五話 繰り返される闘争⑤
展開的に最終決戦みたいな感じですが、これってまだ序盤の序盤なんですよね……。
異界魔術。
それは、究極の魔術の一つであり、己が願望を世界として具現する魔術。
その領域内は、術者の世界であり、独自の法則によって成り立つ。
例えば、他人が全員、気づかぬ内に自分へ好意を持つようになったり、どんな攻撃を受けても死ぬことはなく、再生されるなど。
そんな、有り得ないはずのことを可能にする代物。零を一にするような所業だ。
無論、それを発動させるには相応の準備が必要となる。
膨大な魔力はもちろんのこと、展開する場所もまた重要だ。城や屋敷などの建物や、洞窟や森といった自然的な場所も適している。ようは、自分の陣地を用意すればいいのだ。その域が広ければ広いほど、必要となる魔力は多くなり、身体にかかる負荷も大きくなる。
そして何より、時間が大切だ。
一般的な方法としては、建物などに自分の術式を張り巡らさせ、それを一気に発動する。それだけ、と思われるかもしれないが、それが何よりも重要で大変なのだ。一つの術式でも間違っていれば、発動と同時に失敗し、反動によって重症を負うことはざらだ。良くて手足の一部が吹き飛ぶか、悪ければ廃人になるか、即死だ。
だからこそ、異界魔術の発動準備は慎重に、丁寧に、そして正確に行われなければならない。故に時間がかかるのは当然の話。強い異界魔術であればあるほど、その時間はより多く必要とされる。中には発動させるのに、数年がかりかかるものもあるという。
そして。
そんなものを、ゲオルはわずか数分で完成させたのだ。
「ああ。これだ。これを待っていた……!!」
ダインテイルが目を輝かせながら、そんなことを呟く。
ゲオルが空に放った陣、これこそが、異界魔術に必要な術式だ。彼は、それを空で展開することによって、その下にある領域を自分の領域にしてあるのだ。つまり、術式そのものを『場所』としたわけだ。これならば、一々城や洞窟といったものを確保する必要がなく、また術式を刻む必要もない。
だが、数分で発動させたのだから、その完成度は低い……などという声が出てきそうだが、ゲオルにはそんな考えは通用しない。
異界魔術に時間がかかるのは、それこそ魔力が少なかったり、失敗しないために正確に準備するため。だが、逆に言ってしまえば、魔力が十分に足りており、準備を高速で行えるとするのなら、時間はかからない、というわけだ。
そして、だ。
今のゲオルは魔力は十全に存在し、かつ魔術に関してだけならば、彼が失敗をすることはない。
「さぁ、くるがいい!!」
その言葉と同時に、異様な法則が牙を向き、ダインテイルへ襲いかかった。
氷山が真下から突出する。
神雷が真横から発光する。
溶岩が真上から降り注ぐ。
有り得ない現象。有り得ない状況。
それは正しく、天変地異。今までの災害級の魔術を遥かに凌いでいた。それは、自然というより、世界そのものが、ダインテイルを殺しにかかっている様だった。
「ごっ、がぁ、あ……!?」
流石の魔剣も、これを無傷でくぐり抜けることはできない。血を吐き、身体に傷を負いながら、襲いかかってくる天変地異に対処していた。
異界魔術とは、己の魂に刻まれた特性に大きく影響されるものだ。
そして、ゲオルの場合、それは『万能』。即ち、なんでもできること。それが、彼が持つ特性だった。ありとあらゆる魔術の行使、それを可能とするのが、彼の特性だ。自分は魔術師なのだから、どんな魔術でも使えるはずだ……そんな、傲慢な、けれども魔術師なら誰でも抱くものを、彼は他の誰よりも強く願い、実現させてきた。そして、この世界では、より顕著な形として顕現する。
「――――――っ」
今のゲオルは、詠唱を口にしていない。動作すら取っていない。だというのに、ダインテイルには次々と破壊の権化とも言うべき魔術が襲いかかっている。
その答えは単純だ。ここが、ゲオルの世界だからである。
万千天陣の能力。それは、ゲオルの魔力の上昇……などというものではなく、ゲオルの思い通りに世界を操るというモノ。
陣の下でならば、『ある特定の事象』を除き、ゲオルの思った通りの現象が発生する。それがたとえ、現実ではありえないことだったとしても、ゲオルが「それは可能だ」と強く想えば想うほど、その力は強くなり、現実となる。そして、これに重要なことは「強く想うこと」であり、それ以外には何も必要とはしない。呪文も詠唱も、何もいらないのだ。
だが、本来魔術とは自分の想いを形とする技術。ゲオルがしていることは、それの応用であり、より進化させたものに過ぎない。即ち、現状のゲオルこそ、魔術師が到達するべきものというわけだ。
しかし、そんな万能な魔術ですら、欠点が存在する。
一つは制限時間。これだけの魔術を行使するには膨大な魔力が必要であり、それ故に持続できる時間も限られている。恐らく、使えるのはあと三十分といったところか。
そしてもう一つの欠点、というより相性の問題か。
何度も言うように、ダインテイルには干渉系の魔術は使えない。だから、彼をどこか遠くへ飛ばすことはできないし、即死系統や呪い系統の魔術も意味をなさず、使えないのだ。故に、ゲオルが使用する魔術は、全て直接攻撃型の大型魔術、というわけだ。しかも、一つだけではなく、複数だ。
かたや無数の魔術。
かたや無二の刀剣。
対極の如き在り方である両者の戦いは、ここにきても尚、拮抗していた。
とはいえ、だ。流石のダインテイルも天変地異なみの魔術を使用されては、完全な防御どころか、衝撃を抑えることさえ難しい状態だった。
「か、はっ……!! やはり、遮二夢刃状態でも、今の貴様の魔術をまともに受けるのは骨が折れる……!!」
「今更泣き言か? 自分から煽っておきながら」
「泣き言? いいやいいや、そんなわけがあるまい。むしろ、これは歓喜だよ」
爛々とする瞳は、言葉通り、歓喜に満ちていた。
この状況で、この場面で、そんな眼ができるダインテイルは、やはり異常と言えるだろう。
「今日という日まで、多くの異世界を渡り歩いてきた。その中で闘争は絶えなかった。特殊な力を持った連中とも戦う機会が多かったのだが……いかんせん、お前のような奴はいなかった。ああ、間違ってもらっては困るが、それは某が相手を蔑ろにしているという意味ではない。お前のような実力者は確かにいなかったが、それでも別の輝きをもった者達は多くいた」
弱かった、というわけではない。
ただ、ゲオルと同じような強さを持つ者がいなかっただけ。ダインテイルが言いたいことはそれだけだった。
「まぁ、心根に難がある者も多数いたがな。自分は特別な力を持った人間。選ばれた者。そういった人間はどこにでもいる。しかし、その程度ならばまだいい。生まれてから持っていた才能であり、それと共に彼らは成長してきた。固執するのは当然であり、誇りに思うのは自然な話だろう。ゆえ、叩けば強くなる者も多くいる。某も、力そのものを否定するほど、頭が硬いわけではない」
生まれ持った才能。それはその人間の一部でもあり、だからこそ特別視したい、というのは何もおかしな話ではない。それが驚異的なものだったり、特殊な能力だったりすれば、自分は選ばれた人間かもしれない、と思うのは残念なことに、人間という生き物の性でもある。そこで驕らず、タカを括らず、慢心せずに自分を鍛える者こそが、更なる高みへと行けるのだ。
だからこそ、性格が歪んでいたとしても、性根を叩き直せば、育つはずだ……それがダインテイルの言い分だった。
しかし。
「……だが、最近になって、そういう問題以前の、話にならない連中と戦うことが多くなった」
瞬間、声が低くなる。
今まであった、ある種の陽気な空気が一変し、冷たい刃となってダインテイルから発せられていた
「曰く、転生者。曰く、転移者。何の力も持っていなかったただの凡人共。そんな連中が、超常的な存在によって力を与えられ、異世界で力を振るう……そんな馬鹿げた話が、多くの異世界で横行しているのだ」
確かに馬鹿げた話だった。
異世界に行くこと。それ自体が既におかしな話だというのに、超常的な存在によって力を与えられるなど、おとぎ話どころの話ではない。
だが……ゲオルはその話を一笑に付すことはできなかった。
「連中が異世界に行く理由は千差万別。そこに大きな意味はない。問題なのは、連中が、何の努力もせず、修練もせず、研鑽を積まないまま、絶大な力を得ていたこと……そして、なぁ、信じられるか? そいつらは、その力を自分のものだと信じて疑っていなかったのだよ。他人から貰ったものだというのに、まるでそんなことはなかったと言わんばかりにな」
苦虫を噛み潰したかの如き口調で、ダインテイルは言葉を続ける。
「某は恐ろしかったよ。無論、使える物は使うべきだ。その点に、文句をつけようとは思わん。だが、連中には力を使うことへの責任と覚悟が欠如していた。それは即ち、右も左も分からない子供が剣を持っているようなものだ。周りの人間にとっても、そして子供自身にとっても脅威といえる。振り回し、誰かを傷つけるかもしれない。己自身を傷つけるかもしれない。もしかすれば、それで誰かが死ぬかもしれないことを鑑みれば、極めて危険と言えるだろう」
その言い分は尤もだ。
どんな強い武器だったとしても、使い手が未熟ならば、それは武器というより、ただの凶器でしかない。ましてや、それがただの素人となれば、危険度はさらに高い。
「だが、連中はそんなことなど考えない。覚悟や決意など持つ必要はなく、ただ遊戯をするかの如く、力を振りかざしていた。恐怖を感じず、危険だとも思わず、まるで自慢するかの如く、使うのだ。やれやれ面倒だと言いながら、その実力を見せつけては悦に浸る……何とも嘆かわしいことだとは思わんか」
そして。
「考えてみて欲しい。この子供は強者と呼べる代物なのかと。その答えは否、絶対に否だ。子供は剣を武器とは思っていない。ただの玩具としてしか見ていないのだ。そんな者が、強者なわけがない。あってはならないのだ。力というものには相応の責任と覚悟がいる。努力、修練、研鑽の果てに人はそれを理解する。剣であった某ですら、そうだったのだから」
力というものには相応の責任と覚悟がいる……今まさにその力を行使しながら言い放つダインテイルの言葉は、矛盾を孕みながらも、どこか重みのあるものだった。
「勿論、それら全員が悪人というわけではない。いいや、悪人よりもある意味においては、タチが悪い、というべきか。ここに来る少し前の世界もそうだった。転移し、特殊な力を多く手に入れた男が、自分の思うがままに行動し、そして周りはそれを褒め称えていた。素晴らしい、素敵だと……ああ、なんとおぞましい光景か。見るに堪えないとはまさしくああいうものを指すのだろう」
ゲオルには、ダインテイルが見た光景が何なのか、知る由もない。
しかし、ダインテイルという男は、やり過ぎな面が多くあるものの、基本的に人間が見せる信念や強さを好んでいる。
そのダインテイルが、ここまで嫌悪感を表に出すということは、相応のものだった、ということなのだろう。
「その世界にも努力している者はいた。修練に励む者もいた。研鑽を重ねる者もいた。懸命になりながら汗水を流し、強くなろうとしていた。誰かを守るため、誰かを助けるため、誰かを救うため……その姿に、某は心打たれたよ」
だが。
「そんな彼らの努力を修練を研鑽を、男は踏みにじった。まるでそんなものに意味はないと言わんばかりに、蹂躙していった。どれだけ周りが頑張ろうとも、何の努力もしない男の活躍だけが広がり、彼を、彼らのことを誰もみようとはしない……ああ、本当に口にするだけでも腹が立つ」
そんな言葉を口にしながら、ダインテイルは剣を一振りする。結果、襲い掛かっていた氷柱や獄炎、竜巻を全て薙ぎ払った。その一撃はダインテイルの強さと共に、彼の心情を表したものであった。
「あんな者が強者だと? あんな者が勝者だと? ふざけるな、とな。そして、そんなことを考えていたら、某は男を叩きのめしていたよ。おかげで、男を信奉する連中と戦う羽目になった。全く馬鹿馬鹿しく、度し難い話だが……お前も長いこと生きているのだ。同じような経験が、あるのではないか?」
「……ああ、よく知っている」
それこそ、つい最近のことなのだから。
ダインテイルの言い分を、普通の人間は理解できないだろう。だが、ゲオルは理解したくなくても、してしまう。
タツミ・ユウヤ。
勇者として召喚された異世界人であり、ゲオルが今、身体を乗っ取っているジグル・フリドーを追放した張本人。そして、ダインテイルの言うように、ジグルの努力や修練、研鑽を踏みにじった者。その性格は歪みに歪み、ダインテイルが言っていた通りのことをしでかしていた。
タツミ・ユウヤという実例、そしてジグルという被害者を知っているゲオルからしてみれば、他人事ではなく、そしてそれ故に理解できてしまうのだ。
「先の事例は一つや二つではない。無論、全員が全員、というわけではないのも確かだ。中には異世界に行くことによって、大きく成長する者もいた。だが、今や多くの、本当に多くの異世界でふざけた横行がまかり通っているのだよ。なぜなのか、どうしてなのか……その理由を某が知るよしもない。単なる偶然か、はたまた何か計り知れない存在の悪戯か……それは分からん。ただ確実に言えることがある」
口から血を流しながら、しかしそれでも笑みを浮かべ、刃の切っ先をゲオルに向けながら、魔剣は言う
「お前の力はお前の努力や修練、研鑽の集大成だ。誰かから与えられものでも、恵んでもらったものでもない。自分で勝ち取ったものなのだと。だから思う。本当にお前のような真っ当な人間が、某の宿敵で良かったと。心の底から、感謝しているのだ……!!」
多くを語っていたものの、ダインテイルが言いたかったのは、そんなことだった。
だが、彼にとってみれば、『そんなこと』が重要なのだろう。努力、修練、研鑽……それらを積み重ねることで真の力は発揮できると信じている。そして、自分が認めたゲオルはその枠に入っており、だからこそ嬉しいのだと言う。
「くだらんな。ワレのような男が、真っ当な人間だと? それこそふざけた話だ。所詮ワレはただの外道な魔術師。人間の正道から外れたロクでなしでしかない」
「ああ、そうだな。確かに、お前は他人の身体を乗っ取り、生きながらえている。故に外道と呼ぶべき存在なのかもしれない。だが、それでも某はお前を人間だと言い張ろう。某が全力を持って戦うに相応しい男であるとな……!!」
だからこそ。
「そんな人間に、そんな男に、某は勝ちたいのだ!! そうでなければ、我が『悲願』を叶えたところで意味はないのだから……!!」
殺したいでも、倒したいでもない。
ただ、勝利を求めて、ダインテイルはここに立ち、そして剣を振るう。
「さぁ行くぞ、我が宿敵!!」
「ああ来い、決着をつけてやろうっ」
そうして、魔術師と魔剣の戦いは、未だ続くのだった。
用語解説:『遮二夢刃』
ダインテイルが使う剣。
遮二とは、二つとないという意味であり、剣士にとってはまさしく夢のような刃。
所謂、最強状態であり、『魔殺加工』の効果は無論、剣としてのあらゆる機能が極限まで高まっている。そのため、ただ振るうだけで、数キロ先まで地面がえぐれたり、やろうと思えば空の雲すら切れる。しかし、それは魔術的なものではなく、あくまで剣としての機能を高めただけなので、対魔術防御や魔術無効化といったものは通用しない。物理的な防御に関しては、そもそも威力が威力なので、防ぎようがない。
弱点としては、ダインテイル本人が剣の技術がそこまで高くないため、剣の達人ならば攻撃の先読みができ、対処も可能。
用語解説:『万千天陣』
ゲオルが使う異界魔術。
体内で生成した無数の陣を空に展開することで発動ができる。
万千とは、数多くのという意味であり、その名の通り、陣の数は空を覆い尽くすほど。
能力としては、ゲオルが思ったことを現実にする、というもの。ゲオルが思ったことなので、現実にはありえないことであっても彼が強く信じれば何でもできる。加えて、思うだけでいいので、動作どころか詠唱すら必要としない。その上で、詠唱込の魔術を使用すれば、通常の何百倍もの威力で発動できる。
弱点としては『特定の事象』に関しては使用不可であり、また時間制限が三十分であること。加えて魔力の消費が激しいので、これを使った後はガス欠状態になってしまう。