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一話 繰り返される闘争①

 有り得ない。


 それが、ゲオルがダインテイルを見た時に抱いた感想だった。

 魔術を使えば、それを探知され、この男がやってくる……何百年とそれを繰り返されたゲオルは、それを阻止するために、魔術の使用を極力抑えてきた。それこそ、使う時は異界魔術の中など、特別な場合だ。今回は、エリザベートの異界魔術があったために、それが可能となった……はずだ。

 だというのに、ダインテイルは、この場にいる。

 考えられるのは二つ。

 一つは、ダインテイルが偶々ここを通りかかったからだが……しかし、これはない。流石にそんな間の悪い偶然があるとは思えない。

 だとするのなら、もう一つの可能性。今までどおり、ダインテイルがゲオルの魔術を察知して、ここに来たというもの。恐らくこの可能性が一番高いが、しかしどうやって? ゲオルが魔術を使っていたのは、エリザベートの異界魔術が壊れる直前だ。それ以降はいつものように拳と蹴りで相手を倒した。魔術で察知されたということはないはずなのだが……

 などと考えていると、どうやら、ゲオルの動揺は向こうにも伝わったらしい。

 

「おいおい。そんなに某がここにいることが信じられないか? というより、挨拶もないというのは、少々つれないではないか」

「……貴様とワレは、いつからそんな間柄になったいうのだ?」

「ああそうだな。某とお前は長年殺し合いをし続けてきた仲だ。剣呑になるのは仕方ないかもしれん。が、だとしても長年の付き合いということには変わりあるまい」


 ゲオルとダインテイル。二人は何百年と闘争を繰り返してきた。ゲオルにとって、彼は敵だ。が、一方で何百年と顔を合わせているという事実もあり、長年の付き合い、というのも間違ってはいないだろう。

 だが、今はそんなことはどうでもいい。

 彼が聞きたいことはただ一つ。


「どうやってここに来た」

「どうやっても何も、いつも通りだ。お前が魔術を使った故に、某がそれを探知した。そして、ここへ飛んできた。それだけの話よ……ああ、もしやこう思っているのか? 自分は異界魔術の中で魔術を使ったはず。だから探知はされないはずだ、と」


 こちらの考えを読んだかのような言葉に、ゲオルは顔を顰める。

 その様子を見たダインテイルは不敵な笑みを浮かべながら、さらに言う。


「確かに。異界魔術の中でなら探知されない、というその考えは間違ってはいない……以前までならな」


 その言葉で、ゲオルは大体の予想はついた。


「人とは成長するものだ。まぁ、某は人でなし(・・・・)ではあるが、しかし成長はする。探知の魔道具を異世界からでも使用できるように改良していないと、どうして断言できる?」


 ニヤけた顔は、ある種の勝利の顔か。

 そして、その言葉と顔でゲオルの予想は確信へと変わる。


「まさか、貴様……」

「そうだ。完成させたとも。異世界からでも探知できる魔道具をな。そのために多くの異世界を巡った」


 異世界……それは言葉通りの意味合いだろう。この世界とは違う別世界。その存在は、ゲオルも知っている。異世界人の召喚魔術は、大昔から存在する。以前戦ったタツミ・ユウヤもまた、異世界から召喚された人間だった。

 だが、異世界の存在は知っていたとしても、実際に行こうと思う者はまずいない。当然だ。異世界とは数多存在しており、それこそ星の数だ。その中で自分が行きたいと思う場所に行くなど、砂漠で一粒の砂金を見つけるよりも困難。加えて、また戻ってくるとなるとそれ以上の難易度となる。

 それはほぼ、不可能と言うべきものだ。

 だが、それをダインテイルはやってのけ、そして今ここに至っている。


「異世界を巡る……なるほど、あの店の主か」


 どこにもない店。あそこは、多くの異世界と繋がっているという。そして、その主であるウムルならば、異世界へと行く方法も手段も知っている。もしかすれば、道具も持っているかもしれない。

 だが、それらを手に入れるには、相応の代償が必要となるはず。

 あの店には必要なものがほとんど揃っている。だが、それを手に入れるには対価が必要だ。既に知っているモノや道具ならば対価を払えるだろうが、しかし異世界のものとなると、話は別。何せ異世界だ。異なる常識のモノを買う、というだけでも高い対価がついてくる。それこそ、異世界に行く道具となれば計り知れないだろう。


「貴様、一体どれだけの対価を支払った」

「決まっている。相応のものだ。とはいえ、普通の魔道具とは勝手が違うため、少々使いこなすには時間がかかった。が、それでも多くの世界を渡り歩いた。人類全体に『ステータス』なるものが存在する世界や言語が存在しない世界。もっと言うのなら人間が存在しない世界すらあったな。それらの世界で手に入れた様々な道具や材料で、探知の魔道具を完成させた、というわけだ」

「……異世界のモノを、魔道具に組み込んだというわけか」

「ああ。この世界の道具や材料では、これ以上魔道具を向上させることはできなかったからな。とはいえ、某は魔術にはそこまで長けてはいない。それこそ、貴様程にはな。故に、向上というより、改造というべきか。実のところ、前回の戦いの時点では既に改造はしてあったのだが、上手く起動しなくてな。おかげであの時は、たどり着く前によく分からん世界に飛ばされた。まぁ、貴様が魔術を何度も使用してくれたおかげでそれでも五十六回目の『跳躍』でたどり着いたがな。そして、今回は、二十五回程度の『跳躍』で、ここに来れた。これぞ正しく進歩というべきものだな」

「……、」


 無茶苦茶である。

 この世に絶対ということはない。だから、ダインテイルが魔道具を進化させることはできない、というのも絶対ではなかった。だが、それにしてもやり方があまりにも無謀すぎる。

 この世界の道具や材料では魔道具を向上させることができない。ならば、異世界に行こう……そんな馬鹿げた発想を考えることもそうだが、それを実行し、そしてやり遂げたこと自体がすでに常軌を逸している。それに、魔道具に異世界の材料や道具を組み合わせるというのも馬鹿げている。そもそも、規格が違うどころか、世界が違うのだ。それを融合させるようなやり口など、考えられない。現に何度も失敗を繰り返したと言っていたのだ。それは事実だろう。そして、一度失敗すれば諦めるものを、彼は前回、五十六回も試し、そして、今回は二十五回も試したという。

 馬鹿げているなんてものではない。最早、その所業は狂気だ。


 けれど、けれども、だ。

 その上で、ダインテイルは、この場に生きて立っている。普通は死んでいるべきはずなのに、根性と言うべきもので乗り越え、ここにきたのだ。

 もう一度、ゲオルは思う。

 有り得ない、と。


「しかし、少し見ない間に随分と連れができたようだな。お前が仲間を連れているとは、本当に珍しい……ああ、馬鹿にしているわけではないぞ。むしろ褒めている。何せ、お前は昔から一人だったからな。他人とそうして付き合えるようになったということは。お前もまた成長している証。某はそれを嬉しく思う」


 その発言に、嘘はなかった。

 ダインテイルは本心で、ゲオルが人付き合いをしていることに感心し、そして褒めている。やればできるじゃないかと言わんばかりに。それは罵っているわけでも、馬鹿にしているわけでもない。ただ成長した者への賛辞を送っているに過ぎなかった。

 同時に、だからこそゲオルは言う。


「気色の悪いことを抜かすな、阿呆」

「ハハハッ。そう言うな。お前は某のことを嫌っているようだが、某はお前のことを気にいっているのだから。なぁ、我が宿敵、好敵手よ」


 宿敵。好敵手。

 言葉にすれば陳腐なものかもしれないが、確かにゲオルとダインテイルの関係は、そういうモノになる。


「某はお前のことを認めているし、だからこそ倒したいと思っている。いいや、違うな。お前を倒さなければ、某は一歩も前には進めない。故にこうしてお前を追いかけているのだ。まぁ、本来の悲願は別にあるわけだが、それはそれ。これはこれ、というやつだな。そして、そんなお前が成長しているのだ。これを嬉しく思わないわけがないだろう」


 表情は凶々しいというのに、口にしている言葉は相手への賛辞。ある種の矛盾を孕んだ男の空気は独特であり、異様だ。

 全ての言葉に嘘はなく、そしてその闘志にも偽りはない。それはつまり、相手を認めているからこそ、倒したいという、矜持の顕れか。

 その言葉を前にして、ゲオルは「ふん」と鼻を鳴らす。


「相変わらず、仰々しい言い回しだ。そして言動の内容は阿呆のそれだな」

「仕方あるまい。これが某の在り方なのだから。今更変えるつもりは毛頭ない……と、ああいかんいかん。お前とだけ話をしていては、他の者達に失礼だったな」


 言うと同時に、ダインテイルは他の三人向かって会釈した


「ご機嫌よう、諸君。某の名はダインテイル・レヴァムンク。そこな『魔術師』とは少々因縁がある者だ」


 挨拶を口にするも、誰も返答しない。当たり前だ。そんな場合ではないのは誰にだって分かることであり、どんなに頭が抜けているものでも、この緊張感を前にして平然としていられるわけがない。

 もしも言葉が出るとするのなら、それは疑問だろう。


「……ゲオルさん。あの方は……一体、何なんですか……?」

「貴様が感じた通りの男だ。第六感が働く貴様になら、よく分かるだろう……あれはただの怪物だ」


 エレナの言葉に、ゲオルは即答した。そしてそれは的を射ていた。

 目の前の男は、確かに人間の姿をしている。だが、罷り間違っても人間と呼称してはいけない。それは彼が非人間的な性格をしているからなどではなく、人間の枠組みから外れた『何か』であるからだ。そして、それはゲオルやエレナだけではなく、ヘルやロイドも理解している。だからこそ、誰も一歩も動けずにいるのだ。


「怪物とは言ってくれる。これでも感情は持っているし、それなりの良識もあると自負しているのだがな」

「良識がある者が、闘志をむき出しにするわけがないだろうが。おかげでワレ以外の者は、全員この有様だ」

「うむ……その点については謝罪しよう。すまないな。しかし、お前を前にして闘志を燃やすなという方が無理な話だろう。そもそも、それはお前も同じだろう? 先程から戦意がダダ漏れだぞ」


 敵意でも殺意でもない。彼らから発せられるのは、純粋な戦意であり闘志。

 目の前の男と出会ったのなら、それは即ち戦いの始まり。

 それがたとえ街中だろうが、空の上だろうが、戦争の真っ只中だろうが関係ない。

 無論、たとえ今、まさに一つの戦いを終えた後だったとしても、ゲオルとダインテイルが戦わない理由など、どこにもないのだから。


「お前と戦うようになってもう四百年以上経つ。その間に何度闘争を繰り返してきたのか、もはや覚えてはいない。それだけではない。お前を倒すため、何人もの強者と戦った。ただ力を持つ愚図共とも戦った。殺しにしか興味を持たない下衆共とも戦った。多くの、本当に多くの戦いがあり、出会いがあった」


 四百年……それだけの月日があれば、確かに数え切れない戦いがあったのだろう。ダインテイルという男を知っているゲオルだからこそ分かる。そして何百年と他人の身体を乗っ取り、生き続けてきたゲオルだからこそ理解できる。

 どんなものだったかは定かではないが、それでも幾度の死線をくぐり抜けながらも、彼は今日まで生き延びてきた。

 そういう男なのだと。


「だが……多くの闘争、多くの出会いがあった中でも、某は自らの願いを忘れたことはない」


 そう。だからこそ、というべきか。

 彼が今まで並々ならぬ状況を踏破し、多くの困難を乗り越えてきたのは、ある願いを叶えるため。それを達成するまでは死んでも死にきれない。だから死ねない。死なない。生き続ける……無理難題を覆してきた彼の根底にあるものが、それだ。

 そして、今まさに、その願いを成就させるため、ダインテイルは言う。


「故に今度こそ、お前を倒し、そして我が主の魂を返してもらう。それこそ、某の―――かつて『剣師』ザイリードが使っていた『魔剣』が抱く、大願なのだから」

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