そわそわと。
とりあえず、早く勉強会を済ませなきゃ。談話室に入ると、由輝ちゃんの他にも、もうぐったりした人影が見える。どうみても、うちが見知った顔。有里紗ちゃんも知ってるはずで、目を丸くしている。
「果歩ちゃん!?どうしたのそんなにぐったりして!?」
「あれ、志乃か、そっちも由輝に攫われたのか?」
「攫ったなんて人聞き悪いなぁ……、志乃はちゃんとあたしが呼んだからな?」
中学の途中でバレー部に転部しちゃったけれど、陸上部にいるときは短距離も長距離もめちゃくちゃ早くて、跳躍や投擲も同期の中で一番すごかったな。うちだって全中は3年のときに100mで出たけど、果歩ちゃんは2年のときに1500mで出て表彰台にまで上ってたし、その秋に「ライバルがいないから張り合いがない」って辞めてなかったら、今ごろ短距離でも負けるんじゃないかって身震いするくらい。
「練習試合だって学校来たらいきなり由輝に攫われてさー、翔も『今日は1年中心でいくからいい』って止めてくんないし」
「それは果歩が赤点ばっか出して課題たんまり出されたからでしょ!?」
体格にも恵まれて、身体能力もとんでもないのに、頭の中も筋肉でできてそうなくらい勉強はできないんだよなぁ、果歩ちゃんは。うちもそこまで人のことは言えないかもだし、毎回テスト前にはけっこう勉強ができる由輝ちゃんに泣きつく仲間だけど、それでもうちは赤点だけは回避できてるし、果歩ちゃんみたく毎回のように赤点をぽんぽん出したりはしない。
「だってしょうがないんだろ!?じっとしてんの駄目なんだよ……」
「それは知ってるけど、夏大だって追試で駄目なら試合出さないって言われたでしょ!?」
「しょーがないじゃんか、だってできないんだし……」
なんか、由輝ちゃんがお母さんみたい。由輝ちゃんよりも果歩ちゃんのほうが頭半分以上大きいのに、これじゃあ駄々っ子みたい。
「泣き言いってないでさっさとやるの、どうせ明日から練習三昧なんでしょ?」
「そうしないと死んじゃうもーん」
「マグロかなんか?ほらプリント出して」
何となく割って入れない雰囲気に、何となく気圧されてしまう。二人もなんとなく仲良しだなぁ、うちらみたいとは言わないかもしれないけれど、なんとなく友達以上みたいなのも感じる。なんかいいよね、特別って。隣り合わせに座ってる二人の向かい側に座って、うちらも自分の課題と筆記用具を鞄から出す。
「そういえば有里紗ちゃんは勉強大丈夫なの?」
「そりゃ、まあ……、毎回平均少し超えるくらいですけど」
「それなら大丈夫だよ、駄目でも由輝ちゃん頭いいから教えてもらえばいいし」
果歩ちゃんと漫才みたいなことやってる由輝ちゃんが、慌ててこっちに向き直る。
「ちょっと!?あたし果歩だけで手一杯なんだけど!?」
「えー?うちにも教えてよぉ……」
「志乃先輩だって頑張ってくださいよっ!」
「有里紗は手がかからなくて楽そうだなぁ、志乃も果歩も見習ったほうがいいんじゃない?」
そんなこと言われたって、できないものはできないよ。朝練は毎日みたいにあるし、そこで体力使いきっちゃうせいで授業なんて起きてられないもん。由輝ちゃんとか有里紗ちゃんみたいに朝練だけで疲れない体力があったら、そもそも400mも走ったらバテるような体になってないよ。
「えっへへー、隙ありーっ」
「あっ、待ちなさいっ」
「ちょっ、由輝早すぎっ!」
「おかげ様で瞬発力ついたからねー」
そんな事言ってる間に、果歩ちゃんがいきなりすくっと立ち上がる。そのまま談話室の出口まで逃げ出そうとして、そこで服をつかまれてる。勉強会のたびに逃げ出そうとして、その度に捕まって。たまにうちに捕まえさせてたけど、最近は由輝ちゃんが自分で捕まえるようになった。
「はいはい、じゃあやるよー」
由輝ちゃんの号令で、四人で机に向かう。……はぁ、最初からこんなにぐだぐだで、大丈夫なのかな。デートする時間、減ってなきゃいいんだけど。




