第五話 敗北
ナイフから手が滑り落ち、ユウはその場に倒れこんだ。
ガムスはスピード落とさずにカイトに迫る。
カイトはよろめきもナイフを体から抜いた。
休む暇すら与えず、眼前に迫ったガムスは二本の大剣を振り上げた。
カイトはアラヴァトルを体の前に横にして構え、振り下ろされる剣を柄で受ける。
「っっ・・・!!」
体に力を込めた途端、背中に激痛がほとばしった。
棘が深く刺さった様な鋭い痛み。
それでもカイトは食い止める。
それでも、今は・・・負けちゃダメだ。
「ぁぁぁぁあああああ!」
大剣を押し返し始める。
「ぬううううぅぅぅぅ!」
ガムスも負けじと力を込める。
ジリジリと力み合う剣と槍が震える。
僅かにガムスが力を弱めた隙を突く。
(今だっ!)
カイトは槍を斜め下に逸らした。
勢いのあったガムスの剣は見事に体勢を崩し、体が下方へと向かう。
カイトは全身を捻って体勢を整え、すかさず矛先をガムスの背中中央・・・心臓にあたるであろう所に目掛けて突く。
光の矛先はガムスの鎧装をいとも容易く破り、地面まで一気に貫いた。
「かはぁっ!」
槍をガムスから抜く。
鎧をきた死体はユウの横にガシャと床に伏せる。
息を荒げたカイトが片膝をつく。
どくどくと心臓が脈打ち、大きな傷口から血が溢れる。
間も無く、ユウの傍に人影が歩み寄ってくる。
人影は自分の体格より大きいユウを軽々と抱え、屋上の端まで歩いて行った。
去り際、人影もとい、レイナはカイトに言葉を掛けた。
「ありがとう。あなたの部下は下で気絶しているだけよ」
「・・・そうか」
「・・・カイトは・・・自分をどう思っているの?」
顔も向かず、うまく言葉にできない質問を投げかけた。
「・・・俺は・・・あの人の為に生きている・・・それが・・・自分だと思ってる・・・」
ふっと無理に作った微笑を見せたカイトは意識を手放し、その場に倒れ込んだ。
「・・・ふーん・・・」
ユウを抱えたレイナは屋上から飛び降り、建物と建物を身軽に飛び越えて行った。
その足はルーチェのドアの前でようやく足を止めた。
歩み寄りドアを開き、目の前にあった椅子にユウを座らせた。
ユウを下ろすと、
「っ・・・!」
レイナはひどい頭痛に襲われた。
それだけじゃない。
全身が火に炙られるように痛い。
立ってもいられず、その場に倒れこんだ。
「くぁぁっ・・・!」
ルビー色の眼は輝きを増す。
こうなることは知っていた。
幾度となく体験したが、やはり痛すぎる。
「あれだけは・・・忘れちゃ・・・だ・・・め・・・」
耐え難い苦痛に、レイナは意識を緩やかに手放した。
レイナの能力は死者の呪いや怨念、魂そのものの熱量を力にするというものだ。
人の脊髄を喰らえば、その魂を得ることが出来る。
言わば、吸血鬼に近い能力だ。
そしてこの能力は、殺すだけでも、呪いを仕向けられれば力になり得るという強みがある。
・・・しかし能力の酷使による反動は特に大きい。
一時的な失神級の痛みを伴い、脳へダメージが直結。
そして・・・
記憶を欠如してしまう。
レイナには絶対忘れたくない記憶がある。
意地でも守らなきゃいけない記憶がある。
その記憶は、とっても大切なものだから。
レイナの意識が覚醒したのは、既に日が落ち始めた頃であった。
薄汚れた天井が見える。
体がやんわりと暖かい。
それに、肌ごこちがとてもよい。
頭を傾けると、羽毛の布団が掛かっている。
体を起こすと、その目に、見慣れに見慣れた光景が広がる。
窓際に置かれたベット。
僅かに埃をかぶっている小さなクマのぬいぐるみ。
それと、自分とユウとエリが映ったこの場所の写真。
ルーチェの二階にある紛れも無い自室だ。
眩しくも、その肌は窓から差し込む赤めいた光に照らされた。
前夜を疑わせるかのような傷一つなく、艶やかに煌めく肌が晒されている。
そして、そんな思考を全て通り抜けた先に、突き刺すような冷たさに襲われる。
「寒っ」
急いで羽毛布団を再び体に覆い被せた。
「・・・・・」
寒さで目が冴えた。
思い出す。
「・・・忘れてない・・・」
ホッとした一息とわずかな笑みが溢れる。
そんな安堵は一瞬だろうとレイナは確信していた。
手がカサついている。
恐る恐る手のひらを見る。
「・・・そりゃあ・・・そうだよね」
小さく呟いた震え声が静寂に満ちた部屋に響回る。
枕に顔を突っ伏す。
手のひらは赤色の血潮に染まっていた。
顔はすぐに上がった。
「とりあえず・・・シャワーを浴びよう」
*レイナの能力の補足
彼女が持つ死者の力を使い道はいくつかある。
単純な戦闘手段である魔性の腕を強化したり、本数を増やす道。
生活に必要なエネルギーを賄う道。
そして、傷を癒すエネルギーを増強させる道である。
これにより、レイナの体には傷一つなかったのである。
シャワーを浴びたレイナはしっかりとした灰色のパーカを着て、ユウの部屋のドアの前に向かった。
すると、階段の方からエリが上がってきた。
「レイナ!いつ起きたの?」
「今さっき・・・」
大丈夫、エリの事も覚えている。
「そんな事より、ユウは?」
「息はあるけど、まだ起きそうにはないわ」
「そう・・・なら良かった」
「それより、レイナ」
階段から誰かが上がってくる音がする。
少しづつ音が大きくなっていく。
「あなたを訪ねてきた人がいるの」
エリの声は一見して落ち着いているようだが、かなり気を詰めているようだった。
ユウやレイナの状況を知っている彼女は、訪ねたくるような奴はロクでもない事を十分承知していた。
階段から上がってきたのは黒いレザーを着こなした、ひとまわり背の高い男だった。
深くかぶった帽子とサングラスを外して言った。
「話がしたい、争い事はよしてくれ」
その金髪はとてもよく鮮明に覚えている。
「カイト・・・!?」
時は約十時間程遡る。
テロ行為と世間に報道された、ユウとレイナ、そしてカイトが追う組織“インクブス”の差し金。
その戦いの爪痕に中心街が騒然となる中、朝日が揚々と照らす。
カイトとラン、社長と生き残った社員らは隣のビルの会議室をいくつか借りて世間への身バレを防いでいた。
外から響いてくるサイレン音は未だに鳴り止まない。
カイトは部屋に一人、窓の淵からそれをうっすらと眺めていた。
包帯で巻かれた脇腹には血が滲んでいるが、本人は気にもしてないようだ。
しばらくして、ドアから2度ノックした音が聞こえた。
「カイト」
開いたドアから社長が入ってきた。
カイトはすぐに振り向き、きっちりと姿勢を正した。
「は、こちらに。お見苦しい姿をお見せして申し訳ありません」
「いや良い、むしろ楽にしろ。見ているこっちが心痛い」
「失礼しました」
カイトは近くの椅子に座った。
社長はカイトと対面になれるような椅子に座った。
そして、ポケットからタバコを出し、火を付けて、話を始めた。
「今回の襲撃、ついこないだの狙撃、これらは同件だろう。問題はそこじゃない」
「はい、今回の案件は奴ら“インクブス”の仕業でしょう。間違いありません」
「・・・世界の政治そのものを動かし、世界の闇をも牛耳る最悪の組織がついに動き始めたか」
タバコから出る煙は空気に溶け込む。
「世界のパワーバランスを根底から変えれる『人外』が統括し、属する組織だ。我々に襲撃してきた理由も、そうおかしいことではないだろうよ」
そう言って笑みを浮かべた。
それは苦笑いのような諦めた笑みのような曖昧な笑いだった。
「迷惑をお掛けして大変、申し訳ございません」
自分の雇い主を自分から危険な目に合わせてどうするんだと、
カイトは自身に大きな負い目を感じていた。
「余り自分を卑下するな。カッコ悪い上に失礼だぞ」
「は、申し訳・・・失礼致しました」
「ところでだ、カイト。お前はどのくらい奴らのことを知っているんだ」
「自分の事を考えると気持ちを制御できないので・・・最低限、
人外によって組まれた組織であり、
必要のないかずの『人外』を今もなお産み続けていることだけ知っております」
「そうか、お前らしいな」
今度の笑みは間違えなく苦笑だろう。
「この資料を渡そう」
卓上にタブレット端末を滑らせ、カイトにその画面を見せた。
「・・・なんですか、これは・・・」
「それが、この世界の支配者“インクブス”だ。どんな奴らか頭の片隅でも置いて置くといい」
それはまさに覗いてはいけない深淵のようだった。
タブレットにはい写真とそれに添えられた短い文がいくつか載せられていた。
例を挙げれば、
餓鬼のように骨が浮き上がった人間が同じような姿をした別の人を食べている写真。
添えられた文には[どんな刺激を与えても覚醒しない睡眠薬と食人族の実験]と書かれている。
他にも[痛みを悦に変える薬を与え、死ぬ間際まで拷問する実験]、
[生まれたばかりの子に様々な薬を投与して成長を観察し、屈強な兵士に育て上げた日記]のようなものや、
[世界の権力者の住所や所持金の場所が詳しく掲載されたリスト]など政治的なものまで多様多種様々のもの事についての写真や文が淡々と載せられていた。
「道徳が存在する前からあった、人の底知れぬ支配欲と探求欲。そして破壊欲。その権化さ」
「・・・・・」
言葉が見つからない。
「お前はこいつらと相手する運命にあるわけだ・・・が」
「回避する方法だってある」
社長は席を立った。
そしてカイトに近づき、こう告げた。
「今、俺を殺せ」
「・・・!?」
「そうすりゃ、インクブスの奴らもお前を仲間として認めるだろうよ」
確かにその通りだ。
奴らは確かに俺を殺しにきた。
だが、仲間になるなら話は別だろう。
聞いた話ではインクブス内では人外はいい戦力。
格別いい優遇をされているらしい。
社長の目からは決意を感じるに十分な気迫を感じる。
「・・・あなたに従えて、私は本当に幸せだ」
当たり前だ。
社長・・・もといこの男は人間がなんたるかをよくわかっている。
そんな人間に付く方が何倍もマシだ。
カイトはアラヴァトルを生み出し、
タブレットを机ごと貫いた。
「不肖カイト、これからも従いていただかせていただきます」
カイトの口角が上がった。
「それとですね、社長。私から対抗策の提案なのですが・・・」
ルーチェの小さな横道にある、自販機の横。
カイトは自販機に背中を預け、レイナは端にしゃがんでいる。
二人の手には同じコーヒー缶が握られていた。
砂糖とミルクが少し入ったほのかに甘さを感じる微糖コーヒー。
「それで、私達に何の用?」
「手伝って欲しいことがある」
「・・・傷は大丈夫なの」
レイナは聞く権利などない質問を口走ってしまった。
カイトは少し間をおいて、答えた。
「・・・大したことはない」
「それなら・・・俺も質問がある」
「ユウも、お前もこのままでいいのか?」
レイナは答えなかった。
「・・・それが、ユウが死ぬことであってもか」
「・・・なんで」
カイトに向いたレイナの双眸が険しくなる。
「そんな事、私がさせない」
「何がさせなないだ。それだけの力を手にしてから言え」
「・・・っ」
唇を噛み締めた。
「・・・さて、本題だが・・・」
カイトが言いかけると
「少し体を動かしてからでいいか?」
二人がいる小道の両側に大きな影がある。
それはまさしく、昨晩見た全身が機械の装甲に包まれた人と同じものだった。
「No.003カイトー大人しくしろ。手荒な真似はしたくない。」
「ふん、口だけは達者だな。大人しく降参するとでも」
「ならば力で押し切ってでも、来てもらおう。貴様らは人類を裏切ったのだ」
機械の装甲が音を上げて、形を成していく。
「お前らを裏切っただけで人類を裏切った?何を腑抜けたことを」
カイトもまた、アラドヴァルを形成する。
お互いが瞬発的に動き、武器が交差する。
もう一方の機械的な人間は、レイナに近づいていった。
「No.008レイナよ、お前が人類の味方ならば、人でありたいならば、何をすべきかわかっているだろう?」
黙って俯いていたレイナはゆらりと立ち上がった。
黒い瘴気が辺りを包む。
「私は、自分が生まれたことを後悔しているの」
それは、今ある記憶の中で最も古い記憶からある、自身への嫌悪と罪悪それに、償い。
「だから私は償おうと思って、貴方達に協力したの」
こんな事になるなら、死んだほうがよかった、生まれなきゃよかったと思い続けていた思い。
「・・・でも、よく考えたらおかしいことが一つあったの」
「ほんとに償いをするなら、私はもう死んでるはず」
「それが一番の償いのはず。でも、今はまだ死にたくないの。たくさんの人を殺してきたけど、まだ嫌なの」
レイナはまだ言葉を紡ぐ。
「じゃあなんでだろうってついさっきまで考えてたけど、ようやくわかった」
それは数年前、最も古い記憶。
私が守り続けた記憶。
ユウと初めてあった記憶。
『レイナ、君は僕が守る』
その言葉は、当時の私には嬉しい事だったけど、そんなに喜べなかった。
だって、頼りなかったから。
「私は彼を守ることはできない。けど・・・」
黒き魔性の手は、勢い良く機械的な人間の腹を思いっきり貫いた。
装甲すら、ガラスの様に貫いて。
「かはぁっ・・・!」
そして貫いた手をそのまま一気に上に上げた。
上半身と顔を真っ二つにされ、血を吹き上げ、倒れた。
「私は彼の横にいなきゃいけないから」
「No.008!貴様もなのか!」
カイトと競り合っていた男は叫んだ。
「うるさい」
そのレイナの一言で、男の体が膨れ上がり、肉片もろとも爆発四散した。
少しの静寂の後、
「・・・いいよ、協力してあげる」
「・・・そうか」
カイトは静穏に答えた。
「けど、」
わかってると思うけど・・・と付言して
「私は、ユウを守るのが最優先だからね」
「・・・ああ、わかってる」
「ありがとう、それじゃまた後で連絡頂戴。」
レイナは何事もなかった様に喫茶店へと帰っていった。
「・・・」
カイトもまた静寂に消えていった。
喫茶店二階寝室に戻ったレイナは、すぐに、シャワーを浴びた。
ふと、先ほどのことを思い出す。
__幻影であるはずの腕から確かに感じた肉感。
背中にゾクゾクと背徳感が水滴とともに滴り渡った。
手のひらを見る。
その肌色は黒ずんでいる様に見えて・・・
「・・・・・・これであってるのかなぁ・・・」
鏡に映った自分の顔を見つめる。
「・・・」
行き着く先を見失った顔は、
酷く歪んでしまった、
笑みであった___
まだまだつづくよ!




