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幕間 魔術師の敗北、そして……①

 空に展開していた陣が消失して、十分が経過した。

 あれだけ続いていた激しい轟音も、地鳴りも、何もかもが止んでおり、何も聞こえないし、動きもない。それらから考えられるのは、戦いが終わった、という事実。少なくとも、大掛かりな規模の攻撃の衝突は無くなっている。

 では、何故ゲオルは帰ってこないのか。何故。いつものような口調で「待たせたな」という声がしないのか。


(大丈夫……きっと、大丈夫……)


 倒れているジグルの、そしてゲオルの身体を強く抱きながら、エレナは心の中で呟く。

 そうだ。ゲオル自身が言っていたように、彼はいつも最後には勝ってきた。魔物にも、勇者にも、そして先程まで戦っていた魔女にも。

 彼は抜けているところが多くあり、足元を掬われることも多い。うっかりやミスだって連発する。高慢な性格なせいで、色々と問題があるのは事実だ。

 だが、戦いにおいては、いつも勝利し、自分の下へと帰ってきてくれた。

 だからこそ。


(今回も、きっと帰ってきてくれるはず)


 そう、約束したのだから。

 言いたいことが山程ある。言わなければならないことがたくさんある。文句も小言も、感謝もお礼も、まだまだ彼には伝えなければならないことがあるのだから。

 だから、だから、だから……。

 そんなことを願うエレナだが、しかし一方で奇妙なざわつきが、心の隅にあった。

 これは以前にも感じたことがある。そう、あれはつい数ヵ月前。自分が病にかかってしまい、それを治療するためにジグルと共に森へと入り……そして、彼と別れた日。

 そして思い出す。

 あの日、ジグルはエレナに「ちゃんと戻ってくる」と約束した。

 だが、その結果はどうだったのか?

 今の状況は、あの時と似ているとは言えない。相手は魔物ではないし、敵の数も一人、いいや一本と言うべきか。加えて、ゲオルは今、魔術を使用している。

 だが、彼女の心の隅にあるざわつきは、あの日の、ジグルを失った日に酷似していた。

 気のせいだ、有り得ない、そんなはずはない……そう強く心に刻もうとすればするほど、そのざわつきはより一層浮き彫りになっていく。

 そうして。


「―――待たせたな」


 絶望が、やってきた。

 声の主、そしてその気配。それだけで、目の前に突如として現れたのが誰なのか、エレナは理解した。いいや、理解せざるを得なかった、というべきか。

 当然、その言葉はエレナやヘル、ロイドに向けられたものではない。


「終わったの?」

「ああ」


 無表情な少年の問いに、男……ダインテイルは端的な言葉で返す。

 フィセットは「そう……」とこれまた端的な言葉を零すだけ。それ以上の会話は無かった。彼らにとって、今、この状況こそが答えであり、結果。ならば無用な会話は不要というわけだ。

 最早この場に留まる必要がなくなったフィセットはダインテイルの方へと足を進めた。

 エレナには分かる。彼らがこの場から去ろうとしているのが。

 だから。


「待ってください!!」


 叫び、呼び止める。

 思った以上に声が出た。それは、腹の底から出たものであり、必死の顕れ。

 そして幸か不幸か、その叫びを、目の前にいるであろう魔剣は聞き入れ、その場に留まっている。

 視線が向けられるが、肌で分かる。対面しているだけで、相手から発せられる圧で、押しつぶされそうになる。

 だが、それでも。 

 それでも、少女は疑問をぶつけずにはいられなかった。


「ゲオルさんは…………どうしたんですか」

「それは既に分かっている答えのはずだ……と、切って捨てるのはあまりに無体か」


 言いながら、ダインテイルは一本の短剣を手にとった。


「これは斬った相手の魂を喰らう短剣だ。我が目的を果たすには、奴の魂が必要不可欠だからな。そして、先程、奴の魂をこれで喰った。それが何を意味するのかは、言葉にするまでもないだろう」


 つまり、ゲオルはダインテイルにその短剣で刺され、魂を喰われたということ。

 即ち、ゲオルはダインテイルに敗けたのだ。

 それが嘘だとは、この場にいる全員誰も思っていなかった。それだけの実力があるのだというのは嫌でも理解でき、尚且つここにゲオルが帰ってこないのが何よりの証拠。


「……一つ、よろしいでしょうか? ゲオルさんの魂がその短剣にあるのは分かりましたわ。けれど、貴方は言いました。魂を喰らった、と。それはつまり、ゲオルさんの魂は喰われただけであり、壊れてはいない、と解釈してもよろしいのでしょうか」


 ヘルの言葉に、ダインテイルは「ふむ……」と言葉を零した後、続けて答えた。


「そうだな。奴の魂は確かに喰らったが、壊れてはいない。今はまだ、な」

「今は、ですか」

「ああ。我が目的を果たすためには、奴の魂を一度分解する必要がある。そして、分解がし終わってしまえば、いくらあの魔術師とて、蘇ることは不可能だろうな」

「……逆に言えば、今ゲオルさんの魂を身体も戻せば、あの方は蘇る、と」


 だとするのなら。

 そんな事を思いながら、ヘルは拳を作った瞬間。


「やめておけ」


 予期したかのように、ダインテイルは静止の言葉を返してきた。


「あの魔術師とは浅からぬ因縁だった。何度も殺し合う程にな。だが、一方で某は奴を尊敬している。無論、今もだ。故に、その仲間をわざわざこの手にかけるような野暮なことはしたくはない」

「ハッ。随分と上から目線じゃねぇか」

「事実だからな。ああ、間違ってもらっては困るが、お前達が雑魚だ言いたいわけではない。むしろ逆。某と対峙しつつ、お前達からは強い意思を感じる。それは心が強い者の意思だ。だが、状況が悪い。一人は重症を負っており、一人は目が見えない者。戦えるのは、そこの喪服の者くらいだろう」


 それは紛れもない事実だった。

 ロイドは弓の使い手だが、今の彼は重傷を負っている。弓を持つどころか、立って歩くことさえ難しい。エレナに関しては言わずもがな。彼女は人よりも直感が優れているが、結局のところ、それだけだ。剣も槍も弓矢も使えない。戦うことなどできるわけがない。

 故に、この場でダインテイルと相対することができるのは、ヘルのみ。


「……わたくしでは、相手にならないと仰るので?」


 ヴェール越しの視線を送りながら、ヘルは問う。

 確かにロイドとエレナは戦えない。だが、ヘルは戦える。それもまた事実。彼女は未だ拳を作ったままであり、構えてはいないが、しかしいつでも戦える状態ではある。相手が踏み込んでくれば、それを得意の体術で返す自信もあった。

 たとえ相手が、どれだけの化物であったとしても。


「さぁな。それはやってみんと分からん。だが、戦うとなれば某は全力でやる。そうなれば、恐らくはどちらかが死ぬ。先も言ったように、某はあの魔術師の仲間を手にかけたくはない」


 その言葉に嘘は感じられない。

 そして、戦えたえばどちらかが死ぬ、というのも真実だろう。そして、そのどちらか、というのがヘルである可能性は言うまでもなく高い。魔術を使うゲオルを倒した時点で、ダインテイルの力は常人の遥か上に到達しているのは、間違いない。

 そんな存在に、果たしてヘルは勝てるのか。

 彼女は体術の使い手だ。相手が人間ならば、どんな攻撃をされても、それを倍返しにできる自信はある。

 だが、勝てるかどうか、という点においてはまた別の話。そして、ダインテイルが持つゲオルの魂を喰らった短剣を手に入れることができる可能性はほぼ皆無。そもそも、ダインテイルのことをヘルは知らなさすぎる。

 故に、ヘルは奥歯を噛み締めながらも、拳の力を緩める他なかった。


「賢明な判断、感謝しよう」


 目を瞑りながら、ダインテイルはそんなことを口にしながら、別れの言葉を告げる。


「では、さらばだ魔術師の仲間達。某が言うのはおこがましいが、達者でな」


 言いながら、ダインテイル達はエレナ達に背を向けた。

 その背中をエレナは見えていない。だが、彼が今度こそ去ってしまうのだと察することはできた。けれど、今の状況では交渉もできず、そして戦うこともできない彼女は、何も言うことができず、呼び止めることができない。そして、それはヘルもロイドも同じ事。

 今、目前にいる男に対し、この場にいる誰もが手出しができない。

 その事実に腹を立てつつも、しかしやはり誰一人として行動できる者は誰一人としていなかった。

 そうして、魔術師を倒した魔剣は、少年と共にその場から立ちさ――――――






「――――――待、て」





 刹那、声がした。

 それは、エレナのものではない。無論、ヘルでもロイドでもフィセットでも、ましてやダインテイルのものでもない。

 声がしたのは、エレナが抱いている身体からだった。


「……ほう」


 背を向けていたダインテイルは、再びエレナの方へと視線を送る。正確には、彼女が抱いている身体に、か。

 そして、それに応じるかの如く、身体は突如として起き上がり、ふらふらの状態でありながら、その場に立った。

 ゲオルは身体から己の魂を外へと出した。彼の例えを使うのなら、椀の中にある水だけを取り出した、ということだ。

 ならば、だ。

 椀の中身は今、何が入っているのか。

 その身体には、一体誰の魂が残っているのか。

 答えはたった一つであり、気配が分かるエレナには、それが誰なのかすぐに分かった。

 理解したからこそ、彼女は驚きと共に、言葉を零す。


「ジグル、さん……?」


 そこにいたのは、紛れもなく、かつて勇者パーティーから追い出され、そしてエレナを命を懸けて守り抜いた一人の青年……ジグル・フリドー本人であった。

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