プロローグ
どうやら俺は死んだらしい。
そして、これから転生するところだ。
神奈川県出身、東京都内の大学に通う地味系男子。享年21歳。
不慮の事故により命を絶たれた俺は今、実体のない魂の状態であの世にいる。
ここからどうやら異世界に送り込まれるらしい。
自分のことを女神だと主張する、キレイなお姉さんの説明を、有り難く頂いているところなのだ。
「貴方がこれから転生する先はアースガルドと呼ばれる、剣と魔法の世界です」
俺の視界に、見覚えのない世界地図と、欧州風の城や煉瓦造りの家に生活する人々の様子、モンスターなど人外の生き物が生息するダンジョンのイメージが次々と現れた。
「オーソドックスな中世ファンタジー世界だな」
「そうですね。今、この世界は魔王によって滅ぼされようとしています」
世界地図の端に、神暦560と表記があったのが、瞬く間に660年まで、数字をパラパラ漫画の様に、めくらせながら進んだ。
同時に、北の地域を一部だけ染めていた黒い領域が、一気に、北半分を埋めていった。
「半分は魔王の支配下ってことか」
「はい。この時点で、魔王を倒す運命の子が、ちょうど15歳に成長しているのですが」
「ですが?」
「ニートで引きこもりになってしまっていて、まったく世界を救いそうにないのです」
「滅んでしまえ、そんな世界」
「まあ、そう言わずに。貴方には、この勇者の少年の体に転生し、代わりに世界を救っていただきたいのです」
「なるほど、まあ、そうなるか」
「ですがひとつ問題があります」
「ほう」
「貴方には、転生者として与えられるスキルがランダムで付与されるのですが──」
「さっき引かされたタロットカードみたいなやつ?」
「そうです。それは【自動成長】スキルの【限界突破Lv・究極加速タイプ】バージョンという珍しいものでした。貴方は、新しい世界に転生した瞬間から、猛烈なスピードで成長し強くなるという特殊なスキルを持っているのです」
「そうか、すごいな俺」
「でも、それは余りにすご過ぎて、貴方が長時間、同じ世界に滞在する場合、強力になり過ぎた貴方の存在が世界そのものに多大な負荷を掛け、やがて世界を破壊し崩壊させてしまう恐れがあるのです」
「はあ。で、長時間ってどれくらい?」
「貴方がいた地球の時間で、およそ30分が限界です」
「短っ」
「30分で、魔王を倒し、世界を救ってください。転生後30分で強制的にここに呼び戻させていただきますので」
「できるのか、そんなことが」
「やるしかありません。転生してから貴方は時間とともに強くなります。20分を越えたあたりで完全に世界最強になります。18分あたりで、単独での魔王討伐が可能になると推定されています。逆に、最初の5分間は低レベルな状態ですので気をつけてください」
「分かった、まあ、やってみろってことか」
「魔王を倒すには、勇者の剣と破邪の紋章が必要です。必ず手に入れてくださいね。本当は勇者の装備一式もあった方がいいのですが時間的に無理でしょう」
「んー。本当に、剣だけで大丈夫なのか?」
「要は攻撃を受けなければいいのですよ。当たらなければ、どうということは無いのです」
「そんなもんか」
女神は俺に、世界地図をあらためて指し示す。
3ヵ所が光っている。
「剣はここに、紋章はここにあります。あと、最初はここの街に転生します」
「遠くないか?」
「全て徒歩で行くと26年掛かります」
「30分で世界が滅ぶんだろ。何回滅ぶんだよ、それ」
「大丈夫です。転生後、3分あたりで転位魔法が使えるようになります。魔法なら一瞬で世界のどこでも移動可能です。ただ、注意しないといけないのは、一度行ったことがある場所にしか転位魔法は使えないということです」
「ダメだ。勇者は引きこもりなんだろ」
「そう、生まれた町しか知りません。ですので、仲間が重要になります。勇者は任意の人物を、誰でも3人までなら仲間にできます。相手に、仲間にすると宣言するだけで、強制的に加入させることができます。そして仲間が行ったことがある場所なら、転位魔法で行くことができます」
「なるほどな」
「剣と紋章を手に入れて魔王を倒す。移動に手間取らなければ、なんとか30分で可能だと思います」
「まあ、やってみるしかないか。30分で、俺は勇者の体ごとここに戻されるのか?」
「いえ、体はもとの持ち主に返して、今の魂だけの状態で帰還することになります。万一、魔王の討伐が上手くいかない場合は、勇者に安全な状況で体を返せるように心掛けてください。貴方の固有スキルによって得た成長は、残される勇者の体からは抜けてしまうことになるので」
俺は、魔王とやらと戦っている正にラストバトルが展開されている途中で、勇者の体から時間切れの俺が抜け落ちて、魔王の前にレベル1の勇者が取り残される場面を想像してみた。
そうなったら、もはや悲劇を通り越して、どちらかと言えば喜劇だ。
「そっか。まあ、気を付ける」
「では、これを」
女神は、俺にビー玉サイズの透明な石が吊るされたネックレスを俺に差し出す。
石をよく見ると、中に時計らしき目盛りと針が存在していた。
不思議なことに、石を回したり、角度を変えて見ても、時計が正面からの向きで認識できる。
俺は、魂だけの存在ながら、それを首に掛けてみた。
「針が一周でタイムリミットの30分です。今回、特別にそのアイテムだけは持ち込むことができます」
女神は、優しい微笑みを浮かべながらそう言う。
だが逆に言えば、他のものは全て、現地調達ということではないか。
「では、いきますよ。御武運を!」
女神が俺に何かの術を掛けると、俺の意識は混濁し、やがて暗闇に落ちていった。
遠くへ。
空間も、時間も、超越した跳躍のなかにいる感覚。
胸元から、存在しないはずの秒針の音が鳴り始めたような気がした──。