うれしいきもち。
まだ顔の熱が収まらないまま、隣まで戻る。
「そ、その……あたしも、志乃先輩の髪洗ってもいいですか?」
「う、うん、いいよ……?」
ちょっと怖がってるような声で、そう訊いてくる。どうして、そんなにおどおどとしてるのはわからないけれど、そうやって有里紗ちゃんから近づいてきてくれて、嬉しくないわけがない。
「よ、よかった……」
「もう、大丈夫に決まってるでしょ?うちだってさっきまで有里紗ちゃんの髪洗ってたんだから」
「そ、それもそうですよね、……シャンプー、先輩持ってきてるんでしたっけ?」
「ううん、最近はいいかなって」
最初の頃は持ってきてたんだけど、わざわざボトルを持ってくのは大変だし、……最近は、有里紗ちゃんと一緒っていうのに、なぜだか胸の奥がキュンってなって、そのせいか寮の備え付けのシャンプーを一緒に使うようになった。
「わざわざ持っていくの、大変そうでしもんね」
「そうだねぇ、……あんまりこういうのにもこだわりなかったし、ボトルがきれいだったから使ってただけだから」
「へぇ、そうなんすね、てっきり、何かこだわりでもあったんだと」
「化粧品とかこだわりないの知ってるでしょ?もー……」
昔から、メイクとかにはそんなにこだわりはなくて、女の子らしくいるよりも、外ではしゃいでる方が好きだった。
恋とか愛とか、そんなのもまだ考えられなかったけど、……いつの間にか、有里紗ちゃんっていう恋人が出来ていて。
「じゃあ、行きますよ?」
「うん、わかった」
この瞬間の、早くっていう気持ちとまだ待っててっていう気持ちが混ざった不思議な感情も、細い指が、髪を漉いていく瞬間のドキドキも、……そんな事考えるなんて、うちらしくないな。
でも、気づいちゃった心に、体はただついていくことしかできない。
「なんだか、くすぐったいや」
「ええっと、ご、ごめんなさいっ!」
「そういう意味じゃなくてさ、……こうやって有里紗ちゃんのこと感じてると、胸の中、なんかくすぐったくなっちゃうの」
「そ、それは……、あたしも、同じです」
曇った鏡を見てみても、後ろにいる有里紗ちゃんの顔は見えないけど、……それでも、それが赤くなっちゃってるのはなんとなくわかる。
「志乃先輩だって、……髪綺麗じゃないですか」
「ありがと、でもうちは、有里紗ちゃんの髪が羨ましいや」
「もう、……そんなに言わないでくださいよ……っ」
きっと、顔の赤さがもっと濃ゆくなってて、……そんなになってる有里紗ちゃんって、なんだか新鮮で、かわいくてたまらない。
ちょっとしたいたずら心が、つい口に出てきてしまう。
「嫌、だった?」
「そ、そんなことないですし、むしろ、一番嬉しい、ていうか……っ」
「……もう、うちまで照れちゃうでしょ?」
そんなに簡単に、うちのこと真っ赤にさせないでよ。有里紗ちゃんをからかう余裕も、なくなっちゃうから。
「そ、その、シャンプー流しますね、目、閉じててくださいっ」
「うん、わかった」
なんだかぎこちない空気が流れて、昨日の、何か触れられない空気を思い出す。
でも、今日のはそれとは違って、嬉しくて嬉しくてたまらない。
だって、……有里紗ちゃんがうちのこと、好きでいてくれるってわかるから。