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幕間  店主と男

 少し前の話をしよう。

 それは、『どこにもない店』での出来事。


「―――ヌシか」


 開かれた店のドアの方を見ながら、店主・ウムルはやってきた男に対し、端的な言葉を呟く。


「おいおい。開口一番がそれか。それでよく、商売などやっているものだな」


 などと言うものの、男―――ダインテイルは笑みを浮かべていた。その表情はどこからどう見ても悪人面であり、口元を緩ませるだけで、狂気に満ちたような顔つきに見えてしまう。

 そんな男に対し、多くの人々は恐怖するものの、昔馴染みのウムルは慣れてしまっていた。


「ここの客商売を、そこらの店と同系統と思うでないわ。それはヌシもよく知っているはずじゃが?」

「確かに。多くの異世界からやってくる客。それらと対峙し、対応し、そして商売をするとなれば、他の店とは勝手が違うというのも一理あるな。某とて、かつては(・・・・)世話になっていた身だ(・・・・・・・・・・)。それはよく理解している」


 見た目とは裏腹に、ダインテイルは落ち着いた口調で言葉を口にする。


「しかしだな。もう少し愛想よくしてもらっても良いのではないか? こんな様ではあるが、こちらは一応客なのだから。勝手が違うとはいえ、根本となるものは同じだろうに」

「普通はのう。じゃが、ヌシのような馬鹿者をちゃんとした客としての礼儀を通す義理はないじゃろうが。ヌシ、まさか、この店で暴れまわったこと、忘れたとは言わさんぞ?」


 通常、この『どこにもない店』では暴力沙汰は起こせない。そういう魔術やら異能力やらが何重にもかけられている。あのゲオルですら、本調子の時でさえ、ここでは魔術の使用を極限まで使用不可にさせられてしまう。無論、物理的な攻撃もほとんど無効化される。

 だというのに、目の前の男はここで何度も暴れまわったのだ。当然、ウムルによって取り押さえられ、相応の罰は与えたが。


「ハハハッ。その節は大変迷惑をかけたな。しかし、あの時の某の事情も知っているだろう? 笑い話にしてもらえれば、こちらとしては助かる」

「喧しいわ、馬鹿者が。ヌシの場合、その性格が今でも変わっとらんのが問題なのじゃろうが。風の噂で聞いたが、またぞろどこぞの異世界の国と一戦やらかしたらしいのう?」

「ん? ああ、あの国のことか……事実だとも。『スキル』という特殊な能力を全人類が持っている世界でな。その中で特に『スキル』が優秀な者が集った国があったのだが……少々気に食わんことがあったので、叩きのめした」


 などと言うことを、平然とした口調で言い放つ。

 それはまるで、喧嘩を吹っかけられたから、それに応じ相手を殴った程度のもの。しかし、話の内容はまるで規模が違う。

 ウムルはその経緯を深くは聞かない。だが、ダインテイルの性格と実力、そして彼がここにいるという事実から、ある程度のことは察することはできた。

 故に、彼女の口から出て来たのはため息だった。


「はぁ……そんなだから、『国死の男』などという異名をつけられるんじゃよ」


 国死の男。

 国を死に至らしめる程の男という意味であり、どこの誰がつけたかは知らないが、そんな異名が彼には付けられている。そして事実、彼は今まで何度も多くの異世界で多くの国と戦い、そして倒してきた。

 無論、彼がそういうことをしてきたのにも理由がある。だからこそ、彼を単に悪だと断定することはできない。

 が、やり方そのものが、もう滅茶苦茶なのだ。

 それ即ち、武力行使。

 通常、どの世界、どの国であったとしても、兵士や軍人の数というのは百や二百では収まらない。数千、数万、数十万といった具合になるだろう。あるいは、もっとか。なんにしろ、それだけの数を相手に単独で突破することなど不可能だ。

 けれど、この男はそれができてしまう。

 数千の敵をなぎ払い、数万の敵を切り伏せ、数十万の死体を積み重ねる。それによって滅んだ国は一つや二つなどではない。

 その武勇はこの店にも届いている。そして、それ故に彼を呼称する名は『国死の男』だけではなく、『殺戮鬼剣』、『異能殺し』、『審判者』、『壊刃』等など……多くの異名がある。

 その行為から、彼を悪魔や怪物と非難する声はあるが、しかし一方で英雄や救世主と口にする人々もいる。

 ウムルから言わせてもらえれば、そのどちらとも正解で、間違いだ。彼の行いで涙する者もいるが、救われる者もいる。それだけの話だ。

 ただ、一つだけ確かなことは、彼がどの世界においても本当に稀な、大馬鹿者であるということだ。


「……ヌシに異世界へ渡る魔道具を渡したのはワシじゃ。それ故口を出せる立場ではないが……あまり無茶をするな。ヌシはいいかもしれんが、他の者が迷惑を被るのじゃぞ」

「ああ、それについては全くもってその通り。某が力を行使することで、全く関係もないというのに、傷つく者もいるだろう。それにとって涙を流す者もいるかもしれん。その者達にはすまないとは思っている」


 だが。


「それでも通さねばならない筋というものが、某にもあるのでな。この性格だけは、どうにも治らん。そこを曲げてしまえば、某はきっと某ではなくなってしまう。なので、彼らには悪いとは思うが、今更この性格を変えようとは思わんよ」


 これである。

 自分の行為が少なからず他人に迷惑をかけると知りながら、そしてそのことに対して悪いと思いながら、けれども自分の我は通すという。無論、迷惑をかけることに対して悪いと思う、という点については嘘ではない。本心からだ。しかし、そう思っていながら、この男は止まることをしない。ある種、感情が欠落していると言ってもいいだろう。

 ……いや、その言葉には語弊があるか。

 そもそも、目の前の男に対し、人間の感情というものがきちんと存在しているのかすら、正直怪しいのだから。

 とは言うものの、それをここで指摘したところで何もならないし、無駄だと分かっているウムルにはそんな気は全くなかった。


「で? 今日は何の用じゃ。 また魔道具やらの仕入れか?」

「いいや。今日はただの挨拶をしに来ただけだ」


 挨拶? とウムルはその言葉に怪訝そうな表情を浮かべる。

 そんな彼女の予想を当てるかのように、ダインテイルは言い放つ。


「そろそろ、あの魔術師と決着をつけようと思ってな」


 案の定、というべきか。

 ダインテイルの口から出た言葉に対し、ウムルは問いを投げかけた。


「……奴が今、どこで何をしているのか、知っているのか?」

「いいや、知らんさ。あの魔術師が、どこでどんなことをしているのか、どんな姿になっているのか、想像することはできるが、しかし居場所を突き止めることはできん……今はな」


 それはつまり、現在はできないが、逆にいえば、今でなければ可能になるかもしれない、ということ。それらの言葉から察することができるのはただ一つ。


「奴が魔術を使うのを待っているのか? だとするのなら……」


 それは流石に楽観的過ぎると言わざるを得ない。

 魔術師であるゲオルは、今まで何度か魔術を使い、そしてダインテイルに居場所がバレてしまっている。よくよくうっかりをする男ではあるが、しかしこの点についてだけは、もうミスをするとは思えなかった。


「ああ、分かっている。奴が魔術を使おうとしていないことはな。だが、それでも奴は魔術師だ。生きている限り、あの男はいつか必ず魔術を使うはず。それは絶対であり、確実だ」


 確かに、それは否定できない。

 ゲオルは何だかんだと言って、結局は魔術師だ。だからこそ、何かしらに追い詰められれば、必ず魔術を使おうとするのは自明の理というものだろう。その推察は、恐らく間違いではない。

 だが。


「もし奴が魔術を使ったとして、それが異界魔術の中でならどうなる?」

「無論、それに対しての処置はしている」


 即答だった。

 あまりにも早い返答に、思わず言葉が詰まったウムルに対し、ダインテイルは続けて言う。


「これでも何の目的もなく、多くの異世界へと渡っていたわけではない。色々と必要なものがあったからだ。そして、それは既に揃った。次に奴が魔術を使えば、そこが異界魔術の中だろうが、それこそ異世界だろうが、関係はない。奴の居所を某は完全に把握することができる。そして、今度こそ必ず、大願成就を果たすのだ」


 大願成就。ウムルはその願いを知っている。

 だからこそ、彼がここに何をしにしたのか、ここにきてようやく理解した。


「つまり……ヌシは、ワシに別れの挨拶をしに来た、というわけか」

「ああそうだ。知っているだろう? 某の望みが叶おうが叶うまいが、結局のところ、某の最期は決まっている。故に、古き友人であるお前に会いに来た、というわけだ」


 笑みを浮かべながら。

 表情を一切崩すことなく。

 目の前の男は、そんなことを口にしていた。


「今まで世話になったな。感謝しているぞ、店主」

「……全く。その上から目線の態度は、最後まで変わらんかったが、そういうどうでもいい律儀なところもまた変わっていないらしい」


 こういうところがあるからこそ、暴風であるような彼のことを英雄だの、救世主だのと呼ぶ者がいあるのかもしれない。

 彼は悪かもしれないが、善である部分もあるかもしれない。そして、それは彼が戦おうとしている魔術師も同じ。

 どちらが正しいか、間違っているのかなど、もはや論じることなどできはしないのだ。

 そして、それは無論、ウムルも同じ。


「ワシはヌシの味方でも、あの男の味方でもない。どちらが勝とうが負けようが、どちらが死のうが生きようが、関与するつもりは毛頭ない。じゃが……知り合いが少なくなるというのは、いつの時代も慣れぬものじゃ」


 ウムルは普通の人間よりも、長い長い時間、ここの店主をしている。そして、だからこそ、多くの人間と知り合い、そして別れていった。何度も何度も何度も、だ。それに対し、いつまでも慣れないのは、やはりまだまだ、ということなのかもしれない。

 とは言いつつも、だ。


「まぁ、こんなことを言ったところで、ヌシは自分の意思を変える気などないのじゃろうがな」

「ハハハッ。よく分かっているではないか」

「何百年の付き合いになると思っておる、馬鹿者が……それよりも、ヌシ、先程から聞いていると、奴が魔術を使うのがもうすぐだと言わんばかりな口ぶりじゃが、何か根拠でもあるのか?」

「いいや、ないさ。ただ、もうそろそろだと某の直感が囁いているのだ」


 その言葉に、ウムルはまた大きなため息を吐く。

 ここに来て、まさかこの馬鹿者に再び呆れ果てるとは思ってもみなかった。


「……ヌシよ。それは、単なる虫の知らせというやつじゃないのか?」

「かもしれん。だが、あながち間違っているとは思っておらんよ。何せ、某の直感はよく当たるからな」


 それはどこから来る自信なのか。経験か、それとも別の何かか。

 なんにしろ、彼の覚悟が決まっているのなら、ウムルが口にする言葉は決まっていた。


「―――じゃあの、ダインテイル・レヴァムンク。貴様との縁は、そう悪いものではなかったよ」

「そうか。それは良かった。ではな、ウムル。無数の異界をつなげる店の主よ。お前もまた、良き余生を送ることだ」


 最後の言葉を交わし、ダインテイルはドアを開け、そして店から去っていったのだった。

 そして数日後。

 彼の直感は、見事的中したのだった。

これにて、三章は終了です!(事件が続かないとは言ってない

次回からは四章です。そしてようやく『あの男』が本格参戦!

彼とゲオル、そしてエレナ達がどうなるのか、楽しみに待っててください!!


また、この場を借りて、皆様に感謝を。

本当にありがとうございます。これからも頑張っていきますので、何卒よろしくお願い致します!


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