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幼馴染はツッコミ待ち  作者: けいぞう
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05

 とある日。

 放課前のショートホームルームで、一枚のプリントが生徒たちに配布された。

 ほとんどすべての生徒たちにとって、それは喜ばしくない内容であったため、教室内の雰囲気は暗澹たるものだった。

 プリントに記載されていたのは、中間テスト実施に関する案内であった。


「あぁ……。ついにこの日が来ちまったな……」


 机に突っ伏しながら、正和はどんよりと深いため息をつく。

 人生初の関門試験であった入試をクリアして高校入学に漕ぎ着けた達成感をじっくり噛みしめる間もなく、無慈悲にも定期試験の時期が迫ってきてしまった。


「そんなに落ち込むことかしら。たかが中間試験でしょう?」


 前の席に座った累は相変わらず涼しい表情だ。

 小学校時代から彼女は成績優秀だったし、名門の私立中学を卒業している。

 言葉通り累にとっては「たかが」という程度のことでしかないのかもしれない。


「出題範囲だって二ヶ月弱の授業分でしょう?ヤればデキるわ」

「……なんか意味深なカタカナが混ざってる気がすんぞ」


 ふと気になって、窓際の二人に視線を投げてみる。

 松田と真菜が、揃って陰鬱そうな面持ちをしていた。


「……マツケン、花澤さん、二人ともテスト、やばそうなのかー?」


 仲間を見つけた気分で、正和は声をかける。

 無言で頷く二人。

 松田の場合は部活に没頭しすぎているのが原因だろうが、正和にとっては真菜の落ち込みぶりが意外だった。


「……前の学校は、通い始めてからすぐに転校の手続きになっちゃったから、全然まともに授業を受けられてなかったの……」

「あぁ、そりゃそうだよなぁ」


 四人のグループの中で、試験に不安がないのは累だけということになる。


「正くんだけは、正当な理由がない気がするけど」

「ぐ……言うなよ……」

「授業中も、私のお尻ばかり見ていないでちゃんと板書していれば何も問題はなかったはずなのに」

「さらっと変な疑惑を押し付けるな。見てねーっつの」

「ということは透けブラ派!?」

「どっちかしかないの?!」

「……どちらにしても、私に責任の一端があるということね」

「おーい、聞いてますかー、人の話ー」

「仕方ないわ。今日から、放課後一緒に勉強しましょう」


 何となく腑に落ちないものを感じつつも、それは正和にとっては願ってもない申し出だった。


「んじゃ、頼むわ。場所、累の家でいいか?」

「構わないわ」

「ぼ、僕達も一緒に行って良いのかな?」


 松田と真菜が、縋るような表情で累に聞く。


「ええ。もちろん」


 こともなげに頷いてみせる累。口元にたたえた笑みがなんとも頼もしい。


「累ちゃん、ありがとう!」


 輝くような笑顔でお礼を言う真菜。


 この時彼女はまだ、累という人間をよく理解していなかった。

 


 放課後。

 高校の校門から歩いて十五分ほどで、四人は閑静な住宅街に到着した。

 いわゆる分譲住宅地というやつで、整然と区画分けされた敷地に似たデザインの一戸建てが犇めき合っている。

 針葉樹の生け垣の緑と、家々の外壁の暖色が相まって、辺りの雰囲気は穏やかだ。


 十年ほど前、正和と累の家族はほぼ同時にここに引っ越してきた。

 引越しの挨拶の際にお互いの両親同士が意気投合して、それ以来の付き合いが続いている。

 小学校低学年の頃はよくお互いの家に遊びに行ったりもしたものだったが、学級が上がるにつれて習慣も自然消滅していった。

 中学の三年間は、たまにお互い通学する姿を見かけたときに挨拶をするくらいの関係でしかなかったのだが、高岡高校に通うことになってから累はほぼ毎朝正和の家に押しかけている。

 しかし、逆は本当に久しぶりだ。

 実に七、八年ぶりに累の家に上がることになる。

 小さい頃に散々入り浸った家とは言え、それだけのブランクを経ると多少緊張もするものだ。

 

「ここよ」


 赤レンガ敷きのカーポーチにシルバーのセダンが停められた一軒の前で累は立ち止まり、ポケットから鍵を取り出した。


「へぇぇ、何だかお洒落なお家だね」


 体型に似合わない感想を漏らす松田。

 若干声が上擦っているのは、正和以上に緊張しているせいだろう。

 もしかしたら、同級生の女子の家に呼ばれたのも初めてなのかもしれない。


 家のテイストは流行りの洋モダン。

 周辺の家々と同じく、直線を多用したシンプルなデザインだった。

 玄関先にはプランターや植木鉢が並び、綺麗に手入れされた観葉植物が出迎えてくれる。

 累の母親の趣味は健在らしい。


「どうぞ、入って」

 

 玄関を開いて三人を先に上がらせる累。

 正和たちはおじゃまします、と声を上げながらそろそろと敷居を跨ぐ。

 累の家だけに、珍妙な仕掛けに驚かされるかもしれないという警戒は、あっさりと裏切られた。

 家族写真が飾られた靴箱と、高級そうな玄関マット、ラベンダーのポプリの瓶など……。

 至って普通の、一般的家庭の玄関だった。


「今日は両親とも夜にならないと帰らないらしいから、気兼ねしないで寛いで」


 ブルーとピンクのスリッパを二足ずつ並べて、累は室内に上がる。

 廊下の右手にある階段を登っていくと、正和の記憶通り、すぐ累の部屋の扉があった。

 正和は奥のドアを少し気にしながら、松田達に続いて部屋の中に踏み込んだ。


 「Rui」と書かれたネームプレートのかかった白いドアの中もまた、特に異常はない。

 クリーム色の絨毯が敷かれた室内は小奇麗に片付いており、突然の来客にも全く問題はないようだった。

 ロフトベッド、白い木のチェスト、金属製のデスクとセットのオフィスチェア、シンプルなデザインの木製ローテーブルの周りには、茶色と白のクッションが並べられている。

 年頃の女の子の部屋にしては少々殺風景だが、物が少ないだけに広く感じる。

 四人が収まっても全く窮屈ではなかった。


 とりあえず三人は、ローテーブルを囲むように座った。

 テーブルは四人がノートを広げるのに十分な天板の広さで、勉強会にはぴったりな環境に思えた。


 累は鞄を置いて一旦一階に降りると、トレーに氷を入れたグラスを4つとお茶のペットボトルを乗せて戻ってきた。

 味噌汁の一件が過ぎったのか、松田の表情に警戒の色が灯るが、ペットボトルが未開封であるのを見て取って安心したようだった。


「じゃあ、早速始めましょうか」


 スカートをさばきながら正座で座る累。

 傍らの鞄から数教科の教科書とルーズリーフを取り出す。


 正和は自分の胸中に募る嫌な予感を抑えきれずにいた。

 おかしい。累にしてはあまりに大人しすぎる。

 何かを仕掛ける機会はこの部屋に入って席につくまでに嫌というほどあったはずだ。

 本当にこのまま真面目に勉強を教えてくれるつもりなのだろうか。

 

「まずは、数学からにしましょう」


 正和、松田、真菜は揃って頷いた。三人共苦手な教科だ。


「範囲は、式の展開、因数分解、不等式とそのグラフね。式の整理のやり方については改めて教えることもないと思うけど、少し複雑な例題をいくつか用意するから、まずは皆それを解いてみて」


 ルーズリーフに、大きめの文字で数式を書き込んでいく累。

 三人は自分のノートのにその式を書き写してから解きにかかる。


「う……。いきなりわかんねぇ……」

 

 三分ほど悩んで、正和が早速呻いた。

 松田と真菜は、時間はかかりつつも解答まで辿り着いたらしい。


「まずは、yについての二次方程式を後ろに。それを因数分解して、ここはxで括って。次は、全体をxの二次方程式として考えてみて。ここが和、こっちが積だとすると……」

「あ……なるほど」


 累が説明する解法は簡潔かつ分かり易く、正和もすぐに二人に追いつくことが出来た。


「いくつか、解に至るまでのアプローチにパターンがあるの。ここに書いた十個の例題を全て解ければ、他の問題はその応用。因数分解はほぼ問題ないわ」

「……累ちゃん、凄い……」


 真菜がシャープペンを持ったまま拍手する。

 たった十個の例題の解き方をマスターするだけで、出題範囲の三分の一をクリアできるというのなら、正和でも取り組んでみる気になってくる。


 それから三人は、累がルーズリーフで提示する例題を、累にヒントを貰いつつ解いていった。

 ほんの小一時間で、三人は課題の十問の解き方を会得することができた。


「……三人共、もうこれで因数分解は完璧ね」

「やった!」


 三人はそれぞれのガッツポーズで喜びと達成感を表現する。

 この調子で累がコツを伝授してくれるなら、今日一日だけで数学は完璧になるかもしれない。


「じゃあ、確認の問題よ。どれもさっきの問題を少しアレンジしただけだから、落ち着いて解けば全て正解できるはずよ」

「よし、んじゃ、やってみるかー」


 制服の袖を捲って、問題に取り掛かろうとする正和を、累が静止する。


「始める前に言っておくことがあるわ。テスト本番では思いがけないことが起こるものよ。緊張で解法が思い出せないとか」

「あぁ……。僕、たまにそうなっちゃうかも……」

「だから、解法を身に着けたら、あとは緊張感に慣れておくことが重要なの」


 言って、累はテーブルの上にスマホを置いた。


「合コンなんかで使う、罰ゲームアプリよ。確認問題は時間を決めて解いて、三人の中で最低点だった人にこのボタンを押してもらうわ。ランダムで一つ罰ゲームが表示されるから、必ずそれを実行すること」

「え……。罰ゲーム……?」


 不安そうに眉根を寄せる真菜。


「心配ないわ。本当にただの確認なんだから。要は落ち着いて、全問正解すればいいだけ。全員満点なら罰ゲームはなしよ」

「大丈夫だよ、花澤さん。やってみようよ。何かちょっと面白そうだし」


 真菜の前だからか、普段なら臆病風に吹かれそうな松田も強気の発言である。


「……累。確認しておくけど、その罰ゲームって、変なのを足したりしてないよな?」


 正和は、中学校の修学旅行の際、似たようなアプリを使った経験があった。

 アプリによってはオリジナルの罰ゲームを追加できる機能があることも知っていた。

 累が考えた罰ゲームの内容など、想像しただけで恐ろしい。

 何しろ面白いリアクションのためなら味噌汁を炭酸仕立てにして持参するような前科持ちだ。


「誓うわ。罰ゲームの追加はしてない。最初からこのアプリに入っているものだけ。どれも他愛ない、可愛いものよ」

「よし、なら乗った。今なら満点取れる気がするしな。マツケン、トチんなよ?」

「杉田くんこそ」


 正和と松田が乗り気になったのを見て、真菜も流される形で条件を飲むことにしたらしい。

 累はタイマーアプリを仕掛け、試験開始を宣言する。

 三人は一斉に確認問題を自分のノートに書き写し、解き始めた。


 試験終了を待つ累の唇が、静かに持ち上がった。



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