ふれさせて。
二人の部屋に戻っても、まだ有里紗ちゃんの機嫌は斜めみたい。昨日のときみたいに目を合わせてくれないし、ほんのりとほっぺが膨らんでるように見える。
「ねえ、怒ってるの?」
「そういうわけじゃ、ないですけど」
「怒ってないわけないでしょ?教えてよ、……『恋人』なんだから」
「……なっ、何言ってるんですかっ!」
つんつんした声から、いきなり照れちゃってるときの顔になってる。うちのことが嫌いになったわけじゃないっていうのは、なんとなくだけどわかる。
でも、どうしてそんなに意地張ってるの?まっすぐ言ってくれなきゃ、わかんないよ。
「もやもやしたままだと、ご飯おいしくなくなっちゃうよ?」
「はぁ……、そういうとこ、志乃先輩らしいですね」
「それとも、うちには言いたくないこと?」
まだはぐらかしているのを、問い詰めてるみたいに顔を寄せてしまう。もうちょっと近づいたら、ちゅーしちゃいそうになるくらい。
むすっとした顔のまま、顔を赤くしちゃってる有里紗ちゃんを見て、うちまでなんか恥ずかしくなる。
「その、……そうじゃなくて」
「じゃあ、なぁに?」
「……ずるいですよ、志乃先輩は」
「え?どこが?」
別に何か意地悪したわけでもないし、からかったわけでもないのに。教えてよ、どうしてそんな事言うのか。もっと顔寄せたらわかるかな。
「……他の人にくぎづけになってるくせに、こんなに大事にしてくれるなんて、ずるいです」
「もう、何言ってるの、有里紗ちゃん?」
でも、わかっちゃったよ、お風呂場できつく繋いでた手の意味も、今まで、ちょこっと怒り気味だったのも。うちに、焼きもちやいてたんだ。……それだけ、うちのこと、好きでいてくれてるんだ。
「もう、……一番大事な人は……有里紗ちゃんだけだよ」
ぎゅっと、うちよりも大きな体を抱きしめる。ただでさえ赤い有里紗ちゃんの顔が、ぼふんって爆発しそうなくらい。
そんな顔みたら、うちもドキドキしちゃうな。……でも、『好き』って気持ちは、恥ずかしさよりもずっと強かった。
近づいた顔をもっと近づけて、唇を重ねる。うちの心が、もっと有里紗ちゃんに届くように。
「こんなこと、他の誰にもできないよ?」
「……もう、志乃先輩ってば」
うつむいて、目をそらされるけど、その声は、さっきより柔らかい。
有里紗ちゃんも照れ屋さんだから、『好き』って気持ち、あんまり教えてはくれないけれど。……それでも、今はわかる。どれだけ、うちのこと、好きでいてくれてるか。
「やきもち焼かせちゃってごめんね?嫌だったら、他の子と話さないようにがんばるから」
「そんなの、先輩らしくないですよ……、あたしこそごめんなさい、志乃先輩は何も悪くないのに」
「いいよ、そんなの。……大丈夫だよ、うちは、どこにも行かないから」
言ってしまった言葉に、思わずほっぺが内側から熱くなってくる。ああ、もう、どうしてこんなに照れちゃうんだろう、有里紗ちゃんのことが好きって気持ち、伝えるだけで。
でも、なんだかあったかい。ほっぺの奥だけじゃなくて、体全部が、毛布にでもくるまれてるみたいに。
「しの、せんぱい……っ」
「もう、泣かないでよ、困っちゃうでしょ……?」
泣きそうな声になってる有里紗ちゃんの頭を、ぽんぽんって軽く撫でる。本当に、あったかいな、ずっと、ぎゅってしてたいくらい。
「ごめんなさい、あたし……っ」
「謝らないでよ、……泣き止んだら、一緒にご飯食べよっか」
「……はいっ」
ゆっくり、有里紗ちゃんの息が落ち着いてきて。……でも、まだ、もうちょっとだけ、こうしてていいよ。
あったかい気持ち、肌から伝わってきそうだから。空気は熱くてたまらないけど、有里紗ちゃんのことは、もっと触れていたいから。




