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⑩29分31秒~30分00秒

 

 俺は、大きく息を吐いた。


 自分でも信じられないが、俺は勇者としての役目を(まっと)うすることができたらしい。


 両手はベタベタするし、勇気の自屋からずっと着てきたシャツもこの30分の間に見事に汚れきってしまったが、不思議と気分はさっぱりしている。


 俺は、ここまでよく着いてきてくれた仲間たちを振り向いた。

 バートン、村娘、となりの家のじいさん。

 みんな一様に、青ざめた顔で茫然とこちらを見ている。


 誰の目の焦点も定まっていない。


 世界が救われたことを喜ぶよりも、今しがた目の当たりにした一部始終を精神的に消化しきれないようだ。


 無理もない。

 ただ観ているには、あまりに一方的で、暴力的で、見るに耐えない戦闘であったろうことは、当の俺にも分かっていた。


 俺だって、時間があれば、もっと綺麗な戦い方で格好よくラスボスを倒したかった。


 よく見たら、仲間たちと同じ表情で横に並んで魔王が立っている。

 いつの間にか仲間のひとりみたいな立ち位置に自然と収まってしまう狡猾さは、さすがは魔王だ。


 危うく本来の目的を忘れるところだった。


 俺は、一瞬で間を詰めると、魔王を引きちぎった。


 これでやり残したことはない。

 あと少しで、俺の魂は女神のところに帰る。


 俺は胸元の時計に目をやる。

 針は、この世界にやってきたときと同じ位置に帰りつきつつある。


 残された時間は少ないが、ヨシュじいさん相手なら、魔法のひとつである精神会話(テレパシー)を使って、音声という時間の掛かる手段を使わなくとも意思を伝えることができる。


『じいさん、もうすぐにアインに体を返さないといけない。お別れだ。悪いけど、みんなを無事に地上に帰す役目、お願いできるかな?』


『お、おお、うむ、お安い御用じゃ』


『アインは一度、もとの強さに戻るらしいけど、こいつは俺がいなくとも正真正銘の勇者なんだ。アインに、そのことを教えてやってくれ』


『わかった。ワシの残りの人生をかけて、アインを育てて見せよう』


『そうしてやってくれ』


 じいさんと俺の視線が交わる。

 短い時間のうちに、実力者どうしの信頼関係が結ばれていた。


 転生前の人生でも、ここまで信じあえる人物と見つめ合った記憶はない。

 だがなるべくなら相手は、じいさんじゃなくて美少女キャラがよかったな。



 この世界の外側から、俺を呼ぶ力を感じ始めた。


 別れのときが近い。



 俺は、村娘に目を移す。


 結局、名前を聞く暇もなかった。

 ほとんどろくに会話すらしていない。


 もう少し知り合いたかったものだ。

 考えてみると、バートンがちょっとばかり信心深い奴で、紋章を封印した神殿に行ったことのある人間だったら、まったく会うこともない女の子だった。


 あと冷静に考えたら、勝手に連れてきて、ほぼ誘拐したみたいなもんだ。

 とは言え、まだそんなに時間が経ってないから、早めに帰してやれば、のんびりした田舎だったし、村の人にも気付かれないかもしれないな。



 そして、最初の仲間バートン。


 思えばこいつと出会ったことが、ついさっきのことの様に思い出される。

 第一印象は、軽薄そうな奴だと思ったが、その気持ちは今も変わらない。


 バートンのことは、わりとどうでもいい気分だが、こいつと早い時間に出会えたことが結果として良かったんだと思う。

 そういうことにしておこう。



 意識が薄れていく。


 アインの体に収まっている俺の魂を固定していた何かの力が、完全に失われたのが分かる。


 視界の前に、アインの後頭部を見たと思うと、俺の視点は急速に上昇しその場から引き離された。


 来たときと同じ感覚がして、俺は遠い遠いところに飛ばされた。


 残り時間は、もうない。



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