まだ、なれない。
まだ気まずい雰囲気のまま、私が食べてるお皿に目を落とす。食べる気にならないまま、お腹がまだ足りないと訴えてる。
「先食べちゃうね、由輝ちゃんに返事しとかなきゃ」
「はい、わかったっすよ……」
お腹の中はまだ空っぽだから食べられるけれど、さっきまではあんなに美味しかったのに、味があんまりしない。単純な性格なせいか、気になることができちゃうと、すぐ考え込んで、他のものが全然手につかなくなるみたいだ。
なんとかお皿を空っぽにして、スマホの電源をつける。案の定、由輝ちゃんからの通知が次々と入ってくる。
『志乃ー、勉強ヤバいなら勉強会しよ?』
『九時に三階の談話室ね』
『有里紗から話聞いた?』
『おーい?』
そんなのばっかりが十数件も続いてて、慌てて返事を返す。練習きつかったのは分かってるはずだし、許してくれるかな。
「遅くなってごめん、有里紗ちゃんから話は聞いたよ」
送った瞬間に既読がついて、何のメッセージが来るのかと待ち構えていると、電話の着信が鳴る。由輝ちゃんからのってわかって、安心したような、怖いような気持ちで電話に応える。
『志乃、電話大丈夫?』
「大丈夫だよ、食堂だからちょっとうるさいかもだけど」
『珍しいね、いっつも先にご飯食べてるじゃん』
「いやー、今日は練習きつくて汗だくだったから先にお風呂にしたんだよー」
いつも通りの明るい声に、うちも気持ちが緩む。有里紗ちゃんといるときとは違うけれど、それでも楽しい時間。なんだか落ち着いて、元気になれるような。
『そんなこと言って、ホントは有里紗といちゃいちゃしてたんでしょ?』
「な、な何言ってるの!?」
予想外の言葉に、椅子から飛び上がりそうになる。恋人になったことなんて誰も言ってないし、……ちゅーしたことだって知らないはずなのに。
『志帆から聞いたよ?二人で手繋いでお風呂出たって』
「えぇっ、志帆ちゃんいたの!?」
『気づかなかったんだ……、まあすっごく仲よさそうにしてたみたいだしね』
苦笑いしてるようにつぶやかれた言葉。あのときは、有里紗ちゃんの様子がおかしくて、他のことにかまってられなかったんだっけ。それにしたって、言ってくれたらいいのに。今更みたいにあの時何をしてたのか思い出して、ほっぺの奥っ側が熱くなってくる。言い訳しようにも、目の前にいる有里紗ちゃんが嫉妬したからって言ったら全力で話を遮ってきそうだし、それに余計に話がこじれていきそうだからそういうことにしておく。
「そりゃあね、うちらが仲いいのは知ってるでしょ?」
『はいはい、それじゃ、また明日ね』
「うん、じゃあね」
向こうから切れた電話に、ちょうど食べ終わったらしい有里紗ちゃんが訊いてくる。思わず叫んだ言葉も全部聞かれてるだろうから、気になるんだろうなぁ。
「由輝先輩、何て言ってたんですか?」
「ああ、……明日のこと、話してたんだよ」
でも、言うのはちょっと恥ずかしいかな。みんなに丸聞こえなら、なおさら。まだ、あの時言われた言葉で跳ねた心臓は、収まってくれていない。
「えー?そんなのじゃないのわかりますよ?」
「うぅ……、じゃあ部屋で話すから、食器片しにいこ?」
「わかったっすよ、行きましょっか」
知りたがってるのは分かる、もしうちが有里紗ちゃんの立場だったら、興味しか湧いてこないかもしれない。……でも、やっぱりまだ照れちゃうな、恋人同士だって意識してしまう瞬間は。




