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「…………待って待ってうるせぇんだよ……。このホモオタク……」
「ん?」
正和の放つ怒気に気付いてか、やっとまともに彼の言葉に対するリアクションを返す釘宮。
「なんつーかさ、俺あんたに言いたいことあるんだよね」
「……何よ、改まって。いきなり私に告白とかやめてね?あなたには松田君って相手が……」
「それ。サラッとズーズーしーんだよ。何で告白とか言い出しちゃってんの?冗談でもキモいんだよ」
釘宮の顔に、ほんの微かに動揺が浮かぶ。
「キホン自意識過剰だよね。なのに何で自分を客観視できないかな?累を好き放題出来る立場で、何であんたなんかに興味が湧くと思うの?霜降り和牛食べ放題の会場にベビーカルパスが置いてあるようなもんなんだけど、自覚してる?選んでもらえるとか思ってる?」
流石の釘宮もこれには鼻白んだ。
過りそうになる良心の呵責を、心を鬼にして飲み込んだ。
「……言ってくれるじゃない……。まあ、堀江さん美人だし巨乳だし?彼女に敵うなんて思っちゃいないけど……」
「『けど』、何なんだよ。本気でキモいのはその先の本音なんだよ。言ってみろよ、聞いててやるから」
「…………」
「『捨てたもんじゃない』、とか思ってんだろ?知ってるよ。あんたみたいな女に自画像書かせるとやったら美少女になるもんな」
ほとんどただの腐女子ディスり状態になりかけて、正和は微妙に舵を切りなおす。
「別にさ、見た目のこと言ってんじゃないんだよね。つーか、女らしくして柔道真面目に頑張ってたら、正直結構モテると思うよ、釘宮さん」
突然持ち上げられて、釘宮の表情が分かりやすく変わる。
基本的に男のことは盗み見して妄想して楽しむ対象にしていた彼女からすると、面と向かってこんなことを言われることには免疫がないのだろう。
男同士が好きと言って憚らない人種に対して正和がツッコんでみたいのは、『本当に男同士が一番だと思っているのか』。
仮に男子から言い寄られたとしても、男女の関係など邪道だと、突っぱねられるのか。試させてもらうことにする。
「……別に、モテる必要なんて……私自身が男の子とくっつくより、男の友情を遠くから見てられた方が……」
「じゃあ、想像してみてよ。仮に俺が釘宮さんと付き合ったとする。俺がマツケンと、釘宮さんの目の届かないところでどんなことをして何を話してたのか、彼女って立場なら聞き出せるんじゃない?」
「……目の届かないところ……?」
釘宮の口数が減って、オウム返しの質問が返ってくる。
こちらのペースにはまりかけてくれているのが伝わってきた。
「トイレとか」
「!」
「更衣室とか、修学旅行の風呂とか」
「!!」
実際にはどこにいたとしても、彼女を喜ばせるようなやり取りは発生し得ないのだが、ここは方便だ。
「ついでに、あんたが夢中になってるカップルの片方と、あんた自身が『色んなこと』をしちゃえるとしたら……?よりリアルな妄想の世界が膨らむでしょ……?」
「ダメ……。そんなのは……カップルの関係に自分をねじ込むなんて、一番の禁忌よ……」
まるで敬虔な信徒が、ちらつかされた甘い誘惑を必死で拒んでいるかのような反応だった。
我知らず口元が歪んでいた。
正和は悪魔の尻尾と羽を生やした気分で、囁くように言う。
「そんなルールは、葡萄に手が届かないやつの僻みなんだよ……。それを手にしたんなら、本当に酸っぱいのか、それとも甘いのか、確かめるのも自由……。そうでしょ?」
自然と、喋り方と仕草が気障ったらしくなっていく。
釘宮の反応を伺いながら受けの良さそうな口調を探っていった結果だった。
「……別に、俺個人に興味がなくたっていいんだよ……。あくまで悪ふざけの火遊び……。本気になんかならなくていい」
案外あっさりと、彼女は動揺を見せてくれている。
ここは畳み掛けるべきところと思う一方、成り行きに任せるとどんどんキャラがおかしな方向に突っ走る傾向がある自分のことが、少々不安でもあった。
戸惑いに震える釘宮の瞳が、ちらちらと喉仏や鎖骨のあたりを盗み見ていることに気づく。
できるだけ自然な仕草で、Yシャツのボタンを一つ外す。
釘宮の顔の赤みが一段上がる。
効果は絶大なようだった。
ゆっくりと歩み寄ってみる。
うまい具合に、スチールラックのお陰で逃げ場はない。
一歩、また一歩と、焦らすように距離を詰めて、顔には不敵な笑みを浮かべる。
愛でるようでいて、獲物をいたぶることを楽しむような、サディスティックな視線で射抜く。
手を伸ばせば触れられる距離まで近づく。
怯える小動物のような仕草の釘宮の目が、何かを期待するように潤みながらこちらを見つめていた。
すぐに彼女の希望は理解できたが、あまりの分かりやすさと、照れくささとアホらしさに一瞬頬が引きつる。
しかし、一度掴んだペースを今失うわけにはいかない。
力強く。しかし暴力的には感じさせない絶妙な力加減で、手のひらを扉に叩きつける。
「……俺を相手に、本気にならないでいられるなら、だけどね……」
自分で言いながら全身に鳥肌が駆け巡るのを自覚した。
こういうあからさまでクサくて痛い言動は、死ぬまで縁がないものだと思っていたのに。
流されたとは言え、黒い歴史を刻んでしまったことに暗澹たる気分だった。
「……ちょ、ま……あ、さ、さっき、ほ、堀江さんを好きに出来るのに……わ、わわたしになんか、興味は沸かないって……」
精神的な犠牲は無駄では無かったらしく、釘宮の動揺はあからさまだった。
妄想の中ではもっとえげつないことや破廉恥なことをさせまくっているだろうに、自分が迫られると顔を近づけられただけでこの有様だった。
あまりのわかり易さに吹き出しそうになりながら、口の端を釣り上げてさらに顔を近づける。
「……ちゃんと顔見たこと無かったんだけどさ……。こうして見ると結構いい顔してんじゃん。……嬲り甲斐がありそうっていうか……。泣かせてみたくなるっていうかさ」
人差し指を顎の下に滑り込ませて、強引に顔を持ち上げて眺める。
その気になれば腕力でいくらでも反撃できるはずなのに、怯えるばかりで抵抗する気配がない。
もじもじと膝をすり合わせるような仕草は、すっかり女の子らしくなっていた。
「……ねぇ、選んでよ。俺と遊びたい……?それとも、俺はマツケンとだけ絡んでれば、それで満足なの……?」
正和の質問は、核心に迫る。
囁くような声に身を振るわせる釘宮は、もはや恍惚で蕩けそうな表情だった。
答えは聞くまでもなさそうだったが、もうひと押しする。
釘宮が正和の誘惑に乗ると宣言したら、その時こそ絶好のツッコミどころだ。
あれだけ熱を込めて主張したBL愛がいかに浅はかでチョロいものだったかを、悪口雑言を浴びせながら嘲笑ってやれる。
「ほら、ちゃんと、自分の口で言ってみて……」
「……わ……私は……」
「どうなの……?」
「……わ、私……す、杉田くんに…………」
落ちた。と思ったその瞬間だった。
「……あれ?…………杉田くん?」
釘宮の口調が突然素に戻る。
「……は?」
どうやら、暗示が解けた様子だった。
正和は慌てて顔を離し、そのまま後ずさる。
「……ってか、ここ、どこ……?あれ……なんで?私、部室の掃除してたはずなのに……」
累の暗示の対象となった欲求を上回る新たな欲求が生まれたことで、暗示の効力が切れてしまった、ということなのだろう。
事情を理解すると同時に、正和は自分の中に渦巻く凶暴なまでのツッコミ衝動を思い出した。
「…………」
「す、杉田くん……。何で私こんなとこに?なんで君と一緒にいるの……?」
「…………ツッコませろ」
「……え?」
「ふざけんな……。お膳立ては完璧だったんだよ……後は再起不能になるまでボロカスに言って泣かしてやるだけだったんだよ……。返せよ……俺のツッコミチャンス……」
「ちょ、な、何を……?」
「ツッコませろ!ここまでやらせて寸止めとかアリか?!良いから黙ってツッコませろ!!このエセ腐女子!!」
「い、いやぁぁああ!」
何も知れない人が聞いたら大いに誤解を招きそうな言葉を口走って釘宮に迫る正和。
当然のように釘宮の体落としが決まり、正和の体は資料室の床に叩きつけられた。
痛みと脱力感で正和はしばらく起き上がれず、ただ理不尽を嘆くばかりだった。




