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二話 繰り返される闘争②

「魔剣……?」


 ダインテイルの言葉に、エレナは無論、ヘルやロイドですら眉をひそめた。

 一体どういうことだ……そんな問いを口にしたいであろう彼らに対し、ゲオルは言う。


「言葉通りの意味だ。奴はかつて、ワレが身体を乗っ取った者が使っていた魔剣だ」

「魔剣って……でも旦那」

「見た目が人間だからといって、中身もそうだとは限らん。長年の月日を経て、意思を持ち、知能をつけ、感情を備え、そして人間の姿となった魔剣……それが奴の正体だ」


 長年使われた道具が意思を持つことは、稀だが存在する。それこそ、魔剣や魔道具といった魔術に関するものなら意思が芽生えれば、強力な力を持つこともありうるのだ。

 そして、ダインテイルは魔剣の中でもかなり特殊な存在であり、それ故に人間離れした力を行使することができる。


「しかし……相変わらず、その願いを持ち続けるとは。つくづく阿呆な奴だ、貴様は」


 無駄だと分かっていながらも、しかしゲオルは言葉を紡ぐ。


「何度も言っているはずだ。貴様の願いは叶わん。たとえワレを倒し、そしてその魂を奪ったところで、あの男の……ザイリードの魂は戻ることはない」


 つまるところ、ダインテイルもエリザベートと同じことをしようとしているわけだ。

 ゲオルが取り込んだ魂の復元。それは死者の蘇生よりも難しいと言えるだろう。何せ、ザイリードの魂はゲオルの中に溶けてしまっただけであり、ある意味においては死んでいない。

 例えばの話だ。ここに五つの塩があるとする。どれも色も形もよく似ており、一見しては分別ができない。それを一つの容器に混ぜ合わせる。そうなると、もはやどれがどの塩なのかは分からない。無論、五つの内の一つの塩だけを、元の量の分だけ取り出すなど、土台無理な話。

 ダインテイルがやろうとしていることはつまるところ、そういうことだ。


「ああ、その答えなら何度も聞いた。そして何度もこの言葉を返そう……やってみなければ分からんだろう。この世に絶対などという言葉はないのだから」


 幾度も繰り返されたやり取り。そして決まっている答え。

 ダインテイルにとって、不可能と言われようが関係ない。何せ、ここに至るまでにも、彼は多くの不可能を可能にしてきたのだから。

 誰かに言われて納得することはなく、自分で実際にやってみないと気がすまない……そして、彼の場合は難題を無理をしてやり通してしまう。できてしまう。

 だからこそ、質が悪い。


「―――いつまで話しているのさ、マスター」


 不意に声がした。

 見ると、ダインテイルの隣の空間が歪む。そして、その歪みから小さな人影が出て来た。少年……なのだろう。一瞬、少女と見間違えそうになったが、骨格が男のそれであった。

 見た目は金髪碧眼であり、頭の毛が二本ほど跳ね上がっている。年齢は、十を超えたか超えていないか、というべきなのだろうが、不思議と落ち着き払っており、年齢にそぐわない雰囲気を醸し出していた。


「フィセットか」


 どうやらそれが、少年の名前らしい。

 フィセットは、小さなため息を吐きつつ、ダインテイルに言う。


「戦う前の相手と長話をするのは、マスターの悪い癖だと思う」

「そう言うな。相手と語り合いたいというのも、某の在り方の一つなのだから。相手のことを知り、その上で戦う……それが、某の流儀という奴だ」

「話すことが無駄だとは言わないし、マスターの流儀に口出しはしたくないけど、あまり長くなると、また別のことに考えていっちゃうよ。マスターももう歳なんだから」

「ハハハッ! 確かになぁ。それはそうだ。人ではないとはいえ、歳を食っているには違いない。ゆえ、意識はするとしよう」

「そこで気をつけるとか、直すとか言わないあたりが、マスターだよね」


 無表情のまま、フィセットはダインテイルと言葉を交わす。そのやり取りは、この場において、あまりに不釣り合いなものであり、違和感の塊であった。


「ん? ああ、そうだったな。紹介がまだだった。この者はフィセット。とある世界で拾った者だ。少々事情があり、今は某と旅をしている」

「人を猫や犬のような言い方で紹介しないでよ……まぁ、似たようなものだけど」


 ムッとしつつも、否定の言葉は口にしない。

 そのことからして、確かに少し事情があると見える。

 だが、それでもゲオルには驚きの光景であった。


「よもや、貴様が仲間を同伴させているとはな。しかも、そんな若い小僧を」

「それはそちらも同じだろうに。まぁ、人というものは変わる生き物だ。いや、某は人ではないが、しかしそれでも旅をしていれば、それこそ様々な出会いがあるのだ。誰かと繋がりができるのは当然であり、連れが一人や二人、できたところでおかしな話ではあるまい」


 ダインテイルの言葉を、ゲオルは心の中で肯定した。

 どこかの森や山奥でひっそりと篭っているのならいざしらず、長い年月を経て旅をし続けるというのは、否応が無しに人との関わりを持つことになる。それこそ、ゲオルにとってはエレナやジグルやヘル、それに今まで身体を乗っ取ってきた者達がそれに当たるだろう。そして、今ではエレナと一緒に旅をしているのが何よりの証拠。

 だが、それでも理由というものは存在する。

 ゲオルが、自らの身体を取り戻し、ジグルに身体を返すことを目的として旅をしているように、ダインテイルとフィセットもまた、何かしらの目的があるに違いない。

 だとするのなら、考えらる事柄は……。


「……『依代』か」


 その単語に、エレナ達はきょとんとした顔をする。

 しかし、フィセットは強ばった顔つきとなり、ダインテイルに至っては不敵な笑みを浮かべていた。


「さぁ? 想像にお任せする。しかしまぁ、何だ。連れに言われたからというのもあるが、そろそろ始めようではないか。某としては、もう少し、お前と語り明かしたいが、それは戦いながらでもできることだ」


 自らの両手を鳴らしながら、ダインテイルは続けて言う。


「魔術を使っていたところを見ると、少し前までどこぞの誰かと戦っていたらしい。そう考えると、消耗もしているだろうが、問題はあるまい。魔力が消耗したところで、それを補う技術が、お前にはあるのだから」


 その言葉は事実であった。

 確かに、魔力が消耗しても、それを補給する技量をゲオルは会得している。故に、魔力不足を言い訳とすることはできない。

 無論、それを行うには魔術を使用しなければならない。そして、それもまた、ジグルの魂が溶けてしまうからという理由で使わないという選択肢は、もう既に無かった。


「―――小娘」

「は、はい」

「悪いが、もう一度だけ、魔術を使う。だが、心配はするな。それを使えば、その後、どれだけ魔術を使ったところで、ジグル・フリドーの残り時間は減ることはない」

「それって、どういう……」


 エレナが言い終わる前にゲオルは呪文を唱える。


「【我が魂魄 枷から外れ 解き放たれろ】」


 短いその詠唱を口にした瞬間、ゲオルの身体から、何かが抜け出だ。

 それは、人の形をしていた。夕焼け空のような橙色の少し長い髪、それと同じ色のつり上がった瞳。背丈は高く、若々しさと老化が混同した、何とも言えない顔つき。だが、最も驚くべきことは、見た目が違うことではなく、その姿が半透明になっていること。

 そう。これこそが、ゲオルの本当の姿であり、魂としての状態だった。


「魂の離脱……? どういうつもりだ」

「こちらにも色々と事情がある。それを一から説明するつもりはない……だが安心しろ。貴様相手に、手加減などするつもりは毛頭ない」


 ふと、後ろに倒れた自らの身体を一瞬だけ見ながら、そんなことを呟く。

 魂の離脱。それは言葉通り、魂を身体から剥がす魔術。言ってしまえば、椀の中にある水だけを強制的に取り出し、一つに固めているのだ。そして、椀の中には氷だけとなる。

 つまり、これを使用すれば、ゲオルは自分の魂だけを外に出すことができ、それによって、ジグルの魂の融合化を防ぐことができる、というわけだ。

 これを今まで使用しなかった理由は二つ。

 一つ目は魂を離脱させるだけでも魔術を使用するため、どちらにしろジグルの残り時間は減る。加えて、魔術を使うことには変わりがないため、ダインテイルを呼び寄せてしまうからだ。

 そして二つ目は、これを使用している間、本体の方が無防備になり、相手に弱点を晒してしまうから。エリザベートとの戦いで使わなかった理由はそれである。

 だが、もうそんなことは言っていられない。

 既にゲオルの前にダインテイルは迫っており、加えて制限を持ったまま戦うなど、不可能な状況なのだから。


「なる程……確かにその気迫、今まで以上の何かを感じさせる。事情は知らんが、しかしお前が本気であるというのなら確かに問題はない。いや、むしろ好都合というべきか」


 ゲオルの事情をダインテイルは知らない。だが、それでもゲオルが魂となった状態こそ、今の彼の本気を示しているだと理解していた。そして、ならばそれで良しと言うのだ。

 全力でかかってこい。そんなお前を自分は倒すのだと。

 そんなことを言いたげな表情を浮かべて、彼は堂々と立っている。


「喪服女、優男。小娘のことを守れ。ワレの身体もな。その身体にはジグル・フリドーの魂がある。それが無くなれば、ワレは還る場所がなくなり、ジグル・フリドーも消滅するからな」

「承りましたわ」

「ああ。任せな」

「それから―――」


 と。そこで一瞬、言葉を区切り、ゲオル振り向かないまま、言う。 


もしもの時は(・・・・・・)後のことを頼むぞ(・・・・・・・・)


 その言葉が意味するものを察したロイドは目を丸くさせ、ヘルもまた肩が少し動いた。


「旦那……」

「……分かりましたわ」


 二人はそれぞれ別の言葉を口にしたが、けれど気持ちは同じだった。これは彼の戦い。だから、自分達が介入することも、止めることもできないし、してはならない。

 しかし……。


「よし。ならば今から貴様らをここより遠くの場所に飛ばす。とはいえ、空や川の中ではないゆえ、安心して……」

「待ってください」


 納得してない者が、ここに一人。

 ゲオルの言葉を遮ったのは、戸惑いを隠せず、ゲオルの方を向くエレナ。目が見えてないのに、彼女の視線はしっかりとゲオルの方を向いていた。

 言葉を止めた理由は言うまでもなく、先程の彼の言葉。


「ゲオルさん。もしもの時って、まさか……」

「阿呆が」


 しかしエレナの言葉を、今度はゲオルが遮った


「貴様、ワレが敗けるとでも思っているのか? 舐められたものだな。奴とは何度も戦ってきたのだ。そう簡単にやられるわけがないだろうが。戦い方も熟知しているし、対策も考えている。ただ、この世には絶対という言葉はない故に言ったまでだ。それ以上の意味はない」

「でも……」

「それにだ」


 振り返り、エレナに向かって、ゲオルは彼女には見えないと分かりつつも、不敵な笑みを浮かべながら、言い放つ。


「貴様と旅を始めてから、色々あったが最後は必ず勝ってきただろう?」


 それは過大評価ではなく、単純な事実。

 何度がしくじったことはあった。何度か過ちを犯したことはあった。

 しかし、それでも。

 ゲオルはエレナとの旅の中で、最後は必ず勝利してきたのだ。

 だから、心配する必要はない。だから、安心して待てと。

 ゲオルは、『魔術師』は言う。

 そんな彼の意思と覚悟を理解したエレナはそれ以上、引き止めることはせず、別の言葉を投げかけた。


「……約束です。絶対に、勝って帰ってきてください。私、まだまだゲオルさんに言いたいことは、山程あるので」

「ああ。無論だ」


 そこで会話は終わり、ゲオルは呪文を口にする。


「【移動せよ】」


 一言。そう呟くだけで、エレナ達は一瞬にしてその姿を消す。

 転移魔術。彼らをここは別の場所に飛ばしたのだ。距離にして、およそ百キロ程先か。それだけの距離があれば、流石に巻き込むこともないだろう。

 その光景を目の当たりにしたフィセットは思わずダインテイルに問いを投げかけた。


「……マスター。一つ聞きたいんだけど……あれは何?」

「見ての通り、我が宿敵であり、好敵手だ」

「いや、そうじゃなくて……何あの魔力の質と量。人間が持っていいレベルを遥かに超えているんだけど。ぼくがいた世界じゃまず有り得ないし……この世界の魔術師ってみんなああなの?」

「ハハハッ! そんなわけあるまい。言っただろう? 奴は宿敵であり、好敵手。そんな奴が、普通の魔術師であるはずがない。魔術を研鑽し、積み重ね、尚進化させてきた男……その結果、ついた二つ名が『万能の魔術師』。我が生涯において、某が認めた魔術師は奴しかいないし、これからもそうだろう。あの男以外の魔術師など、某は認めん。故に―――奴を倒すのは某でなければならん」


 その言葉に殺意や敵意はない。

 ただ、戦って勝ちたいという願いと信念……それのみが存在していた。


「お前もできるだけ遠くに行っておけ」

「分かってる。巻き込まれて死ぬのは、ぼくもごめんだ」


 言うとフィセットの傍の空間が、先程と同じ様に歪み、彼はその中へと入っていった。

 その姿が見えなくなったのを確認すると、ダインテイルとゲオルは互いに向き合う。


「待たせたな」

「いいや大丈夫だとも。仲間とのやり取りに口出しをするほど、某は野暮ではない」


 互いの距離はおよそ二十メートル。普通ならともかく、この二人なら容易く距離を詰められる。つまりは互いに互いの間合いに入っているのだ。


「ああ、そうだ。始める前に一つ頼みがあるのだが……ここら一帯の生物反応を調べてくれないか? 恐らく、跡形もなく、更地になってしまうからな。人がいては巻き込んでしまうだろう?」

「安心しろ。既にワレら以外は誰もいないのは確認済みだ」

「そうか、それは良かった。いやはや、前回はその点の配慮を忘れてしまっていたからな。あの時は、街中に魔物が蔓延っていたとはいえ、確認をする前に消し飛ばしてしまった、おかげで生き残りをあと少しで死なせてしまうところだった。お前の機転のおかげで事なきを得たが、彼らには申し訳ないことをした」


 前回の戦い。魔物が占拠していた街でばったり出会い、そして戦いとなり、過程でまだ生き残りがいることを知り、ゲオルの機転によって彼らは助けられたが、街は全壊してしまった。

 しかし、それは前回だけの話ではない。彼らが出会い、そして戦った場所は尽く消し飛ぶ。そういう戦いであり、本気でぶつかった結果だ。

 そして、今回はその心配はない。

 ならば―――


「では」

「ああ」


 言うと二人は同時に足を進める。二十メートルの距離は既に互いの領域。それだというのに、二人は歩きながら距離を詰めるため、その間合いはさらに狭くなる。

 互いに拳を握り、力を入れる。そこに言葉はいらず、けれど確かに昂ぶりはあった。

 今更話し合いなどするつもりは毛頭ないし、そんなものに意味などない。

 彼らは戦い合う星の下に生まれているといっても過言ではない。それは仇討ちだとか、相手が憎いからとかではない。

 ただ、相手を倒したい。倒さなければならない。

 そんな想いのみが、彼らを動かす。

 そして。


「――――――」

「――――――」


 あと一歩、踏み込めば身体がぶつかるという距離において。

 互いの闘志は爆発し、轟音と共に、火蓋は切って下ろされたのだった。

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