こころをすくう。
ようやっと5話です。
「起きてください、先輩」
有里紗ちゃんの声と、揺する手で、目が覚める。私を見つめる、その瞳が、手を伸ばせばすぐ触れられるくらい近い。
「んんぅ……おはよう……」
「もう六時っすよ、七時から練習ですよね?」
「うん、そうだった……」
有里紗ちゃんは、昨日のこと、気づいてなさそう、胸の中で、ほっとする。
「昨日はごめんなさい、先輩の布団で寝ちゃって」
「いいよ、それくらい」
そっか、昨日は有里紗ちゃんが、私のおふとん使ってたんだ。今更みたいに思い出して、顔の奥が熱くなる。
「その……先輩がマッサージしてくれて、すっごく気持ちよかったから、つい……」
「ありがとね、とりあえず、ご飯食べない?」
「そうっすね、……行きましょっか」
なんで、有里紗ちゃんまで顔を真っ赤にしてるんだろう。もしかして、やっぱり気づかれたのかな。……でも、そんなの言えないよ、朝はいろいろあるから忙しいし、そんなことしようとしたら、恥ずかしくて何も言えなくなるから。
……でも、どうしよう。ご飯も、あんまり食べられない。目が、自然と有里紗ちゃんのことばっかり見ちゃうから。
「どうしたんすか、先輩?」
「ううん、何でもないよ?」
慌ててごまかして、急いでご飯をかき込むと、胸に詰まりかけて、慌てて水を飲む。
私の心の中、いつのまにか有里紗ちゃんのことでいっぱいになってて、気が付いたらもう普段の私とは全然違う私になっていて。
どうしたって、「有里紗ちゃんが好き」の先に進めない。恋してるのも、その先どうすればいいかも、大体分かってるはずなのに、進めない。
全力で走ったんじゃないかって錯覚するくらい、胸がドキドキしすぎてて痛む。息が苦しいくらい激しくなる。
何でもないわけないよ。……どうすればいいのか分からないくらい、有里紗ちゃんが好き。そんなこと、癒えるわけないよ。
「おはよー、志乃、有里紗」
「おはようございます、由輝先輩」
「あ、由輝ちゃん、おはよー」
クラスメイトで、陸上部の部長になった由輝ちゃんから声をかけられる。専門は有里紗ちゃんと一緒で長距離だから、けっこう話すこともあるのかもしれない。……そんなことで、なんでもやもやするのかな。専門が違うんだから、鍛える筋肉だって、練習メニューだって違うのは当たり前のはずなのに。
「そういえば由輝ちゃん、また焼けた?」
「ほんと、この時期は日焼け止め塗ってもすぐ流れちゃうからなぁ……」
男の子みたいにこんがり焼けちゃってる由輝ちゃん。髪もばっさり切ってるし、たまに男の子だと勘違いされるって笑ってるけど、由輝ちゃんだと、本当にありそうだから笑うに笑えない。
「有里紗ちゃんとおんなじ練習してるはずなのに、不思議だねぇ」
「ねえ、有里紗、何の日焼け止め使ってるの、教えて!」
「もー、先輩、それこの前も聞いたじゃないっすかー」
他愛もないやりとりに、自然と笑顔がこぼれる。有里紗ちゃんだけのこと考えなくていいときは、楽しいけど。
「とりあえず、あたしもご飯食べるんで、また」
「うん、またね、有里紗、由輝」
「じゃあね、由輝ちゃん」
でも、こうやって二人きりになると、また、有里紗ちゃんしか考えられなくなる。
大好きなはずなのに。……恋してるだけで、どうしてこんなに一緒にいるだけで胸が苦しくなるんだろう。
リアルの日付で志乃さんの誕生日が近づいてきた。
それから陸上部部長も出てきた。