うかべるおもい。
「どうした志乃、具合悪いか?」
アップも済まして、いつも通りのメニューをこなしてるはずなのに、体は全然動いてくれない。
顧問の先生にも、こんなふうに心配されて、……全然、うちらしくない。
「な、なんでもないですっ」
「とにかく、具合悪いなら休め、体調悪いときに無理しても、いいことなんてないんだ」
「は、はい……」
木陰で休ましてもらって、ぼうっと練習してるみんなを眺める。体の習慣か、脚のストレッチは自然としてたけど。
今まで、こんなことなかったのに。バカだけど……いや、バカだから、何も考えずに思いっきり走ってられたのに。そんな私が、有里紗ちゃんのことばかり考えて、何もできなくなってる。
ただ走るだけなら、簡単なのに。ただピストルの音に反応して、思い切り脚を動かすだけで済むんだから。……でも、恋は、そんなに単純じゃない。そもそも、どこがスタートかなんて、誰も教えてくれないんだから。どうやって進めばいいのかも、有里紗ちゃんの気持ちも。
進みたいけど、進めない。もっと有里紗ちゃんに近づきたいって気持ちだけが空回りしてるみたい。蓋をして、閉じ込めようとしても、気づいてしまった恋心は、むくりと顔を出す。
「今日は、休んでいいんだからな?」
「大丈夫です、行けますっ」
「はぁ……、無理はするなよ、悔しいのは分かるがな。……怪我したら、何もかも無駄になるんだから」
顧問の加代先生の言葉は、胸に重く刺さる。先生も昔陸上をやっていて、高校時代は将来を期待されるような選手で、……大学のとき、今までの無理が祟って大怪我を負って、そのせいで引退した。その話を聞いて、胸の奥が冷えたのを、今でも思い出せる。
「はいっ!」
勢いよく飛び出して、みんなの輪の中に混ざる。まだアップの途中だったから、まだ置かれてたので残りのメニューも済ませてから。
「もー、志乃、誕生日プレゼント何かって妄想してたの?」
そういえば、今日が私の誕生日だったんだっけ。有里紗ちゃんのことばっかり考えてて、そんなこと考える余裕もなかったんだけど
「ん……、まあそんな感じ」
「志乃らしくないねー、プレゼントはちゃんとあるから安心して?」
「え!?……あ、ありがと、みんな」
「いいのいいの」
一瞬だけ、有里紗ちゃんのことを忘れられる。陸上部自体はけっこう人数が多いけれど、普段の練習だと種目が近い子だけだから覚えられるしみんな仲がよくて、すぐ話し込んじゃうから。
有里紗ちゃんだって、ふぬけてるうちのことなんて、見たくないはずなんだ。体に気合いを叩き込んで、合図と一緒にまっすぐなトラックをひたすらに駆け抜けた。