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七話 繰り返される闘争⑦

 破壊の拳。

 破滅の刃。

 それらは多くの戦士を屠る一擊であり、激突すれば、その衝撃によって周りが吹き飛ぶのは当然だった。とはいえ、ここは最早ただの更地。既に森の影はなく、草一本も生えていない場所だ。

 だが、そんな場所に追い討ちをかけるが如く、数キロ四方にわたり、地面が割れた。


「ァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

「かぁぁぁぁぁあああああああああああああああっ!!」


 二つの雄叫びが響きあう。

 知略も策謀もない。ただただ力と力の衝突。ぶつかり合い。その時点で、ゲオルは魔術師らしからぬ行為に出ていると言ってもいい。

 本来、魔術師の戦いとは、己の魔術を如何に効率的に発動し、相手を嵌めるか。そこが重視される。それが、こんな泥臭いただの正面激突で争うことなど、あまりにも愚行と言えるだろう。

 だが、相手がダインテイルならば、話は別だ。

 彼の特性、能力、そして性格から考えると、一番勝利への確率が高いのは、これだ。

 いくら知略を巡らせても、策謀を働こうとも、目の前の男はそれら全てを真正面から叩き潰す。そんなものに意味などないと言わんばかりに蹂躙していく。そんな、馬鹿げたことをしでかし、そして成功させるのが、ダインテイルという魔剣だ。

 だからこその、直接攻撃。

 回避することも、防御することもない、力と力の競い合い。それこそが、今、ゲオルが出せるダインテイルへの攻略法。

 阿呆だと思う。馬鹿げているとも思う。

 だが、阿呆で馬鹿な魔剣に対抗するには、こちらも同じ様に阿呆で馬鹿なことをするしかない。

 でなければ、目の前の男には絶対に勝てないと本能が囁く。


「が、はっ―――」

「ごがっ―――――」


 両者共に血を吐きながら、しかしそれぞれが浮かべる表情は別々なものであった。

 一つは正しく全力を出し尽くさんと言わんばかりに苦悶と、それを押さえつけようとしているもの。

 一つはそんな姿を見て、感動したと言わんばかりにこれ以上ない程の笑みを浮かべているもの。

 対極的な二人の顔。だがしかし、一擊にこめる想いはただ一つ。目の前にいる相手に勝つ。ただそれだけだ。殺したいでも、倒したいでもない。ただ勝ちたい。負けたくない。それが、今の二人の心境であり、ある意味においては、ゲオルとダインテイルは同じ場所に立っているともいえるだろう。


「ああ、何故だろうな……身体中に激痛が走る。血が至るところから流れ出る。死が目前まで迫ってきている。だというのに、だというのに……某の高揚は未だ収まる気配がないっ。いいや、それどころか、今までにないほど、最高潮を迎えている!!」


 激しい衝突の最中、ダインテイルは言葉を漏らす。


「これというのも、全てお前のおかげだ!! 人の輝きはいつ見ても美しいものだ。そして、それは戦いという名の場所ではより一層増す!! 当然だ。何故なら生きるか死ぬか、命を賭しているのだから!! 追い詰められ、そしてそれを乗り越えようとする意思。相手に絶対に勝ちたいという願望。決して折れないという信念。ああ、これ以上ない光景だよ!!」


 そして。


「やはりお前は某が認めた男だ!! お前の強さ、在り方は、他のどの人間よりも素晴らしい!!」


 それは余裕からくるものではない。戯れという意味でもない。

 ただ、本当に彼は自分の思ったことを口にしているのだ。こんな、死ぬかもしれない状況下だというのに、それでも己の感動を言葉にする。その行為自体にゲオルは文句を言うつもりはない。

 だから。

 

「……阿呆なことを……抜かすなぁぁぁあああ!!」


 だから、彼が拳に力を入れ、怒号を上げたのは別の理由だった。


「高揚? 最高潮? 阿呆が!! そんなもの、こちらは知ったことではない!! 貴様がどんなことを思っていようが、貴様がどんなことを感じていようが、相手にとっては迷惑以外の何者でもない!! 戦いという舞台でしか人の価値を測ろうとしない者が、偉そうにほざくな!!」


 ダインテイルがゲオルに対し、何をどう思っていようと、ゲオルには関係のないこと。興味すらない。

 目の前の魔剣は、相手を褒めながら、素晴らしいと称えながら、本気で戦っている。手を抜かず、一切の容赦もなく、剣である己を振るう。相手を慮って本気を出す、ということもあるだろうが、ダインテイルの場合、本気で戦う相手の姿を見ていたいから、という理由が強い。だから、どれだけ褒められ、讃えられようが、彼の言葉はゲオルの心には響かない。

 そして、だ。

 そもそも、ダインテイルが口にする内容は、ゲオルには到底受け入れがたいものだった。


「ワレのことを、素晴らしい人間と言ったな……もう一度言う、ふざけるな!! ワレのような人間が、素晴らしいわけがないだろうが!! こんな破壊しかもたらさないような男が、災厄しかもたらさないような男のどこを見てそんなことをほざくか!! 貴様の眼は節穴か!!」


 咆哮、そして激昂。

 ゲオルはかつてない程に、自分の感情をダンテイルにぶつけていた。


「ワレも貴様も破綻者だ!! そんな人間が何をほざこうが、それはただの戯言に過ぎん!! 我々の行為は他人を巻き込み、不幸を振りまく、それだけだ!! 加えて何だ。戦う場なら輝きが増す? つくづく馬鹿らしい!! 日常の苦難や困難を知りもせず、乗り越えたこともない男が、よく吠えた!!」


 ゲオルは魔術師という存在だ。普通の人間という枠組みではない。だからこその力を持っているが、逆に言えば普通の人間の苦労や悲しみというものを乗り越えたことがない。

 親との喧嘩、友人との決裂、恋愛でのいざこざ……そういった、どこにでもあるような問題が、彼には生じなかった。そして、それは恐らくダインテイルも同じだろう。

 それは部外者からしてみれば、取るに足らない、小さなことかもしれない。だが、本人にとっては生きるか死ぬかと同等か、あるいはそれ以上の事柄かもしれない。

 それを知らないというのに、越えたことがないというのに、戦いの方が云々とほざくなど、笑い話にもならない。


「戦いが人間を最も輝かせるというのなら、貴様は戦争こそが人間が最も輝く場所だとでも言うつもりか!? だとするのなら、愚かの極みだ!! そしてそれがワレに似合うというのなら、ワレもまた、どうしようもないクズにすぎん!!」


 ゲオルは自分が外道だと理解している。自覚している。だからこそ、ダインテイルがどれだけ持ち上げようが、そこを覆すつもりは毛頭ない。他人の身体を乗っ取り生きながらえ、問題が起こればすぐ力でねじ伏せようとする。高慢な口調で、口を開けば悪態ばかりつく。加えて自己中心的な性格。

 こんな人間のどこが素晴らしいというのか。それどころか、真逆だ。他人に不幸しか与えることができない、どうしようもない男。

 タツミ・ユウヤ、エレノア・フロウレンス、エリザベート・ベアトリー……。今までゲオルが倒してきたクズな連中と、何の違いがあるというのか。

 故に違う。断じて違う。

 ゲオルは素晴らしい人間などではない。

 もしも、そういった人間がいるとするのなら……。


「本当に素晴らしい人間というのは、本当に強い人間というのは、誰かのことを想える人間のことだ!! 命懸けで誰かを守ろうとする者のことだ!! それは戦いでなくてもいい。日常の、それこそ平穏な中で暮らしている中でも必死に努力し、他人を思いやる……そういう人間のことを指す!! 決して、ワレのような男のことでは断じてない!!」


 それこそ、ジグルのような青年。

 それこそ、エレナのような少女。

 彼ら彼女らのような人間のことのはずだ。

 自分のような、数百年の間、他人の身体を乗っ取り、生きながらえてきた外道などではない。

 自分のような、起こった問題ごとを、自前の暴力でしか解決しようとしない男などではない。

 ゲオルは良き人間というものから最も離れた位置に立っている存在だ。高慢で、自分勝手で、どうしようもないロクでなし。他人のことを思いやるなどできはしない。

 他人を思いやる心があるのなら、ジグルの身体を乗っ取ることなどしなかったはずだ。別の方法で彼を助けようとするべきだった。

 他人を命懸けで守るつもりなら、エレナに苦しい思いをさせなかったはずだ。彼女は押し殺してはいるものの、本当はジグルに会いたくてしかたないはずなのに。

 いいやそもそも。

 もしも、本当にジグルとエレナのことを思うのなら、ゲオルがやるべきことはたった一つ。

 それは―――とゲオルが心の中で吐露しようとした瞬間、ダインテイルの言葉が、それをかき消した。


「ああ……全くもってその通り!! お前の言う通りだよ。某はどこまで行っても魔剣。戦う道具だ。故に人の戦う姿に惹かれている。どうしようもないクズだ。しかし目が節穴、という点だけは訂正してもらおう。こちらも言わせてもうらうのなら、貴様は自分のことを卑下しすぎている。昔から妙なところで自分を過小評価するのは悪い癖だ」


 それはまるで友人に対し、その癖はやめろと言わんばかりな口調だった。


「だが、それがお前という人間なのだろう。普通の生活で努力する人間、誰かを思いやれる人間、それを素晴らしいと思うお前だからこそ、そこまで力を高めたかもしれんのだから」


 そして。 


「自分が持ち得ないモノを理解し、持っている人間を尊敬する……そんなお前を、某は認めているのだ。そして同時に超えたいと、心の底から願っている!!」


 刹那、ゲオルに違和感が迸る。

 現状、二人の力は互角であり、拮抗していた。その均衡が崩れるとすれば、それこそ僅かな差が要因となるだろう。

 そして、思い出して欲しい。

 今、ゲオルはどんな状態なのか、ということを。

 彼は今、魂だけの状態。魔術によって形を織りなしており、実体である身体で行動するのと何ら大差ない状況だ。

 しかし、だ。

 逆に言えば、それはつまり、魂だけの状態を保つのに少なからず魔力を注いていることに他ならない。

 現状、未だ万千天陣は展開している。ゲオルの魔術の効果は絶大の状態だ。だが、魔力は無尽蔵ではない。現に、陣を展開できるのが、三十分だけという制限があるのがその証拠。そして、ゲオルが放った拳は本来、全魔力を右手に宿すものだが、しかしそれでは魂の形を保つことができない。

 結論を言うと、ゲオルが放った拳魂一擲は、十割の力ではない、ということ。それはゲオルが手を抜いたとか、タカを括っていたなどというものではなく、単純に制限の問題。これがもし、通常の身体ならば、他に割く魔力が必要がないために、威力は十全なものとなっただろう。無論、今の状態での一擊もそこまで型落ちというわけではない。

 だが、相手が悪い。

 一方のダインテイルは、制限などお構いなし、自分が壊れる目前でありながら、十割どころか、十二分の力を発揮してしまっている。限界のさらに先へを超えてしまっているというわけだ。

 ならば、どうなるか。


「ぐっ…………」


 その瞬間、ゲオルの拳に小さな罅が入る。

 本当にごく僅かな、爪で引っ掻いたかのようなモノ。

 だが、先も言ったように、拮抗した戦いで僅かな差が生じれば、それは勝敗を決するものとなるのだ。

 そして、その差を見逃すダインテイルではない。


「カァァァァァァァァァァァツッッッ!!」


 雄叫び、咆哮、自身への喝と共に、ダインテイルの剣がゲオルの拳にのしかかってきた。

 ここに来て、更なる威力の増加。それはつまり、ダインテイルがまた、限界を超えたという証明。

 元々、ほんの僅差ではあるが、押されていたゲオルだったが、ここに来て追い討ちをかけるかのようなダインテイルの一擊に驚愕する他はなく、そしてそれを上回ろうとしても、今のゲオルには、不可能だった。

 ならば、だ。

 その結末が、ゲオルの拳の破壊だというのは、当然の結果である。


「……っ!?」


 吹き飛んだ右腕。だが、驚いている暇はない。

 右腕は確かに破壊され、使い物にならなくなった。けれども、ゲオルは倒れない。右腕が無くなったからといって負けを認めるほど、ゲオルはまともではなく、即座に左手で拳を作り、放とうとする。

 だが、遅い。

 見ると、目前にいるダインテイルの左手には短剣が握られており、既に振り上げられた状態だった。二人の間合いはほぼ零。一歩も間合いを詰めずに殴ることも斬ることも可能な状態だ。だからこそ、先に動いた方が相手の先を行く。そして、ダインテイルはゲオルよりも先に短剣を振り上げていた。

 故に、遅いのだ。


「某の……勝ちだぁぁぁぁっ!!」


 勝利宣言と同時に振り下ろされる刃。

 ゲオルは直感した。この短剣は普通のモノではないと。刺されれば、確実に自分は敗ける。魔術師として、そして人間としての本能が囁いていた。

 食らうな、食らうな、食らうな。

 何かがそう叫び続けるも、しかしこの距離、この状況では回避も防御もできない。思考はできても、身体が動かない。ならば万千天陣の能力を使えばいいという話だが、生憎と先程の一擊で魔力は使い果たしてしまった。もはや魂の形を保つので精一杯。

 これらの条件、そして状況から鑑みて、ゲオルが辿る末路はただ一つ。


(ワレの……完全な敗北か……)


 その刹那、ゲオルは己の敗北を理解する。

 今までの長い人生、様々な敗北を重ねてきた。だが、これは、目の前にあるこの敗北は、そのどれとも違う。一切の言い訳も通用せず、一切の言い分も挟むことが許されない、完膚なきまでの敗北。

 これは、諦めが早いだの、根性がないだの、そういう次元の話ではない。

 何もかも出し尽くした。その結果が、これだ。

 自らの拳が砕け、魔力は底を突き、渾身の一擊を喰らった。これを敗北と呼ばず、何と言うのか。

 無論、自分が敗ける、ということに思うところがないわけではない。

 しかし、不思議とゲオルの心は乱れておらず、むしろ穏やかそのものだった。


(これで、良かったのかもしれんな……)


 魔剣に敗れて、倒れる……人の身体を乗っ取るという外道を歩んできた魔術師に相応しい最期と言えるだろう。そして、今、ゲオルの中には悔しいだの、憎いだのという感情はない。あるのはただ、一つの納得。

 それは即ち、自分はここで倒されてしかるべきだったのだ、という考え。今まで何度も敵を倒し、窮地を乗り越えながら、長い年月を生きてきた魔術師が出した答え。

 その理由は単純明快。

 何故ならば……。


(少なくとも……これで、あの二人は、ワレという呪縛から、解放されるのだから……)


 阿呆らしくも、そんなことを考えた自分自身に魔術師は苦笑する。自分に彼らのことを想う資格はないと理解しながら。

 そうして。

 ダインテイルが懐から取り出した短剣は、ゲオルの心臓を貫いたのだった。

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