何もできなかった。死にかけながら、仲間の仇を取ったものの、言ってしまえばそれだけしかしていない。それもほとんどゲオルがくれた武器のおかげだ。故に、彼には恩義があり、できることなら助けたいと心から思っている。

 しかし、今のロイドにできることは、何一つ存在していないのが現実だった。


「俺にはお前を止める義理も筋合いもない。そもそも、付き合い自体も短いなんてモンじゃあないからな。口出しなんてできねぇし、するつもりもねぇ」


 ただ。


「それでもよ。やっぱ、少しでも縁ができた奴が、危険なところに行くっていうのは、あんまりいい気分しねぇだろ」


 何もできない。何の役にも立たない。

 本当に自分は情けないと思いつつ、彼はそんなことを口にしたのだった。


「……すみません。心配してもらって」

「謝んな。こっちが勝手にしてるだけなんだからよ。っつか、それくらいさせろ。でなきゃ、マジで俺、なんもできねぇから」


 その言葉で、ジグルはロイドという人間を少しだけ、理解できたように思えた。


「……ちゃんと戻ってこいよ。エレナの嬢ちゃんのためにも」

「分かってます。彼女にも約束しましたから」


 そう。もう彼の中には、自分の命を投げ打つ、という考えはない。それでは意味がないのだと思い知ったのから。

 だから、ジグルの想いはただ一つ。

 勝利する。勝って、無事にゲオルを連れて戻る。

 それだけの、単純で、明快なモノだった。


 *


「―――で。ヌシはここに来た、というわけか」


 どこにもない店にやってきたジグルは、店主であるウムルに今までの経緯を話した。

 ジグルがゲオルに身体を乗っ取られていたこと。ゲオルが自分の魂をなるべく融合しないよう配慮してくれていたこと。そのせいで、ダインテイルとの戦いに敗けてしまったこと。そして、その魂が今、ダインテイルの下にあり、それを取り戻そうとしていること。

 それら全てを聴き終えた後、ウムルは大きなため息を吐いた。


「全く……あの馬鹿者が。なーにが、話せば助力してくれるだろう、だ。ワシは何でも屋ではないのじゃぞ」


 ぶつぶつと小言を口にするウムルの眉間にはシワが寄っており、彼女が如何に苛立っているのかが伺える。

 しかし、もう一度ため息を吐くと共に、そのシワは自然に無くなった。


「まぁよい。話は分かった。少し待っておれ」


 言いながら、ウムルは手元にあった煙管で机を三回叩いた。同時に、天井が割れ、上から箱が机の上に落ちてくる。

 そして、箱を開けると、中にあったのは一つの巻物だった。


「この巻物は?」

「転移魔術が施されておる魔道具じゃ。会いたい人物を念じながらそれを開くと、その人物の下へ転移する仕様となっておる。それがあれば、あの馬鹿者……ダインテイルの下にゆけるだろう。とはいえ、使用できるのは二度が限界じゃ。故に、往復しかできんがな」


 つまり、ダインテイルの下に行く時とエレナ達の下へ帰ってくる時の二回、というわけか。

 しかし、それだけあれば十分だ。ジグルには、この魔道具を他に使うつもりなどないのだから。


「ありがとうございます。あ、でも……」

「でも、なんじゃ? ……ああ、もしや金のことを気にしておるのか? ならば心配無用じゃ。さっきはああ言ったが、今回は事情が事情じゃ。古い客が迷惑をかけたことへの、少しばかりサービスにしておいてやるわ」

「さー、びす……?」

「気にするな。こちらの話じゃ。聞き流すがよい」


 聞きなれない単語に首を傾げるジグルに、煙を吐きながらウムルは答えた。


「それにしても、こうしてみるとあの馬鹿者とはえらく違っているのぉ。彼奴が他人の身体を乗っ取っている、というのは知っていたが、姿が同じでも、雰囲気でここまで変わるとは。印象が別人じゃな。いや、実際別人なのだから、当然か」


 確かに中身が違っているのは本当ではあるが、しかしそれを雰囲気で理解できるウムルもまた、やはり常人ではないのだとジグルは再認識していた。


「しかし、なる程……そういう事情か。全く、本当に難儀な状況じゃな、これは」

「? 何が、難儀なんでしょうか」

「いいや。何でもない。それより、欲しいのはそれだけか? 何なら、初回ということで、色々と用立ててやるぞ。例えばそうじゃな……新しい剣を見繕ってやろうか」


 言うと同時、今度は煙管の先端を机に一回、大きく叩く。するど、店の壁が一斉に動き出した。次々と移動する壁。奥へと進んでいく商品。それらの代わりに出て来たのは、壁を覆い尽くさんばかりの無数の剣であった。


「これは……」

「うちはこれでも品物が多くてな。聖剣、魔剣、妖剣、霊剣……大方の剣を揃えてある。無論、ヌシ達とは違う別世界の物も、じゃ。その辺は、あの魔術師の記憶を見て知っているのじゃろう?」


 それもまた事実だった。

 この店が異世界にも繋がっていることも、そしてだからこそ異世界からの品物も取り扱っていることもゲオルの記憶にはあった。

 けれど、それを実際この眼で見るとなると、驚かずにはいられない。

 ジグルには分かる。壁に飾られている剣は、どれも本物だ。ひと振りすれば、何でも斬れそうなものばかり。恐らくはそれ以上の何かしらの能力が、それぞれに付随しているのだろう。


「さぁ。どれでも好きなのを選ぶが良い」


 片手を広げ、剣を選べとウムルは誘う。

 彼女が出してきた剣は全てが特殊な剣。そんじょそこらの剣とは比べ物にならない程の代物。それこそ、中にはあの勇者が持っていた聖剣と同格、あるいはそれ以上のひと振りが混じっているかもしれない。

 そんな夢のような提案を前にして、ジグルが出した結論は。


「お気遣い、感謝します。でも、遠慮しときます。ここにある剣だと、彼を倒せませんから(・・・・・・・)


 それが、彼が導き出した答えだった。

 その事実に、ウムルは一瞬、大きく目を見開き、すぐさま元に戻しながらも、どこか納得したかのような口調で言う。


「……なる程。あの馬鹿者の記憶を見たというのは本当らしい。そして、その上でダインテイルの特性にも気づいた、というわけか」


 刹那、煙管で机を二度叩くと、出現していた無数の剣は壁の中へと消えていき、最初に来た時と同じ品物が戻ってきた。


「試すような真似をしてすまなんだ。ヌシにあの魔剣と戦う資格があるのか、見極めたかったのじゃ」

「資格、ですか?」

「半端な者にあれと戦わせるわけにはいかんのでな。何せ、あれと戦うとなれば、多かれ少なかれ、タダではすまんからの」


 そして、どうやらジグルには、その資格があるとみなされたようだった。


「しかし。そこまで理解しているのならば、奴の本当の目的もおおよそ見当はついているか」

「はい。彼の……魔剣ダインテイルの望み。それは――――――」


 それはとても自己中心的な代物であり、身勝手なもの。世界を壊すだの、征服するようなものではないが、しかしそれでもとばっちりを受けた者は少なからず存在するはず。

 けれど、それでも。

 単純で、明快で、剣という存在からしてみれば、とても純粋な願い。

 つまり。


「―――彼の主、『剣師』ザイリードの手によって、倒され、壊されること」


 それが、魔剣・ダインテイルの望みなのだった。

※次回からダインテイルの幕間が始まります。

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