ゆれるこころ。
つっかえつっかえになりながらも、宿題のプリントを埋めていく。いっつも由輝ちゃんにおんぶにだっこだけど、うち一人でだって埋められるのはあるもん。
こういう問題だったら、確実に一個の答えがあるけれど、好きって気持ちには、教科書もノートも、ちゃんとした一つの答えすらもない。
「先輩?今日でプリント2枚くらいは終わらせないと……」
「うーん、わかってるから、ちょっと考えさせて……っ」
「もう、由輝先輩に素直に頼ったらどうですか?」
「それはそうだけど……っ」
勉強のことだったら、今すぐそうしてるはずなんだけど。この答えを聞くとしたら有里紗ちゃんしかいない。一人で考えてても何もならないのは、こっちも同じか。二人っきりじゃなきゃ訊けないし、やっぱり勉強のほうは由輝ちゃんに甘えようかな。
「うぅ~、やっぱ無理ぃ……、由輝ちゃん助けてぇ……?」
「もー、せっかく一人で頑張ってると思ってたのにぃ?」
「先輩も頭パンクしそうな感じなんで……、どうにかなりません?」
「ったく、しょうがねぇなぁ、……有里紗、もし手が空いてるなら果歩のこと見張ってくれないか?」
有里紗ちゃんもフォローしてたおかげか、なんとか宿題のほうはどうにかなりそうかも。一応、一回道筋さえ教えてくれればなんとかなるし、夏休みのうちに他にも休みは何回かある。その時にちょっとずつ進めてけば、夏休みが終わるまでは何とかなってるはず。
目の前の果歩ちゃんを見ると、もう寝息を立てている。相変わらずだな、こういうふうに、動けないときはすぐ充電するみたいになってるの。こんな風に静かなときは、ちょっと、かわいく見える。
「わかりました、果歩先輩本当にじっとしてるの駄目ですよね……、今寝ちゃってますけど」
「ほんと、鮪かなんかみたい、……いや、寝てるときは動いてないからそれよりはマシかな?」
「ああ、鮪は止まったら死んじゃうんですもんね、どうやって寝てるんでしょうかね……」
二人の話してることも、あんまり分からない。なんか、置いてかれてるみたい。元からこういうのは駄目だって自覚はしてるけど、こうやって目の前で他の人と知らない話をされてると、なんとなくもやもやする。
「イルカなんかは頭を半分ずつ寝かすらしいし、そういうもんじゃない?」
「そんなものですかねぇ、……じゃあ先輩のこと、よろしくお願いします」
「おいおい、あたしは志乃のお嫁さんかなんかみたいじゃないか」
「そ、そういう意味じゃないですよっ!!」
有里紗ちゃんの顔が、一瞬で真っ赤になった。それだけで、内心なんてだだ洩れ。うちにだってわかるんだから、由輝ちゃんにわからないわけがないよ。
「あーそっか、志乃のお嫁さんになるのは有里紗だもんな」
「そう、……いう意味でもなくてっ!!」
うちのこと、好きでいてくれてるかなんて、訊くまえにもう、本人から答えは聞けちゃったようなものだ。顔なんて、今更隠してもバレバレだ。
「うるさくすると果歩が起きるだろ?……それに隠しても今更だって」
「でも、やっぱ恥ずかしいじゃないっすか……っ」
「大丈夫だって、もともと恥ずかしいし、志乃も有里紗も」
「「ええっ!?」」
急にうちにも爆弾を投げ込まれて、悲鳴が二つ重なる。あまりにも綺麗にハモって、思わず目を見合わせる。
「ほら、そういうとこが。……ったく、甘々だなぁ二人とも」
「もー、からかわないでよーっ!」
「お祝いだっての、早く済ませてデートでも行っちゃいなって」
けたけたと笑って、うちの隣に座る由輝ちゃん。からかう時のチェシャ猫みたいな笑みが揺れる。全部手にとるように分かられてるような気がして、これ以上は変なこと言わないって心に決める。
でも、有里紗ちゃんの気持ちは、うちにだって透けて見えちゃった。後のことは、今は考えなくていいか。さっきよりは、気持ちが上向きになれる。
気恥ずかしさを押し込めながら、机の上のプリントと向き合う。ちょっとだけ、やる気が起きてきたかな、もやもやした目の前が、すうっと晴れて見えた。




