08
昼休み。
昼食を食べ終えた後で、正和、累、松田の三人は自席でおしゃべりに興じていた。
「そういえばさ、杉田くんって何か趣味とかないの?」
左斜め前の席から、松田が正和に尋ねる。
「あん?何だよ、急に」
紙パックのコーヒー牛乳を飲みながら、正和は突然の質問に片眉を上げる。
「だってほら、僕は特技も趣味も柔道。花澤さんは良く本を読んでる。堀江さんは……まあ別枠として」
「どういう意味かしら」
「あ、あははは……。とにかくさ、杉田くんは何か好きなこととか得意なこととかないの?」
「……趣味ねぇ」
言われてみれば、正和自身何か打ち込んでいるものがあるかと言えば、特に思い当たらない。
「……あんまないな。休みも寝てるかテレビ見てるかだし」
「えー、何か寂しくない?」
「んなこと言われたってなぁ」
ずこずこと音を立ててコーヒー牛乳を飲み干し、すぐそばのゴミ箱に放り投げる。
「無気力、無趣味、省エネ主義。なのに何故か周りには絶えず女の子がいる。テンプレのようなラノベ主人公っぷりね」
「……また言ってるよ」
「でも、そんな正くんにも一つ特技があるのを、私は知っているわ」
「え?何だよ?」
突然の累の言葉に、正和は聞き返す。
累はポニーテールを揺らして振り返りながら答える。
「ツッコミよ」
「…………」
何となく予想はしていたが、自分の第一の特技としてそれを挙げられるのも、正和としては複雑な気分だった。
「……それはなんていうか……必要に駆られてって感じなんだけど」
「立派な特技よ。誇っていいわ」
「あ、でも確かにそうかも。杉田くんのツッコミ、タイミングも絶妙だし、言葉のチョイスにもバリエーションが有るもんね」
評論家顔で頷く松田。
「つっても、相手は専ら累一人だけどな」
「女の子に突っ込むのが特技なんて、末恐ろしいわね」
「語弊がある言い方だな」
「ほらそれ、すっごく自然に出てくるよね。まるで堀江さんがボケるのが分かってたみたい」
高校入学から毎日毎分ボケられていれば、タイミングも掴めるというものだ。
特に累の場合、下方面に繋げられるワードが出てくればかなりの高確率で仕掛けてくる。
「つってもなぁ。こんなの自慢になんねぇって……」
「そんなことないわ。常識からズレている部分を見つけて正しく指摘するというのは、観察眼がなければ出来ないことよ」
「観察するまでもなくズレまくってるやつに言われてもな」
「でもいつも観察しているでしょう?授業中も私のことを後ろから舐めるような視線で」
「だから言ってんだろ。尻もブラも見てねぇってのに」
「じゃあ何処を見てハァハァしているの?うなじ?」
「何で俺は授業中に興奮してる前提なんだよ」
「旋毛?耳の裏?」
「特殊なフェチズムを押し付けるな」
「正確にはフェティシズムね。知ってた?精神医学的にはフェティシズムって、生命のない対象物に対する歪んだ性衝動と定義されていて……」
「昼休みに高校生がする会話か?これ」
「シュシュを巻き付けてしてみたいとかない?」
「うん。お前一回死んだほうが良いよ」
横で松田が肩を揺らして笑っている。
正和は自分の身に染み付いた反射を自覚してうんざりと頬杖をついた。
「それにしても堀江さんも、よくそんなに変なことを平然と言えるよね。女の子なのに」
友達付き合いが一ヶ月近く続いて、松田もかなり累の振る舞いに慣れてきているようだった。
たまに不名誉なあだ名を付けられたり珍妙なものを食べさせられたりはするものの、それも累の個性と受け入れてしまっているらしい。
その柔軟性と包容力には正和もある種の尊敬を抱いていた。
「私は大したことは言っていないわ。ただ、聞く人の想像力に任せているだけよ」
確かに、彼女はあまり直接的に下品な単語を口にしたりはしない。
文脈から考えて下世話な意味にしか解釈できない表現を多用している。
「だから正くんがいつも私の言葉を卑猥な方向に脳内変換して文句を言ってくるのには、正直ドン引きなの」
「あーはいはい、どの口が言ってんだか」
「……」
「下の口がどうとか言おうとしただろ」
「まだ何も言ってないでしょ?」
「いいや、俺には聞こえた。二秒後の未来が見えた」
「これだから思春期の男の子は」
やれやれと大袈裟に肩をすくめる累。
正和は額に青筋を浮かべて歯噛みする。
「冗談よ。怒らないで。お詫びにこれをあげるわ」
「?なんだよこれ」
「シュシュ」
「いらねーよ!!何に使うんだよ!」
「欲しくないの?穴があるのよ?使用済みよ?」
「どこに嬉しい要素があるんだよ……」
「あ、髪ゴムの方がいいのかしら?」
「だからいらねー!」
「ゴム無しがいいのね」
「そのオチ読めてたからな!本当だからな!」
笑い転げる松田。
自分に害が及ばない限り、彼も二人の掛け合いを楽しめるだけの余裕が出てきたらしい。
そこに、何やら真剣な面持ちの真菜が戻ってきた。
手には携帯。
どうやら廊下で電話をしていたらしい。
「杉田くん、累ちゃん、松田くん」
思い詰めたような口調で言って、真菜は三人の顔を見渡した。
「お願いがあるの。今日、放課後少し付き合ってくれない?」