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まるで映画の場面転換のように、目の前が暗転した。
ゆっくりとフェードインする視界。
見覚えのある部屋の風景。
家具の配置や本棚の中身が現在と異なっているが、そこは正和の自室だった。
今はどこに仕舞ったのかも分からない玩具や、サッカーボールなどが部屋の隅に転がっている。
ベッドの上で横になって漫画を読んでいる正和と、何をするでもなく壁を背もたれにして座っている累。
公園で累が泣き出した後と同じように、幼い二人からは、今の正和の姿は見えていない様子だった。
「……ねぇ、正くん?」
「んー?」
累がどこか余所余所しい口調で呼びかける声に、正和は生返事をした。
「……私達って、ずっと一緒にいられるかな?」
「…………はぁ?」
胸の上に漫画を伏せて、累を見遣る正和。
唐突な質問に、思い切り面食らった様子だった。
「……正くんは、私みたいなのがずっとそばにいたら、迷惑、かなぁ?」
頬を真っ赤に染めながら、部屋のカーペットを指先でなぞる累。
読んでいたギャグ漫画の世界から、突然少女漫画のような空気に引きずり込まれて、正和は慌てる。
「ず、ずっとってなんだよ」
「……ずっとは、ずっと。中学生になっても、高校生になっても、大人になっても」
いつもおどおどしている彼女にしては、変に神妙な口調だった。
その言葉に込められた想いを汲み取ろうとするように、正和は黙考する。
「……いて欲しいのか?」
「え?」
「俺に、一緒にいて欲しいのかって」
漫画で顔を隠すようにしながら、質問を返す。
ぶっきらぼうな口ぶりは、わかりやすい照れ隠しだった。
「……うん……。いて欲しい」
「…………」
またしても、普段からは想像もつかないほどはっきりした答えだった。
正和は馴染みのない雰囲気に戸惑う気持ちを誤魔化すように、そっぽを向いた。
「いいけどさ、別に……」
「え?」
「……別にいいよ、って言ったんだよ。……離れる理由もないし……」
「本当?!」
顔を輝かせる累と、慌てて付け足す正和。
「で、でも、ずっと一緒って、どうやるんだよ?」
「……どう、って?」
「学校が同じうちは、嫌でも一緒だろ?このままいけば、中学も一緒だろうし」
「うん」
「でも、高校は?兄貴がやってたけど、受験とか言ってテストがあるらしいぞ。それに受かんないと高校行けないんだって」
「う、うん、それは、私も知ってる……」
「お前、俺と同じテストに合格とか出来んのかよ?」
泣きそうな顔で、言葉に詰まる累。
彼女の普段のテストの点数は、正和のそれの半分がいいところだ。
そこで、『一緒にいられるようにこれから頑張る』と言えれば大したものなのだが、そこで黙り込んで落ち込んでしまうのが、累という女の子だった。
「…………」
何故か自分がいじめているように見える状況に、正和は慌てた。
彼としても、累の面倒を見ることを重荷だとは感じていない。
七年後の正和は、むしろそうあり続けることが自然だと思っていたことを、幼い自分の表情から感じ取り、思い出していた。
「……めさん」
「……あ?」
「……およめさん……」
「……いっ……」
頭の何処かで想像しながら、恐れていたワードが出てきてしまった瞬間だった。
「私……正くんと結婚して、お嫁さんになりたい……」
「…………しょ、小二でそれはちょっと……流石に……」
ベッドの上であぐらをかいて、茹でダコのように赤くなる正和。
「ねぇ、ダメ?」
「……いや、ダメっていうか……なんていうか……」
無下に断らないだけ、彼としても累を悪からず思っているのだろうが、無邪気に頷けるほど当時の正和も幼くはなかった。
「……やっぱり……私なんかじゃ、嫌だよね……」
「いや、別に、嫌って言ってるんじゃなくて……なんつーか……あー……」
「……いいの。……分かってるから……」
「…………」
諦め顔で、抱えた膝に顔を埋める累。
赤面したまま、正和はムッとする。
累が自分を卑下するような態度を取る時、正和はどうしようもなく悔しいような、怒り出したいような気分になった。
正和は、累のことを知っている。
人よりも鈍くさくて、考え方もズレていて……しかし誰よりも根が純粋で、思いやりにあふれる女の子であることを。
「累!」
「…………?」
正和の呼びかけに、泣く寸前の顔を上げる累。
正和は背筋を伸ばして、真面目くさった顔を作っていた。
「……いいよ。一緒にいてやる」
「え?!……じゃあ……」
期待に色めき立たれる前に、正和は慌てて釘を刺した。
「あ、いや……あの、ぉょめさん、は流石に無理だけど!……俺たち、もう家族みたいなもんじゃんか」
「えー……そうかな……?」
「そうだよ。……なんていうか……お前は……あー……」
指先を中空に彷徨わせて適切な表現を探す正和。
「……妹みたいなもんだ」
「…………」
何とも言えず複雑な表情を浮かべる累。
「そう言えば俺、弟か妹がいたらなぁって前から思ってたんだよ」
「…………」
「妹だったらさ、別に学校が違くたって一緒にいるのが普通だろ?大人になったって、縁が切れたりなんかしないし」
無言で見つめてくる視線に、居心地悪そうに曖昧な笑みを浮かべる正和。
「……そんなんじゃ、ダメ?」
誤魔化すような話の持って行き方だったが、それでも正和の気持ちは、おおよそ正しく伝わっているようだった。
累は笑顔を取り戻して、ほっとしたように目を閉じた。
「……うぅん、それでも、充分かな」
どんな形でも自分の願いが叶うのなら、それ以上は望むべくもないという表情だった。
「……正くん、本当にお兄ちゃんみたいだもんね……」
「なんだよそれ。お前本物の兄貴なんかいないだろ?」
「かこちゃん、お兄ちゃんがいるらしくて、この前お話聞いたんだ。すっごく優しくて、いつもかこちゃんの味方なんだって!」
「……俺の兄貴と大違いだな……」
「あ!そういえばね!今度、私のお姉ちゃんが帰ってくるの!……ずっとイギリスに住んでたらしくて……」
—
またしても場面転換。
自宅の玄関で、正和が累を見送るところだった。
何度も振り返りながら大きく手を振る累に、しぶしぶという素振りをしながらその度応じる正和。
その小さな背中が住宅地の角を曲がって見えなくなってから、改めてため息とともに笑った。
「…………妹か……」
家の中に戻る彼の顔つきは優しく、自分の名案を誇らしく思っている様子だった。
照れ隠しのために必死で回避した『お嫁さん』という単語については、最後まで直視は避けることにしたようだ。
—
目の前で繰り広げられている光景が、過去に本当にあった出来事なのかは定かではない。
累の暗示によって過去の記憶の追体験をしているのか。
それとも、累自身の認識に基づく記憶が、正和に流れ込んできているのか。
どちらにしても、それによって正和は自分の記憶から欠落している箇所が埋め込まれていくような感覚を覚えていた。
また、目眩が襲ってくる。
正和はもう抗わず、より深い意識の中へ落ちていくように、その感覚に身を委ねた。




