八話 戻ってきた青年①
ダインテイル襲来から、二日後。
エレナ達はとある街に来ていた。
幸いなことに、街はすぐ近くにあり、宿もまた空いていたため、寝泊りに困ることはなかった。特にロイドは怪我をしていたため、街の医者に診てもらったが、これもまた問題はなかった。ゲオルが使った薬のおかげであるらしい。
一方、ジグルはというと、身体に未だ慣れていないため、最初は少し動きがぎこちなかったが、二日経った現在では、その問題も解決していた。
今はエレナと共に買い物に出かけている。
のだが……。
「……で、あの二人は、今日も?」
「ええ。昨日と同じでしたわ」
宿のベッドで横になるロイドの問いに、ヘルは淡々と答える。
ここに来てからというもの、エレナとジグルの間には、妙な空気が流れていた。別段、喧嘩したわけでもなく、会話がぎこちないわけでもない。が、明らかにある話題を避けている。
ある話題。つまり、ゲオルを助けに行くという点。
期限まではあと五日。これをまだ五日と見るか、もう五日と見るかは人それぞれだが、ジグルがどちらなのかは言うまでもない。
それでも未だ、『店』に行かないのは、彼が身体に馴染めていないため。
だが、それも時間の問題だろう。
「はぁ……まぁ、聞いた限りじゃあ、ぎくしゃくするのも仕方ないっていうか、当然と言えば当然なんですがねぇ……」
「ある意味において、彼らの旅は終わったようなもの。いえ……正確には、元通りになった、というべきでしょうか。元々、エレナさんはゲオルさんの元の身体を探し出すことで、ジグルさんを元に戻そうとしていました。その肝心要のジグルさんが、戻ってきたのですから、あの魔剣と戦わなければならない理由はない」
「でも、ジグル青年の方は、旦那を取り戻そうとしている、と」
問題はそこである。
ここでゲオルの事を忘れて、新しい旅に出る、という選択ができれば、エレナもジグルも、そしてここにいる二人も悩むことはしなかっただろう。
「本当のところは、エレナさんもできることなら、ゲオルさんを取り戻したいと考えているはず。けれど、もしゲオルさんを取り戻すということになれば、それは……」
「せっかく巡ってきた好機を不意にするようなもの、だろう? ああ、全くもってその通りだ……だが、そうだとしても、青年は戦って取り戻さないといけないと思っている」
はぁ、とため息を吐きながら、ロイドは天井を見上げる。
「……エレナの嬢ちゃんは、辛いだろうな」
「ええ。エレナさんからすれば、ジグルさんを止めたいはずでしょう。今回のような機会は紛れもない奇跡。恐らく二度とないはず。無論、ゲオルさんを取り戻し、その後あの方の身体を取り戻せば万事解決、ということにはなりますが、それが上手くいく保証はどこにもない。加えて、ジグルさんがあの魔剣に勝てるという確証もない。もしかすれば、彼女は大切なモノを二つ失う可能性がありますわ」
いや、正直な話、もしもジグルがダインテイルと戦うことになれば、その確率はとてつもなく高いだろう。
間近ではないにしろ、あの天変地異のような戦いの後だ。どう考えても無謀なのは目に見えている。
「けれど、エレナさんはジグルさんを止めないでしょう。それはできない。ジグルさんの意思を尊重して、という理由もあるでしょうが、何より恩人であるゲオルさんを見捨てるわけにはいかない。彼女は優しい性格ですから。その葛藤が、今の二人の空気を生み出している、というわけです」
エレナもゲオルを助けたいとは思っている。だが、それをすればジグルも失うかもしれない。そして、取り戻したとしても、ジグルが再び戻ってくる可能性は低い。だが、そのジグル本人が助けに行くと言っているのだから、自分は口を挟まない……。
でも、しかし、だけど。
そんな悪循環が、今のエレナの内に広がっているのだろう。そして、恐らくは、ジグル自身もそのことには気づいているはずだ。
だが、それでも彼はゲオルを助けることを撤回しようとはしていない。
「全く……旦那も大きなモンを残してくれちゃって……」
やれやれと言わんばかりなその口調は、自分が頼まれたことへの責任を改めて理解しているようだった。
「しかしロイドさん。こう言ってはひどいとは思うのですけれど、貴方がそこまで考えこむ必要はないのでは?」
「おおう。本当にひどい言い草だな、姉さん。まぁ、確かにエレナの嬢ちゃんとは俺はまだ知り合って間もないし、付き合いは短い。特に、ジグル青年には初対面もいいところだ。そんな二人について、あれこれ口出しするなんてお門違いもいいところなのは自覚してるよ」
だが。
「後は任せるって言われちまったからなぁ。何もしないわけにはいかないって話だ。その点は、姉さんも同じだろう?」
「ええ」
無論である。
ロイドよりは長いが、しかしヘルもまたゲオルやエレナとはそこまで長い付き合いではない。本当ならば、何か助言することすらおこがましい行為なのかもしれない。
けれども、だ。
ヘルも言われたのだ。
後のことを頼むぞ、と。
付き合いは短いかもしれない。関わりあった期間は長くないのは事実だ。
だが、それでも、ヘルは彼を仲間と思っており、そしてそんな彼に頼まれたのだ。
ならば、やることなど決まっている。
「とはいえ、現状何もできないのも確かだしなぁ。事実、俺はこんな状態だし」
「その点については気になさらずに。無理なことをして傷を開けば、それこそゲオルさんに怒られますわよ?」
「はは、違いねぇ」
「しかし、あの二人をこのままにしておくわけにはいかない、というのも事実。どうにかしなければ、ゲオルさんに顔向けができません」
だとするのなら、どうするべきか。
ジグルを説得してゲオルを助けるのを断念させる? エレナと会話してゲオルを助けに行かせることを了承させる? どちらも否だ。そもそも、エレナはともかく、ジグルに関しては説得や会話でどうこうなるとは思えない。エレナにしても、そもそも彼女は反対をしていない。
このまま行けば、ジグルはきっとゲオルを助けに行くだろう。そして、エレナもそれを見送るはずだ。
だが、本当にそれでいいのか?
分からない。分かるわけがない。
だからこそ、まずはそれを明確なものにするべきだろう。
「……ロイドさん。無理をしない範囲で、少々ご協力をお願いできませんか?」
*
街の喧騒が耳に入ってくる。
時刻は昼。空に太陽が昇りきり、燦々と地上を照らす中、人々はそれ以上の活気で賑わっている。
そんな人ごみの中を、ジグルはエレナと共に歩いていた。
「ジグルさん。その……身体の調子はどうですか?」
「好調、というより、絶好調かな。今までにないくらいすごく動きやすいんだ、この身体。まだ、意識が目覚めてあんまり時間が経ってないから、まだ慣れてないけど」
「そうですか。じゃあ、まだまだ荷物を持ってもらっても大丈夫ですね」
「それはいいけど。まだ買うんだ」
ジグルの両手は既にここまでで買った食材やら調味料やらで埋まっていた。無論、それはエレナが買ったものであり、彼女が数を間違えている、というわけではない。
青年の言葉に、エレナは胸を張りながら、言葉を返す。
「勿論です。食料は一通り揃えましたけど、それ以外はまだ全然ですから。火打石も新しいのを買わなくちゃいけませんし、食器類も新しいのがあれば買いたいですし、ローブだってボロボロですから。直すためにも裁縫の道具も一式揃えたいな、と。あとは……」
次々と出てくる少女の要望に、ジグルは苦笑しながら、頷いた
「分かった分かった。今日はとことんまで付き合うよ」
「はい。よろしくお願いしますね」
笑みを浮かべ、エレナは先へと進む。
その隣を歩きながら、ジグルは心の中でふと言葉を漏らしていた。
(周りが見えてない、か)
それは、ダインテイルに言われた一言。
今ならその言葉の意味をジグルは理解できる。あの時、彼はダインテイルのことしか見えてなく、そしてゲオルを取り戻すことしか頭にはなかった。
その隣でずっと自分を支えてくていた少女の顔がどんなだったのか、全く見ようともせずに。
あの時、エレナはどんな顔をしていたのか。
怒っていたのか。泣いていたのか。困っていたのか……本当に、それすら思い出すことができない。
だが、そんな彼にも分かることがある。
例えばそう。今のエレナがわざと元気なフリをしていることなど。
「……、」
冷静になれば、自分がどんなに馬鹿なことをしとうとしていたか、そして今も尚、途方もないことをしようとしているのかが否応無しに分かってしまう。
魔剣・ダインテイル。あのゲオルですら打ち負かした男。それを倒そうとしている事実もまた馬鹿げている。非常識、と言われても仕方ない。
だが、それよりも考えるべきことは、エレナの事だ。
彼女はずっとジグルを取り戻すためにここまで旅をしてきた。そして、今、ジグルはこうして戻ってきており、ある意味彼女の目的は叶えられている。だが、ジグルがゲオルを取り戻せば、またやり直しになってしまう。
それは彼女の望むものではない。それどころか、やって欲しくないことだろう。自意識過剰かもしれないが、エレナはジグルを取り戻すために旅を続けていた。そのジグルをもう一度手放すような真似など絶対にしたくないはず。
だが……。
「ジグルさん……?」
ふと、ジグルが足を止めたことにエレナは気がつき、声をかけてくる。
「どうしたんですか?」
「あ……いや、なんでも……」
刹那、心配そうにする少女の顔が目に入る。
そう。エレナは自分を心配してくれているのだ。そして、その上でこちらの気持ちを汲んでくれている。この街に来てから、いいやダインテイルと戦おうとした時から、彼女はずっと行かないでとは言わなかった。
それがジグルの意思ならば、と尊重して。
本当はやめて欲しいのに。本当は行って欲しくないのに。それでも言葉を紡がないのは誰のためか。
分かっている。理解している。承知している。
だが。
だが、それでも……。
「……うん。なんでもないよ」
心の中にモノとは別の言葉を口にしながら、青年はただ笑みを浮かべたのだった。
*
それから二時間後。
二人はようやく買い物を終わらせ、宿へと戻ってきた。
「ただいま戻りました」
「―――ああ、いいところに戻ってきましたわ」
扉を開けると同時、ヘルはそんなことを言いながら、二人を迎える。
一方のロイドは「あちゃ~……」と声を漏らしており、その視線は何とタイミングの悪い、と言わんばかりなものであった。
「何かあったんですか?」
荷物を置きながら、ヘルの言葉が気になったジグルは、ふとそんなことを呟く。
「いえ、そういうわけではないのですがちょっとジグルさんに用向き、というかお願いがありまして」
「お願い、ですか?」
「ええ。ああ、でも安心してください。そう難しいことではありませんわ」
言うとヘルはジグルの方へと歩き、近くまで寄ってきた。
そして、小首を僅かに傾げながら。
「ジグルさん―――ちょっと、わたくしと殴り合いしてもらえませんでしょうか?」
まるでちょっとした頼みごとをするかの如き言動に、ジグルは当然、エレナもまた、目を見開いたのは、言うまでもないだろう。




