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①00分00秒~04分00秒

 

 勇者の自室。


 俺はベッドから飛び起きた。

 時間がないのだ。

 のんびりはしていられない。


 俺は、そこら辺に投げ出してあったズボンとブーツを履く。

 上は薄いシャツ一枚だが、まあいいだろう。


 燃える様に鮮やかな紅い髪をした華奢な少年。

 名をアイン。

 これがこの世界の勇者。俺が憑依した転生先の肉体だ。


 乗り移ると同時に、アインの15年分の記憶が俺の意識に流れ込んできている。

 引きこもりになったのは、紅い髪を馬鹿にされていじめられたせいらしい。


 それよりも俺にとって衝撃的だったのは、このアイン少年は、ゲームも漫画も小説もない世界で、なんと妄想だけを糧に、引きこもり生活を続けていたという事実だ。


 こいつは勇者だ。

 俺にはとても真似できそうにない。


 だがまあ、それはそれとして急がないといけない。


 まずは、勇者の剣をゲットするため、オリンの街に行ったことのある人物を見つけないと。

 仲間探しが、俺の冒険における最大の課題である。


 俺は部屋を出ると、階段を降り、玄関に向かう。


「まあ、アイン。どこに行く気だい?」


 驚いた顔の勇者の母に呼び止められた。

 ずっと引きこもりだった息子が、いきなり外出しようとしているのだから驚くのも無理もない。


「母さん、実は俺、勇者なんだ。今から30分以内に世界を救わなきゃいけない。大丈夫。時間的には余裕で、夕飯には戻れると思う。ちょっと行ってくる!」


 俺は、まくし立てるようにそれだけ説明すると、家を出た。

 アインの母親が、今の話で全てを理解できるとは期待できないが仕方ない。

 息子がおかしくなったと思わせてしまったかもしれないリスクについても、前から変な子だから大丈夫だ。


 俺はアインの体に、数年ぶりの外の空気を吸わせると、猛然と走り出す。


 風が気持ちいい。


「今夜はアインの好きな、シチューだよ!」


 後ろから掛かる母の声に、俺は大事なことを思い出す。

 仲間探しは始まっている。

 時間のことを思うと、それが身内でも条件に合うなら採用すべきだ。


「母さんは、オリンの街に行ったことあるかーい?」


「ないわー! むしろどこそれー?」


「分かった、ありがとう!」


 母が、オリンの街を知っているなら手っ取り早かったのだが。


 しかし、母親同伴の勇者というのも、どうだろうか。

 いくら急ぐとはいえ、とにかく母がオリンの街を知らなくて助かったと言えるかもしれない。


 俺は、勇者アインの記憶から、この町で人が集まりそうな場所を探す。

 やはり、酒場だ。


 俺は走っているうちにも、勇者としてのレベルが上がっていくので、ぐいぐいと走るスピードが上がるのを感じていた。

 何しろ、昔ながらのRPGで例えるなら、レベルアップ時のファンファーレが絶えず連続で鳴っているような状態だ。

 次第に、頭のなかで魔法が閃いて、使えるようになっていくのも分かる。


 加速魔法が使えるようになったので、俺はそれを俺に掛ける。

 おかげで酒場には、すぐに着いた。


 勢いよく俺は中に入る。

 昼間から酒場には客が多い。

 一人ずつ話し掛けている時間などない。


「みんな聞いてくれ!」


 俺が大声を上げると、注目が集まる。


「この中に、オリンの街に行ったことがある者はいないか?」


 俺の真剣な様子に、馬鹿にしたりする者はいないが、ほとんどの者が否定のアクションを返してくる。

 オリンは、ここからは遠い街だ。仕方ない。


「俺は、あるぜ」


 一人の男が名乗り出た。


 派手な羽根つき帽子に、長い金髪の前髪を横に流すように垂らしている。ナルシストだ。まず間違いない。

 腕の中には、でかいウクレレみたいな楽器を自慢げに抱えている。


「吟遊詩人か」


「そうだ。バートンという。オリンの街なら、前に行ったことがある」


「本当だな?」


「なんだ疑うのかよ」


 いきなり相手を少し不機嫌にしてしまったが、世界の存亡が掛かっている仲間選びだ。

 もし、バートンが嘘をついているなら大変なことになる。


 吟遊詩人なら、諸国を旅しているのだろうし、オリンに立ち寄ったことがある可能性も高い。

 しかし、どこか軽薄そうな顔をしているのが気にかかる。


 下手な見栄でも張られると、出鼻からすべてが台無しになるかもしれないところなのだ。


 そして今しがた、俺の頭に転位魔法のやり方が思い浮かんできた。

 転位魔法が使えるようになった。

 ということは、もう30分のうちの、3分が経過したのだ。


「オリンの南にある村は?」


「セトラマ」


「オリンの名産品は?」


「ワインが有名だな」


「オリンの街の標語は?」


「知らん。なんだそれは。そんなのあるのか」


 いや、ない。

 カマをかけてみたのだ。


 俺は、バートンを信じることにした。


「よし、バートン。お前は今から俺の仲間だ!」


「は? 何、言ってんだ。マジか。あ、でも、なんか実際そんな気になってきたぞ。なんだこれ」


 吟遊詩人バートンが仲間になった。

 ちょっとナルシストなところがあるが、たぶんいい奴だ。


 突然、心の中に俺の仲間としての所属意識が沸いて出てきたので困惑しているようだ。

 俺のほうでも、なんだか妙な連帯感をバートンに対して感じ始めている。


 やや混乱しているバートンだが、それをフォローしている間はない。

 俺は、さっそくオリンの街に向けて、転位魔法を使い飛ぶことにした。


「いくぞ、バートン!」


「どこへ?」


 俺とバートンは転位した。


 あと残り時間は26分。


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