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幼馴染はツッコミ待ち  作者: けいぞう
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「やり直せる……」


 その言葉の意味を確かめようとするように、玲はぼそりと呟いた。


「やり直せる、んでしょうか……」


 言葉は虚ろさを纏って、うわ言のように室内に浮かんだ。


「……今の累ちゃんの状態では、それは不可能な気がします……」

「……え?」


 空気が抜けて萎むようにまた生気を失っていく玲の態度に涼子は戸惑いつつ、話を中断してしまったことを謝って、続きを促した。

 玲は、気を取り直して、話し始める。


「……私が正和くんを累ちゃんから遠ざけてしまってから、累ちゃんの落ち込みぶりは深刻なものでした。軽度の拒食症や円形脱毛症まで患ったのを見て、ようやく私は、累ちゃんにとっての正和くんの存在の大きさを思い知ったんです」

「…………」


 正和の顔が歪む。

 自分が離れていったことで、累がそれほどまでに苦しんだと知って、居た堪れない気持ちだった。


「…………私は、出来る限り累ちゃんのそばにいました。身の回りのあらゆることを世話して、元気を取り戻してもらおうと尽くしたんです。……でも、まったく回復の気配は見えませんでした。それどころか、夢と現実の区別がつかなくなっているような、おかしな振る舞いさえ見せるようになっていきました」


 膝の上で両手をきつく握りしめて、玲は目の端に涙を浮かべる。


「……それでも、私は正和くんの手を借りるということを思いつきませんでした。自分なら累ちゃんを元に戻せると、信じたい気持ちに囚われていたんだと思います」


 隣で涼子が、何かを言いかけて飲み込んだのが分かった。

 責める言葉を吐こうとして、痛みに耐えるようにして話を続ける玲の様子を見て、思いとどまったのだろう。


「だから、ある日突然累ちゃんが『お姉ちゃんみたいになりたい』と言ってくれた時……その言葉の真意はさておいて、救われた気分になりました。ふさぎ込む彼女の心のなかに、また自分が存在していることが、嬉しかったんです」

「……それで、累に暗示を?」

「…………」


 無言で頷く玲。

 涼子は腕を組み、納得行かないという顔だ。


「なんだか、話がぶっ飛んでる気がします。日記を読んだときも引っかかったんですが……累が玲さんのようになりたいと望んだからって、どうして突然催眠術なんて斜め上な方法を?」


 玲は、また少し声のトーンを落とした。


「……累ちゃんの自己嫌悪は、相当根深いものでした。あの子は、自己肯定という感覚を得たことが無かったんです。累ちゃん自身に成功体験を積み重ねさせて、正和くんという支えがなくてもやっていけるという自信を身に着けさせるのは、大変な困難に思われました」

「……ホントに何やらせてもダメだったもんな、アイツ……」

「逆に、彼女の中の私のイメージは、自分で言うのも変ですが、完全無欠に近いものがあったに違いありません。なので、まずはきっかけとして、『自分は姉と同じように、色々なことが出来る』と信じてもらえるように暗示をかけたんです」

「……はぁ、なるほど」


 日記を読んだ時の涼子の推測は概ね正しかったようだが、そのアプローチは『姉そのものになる』という形ではなかった。

 そういう経緯ならば玲の行動もそこまで突飛ではないと、涼子も合点がいったようだった。


「しかし、そこで恐ろしい誤算が生まれました」


 正和と涼子が身を乗り出す。

 二人が欲しい情報の核心に迫っている気配があった。


「……暗示を受けた累ちゃんは、『私と同じように暗示を使える』ようになったと認識したんです」

「暗示を、使える……」

「はい。……そして、自身にさらなる自己暗示を重ね始めた」


 ぞくっと、背筋に悪寒が走った。


「……それって……」

「累ちゃんの中の私のイメージが完璧であればあるほど、彼女の自己暗示の威力は強力になる理屈です。結果累ちゃんは、『私が取り繕っていた完璧な天才』の偶像を具現化していったんです。能力だけでなく、振る舞いや癖、性格、趣味嗜好までも……」

「…………」

「……積もり積もった暗示のためか、私が最初にかけた暗示を無効化しよう働きかけても、元に戻すことは出来ませんでした。……気がつくと彼女は、私など足元にも及ばないほどの悪魔的な才覚を持った女の子になっていたんです」

「…………」


 ようやく、正和と涼子はたどり着いた。

 累が、変わってしまった本当の理由に。


---


 それは、三者の好意が行き違った末の悲しい結末なのかもしれない。

 その影には、一人の女の子の人格が埋もれかけている。

 女の子の唯一残したのは、ほぼ別人と成り果てた今の累を支配する目的。

 『正和を幸せにする』ということ。


 幼い累に降り掛かった悲劇と、そこから今に繋がる顛末を振り返ると、正和は彼女のことが不憫で堪らなかった。


 正和は、一旦頭の中を整理すべく、情報を反芻しはじめた。

 

「……玲さんは、意図して累を自分のコピーに作り変えたわけじゃなかった……」

「はい……」

「……今の累は、完全無欠の超人で、その大元になった暗示は、玲さんでも解くことはできない」

「……その通りです」

「…………」


 唯一の頼りだった玲の力を借りても、累を元に戻すことはできない。

 その事実が、重く正和の心にのしかかる。

 そしてそれは同時に、暴走し始めている累を止める術の手がかりを失ってしまったということを意味していた。


「杉田……」


 唇を噛んで考え込む正和の肩に、涼子がそっと手を置く。


「……少し、考え方を変えてみましょ?まずはひとまず、累Aのはた迷惑な行動をなんとかやめさせる方法を考えてみない?」

「…………」

「とりあえず他の人に迷惑かけない状態になんとか持ち込んで、そのあとじっくり累Bのことを検討することにしましょうよ。ね?」


 現状の選択として、それは妥当な判断であるように思えた。

 しかし、正和はそれに賛同できずにいた。

 時間をかけたところで、妙案が捻り出せるとも思えなかった。


 薄暗い部屋が、またしても沈黙に満たされる。

 窓の外では日が沈みかけて、夜が訪れようとしていた。


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