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六話 繰り返される闘争⑥

 場面は少し変わる。

 ゲオルとダインテイルが死闘を繰り広げる一方で、エレナ達は遠くにある草原で、ポツリとたたずんでいた。


「……なぁ、姉さん。ありゃあ、もしかして旦那の仕業、ですかね」

「ええ。恐らくは」


 空を覆い尽くす陣を見ながら、ヘルは呟く。

 ゲオルとダインテイルが戦っている最中に突如として出現したのだ。恐らく、どちらかの仕業と考えるのが自然だろう。

 そして、それがゲオルなのだろうとヘルは何となく理解していた。


「いやぁ……とんでもない人だとは思ってたが、ここまでくると、もう笑うしかねぇですよ」

「全くですわ。ですが、流石にこれだけのものを使ったということは、ゲオルさんも本気を出さざるをえない状況、とも言えるでしょう」

「まぁ、そりゃあんな奴が相手じゃあな……」


 言いながら、ロイドは男から発せられていた空気を思い出していた。近くにいるだけで、膝をついてしまうような代物。

 思い出しただけでも、身体が少し重く感じてしまう。今まで多くの者と戦ってきた。それこそ、先程まで命を賭けての大勝負もした。だというのに、この様である。


「対峙してるだけであれだけ気圧されるとか、正直今でも信じられないっすよ」

「ええ。そしてもっと信じられないのが、あれが殺気や敵意ではなく、ただの戦意だったということ……正確には闘志というべきでしょうか。悪感情でもないというのに、存在感だけで相手を制するとは。わたくしが言うのも何ですが、常軌を逸しています」


 殺気や敵意で相手を怯ます、という攻撃方法はあるにはある。だが、ダインテイルの場合、そんな生易しいものではなく、そもそも彼は相手の動きを封じるなどということを望んでいはいなかった。ただ、そこにいるというだけで周りに大きな影響を与えてしまう。つまり、彼にとって、あれが自然体というわけだ。

 ……いや、もしかすれば、それはゲオルがいたから、という理由が大きのかもしれない。


「あれが旦那の言ってた、『あの男』ってやつか……確かに、あんなのと毎度毎度やりあってたら、身が持たないわな」

「というより、今まであのような方と戦い、生き残っていること自体、わたくし達の領域外にいるという証拠なのでしょう……とはいえ、わたくし達には何もできないことに変わりありません。今はただ、ここで待つしかないでしょう」


 などと言いつつ、ヘルはふと、エレナの方を向く。


「ゲオルさん……」


 空を見上げながら、ゲオルの名を呟く。彼女もまた、そこに何かしらのものがあるのだと理解しているのだろう。ここまで広大な術式なのだから。

 そして、それは即ち、ゲオルがそれだけのものを使わなければならない状況にあるということ。

 ヘルは今までゲオルが苦戦を強いられているところを見たことがなかった。そして、それは恐らくエレナも同じなのだろう。何かしらのヘマをやらかしたことはあったとしても、戦闘において本気をださなければならない、というのはなかったはずだ。

 そんな彼が、今、強大な魔術を使用している。

 彼の本気がどの程度のものなのか、ヘルは知らない。だが、彼女も『あの男』については旅の途中で話は聞いている。だとするのなら、今、ゲオルが本気を出しているのは確実であり、だからこそ、エレナが心配するのは当然だ。

 とは言うものの、そんな彼女にヘルはかける言葉が見当たらない。

 それを察してか、ロイドが口を開いた。


「……んで、そちらさんは俺らに何か用でもあんのか? 見張りでも頼まれたのか?」


 ロイドの視線の先にいたのは、先程フィセットと呼ばれていた少年。ゲオルによって、ここに飛ばされてすぐにやってきた彼に対し、ロイドは勿論、ヘルもまた警戒していたが、彼は先程からただ棒のように立っているだけであり、何かをする気配は一向になかった。

 フィセットは眼を半分しか開けてない状態で、淡々と答えを口にする。


「別にない。ここにいるのは、貴方達と同じ理由。ここでマスターの帰りを待ってる。それに、貴方達を見張っても意味はない」


 その言葉に嘘は感じられず、同時に感情というものもあまり見受けられない。

 まるで人形だ……それが、ロイドが見た、フィセットへの印象だった。


「帰りを待ってる、ね。断言かよ。そのマスターとやらが勝つと?」

「分からない。マスターは強い。でも、さっきの男の人も同じくらい強いと思う。ぼくはこの世界の魔術について詳しくはないけれど、あの人が尋常ならざる存在だってのは否応が無しに分かるよ」


 その点については、ロイドも同じ気持ちだった。

 身体から魂を出すという行為そのものがもはや人間離れしているというのに、この空の陣だ。これが何を意味するのかは魔術に疎いロイドでは理解不能だが、しかしそれでも尋常ではない代物だというのは分かっている。

 先程も言ったが、ここまで来ると笑う他ない。


「ただ」

「?」

「マスターは我儘な人だから」


 そんな一言を零しつつ、無表情な少年は続ける。


「あの人は一生懸命に何かに打ち込んでいる人が好きなんだ。その中でも、戦っている人はもっと好きで、凄い、素敵だ、最高だと言う。でも、そんな相手にも手を抜かず、敵対した者に容赦はしない。堕落した人間が分不相応な力を振るうことに憤りを感じながら、結局自分も実力行使に出る。その行為が、戦いとは無関係な、自分が好む相手の迷惑になると理解しつつ……まるで矛盾の塊のような性格なんだ。だから、色々と言って、時には説教じみたことも言うけど、いつもお前が言うなって色んな人に言われてる」


 けれど。


「だからこそ、自分が認めた相手には全力で挑む。相手を褒めながら、称えながら、それでもその上に行こうとする。あの男の人はマスターが宿敵と断言する程なんだ。だったらきっとマスターは全身全霊で戦う。今までにないほどに、本気で戦ってるのは確かだと思う」


 それはダインテイルをよく知っているからの言葉か。無表情だというのに、妙な自信に満ちあふれたことだった。

 そして。

 その言葉を裏付けるかのように、遠くの方から轟音が鳴り響いてきたのだった。


 *


「【空を駆ける星々よ 旅の終着はやってきた 今一つと成りて 我が眼前に堕ち 燃えさり消えよ――――――魔星失墜】ッ!!」


 呪文詠唱。

 今のゲオルは、呪文も詠唱も必要なく魔術が使用できる。だが、そこで敢えて呪文を詠唱することで何が起こるのか。それは即ち、より強い意識で集中することができ、魔術の威力は桁違いに跳ね上がる。

 そして、呪文を唱え終わった途端、空に展開していた陣から何かが出現する。一見すると、それは巨大な岩石。しかし無論、ただの岩石ではなく、巨大であり、炎を纏っていた。これ即ち、隕石。

 空から岩石が落ちてくるだけでも異様だというのに、さらに炎まで纏っているとなれば、その威力は絶大なのは必至。

 さらに、だ。

 出現した岩石は一つではない。

 五、十、二十、三十……次々と陣から現れてくる。

 そして、意思を持っているかの如く、ダインテイル目掛けて堕ちていく。


「なんのこれしきっ!!」


 声を上げながら、ダインテイルは隕石を真正面から受け止めた。本来なら、そこで粉々に潰されるものだが、流石というかやはりというか。ダインテイルは逆に、隕石を叩き斬り、粉砕してしまう。

 だが。

 先も言ったように、隕石は一つではない。複数出現しており、その数は今ではすでに百を超えている。

 その全てが、ダインテイルに牙を向いていた。


 そして―――堕ちる。

 堕ちる。堕ちる。堕ちる。

 堕ちる、堕ちる、堕ちる、堕ちる、堕ちる、堕ちる、堕ちる、堕ちる、堕ちる、堕ちる、堕ちる、堕ちる堕ちる、堕ちる、堕ちる、堕ちる、堕ちる、堕ちる、堕ちる、堕ちる、堕ちる、堕ちる、堕ちる、堕ちる、堕ちる、堕ちる、堕ちる、堕ちる、堕ちる、堕ちる、堕ちる、堕ちる、堕ちる、堕ちる、堕ちる、堕ちる、堕ちる、堕ちる、堕ちる、堕ちる、堕ちる、堕ちる、堕ちる、堕ちる、堕ちる、堕ちる、堕ちる、堕ちる――――――


「ご、ぉ、おおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」


 雄叫びを上げながるダインテイルだが、その声すらも連続的な轟音がかき消していく。

 ダインテイルは強靭だ。そんな彼ならば、隕石の一つを壊すことは、そんなに難しい話ではない。だが、それが複数となれば話は別だ。

 爆発。それも大と言える代物が、何度も繰り返される。既にダインテイルの姿は見えず、爆発の炎とそれによって生じた土煙がゲオルの視界を支配した。

 この技は、今回初めて使う大技。対ダインテイル用に作り上げた魔術である。同じような術を使っていては、次の戦いでは攻略されてしまうのは目に見えている。それ故の新魔術。いくらダインテイルとて、初めて見る大技に無傷で対処できるわけがない。それこそ、都市を一つ焼き尽くせる程の威力だ。

 以上のことから導き出されるのは、ダインテイルの死、または重症による戦闘不能。どんなに強靭で凶刃な存在だったとしても、ここまでくれば倒れるはずだ。

 そのはずだ。

 そのはずだというのに。


「――――――ああ、何とも素晴らしいものを見せてもらったよ」


 刹那、見えない斬撃が、宙に浮いているゲオルを切り裂いた。


「がっ、は……!?」


 驚愕と共に血を吐くゲオル。

 油断していたわけではない。ダインテイルが今の一擊で死んでいない可能性も考えて、防御は万全にしていたはずだ。たとえ不意を食らったとしても、それを弾き飛ばせるよう、準備はしていたはずだった。

 だというのに、結果はこれだ。

 タカをくくっていたわけではない。隙を与えた覚えはない。

 だとするのなら、考えられる可能性はただ一つ。

 ダインテイルの一擊が、ゲオルの万全な防御を上回った。

 これはそれだけの、単純な話であり、それ故に恐ろしいことであった。


「貴様……っ」


 苦悶するゲオル。これが、剣を直接叩き込まれたというのなら、まだ分かる。だが、ゲオルは宙に浮いており、ダインテイルは地に足をついている。結論を言うのなら、彼は飛ぶ斬撃によってゲオルを切り裂いたのだ。それは云わば、風圧。

 そして思う。

 もしも、直接攻撃だったら、どうなっていたことか。


「何、今のは返礼だよ。某をここまで窮地に追い詰めたお前へのな」

「……返礼か。その様で未だ軽口が利けるとは、存外余裕だな」


 ダインテイルの身体を見ながら、ゲオルは呟く。

 身体中、至るところから血が流れており、火傷や切り傷の数は十や二十ではない。普通の人間なら既に死んでいる状態だ。そして、彼が魔剣だとしても無傷ではないのは確かであり、事実。どう考えても倒れてなければおかしな状況だ。

 けれど、それでも魔剣は笑みを浮かべて口を開く。


「いいや、余裕などというものは、お前と戦った時から捨てている。見た通り、某の身体はボロボロだ。特に、今の一擊は効いた。次に致命的な一擊を叩き込まれれば、確実に壊れるだろうな」


 致命的な一擊。それを入れさせすれば、ゲオルは勝利する。

 ならば、魔星失墜をもう一度使えばいいのではないか、と思うかもしれないが、それはダメだ。今さっき使ったばかりの技をもう一度何の対処もせず喰らうほど、ダインテイルは馬鹿ではない。目の前の魔剣は、剣の技量はそこまでない。だが、生き抜くこと、戦うことへの本能はそれこそゲオル以上のものを持っているのだから。

 それに何より、問題は別にもあった。


「だが、後がないのは、お前も同じだろう? 既に陣を展開してから、それなりの時間が経ったはずだ。残っているとすれば数分程度。その僅かな時間が過ぎてしまえば、お前の魔力は底をつく。そうなればどうなるか、お前なら理解していはずだ」


 ダインテイルの言う通りだった。

 万千天陣を使用してから随分な時間が経ち、残りは五分程度。それを過ぎれば、ゲオルの魔術は元に戻るどころか、反動によって弱体化する。また、魔力もほとんど費やしてしまっているため、魔術を使用すること自体が難しくなるだろう。

 更に言えば、今の彼は魂だけの状態。これもまた、魔術によって固定しているに過ぎない。それを持続し続けながら、目の前の強敵を倒すのは無理な話だ。

 つまり。


「次の一擊で、全てが決する、というわけか」

「ああ。だろうな」


 ゲオルは残り時間が少なく、ダインテイルは身体が限界に近い。

 どちらも追い詰められた状況。ここで仕切り直すことは当然なく、無論衝突は必至。

 ならば、ゲオルが取る選択肢は、既に決まっているも同然だった。


「【顕現せよ 破の一擊 我が拳に宿り この身を喰らいて 力を示せ―――――拳魂一擲】」


 刹那、ゲオルの右拳に魔力が集まる。

 それはゲオルが今出せる全魔力であること、そしてそれを全て一点集中させた意味をダインテイルは即座に理解し、そして不敵に笑った。


「残っている魔力を右手に宿したか。そして強化に強化を重ね、攻撃に全て割り振ったと……何ともまぁ単純且つ明快な手段だな」


 ダインテイルの言う通り、ゲオルがしたことは何も難しいことではない。

 魔力を右手に集め、それと共に右拳で一擊を入れる……それが、ゲオルが選択した攻撃手段。無論、今は万千天陣内であるため、その威力は驚異的であり、ダインテイルを壊すことが可能な一擊であることは確かだ。

 だが、それにしても単純だ、と思う者はいるかもしれない。拳を放つということは、距離を詰めるということであり、相手の間合いにわざわざ入るということ。しかもダインテイルは剣だ。間合いが違う。

 もっと別の魔術を使えば、距離を空けながら攻撃できるのではないか。

 そんな疑問は、しかしここでは不要であり、無意味。

 何故なら、この状況では間合いなどあってないようなもの。宙にいる状態ですら、飛ぶ斬撃で斬られたのだから。

 それに何より、この直接攻撃には、ちゃんとした意味があるのだ。

 それはつまり。


「だが、それでいいっ。いいや、それがいいっ!! 回りくどい読み合い、面倒な駆け引き、一切無用!! 男ならば、最後は拳で語り合わなければな!! さぁ、真正面からくるがいい。某もまた、真正面から打ち返してやろう!!」


 これである。

 ダインテイルの性格上、こういった手段を取れば、彼は必ず逃げず、避けず、打ち負かそうとするのだ。これならば、攻撃が当たらない、ということはないはずだ。


「抜かせ。そう言いつつ、貴様は剣を振るうのだろうが。貴様の言うことは、本当に矛盾だらけだ」

「アハハハッ!! 堅いことは言うな!! 某の剣は即ち手であり、拳のようなものなのだから!!」


 ダインテイルの言葉に、ゲオルはふんと鼻を鳴らす。

 そして。


「ダインテイル・レヴァムンク……この一擊をもって、貴様との因縁、終わりにしてやろう!!」

「ああ―――できるものならなぁ!!」


 次の瞬間、魔術師と魔剣が、最後の激突をしたのだった。

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