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幼馴染はツッコミ待ち  作者: けいぞう
4/98

03

 午前中の授業は何事もなく終了し、昼休み。

 一年三組の教室の窓際で、正和、累、真菜、松田の四人は机を寄せ合って、昼食をとることにした。


「あ、真菜ちゃんはサンドイッチなんだね。ランチボックス、小さくて可愛いねー」


 この女子のようなコメントは、身長百八十一センチの巨漢、松田のものである。

 野太い声と優しい口調のミスマッチに、正和はまだ少し慣れられないでいた。

 背中からお尻にかけてむず痒くなる。


「うん、今日はちょっと朝時間がなくて手抜きになっちゃったから、恥ずかしいんだけど……」

「えー?自分で作ってるの?すごいなぁ。見た目も奇麗だし、全然手抜きなんて感じしないけど」


 松田の言葉通り、小さなバスケットの中にきっちりと詰め込まれたサンドイッチは色鮮やかかつ整然とした出来栄えで、そのまま売りに出せそうなくらいの完成度だった。


「マツケンくんのお弁当も綺麗だね。野菜とかフルーツとかも一杯で、ちゃんと栄養が摂れそう」

「あ、あはは、僕はほとんど親まかせだけど……。ご飯だけは自分でよそってるんだ。海苔とご飯で三層になってるんだよー」

「えー、すごい。マメなんだね!」

「……累。本当ならこのマツケンのポジション、お前の担当のはずなんだぞ」


 女子力を問われるランチタイム。

 女同士の友情を深めるチャンスだろうに、累は沈黙を守っている。その手元には極めてそっけない、白いご飯と煮物、炒め物、漬物だけが並ぶ弁当が置かれていた。

 全体的に見た目の彩度が低く、おかずも茶系の色に統一されている。弁当箱も角ばった金属製で、飾り気がない。


「……なんか、お父さんのお弁当間違って渡されちゃったって感じだね……」


 あだ名の仕返しのつもりなのか、少し意地悪気な口調でからかう松田。

 しかし累は動じず、バッグから大きめの水筒を取り出してみせた。


「今日は、お味噌汁を自分で作ってみたの」

「え?味噌汁?」

「うん。私、汁物があったほうが食が進むタイプなの。良かったら皆もどうぞ」


 言って、紙コップを三つ並べ、中身を注ぎ始める。

 日本人心をくすぐるおなじみの香りが、ふわりと鼻腔をくすぐった。


「ちゃんと鰹節でダシを取ったの。合わせ味噌を使って、具は油揚げとお豆腐。ちょっと拘って手をかけてあるから」

「……紙コップで味噌汁ってちょっと変な感じだけど、結構美味そうじゃん」

「あー、いい香り!お味噌汁を美味しく作れる人って、いいお嫁さんになれそうだよね!」

「ありがとう、堀江さん。いただきます」


 三人は累の家庭的な一面に感心しつつ、紙コップを手にする。

 正和だけが、その液面に微妙な違和感を覚えて手を止める。

 お椀ではなく紙コップで供されていることによるものかとも思ったが、どうもそれだけではないような気がする。


「待って、花澤さん。サンドイッチに味噌汁って、合うかな?」

「え……?うーん、ちょっと変だけど、折角堀江さんが作ってくれたんだし……」

「うぷぇ……」


 正和が静止をかけなかった松田だけが、味噌汁を口にして声にならない声を上げた。

 やはり。正和は紙コップを机の上に戻して松田の様子を伺う。


「な、なにこれ……。なに……」

「ど、どうしたの、マツケンくん?!」

「み、味噌汁なんだ……。確かに味噌汁なんだけど……」


 口元を思い切り歪めて、喉元を抑える松田。

 正和は無言で累を睨みつけて説明を求める。


「先週、お父さんがソーダメーカーを買ってきたの」

「……それで?」

「『スパークリング味噌汁』っていう字面が面白いと思って、作ってみたの」

「二酸化炭素の無駄遣いだな……」

「……マツケンくん。どう?」

「お……う……」


 それ以上は言葉にならないらしく、身振り手振りで飲み物を要求する松田。

 正和はとりあえず自分のペットボトルの緑茶を手渡した。

 松田はひったくるようにボトルを奪い、一気に中身を呷る。

 五百ミリリットルの半分ほどを一気に飲み干してから、荒い息をついて机に突っ伏す。


「……ちゃんと、鰹節でダシを取ったんだよね……?」

「うん。あの、カンナみたいなやつで削って」

「お味噌も、拘って?」

「赤味噌と白味噌を六対四で合わせたの」

「……それを、ソーダメーカーにかけるとき、良心は痛まなかったの?」

「特には」

「……」

「あ、お汁粉とどっちがインパクトがあるかなって悩んだんだけど……」

「もうやめて……。想像すると吐きそう……」

「累。んで、この大量に残った発泡味噌汁、どうするつもりなんだ?」


 彼女の持ってきた銀色の水筒には、まだ並々と内容物が残っていた。


「今夜、家族に出してみる。なかなか良いリアクションが期待できそうだと分かったから」

「……仲良くなりたてのクラスメイトをリトマス紙みたいに使うなよ……」


 危ないところだった。

 もし正和が止めていなかったら、真菜もこれを口にしてしまっていた。


「でも、真菜ちゃんのリアクション、ちょっと見てみたかったと思わない?」


 言われて、正和の頭に想像が膨らむ。

 清楚な彼女のあどけない顔が未知の味覚に歪む様は、なんというか……。


「正くん、あまりリアルに妄想しないで。真菜ちゃんが引いてる」

「し、してない!」

「それに、マツケンくんなら飲んでもセーフみたいな雰囲気を出すのは、流石に可哀想だと思うんだけど」

「飲ませた本人が言えることじゃねぇ!ってかそれ、元々は俺だけに飲まそうとしてたブツだろ!」

「うん。正くんのお弁当のピーマンの肉詰めを、ハバネロの肉詰めにすり替えておいたから、それを食べて悶絶している所に差し出そうと思ってたの」

「なんつーコンボをかまそうとしてくれてんだ……」


 自分の弁当の中にすら魔の手が及んでいたことを知り、正和は戦慄する。

 恐ろしいのは、累の行動の動機と用意周到さだ。

 正和に面白いリアクションを取らせるためだけに、これだけの仕掛けを用意している。


「ちなみにハバネロの肉詰めは手作りよ」

「そりゃそうでしょうね!そんな既製品あってたまるか!」

「…………」


 正和と累のやりとりを、呆然と見つめる真菜。


「ご、ごめん、花澤さん。普段はここまで過激に迷惑撒き散らす奴じゃないんだけど……」

「……二人は、仲良し、なんですね」


 半ば譫言のような口調で、真菜が呟く。どことなくズレた見解に、正和は首を傾げる。


「な、仲良しっていうか……腐れ縁なんだよ。幼馴染っていうかさ」

「す、杉田くん、昔からこんな責め苦を受け続けてたの……?」


 発泡味噌汁のダメージからようやく回復したらしい松田が、冷や汗を拭いながら体を起こす。


「いや……昔は、こんな奴じゃなかったはずなんだけど……」


 一人澄まし顔で弁当をつつく累の横顔を、正和はまた盗み見る。

 同じ高校に通うことが決まって以来、累の奇天烈な振る舞いはエスカレートを続けている。


 その理由に、彼は全く心当たりがなかった。



 放課後、正和は大きく伸びをしてささやかな開放感を味わう。

 迫りくる中間試験のことを考えると憂鬱になってくるが、こんな五月晴れの日にはそんな陰鬱な話題は似合わない。


「そうだ、マツケン、花澤さん。良かったらこのあとどっか遊びにいかない?」


 折角お近づきになったことだし、より親睦を深められればとの提案だった。


「ご、ごめん杉田くん。今日は僕、部活なんだ……」


 巨体を申しなさそうに縮こまらせて、松田は答える。


「あぁそうか、柔道部、厳しそうだもんなぁ。部長が全国目指すとか、燃えてるんだって?」

「う、うん。また誘ってくれると嬉しいな……」


 茶色の帯でまとめた柔道着を肩にかけ、松田はとぼとぼと教室を出ていく。

 丸まった背中を見送りながら、累は首を傾げる。


「そんなに自分の名前に隠された秘密がショッキングだったのかしら」

「それか、あの味噌汁のダメージの余韻か。あわせ技一本か」

「体の割に打たれ弱いのね」

「お前が言うか……」

「でも味噌汁のリアクションは及第点だったわ。苦しみ方がダイナミックで」

「反省する気ゼロだな……。あ、花澤さんはどう?もし良かったら」


 隣で鞄に新品の教科書を詰め込んでいる真菜も、申し訳なさそうに眉根を寄せた。


「ごめんなさい、引っ越しの後片付けがまだ終わってないから、今日は早く帰ってこいって言われてて」

「そっか。残念」

「ごめんね、私も、また誘ってね」


 長い髪をなびかせながら、真菜も足早に教室を後にした。


「……んじゃ、今日は真っ直ぐ帰るか」


 正和の後に累も続く。

 二人は特に部活動には所属していないため、学校に残っている理由はなかった。


「……正くん、マツケンくんと花澤さんと、仲良くなりたいの?」


 下駄箱で靴を履き替えていると、唐突に累がそう切り出した。


「え?あぁ、そりゃ、まあ」


 正和が曖昧な肯定の返答をすると、累は少し考え込むように黙り込んだ。


「お前とばっかつるんでると、他の人が遠慮して声かけてこないような気がすんだよな」

「……それって、何か問題?」

「そりゃ問題あるだろ。授業とかで二人一組になれーとか言われたときに、あぶれて先生と組まされたりするし」


 一年三組の男子は二十一人。

 男女別になる体育のグループ分けの際、正和は何度か孤立の憂き目にあっていた。


「お前だって、俺の他に仲いいやついるのか?花澤さんが来て女子の数も奇数になったから、下手するとあぶれちまうぞ」

「女子の方は、全体の人数は影響ないわ」

「え?なんで?」

「体育は、必ず何人かは体調不良で見学の人がいるから」

「……どういうことだ?」


 スニーカーを履き終えた累が、上靴を下駄箱に仕舞いながら意味ありげな視線を投げかける。


「……言わせたいの?」

「え……?あ、あぁ。そういうことか!いや、いい、言わなくて」

「ちなみに、田村さんは昨日の体育、見学だったわ。先週は沢城さん、桑島さん。先々週は田中さん、能登さん、坂本さん……」

「や、やめろやめろ!ってかなんでそんなこと克明に覚えてんだよ!」

「正くんが喜ぶかと思って」

「……お前の中の俺って、どんな趣味してんだよ」


 がっくりと項垂れつつも、もはや認識を改めさせる熱意は沸いてこなかった。

 必死になるほど累のボケは正和の墓穴を深めていく。


「正くん、ごめん。ちょっと忘れ物したから、先に帰っててくれない?」


 校門の手前でやおら足を止め、累は出て来たばかりの校舎を振り返る。


「え?何だよ、お前が忘れ物なんて珍しい」

「私だって、ぽっくりすることくらいあるわ」

「その擬態語、一生に一回しか使えないやつだと思うけど……」

「正くんに返されたゼ○シィ、机に入れっぱなしだったの。もっこり忘れてたわ」

「それはお前には一生使えない擬態語だ!」

「悪いけど、先に帰ってて。また明日!」

「……ったく。何なんだよ」


 一つ悪態をついて、正和は渋々帰路につく。


 思えば、累が隣にいない下校路というのは久しぶりだ。

 市民会館を右手に見ながら、役所通りを進む。

 陽気に誘われて、いつもとは違う道を帰ってみようという気になった。


 通りがかったのは、丘の上の小さな公園。

 小さい頃、よく累を含めたご近所の友達グループで遊んだことを思い出す。

 小学校低学年の頃のことだ。

 遊具の小さな吊橋が怖くて渡れないと泣いていた彼女をからかったり、下から水鉄砲で狙ってみたり。

 子供の時分とは言え、今にして思えば結構酷いことをしたものだ。


 あの頃は、本当にただの泣き虫な普通の女の子だった。

 いつの間にかこの公園よりも友達の家や駅前で遊ぶ機会が増えてきて、それにともなって累と顔を合わせることも少なくなっていった気がする。

 小学校高学年にもなると、異性とあまり仲良くしすぎると冷やかされたり、変な噂を立てられたりするものだから、自然と疎遠になっていったのだろう。

 その現象自体はごくありふれた子供の成長過程でしかなくて、何も特別なことだとは感じていなかった。


 ただ、同じ高校に通うことになった幼馴染がすっかり別人のようになってしまって以来、正和の頭の片隅には微妙な違和感のようなものが引っかかっていた。

 何か、彼女の変貌を引き起こす発端となった出来事があったような……。

 しかも、それに自分が関係していたような……。


「もしかして、俺が子供の頃にやったことの仕返しのつもり……なわけないか」


 公園に人気がないのをいいことに、正和はひとりごちる。


 遊具の種類はここ十年でかなり様変わりした。

 危険な遊びが出来ないような仕組みのものが多くなって、デザインもカラフルでポップなものが増えた気がする。

 遊んでいる子供の数は、正和の少年時代とは比べ物にならないくらい少ない。

 やはりインドアな遊びが主流になってきているのだろうか?


 センチメンタルな気持ちと一緒に、累とここで過ごしていた時間がセピア調で脳裏に蘇る。

 懐かしむほど特別な過去ではないが、そういう時間を共有した人間がいるということは、もしかしたらとても貴重なことかもしれない。


 今度、二人でここに来て思い出話でもしてみようか。

 忘れている何かを思い出すきっかけになるかもしれない。


 家に帰り、家族三人で夕食を済ませて、自室に籠る。

 参考書とノートを広げてみたものの、勉強には身が入らなかった。

 見るともなく付けていたテレビからは、どうでもいいバラエティ番組が垂れ流されている。


 どうも、最近のバラエティ番組というのは好きになれない。

 万人受けするように無難な世界観にまとめてしまうからなのか、クスリと笑うようなシーンはあっても爆笑とまではいかない。

 今も、不細工な芸人にドッキリを仕掛ける企画をやっているが、どうも仕打ちが生ぬるく見えてしまう。

 食べさせられている激辛料理がどのくらい辛いのかなど分かるはずもないし、受けている罰ゲームはどう見ても大して痛そうではない。

 身近にもっとぶっ飛んだネタをぶち込んでくる存在がいるせいで、変な耐性が出来てしまったのだろう。


 遊具も、テレビ番組も同じだ。

 安全と引き換えに、スリルと大胆さが失われてしまっている。これも時代か。


 今頃、累は家族にあの発泡味噌汁を振る舞っているのだろうか。

 ご両親とお姉さんはいったいどんな顔をしているだろう……。

 心の中で微かにその様を見てみたいと思っている自分を自覚して、正和は苦笑した。



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