三話 繰り返される闘争③
魔術と魔剣。
二つの魔が、交差し、ぶつかり合い、そして殺し合っていた。
それは、比喩表現でもなんでもなく、単純な事実。
「ふんっ!!」
ダインテイルは右手をゲオルの方へと向けていた。そして、その右手から、『何か』が生えたと同時、それは射出される。
それは人を斬る道具であり、殺す武器。
即ち剣。
ダインテイルは、己の身体から、剣を矢の如く射出しているのだ。いいや、矢の速度など比べ物にならないだろう。しかも、一つや二つではない。ここに至るまで、軽く百は超えている。
本来の使い方としては明らかに間違ったものではあるが、しかし、音速を超える無数の剣を投擲されれば、それはもう通常の剣士よりも遥かに脅威だ。
「舐めるなっ!!」
対してゲオルもまた、詠唱によって魔術を発動していた。
荒れ狂う炎、吹き荒れる風、降り注ぐ氷柱、崩れる大地。
もはやそれは自然現象による災害。それをもってして、飛んでくる剣を叩き落とし、ダインテイル本人を攻撃していった
けれど、ダインテイルはそれをいとも簡単に攻略していく。
己の身体から取り出した剣で炎を切り裂き、風を圧で吹き飛ばし、氷柱は粉々にし、崩れる大地を軽々と飛んでいく。常人を越えた身体能力と破壊力。当然だ。彼は人間ではなく、魔剣なのだから。
そして、互いがゼロ距離の間合いに入った瞬間。
ゲオルの拳とダインテイルの剣がぶつかりあう。
本来なら合間見えることなど有り得ないその二つが、今、激突し、そしてどちらも壊れないのは、二人の異常さ故か。
「相変わらず、硬い剣だなっ!!」
「ハハハッ! それはこちらの台詞だ!! 硬いというのなら、お前の拳も相当なものだろう!!」
剣の刃を殴っておきながら、その拳に切り傷一つついていない。無論それは、ゲオルが自らの拳に何十もの魔術を重ねがけしているからである。本来ならば、その一擊は大地を砕くものであり、人間はおろか、たとえ丈夫な剣であっても例外なく壊れるはず。
だというのに、男の剣もまたヒビ一つ、入っていなかった。
それは、ダインテイルが硬い、ということを示しているわけではない。
「貴様……またどこぞの剣を喰らったな!?」
距離を取り、魔術を行使しながらゲオルは言い放つ。
一方のダインテイルはというと、ゲオルの指摘に、口元を緩ませた。
「ご明察通り、喰らったとも。聖剣、魔剣、神剣、霊剣、妖剣……ありとあらゆる剣を喰らい、取り込むことができるのが、某の能力の一つだからな。異世界に行っていたのも、己を高めることができる剣を探す理由もあった。おかげで、いくつか目ぼしいものに出会えたよ」
それらが即ち、彼の身体から射出されている無数の剣の正体。
そう、ダインテイルという魔剣は、他の剣を取り込む機能を有している。その力をもって、彼は多くの剣を喰らい、自分の力としているのだ。それがたとえ神の剣だろうと、悪魔の剣だろうと関係ない。剣であれば、ダインテイルはどんなものでも喰らうことができるのだ。そして、それを体内から取り出すことも、射出することも可能。
ゲオルはダインテイルと何度も戦ってきた。その経験から言うと、彼が保有している剣は百や二百ではない。おそらくは千を超えているだろう。それらが全て魔剣や聖剣であるのだから、常軌を逸している。
「だが、その点についてはお前も同じだろう? 人を喰らって生きながらえているのだから、某が剣を喰らったところで文句はあるまい。それに、だ。どれだけ魔剣や聖剣を喰らったところで、某は剣でしかない。ゆえにその特殊な力を発動させることはできん。よって使うとなれば、こうして射出するか、剣として振るうかしかない」
ダインテイルが言うように、彼はあくまで魔剣だ。勇者でもなければ、魔王でもなく、剣士ですらない。先程からの彼の剣技は、ある程度は形が整っているものの、達人の域ではない。どれだけ身体能力があろうと、剣を振るう才能はないのだ。
しかし、それでもダインテイルの刃はゲオルに迫っている。
技量や技術ではない。単純に力で押し通しているのだ。言ってしまえば、力任せ。超人的な体力と破壊力を全面に出し、それを惜しげなく使っている。動きはある程度読めるが、しかし分かっていたところで何もできないことが多すぎる。
そんな無茶苦茶を、この男はやってのけているのだ。
「とはいえ、だ。やはりお前の魔術は素晴らしい。本来、某と戦った魔術師は数分も経たない内に倒れているものだというのに」
「……それはそうだろう。何せ、貴様は魔術師にとっては天敵のようなものだからな」
二人の会話が続く中、けれど魔術と魔剣は激突をやめない。むしろ、先ほどよりも両者の威力と速度は上がっている。
射出される剣を魔術が吹き飛ばし、迫る魔術を剣で切りさく……その尋常ならざる行為は、周りにも被害を及ぼしており、この時点で村が八つ程の範囲が壊滅していた。
燃え盛る木々。抉れた地面。それらの光景だけでも、戦いの余波が凄まじいことを物語っていた。
そして同時に、一見してみれば、両者の戦いは互角なものと見える。
だが、本来ならこの状況はゲオルに不利なものであった。そもそも、魔術でダインテイルと戦う、という行為そのものが無謀というもの。
それは、ダインテイルが持つ能力が原因であった。
「『魔殺加工』……あらゆる魔術攻撃を防ぐ加工をしてあったとなれば、初見で貴様とやりあえるものはそうはいまい。しかも干渉系の魔術は一切通用しないときた。毒系統や精神汚染も効かないとくれば、それこそ、そういった類の魔術を得意とする連中は貴様の相手にならんだろうな」
長年の戦いで、その性質を知っているゲオルだからこそ、ダインテイルと戦っても互角に渡り合っているのだ。これが初見で、事前な情報が何もない状況下であれば、ゲオルとて勝てる確率はかなり低い。それこそ、そこらにいる少し実力がある程度の魔術師など、数分持てば十分と言える。
「まぁその点については、あまり大きくは言えないがな。何せ、元々備わっていたモノであり、某が自力で会得したわけではないのだから。とはいえ、役立つのなら、使うに越したことはない。ああ、ちなみに最近知ったのだが、この『魔殺加工』はどうやら魔術のみならず、他の異能にも通用するらしい。以前、別の世界で超能力という力も防いでいたからな」
そんな聞いてもいないことを口にしながら、ダインテイルは続けて言う。
「だが、これはあくまで耐性があるというだけであり、無効にするわけではない」
「阿呆が。一定以下の威力の攻撃はほぼ意味を成さず、一定値を超えたとしても、通じるのはその超えた威力のせいぜい一割……そんなもの、ほとんど無効化しているようなものだろうが」
言ってしまえば、ダインテイルは魔術干渉は一切受けず、魔術攻撃においては無類の強度を誇るのだ。それも自分の意思で操作できるのだから、質が悪い。魔道具を使えることから、それは間違いない。
ならば、物理的な攻撃を加えればいいだけの話、という案が出るかもしれないが、それこそ無理な話だ。
確かに『魔殺加工』は魔術等の干渉を受けず、攻撃をほとんど無力化する。言ってしまえば、それだけの代物。魔術や異能といった手段を使わない攻撃を使えばいい、という考えが浮かぶのは自明の理だろう。
だが、ダメなのだ。そもそも、『魔殺加工』が無くても、ダインテイルは元々がかなり頑丈でできている。通常の人間の攻撃など、歯が立たないのは当然であり、剣や槍や斧で攻撃しても恐らく弾かれて終わりだろう。それこそ、超人的な剣術を扱う者くらいしか、普通の攻撃で彼に傷を負わすことはできない。
「ああ。だが、お前の魔術は確かに某に届いているぞ? 魔術で某に攻撃を与えるなど、お前くらいだろうよ」
結局、ゲオルがしていることは、単純なこと。
魔術の威力を極限まで引き上げている。それだけだ。だが、それも全力でやらなければ意味がない。何せ、中途半端な攻撃ではダインテイルには効かないのだから。
とはいえ、通用しているからと言って、ゲオルが優勢、というわけでは断じてない。
「だからこそ言わせてもらう――――――いつまで小手調べをするつもりだ?」
再び拳と剣が交じり合った刹那、ダインテイルは言い放つ。
「お前の魔術は優れている。それは認めているとも。この身に宿る『魔殺加工』の護りをもってして尚、魔術による攻撃を通じさせているお前は、某が唯一と断言できる魔術師だ。だが、通じるからといって、これが痛手にすらなっていないことは、お前も重々理解しているはずだ」
ダインテイルの言葉は真実だった。
ゲオルの魔術は確かにダインテイルに届いている。だが、それはある程度の、という意味でしかない。虫に刺されたくらい、とは言わないが、しかしそれでも蓄積される傷や痛みは僅かなものであり、それを与え続けたところで、致命傷にはならない。
ダインテイルの言葉は、ある種の挑発。その程度の攻撃は意味をなさないとこちらを煽っている。
それを理解した上で、ゲオルが取った行動は単純明快。
「【天よ輝け 地よ轟け 破滅の雷 裁きの光 全てを照らして灰燼と成せ――――――天罰降雷】」
彼が下した決断は、即ち敢えてその挑発に乗る、というものだった。
刹那、遥かな空に暗雲が立ち込めり、そしてそれはすぐにやってくる。
かつて、雷は神の怒りだと信じられていた。罪を犯した人々へ罰を与えるためか、はたまたただの気まぐれか。
ただ、どちらにしろ言えることはただ一つ。
それが本当であるのなら、雷とは即ち神の一擊であり、最強にして究極の攻撃でもあるということ。これはその解釈を詰め込んだ一擊であり、通常の雷とはわけが違う。それこそ、相手を灰燼にして消し飛ばす裁きの光。街一つ、下手をすれば都市一つを一瞬で壊滅させる上級魔術。
そんな代物を、ゲオルは迷わず、全力でダインテイルに叩き込む。
過剰攻撃。過剰威力。正しく必殺の魔術は、一直線に落下し、ダインテイルに直撃した。
「が、あ――――――」
ここに来て、初めてダインテイルの顔が歪む。
当然だ。火力が圧倒的すぎるのだ。『魔殺加工』をしているとはいえ、本人も言っていたように、それは無効化の能力ではない。一定値を越えた分の一割程度の威力しか通じないと言っても、街や都市を破壊する一擊の一割となれば、それこそ相当なもの。
そして、光は数分間、落ち続け、最終的には土煙の嵐を生じさせ、止まった。
見ると、ダインテイルがいた周囲は完全に消滅していた。ゲオルが放った雷は地面の焦げ跡だけを残し、木々は元から存在しなかったの如く、消失していたのだ。周囲の数キロ圏内は、剣のみが地面に突き刺さって残っているという、何とも殺風景な状態。元々ここが森であったとは思えない光景となっていた。
やり過ぎた……もしも、ここに第三者がいれば、誰もがそう口にするだろう。たった一人の、否、たった一本の剣に対し、森を消失させるなど、正気の沙汰ではない、と。
けれど、ゲオルはそうは思わない。逆に、今の一擊では足りないとさえ思っている。全力ではあったが、それでももう少し無理をしてでも威力を上げるべきだった、と。そしてきっと、あの魔剣と戦ったことがある者は皆同じ考えを持つはずだ、と。
その証拠に。
「―――――ああ、見事、見事だよ。我が宿敵」
土煙の中から声がしたと同時に、景色が完全に晴れた。
そこには、片手で土煙を振り払ったダインテイルの姿があり、その表情は先程と変わらず、笑みを浮かべている。
「今のはかなり効いた。全身に迸った稲妻は正しく裁きの如き光。容赦ない一擊から、貴様の全力を感じることができたよ。やはり、某が認めた魔術師だけのことはある」
褒め言葉を口にするダインテイルだったが、結果はご覧の通り。彼は未だ生きており、死んではおらず、壊れてもいない。所々に傷はあるものの、致命傷というには程遠い。そんな状態で褒められたところで嬉しいわけがなく、本人は本気で言っているとしても、皮肉にしか聞こえなかった。
だが、ゲオルはそこまで驚かない。何せ、周りの魔剣・聖剣は未だ消えず残っていたのだ。ダインテイルが生き残っているだろうというのは簡単に想像がつくし、そもそも何度も戦っているゲオルからすれば、目の前の魔剣を、こんな簡単に倒せるとは最初から思っていない。
「しかし、それでも足りん。足りんぞ。某を壊すには、それではまだダメだ。貴様が全力であること、手を抜いていないことは十二分に理解した。だが、それは今の状態のお前での話。全力であっても、本気ではない」
それは落胆や失望からの言葉ではない。お前ならもっとできる、それを自分はよく知っている、というある種の信頼からくる言葉だった。今までの攻防が手を抜いたものだとは言わない。むしろ、全力であったことは理解しているし、そこを責めるつもりはないと言うのだろう。
ただ、その先が見たいと。
ただ、その先を超えたいと。
だから。
「『奥の手』を使え。『万能の魔術師』と言われる所以となったお前の境地。その領域をださねば、某を倒すことはできん……いいや、違うな。これは某の一方的な願望だ。全力全霊、本気の本気であるお前と戦いたいという望みだ。ゆえ、それを叶えさせてはくれまいか?」
ダインテイルは、ゲオルの真の実力を知っている。その力とは、何度もぶつかってきたのだ。だから、彼が『奥の手』を未だ出していないのも理解しているし、故に本気でないと断言できた。
だから、早く出せ。お前の真の力を。
そして、その言葉の返答は……。
「阿呆が」
そんな、端的な一言だった。
あまりの予想外な答えに、ダインテイルは思わず目を丸くさせる。
だが、ゲオルにとっては、その言葉が正しく今の自分の考えだった。
「本気を出していない? それは貴様もだろうが。自分が本気を出していないというのに、相手にはさっさと出せだと? ふざけるな。手加減などするつもりは毛頭ないと言ったが、力を抑えている相手に最初から本気で行くほど、ワレは馬鹿ではない。そんなに本気で来て欲しいのなら、まずは自分が示すのが筋というものだろうが」
言われて、ダインテイルはしばらく言葉を詰まらせた。
彼の中では予測できていなかった答えなのだろう。まさか、逆に自分が指摘されるとは思ってもみなかったはずだ。
だから。
「ハッ、ハハハハハハハ――――――ッ!」
だからこそ、次に出て来たのは豪笑だった。
「全く、全くその通りだ!! 確かに道理だわなっ! 自分が本気ではないくせに、相手に力を惜しむなというのは見当違いも甚だしい!! 全くもって、某が言えた義理ではなかったなぁ!!」
考えもしなかった答えは、しかし納得のいくものだった。ならば、笑うしかない。魔術師は何も間違っていなかったのだ。
これは完全に自分の失態であり、落ち度。しかし、逆に嬉しくもあった。何せ、自分に本気を出せと言ってくるのは、恐らく目の前の男だけなのだから。
故に、だ。
こちらの間違いを指摘してくれたのだから、それに応じる必要がある。
つまりは。
「ならば、謝罪代わりに、某からいくとしようかっ!!」
刹那、ダインテイルが右手を前に出すと同時に、周囲の地面に突き刺さっていた剣が動き出す。
その切っ先をダインテイル……より正確には、ダインテイルの右手に向け、そして一斉に、飛来し、突き刺さっていった。
突き刺さる無数の剣。切っ先はダインテイルの方に向いているが、無論全てが右手に突き刺さるわけではなく、何本かは背中や胴体、左腕にも刺さっていった。
まるでハリネズミのような姿になりつつ、しかし、ダインテイルは顔色一つ変えない。
むしろ、逆に闘志は更に昂ぶっていた。
「【数多の戦を駆けぬけながら 刃を喰らい幾星霜 この身は元から剣であれど 研鑽重ね鍛え上げ 無二の極地に至りけり】」
それは詠唱。けれど、魔術ではなく、彼自身の能力を高めるもの、自己暗示に近い代物だ。
唱えたると共に、突き刺さっていた無数の剣はダインテイルの身体に取り込まれていく。そして身体の内で何かが捻れ、蠢めき、混ざり合っている。
この光景をゲオルは今まで何度も見てきた。そしてよく知っている。今の状態の彼を攻撃しても意味がないということを。
動かず、ただ立っていて、隙だらけのように見えるが、しかし今攻撃することは無意味。何せ、今の彼はある種の無敵状態であり、本当の意味で、あらゆる攻撃が通用しない。
彼は今、自分が喰らってきた剣を束ね、混ぜ、鍛えあげている。あらゆる魔剣、聖剣、神剣、霊剣、妖剣……ありとあらゆる剣。歴史も世界も理も違うそれらを無理やりに一つにしようとしているのだ。
魔でも聖でも神でも霊でも妖でもない。
この世にたった一つの、まさに夢のような、無二の極地に至ったひと振り。
即ちそれが。
「【抜剣・遮二夢刃】―――ッ!!」
刹那、ダインテイルの右手は一つの漆黒の刃と化した。波紋もない。柄もない。鍔もない。何かしらの呪文が刻まれているわけでもない。ただ、本当に夜のような黒一色の剣。
だが、分かる。分かっている。
ゲオルには、それが、他のどの特殊な剣よりも強靭で強力で凶悪なのかを。
そして。
「では―――第二幕と洒落こもうではないかっ」
その言葉と同時、ダインテイルの一擊が、放たれたのだった。
用語解説:『魔殺加工』
本編でもあるように、あらゆる魔術・異能の攻撃を防ぐことができる。一定の攻撃以下のものはほぼ無意味であり、越えたとしてもその越えた分の九割はかき消される。
また、干渉魔術や毒系統魔術など、直接攻撃型ではないものに関しては、一切を無効化する。
弱点としては、魔術・異能以外、つまりは物理的攻撃においてはほぼ無意味なものとなる。
ただ、ダインテイル本人が元々超頑丈なため、魔術・異能以外では、鉄を斬る、鉄を砕く程の超人的な剣術・体術などの技量を持つ者の攻撃のみしか通用しない。