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四話 繰り返される闘争④

『遮二夢刃』


 それがダインテイルの右手となっている剣の名。

 彼が行ったのは、何も難しいことではない。

 自己改造、そして自己強化。それだけだ。

 自身が集めた無数の剣を、分解し、融合し、再生し、一つに纏め上げ、ひと振りの状態にする。切れ味は無論、耐久性もまた向上している。無論、ダインテイル自身の身体能力も更なるものへと変化していた。

 けれど、言ってしまえばそれだけであり、それ以外、何か特異な能力が備わったわけではない。切った物を消滅させるとか、触れた物を焼却するとか、そんなものは一切なかった。

 だが、その単純な強化こそが、恐ろしいのだ。


「ふんっ」


 ひと振り。それだけで、数キロ先までの地面が抉れた。

 それは、剣から光が放出されたわけでも、巨大化したわけでもない。ただ単純に、切れ味と破壊力、それに伴う風圧が増した結果だった。

 これである。『遮二夢刃』となってからというもの、桁外れな力押しに、ゲオルは防戦一方だった。

 ダインテイルの強化は、そこらの魔術での強化など塵に等しい所業。軽く剣を振るっただけで、射程距離など知るものかと言わんばかりの風圧。障害物など関係ないと言わんばかりの切れ味と破壊力。これで、魔術を一切使用していないのだから、もはや呆れてしまう。

 自己強化としてここまでの域に達した者を、ゲオルはダインテイル以外に知らない。そもそも、ここまで強くしてしまえば、普通の人間では、身体の方が持たないだろう。魔剣である彼だからこそ、達することができる領域ともいえる。


 だが、真に恐ろしいのは、その精神力。

 強化というものは、文字通り自らを強く化けさせるもの。そして、ある程度までは問題なく身体能力を向上させることができる。が、そのある程度を超えてしまえば、その身に降りかかる負荷や反動は大きなものとなるだろう。寿命を減らしたり、身体そのものが耐え切れず破裂したり……中でも精神への影響は絶対に出てしまう。それこそ、ダインテイルが行っている強化など、普通の人間には耐えられない。

 だというのに、ダインテイルは笑みを浮かべながら、未だ精神を保ちつづけている。

 魔剣だから。人間ではないから。確かに、そういった面もあるだろうが、しかしダインテイルという存在の『強さ』そのものが大きな要因であることは間違いない。

 強さ、つまりは鋼鉄の精神。折れず、曲がらず、砕かれない、剣らしい心。

 そして。

 ここまで力を高めたというのに、ダインテイルは未だその力に満足していない。まだいけるはずだ。まだ上があるはずだ。その領域に到達できるはずだ、と……。

 もはや一国を凌駕する程の域にいながら、けれど彼はまだ強くなろうとする。

 その理由ははっきりとしていた。


「まだだ……まだこの程度では、お前を倒すことはできんからなぁ!!」


 これである。

 ダインテイルは既に人間など疾うに超えた存在……否、元々人間ではない彼にその言葉は不適切か。だが、確かに言えるのは、魔剣や聖剣といったものですらたどり着けない、剣の極地にいるということ。

 だというのに、まだだという言葉が出てくるのは、今の状態ではゲオルを倒すには不十分だと本気で思っているから。

 それはある種の願望であり、信頼。目の前の男はきっとこの程度の困難は越えるはずだからという理屈が、ダインテイルの中では成立している。はた迷惑な期待であると同時に、厄介な思い込みだ。何故なら、それは即ち、こちらを下に見るのではなく、常に上として見上げられている状態。油断もするはずもなく、隙など見せるはずもなく、故に全力。故に本気。そして、その全力と本気を自らの気概でさらに超えていくのだ。


「行くぞ―――!!」


 言いながら、間合いを詰めてくる。距離にして三百メートル。それを一瞬にして、だ。

 そして、再びを剣が振るわれた。

 すかさず、ゲオルは魔術でそれを受け止める。刹那、襲ってきた剣は、まるで隕石でも落ちてきたかのような圧だった。

 先ほどよりも強く、鋭く、重く。何重もの防御魔術をかけていたおかげで、致命傷にはならなかったが、しかしそれでも全身に激痛が走る。その威力は、ゲオルの後ろを見れば明らか。見ると、後方十キロ以上先までの地面は、陥没してしまっていた。


「ち、ぃ……!!」


 流石のゲオルもこれには表情を崩さずにはいられない。

 口端から血を流しながら、それでも耐えているとダインテイルの不敵な笑みが、視界に入ってきた。


「ああ、ようやく顔が崩れたな。どうだ? 某の本気は伝わったか? ならばそろそろ、お前も本気を出してはどうだ?」


 言われずとも分かっている……そんなことを、ゲオルは心の中で吐き捨てていた。

 ダインテイルの自己強化の異様さを、ゲオルは誰よりも知っている。威力、速度、射程、重量、耐久、硬度、精度……剣として必要なありとあらゆるモノが飛躍的に向上している。その、ありえない程の強化が、彼を高みへと上らせているのだ。

 ダインテイルが放つ一擊一擊は、特殊なものではない。聖剣の輝きでもなく、魔剣の呪いでもない。本当に、ただ強化されたことによるひと振り。もしも、あらゆる魔術攻撃が効かない防壁があったとしても、それは意味をなさない。何故なら、彼が放つ攻撃は、魔術によるものではないのだから。逆に言えば、彼がしているのは、剣を極限まで鍛え上げれば、この領域に達するという証明にすぎない。

 だからこそ、ゲオルとの相性は悪い。

 これが魔術による攻撃ならば、それを無効化することもできるが、先述したように、それは無意味。ならば、ダインテイル本人を弱体化すればいい、という案もでてきそうだが、『魔殺加工』によってそれも通用しない。よって、魔術による防御、または回避がゲオルがダインテイルの攻撃に対して取れる策。

 しかし、それもいつまでも続くものではない。

 先程のように、どれだけ魔術で防御を固めようが、ダインテイルの攻撃は、それを上回ってくる。重傷ではないものの、しかし確実に痛みは蓄積されているのだ。そもそも、目の前の男に対し、防御一筋で勝てるとは最初から思っていない。

 ならば、だ。

 対処するべき事柄は、一つしかない。


「ふんっ!!」


 ダインテイルの腹部目掛けて蹴りを放つ。無論それは大して通用しないが、ゲオルの目的は蹴りを叩きこむことではなく、蹴りを放った反動で、距離を取ること。

 今のひと蹴りで、距離は取れた。無論、ダインテイルならば、一瞬にして詰められるものではあるが、しかし蹴りを放ったことで、彼は今、のけぞっている。

 つまり、好機。


「【真の槍は的を外さず 万の敵を滅ぼし尽くす 故に槍よ 我が手に収まり 真価を見せよ――――――必滅真槍】ッ!!」


 手を叩き、両手を開いたと同時に出現したのは、全長およそニメートルを優に超える一本の槍。特別な装飾は一切ない。いや、省いている、というべきか。

 それもそのはず。この槍は投擲用の槍。投げることを前提としているものだ。故に、邪魔となるものは一切排除している、というわけだ。

 だからこそ、二メートルを超えているとはいえ、どこか細長く感じてしまい、重量がなく、ただ長い、と思う者もいるだろう。

 無論、それは間違い。そもそも、重量があるとかないとか、そんなことを口にしていたとするなら、話にならない。

 ゲオルは、槍を大きく後ろへと振りかぶり、そして。


「―――はぁ!!」


 声と共に、放つ。

 その一投による衝撃波は、大地を抉り、土煙を生じさせた。そんな異常な状況を作りつつ、槍はダインテイルに一直線へと向かう。

 ゲオルに投槍の技術はない。だが、この槍に技術など不要。『必滅真槍』は文字通り、相手を必ず滅ぼす真なる槍。狙った対象を自動的にどこまでも追い続け、必ず刃を的中させる。加えて、その威力は万の敵すら一瞬にして滅ぼす一擊。たとえ、どんな城壁だろうと粉砕する一投だ。

 回避不可能。防御無意味。

 必中必殺。それを目前にしたダインテイルの決断はというと。


「ああ――――――そういうのも面白いな!!」


 振りかざした剣の右手を槍にぶつけるという、単純かつ馬鹿げたものだった。

 確かに、回避も防御もできないというのなら、より強い一擊を放ち、逆に打ち返す、という手段は間違っていないだろう。無論それが可能なら、の話だ。

 先も言ったように、必滅真槍は一万の軍勢を滅ぼす程の威力だ。通常、そんなものに対抗しうる攻撃手段などない。

 そう……通常なら。


「ぐ、ご、ぉぉぉおおお……!!」


 槍とせめぎ合うダインテイル。自分の刃を槍にあてるという行為そのものがおかしいのだが、更に有り得ないのが、その槍と拮抗しているという事実。

 激しくぶつかり、衝撃波を発生させている状況を前に、しかしゲオルは驚きはしなかった。

 ダインテイルの剣は既に一太刀で、一軍を倒せる代物。万の敵を倒しうる槍と互角の威力であったとしても、何もおかしくはない。加えて、彼には『魔殺加工』が備わっている。投擲という物理的な攻撃とはいえ、ゲオルの魔術による攻撃であることは変わりない。だとするのなら、その威力も軽減されるのは自明の理。

 即ち、それらから導き出される答えは、たった一つ。


「―――――――――喝ッッッ!!」 


 刹那、ダインテイルのひと振りによって、必中必殺の槍は木っ端微塵に砕かれた。

 技術も技量も関係ない。ただの力押しによって、真正面から。この結果には、どんな理由も理屈も通用しない。あるのはただ一つの真実。

 即ち、今のゲオルの魔術よりもダインテイルの一擊が上回っている、ということだ。

 ゲオルは全力だった。その全力をもってしても、ダインテイルの一刀に打ち負けた。これは単純で分かりやすい、結果だ。言い訳のしようもない。

 だが、これでいい。

 なぜならば、そもそも先程の一擊はダインテイルを倒すためのものではないのだから。


「いいな、いいな!! 今のは流石に驚いた。まさか、貴様が槍で投擲してくるとはなぁ。物理攻撃なら殴るか蹴るか、どちらかしかないと思っていたが、考えを改めなければな。……しかし、だ。某はこういったはずだぞ。『奥の手』を出せ、と。今の魔術も某好みではあったが、それでは―――」

「届かない、と。何度も言うな、阿呆が」


 ゲオルの声。しかし、それはダインテイルの前方からしたものではなかった。

 不意に視線を空へと向けると、そこにはやはりというべきか、ゲオルが宙に浮かんでおり、ダンテイルを見下ろしていた。


「『奥の手』を出せ出せと……全く、喧しいにも程がある。そして、質が悪い。ワレが本気を出すためには、準備がいると分かっているというのに、馬鹿の一つ覚えの攻撃を連発しおって……おかげで、いつもよりも時間がかかってしまった」


 睨みを利かせて言い放つゲオルに対し、しかしダインテイルが返したのは、やはり笑いだった。


「ハハハッ!! ああ、それはすまなかった。何分、この状態だと興が乗りやすいのでな。ついつい調子に乗って攻撃をし続けてしまった。いやはや、この点については、直させばならんのは分かっているのだが、性分なのでな。お前には迷惑をかける」


 だが。


「それもここまで……そういうことだろう?」

「無論だ。貴様の望み通り――――――本気を見せてやろう」


 言うと、ゲオルは右手を天に掲げた。

 その手はまるで、天をわし掴むような形であり、そしてそれは間違いではなかった。


「【顕象せしはあまねく陣 魔の深淵より溢れ 無窮むきゅうの天に広がり 万物万象全てを覆い尽くさん 我が手中こそ世界なり】


 刹那、ゲオルの身体から、無数の光が天に飛び出し、空に陣を描いた。それも一つや二つではない。百、二百、五百、千……次々と分裂しては空を埋め尽くしていく。この光をゲオルは体内で生成していたのだ。故に時間がかかってしまった、というわけだ。

 そして、この光、そして陣こそが、彼の真骨頂。

 無窮の天に広がる、遍く陣。万物万象、全てを覆い尽くしたそれらの下は、ゲオルの領域であり、手中であり、世界。

 究極にして、至高にして、万能の異界魔術。

 それこそが。


「【展開・万千天陣ばんせんてんじん】」


 次の瞬間、異界の法則が流れ出したのだった。

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