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「なあアンタ」
「なんですか?」
「うち、歳取ったと思う?」
「なんですか突然」
「うちのこと。昔と比べて歳取ったと思うかって聞いたんや」
「出だしに随分答え辛い事を聞いてくれますねぇ」
「答え辛いってなんやねん。別に普通に、思ったままを言うてくれたらええんよ」
「怒りませんか?」
「怒るかいな」
「本当ですか?」
「ホンマや。しつこいで自分」
「……片方の行き先が崖になっているT字路で、どっちに曲がる?と聞かれている気分です……」
「どういう意味やねん」
「……祖母も死ぬ間際に言っていました」
「は?」
「『怒らないから言ってみろ』と『オーディションに友達が勝手に応募した』は絶対に信じちゃいけないと」
「どんなバーちゃんやねん。なんか他に為になること言い残せへんかったんか。……特に後者はどんな場面で役に立つん?」
「ですがその内の一つが、今役に立とうとしている訳で……」
「あ、でもオーディションの方、嘘じゃない場合もあるで。うちがアイドルとしてデビューしたきっかけ、ホンマに友達が勝手に応募したからやし」
「もしかしてその友達は、あなたの頭の中にしか存在していないのではありませんか?」
「喧嘩売っとんのか。ホンマに実在の友達が応募したんや。なんなら本人に聞いてみぃ。高一の時の同級生で、佐倉っちゅうやつや」
「いくら握らせたんですか?」
「人聞き悪いこと言いないな!金なんか渡してへんわ!」
「だって今サクラって……」
「佐倉!人名!ややこしい名前のそいつも悪いけど!」
「……それにしても世の中、信じちゃいけない言葉とか、意味のない言葉が溢れてますよね」
「……なんか無理やり話題を変えられたような気がするけども……。まぁ確かにあるな」
「アーティストに対する新曲のインタビューで『実はこれ、一発録りなんです』とか」
「あー分かるわ。誰が証明できんねんっちゅう話ですよ」
「『収録重ねたらもっといい出来にもできるんです』っていう予防線がありありと見えますね」
「あとあれな、ヒットした曲の裏話で『五分で書いた曲なんですけどね』」
「それです。ヒット曲が五分で書けるなら、一日でアルバム十枚分くらい作って見せてほしいですね」
「落ち目の元スターに限ってそんなこと抜かしよるよな。五日かかってもええからもう一曲ヒット曲だしてみぃちゅうねん」
「あとは、くじ引き引いた時の、『おめでとうございます!二等、ウォーターサーバーが当たりました!』」
「騙されたらあきませんよ!モノだけもろても使う水の方のお代で本体代、しーっかり回収されてまっせ!」
「当選を騙る押し売りですからね」
「ああいうのってなんでいっつも二等なんやろな……?」
「もう一つ、企業説明会に来た就活生が質問する時の、『一つ聞いていいですか?』という前置きの質問」
「元々説明しに来とんねん。いらんクッション置かんとスッと聞けや。飯屋行って、『ご飯食べていいですか?』って店員に聞くか?」
「企業側に無駄に頷く一手間を与えるだけ悪印象ですね」
「そういう奴に限って聞かれてもおらんのに出身校添えて自己紹介しよるんよなぁ……。サッブいわぁ」
「と、様々挙げて参りましたが」
「が?」
「これらの言葉を聞くと、やり切れない、腹立たしい、虚しい、馬鹿らしいなどと感じますよね」
「せやな。ビミョーな気持ちになるな」
「それが、冒頭の質問に受けた時の私の気持ちです」
「遠回りしたなーーーー。……今までの時間、それ伝えるためだけに使たの?」
「欲しい答えが決まっている質問って、受ける側は大変なストレスですよ。それを是非分かっていただきたくて」
「なんや、そら悪い事したな」
「それにしても、なんで突然歳のことなんて?」
「あ、一応ちゃんと話は聞いてくれはるん?」
「漫才の進行上致し方なく」
「腹立つな。……まぁなぁ、自分ではまだまだ若いしイケるつもりでおるんやけど、アンタの目ぇからみてどうなんかな思て」
「…………」
「……どしたん?お腹痛いんか?」
「……最初の質問の時と同じ質量のストレスがっ!」
「話が進まへん!……もうええわ。分かった。答えられへんってことは、要するにうちは昔より老けたってことやんな」
「……残念ながら……」
「そか……。あぁ、なんやショックやなぁ」
「加齢による変化なんて避けられないですから、受け入れるしかないでしょう」
「分かってるつもりではあるんやけどな……。それにしたって色々問題があるやんか。せや、歳取るとな、自分のこと何て呼んでいいのかわからんのも困ったもんやで」
「というと?」
「お姉さん、っていうのには無理があることは理解してんねん。せやけど、おばさんいうのはまだ抵抗があるっちゅうか……。いつから自分のことを抵抗なくおばさんっていえるようになるんやろ」
「気になるなら、調べてみたらどうですか?」
「調べるって、どうやって?」
「インターネットとかで」
「おお!せやな!ゴーグルセンセに聞いてみよ!」
「……その間違い方が既に年齢を匂わせていますね」
「検索ワード、『おばさん……いつから……と』」
「検索結果、『もしかして:ババア』」
「しばき倒すぞ!」
「……傷つけないようにサジェスト表示で伝えてみたんですが……」
「言い方がド直球やないかい!」
「どう伝えたら角が立たないですかねぇ」
「デリケートな話題なんやから……もっとこう、優しく気づかせてあげて」
「優しくですね。じゃあこうしましょう。SNSって分かりますか?」
「馬鹿にしとんのか。ヘースブックめっちゃ使っとるっちゅうねん」
「……その発音がすでに加齢の気配を感じさせますね」
「もうええって。んで、SNSがどしたの?」
「ほら、記事にいいね!とか、びっくりだね!とかリアクションを付ける機能があるでしょう?」
「あるな。あれいっぱい貰えると何か嬉しいんよね」
「そこに一つ新しいボタンを追加します」
「どんなボタン?」
「『ババアだね!』」
「優しさ何処行った?!」
「アイコンはしわっしわの親指で」
「いらんゆーねん!」
「……他人からの客観的な指摘がもらえるかなと思うんですが……」
「あなたの投稿に◯◯さんが『ババアだね!』しました。なんて通知来たらうち、そん人と縁切るわ」
「でもたまに押したくなるときありませんか」
「『ババアだね』を?」
「独り身の女性が金曜の夜に、『今日は一人焼肉ー!七輪独占ー!こういうことできるのも、大人の余裕だよね!♪』とか」
「あーたまにおるなぁ、そういうどうリアクションしてええのか分からん投稿する人」
「孤独死しろ!」
「どした急に?!」
「……七輪を独占する前にジリ貧の独身であることに気づかないんでしょうかね」
「うん、そんな上手くないよ?」
「これは失礼」
「まぁでもあるな。自分を客観視でけへんようになったらあかん。うちなんか元アイドルやろ?昔キャーキャー言われてチヤホヤされとった記憶が未だに忘れられへんで、ついつい若ぶってまうんよ」
「そうでした。アイドルがありました」
「何よ?」
「アイドルらしく歳を重ねて行きましょう。まずは年齢ごとに向き合わなきゃいけない現実と向き合いましょう」
「ほうほう、どんな風に」
「まず今の貴女。KSP38」
「KSP……って何の略?」
「経産婦」
「事実やけども!」
「十年後、HKI48」
「何やそれ」
「閉経」
「刺さるワードやなぁ……」
「更に十年後、KNK58」
「何か聞くの怖なってきたけど、何?」
「遅めの更年期」
「やっぱ聞かんかったら良かったわ……」
「BBA68を経て」
「もうババアくらいじゃ傷つきもせんわ」
「HMN78」
「どーなんの?」
「干物ですね」
「ですねって……」
「KDS86となり……」
「ちょい刻んだな、それは何?」
「孤独死」
「死んでもーてるやんけ!ってか何で孤独死確定やねん!」
「最後にはMEB88となります」
「最後は何になんの?」
「無縁仏」
「救いがない!」
「二年も気付いてもらえないと、きっと白骨化してますね。HKK88でもいい」
「……アンタうちの旦那やんな?なんでうちは孤独死の末に無縁仏やねん」
「未来のことなんてどうなるか分かりません。歳を取ることを恐れて過ごすなんて、馬鹿らしいじゃありませんか」
「何ちょっといい感じにまとめようとしてんねん……」
「孤独死とか無縁仏は冗談にしても、私は貴女が死ぬ直前に死にたいですね」
「何かそんな歌聞いたことある気がするけど……何でなん?」
「少しでも長く君のそばにいたい。でも、君がいない世界なんて、一秒でも生きていたくない」
「……ちょっとドキッとしてもーた」
「動悸ですか?」
「今すぐに殺したろか?!」
『どーも、ありがとうございましたー!』
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累のスマホ画面から顔を上げて、正和は赤い顔で満足気に頷いた。
「上手くやったみたいだな。お客さん、結構ウケてんじゃん」
「ええ。上出来よ」
正和の自室。
高熱を出した彼は花澤夫妻のネタ披露を見に行くことが出来ず、累に動画を撮って来て貰っていた。
「この後の演奏も、沢山の人が聞いていってくれていたわ。あれだけ馬鹿らしいことを言っていた二人が急にミュージシャンの顔を見せるというのが、良いギャップになったみたいね」
「それは、よかった……」
正和は累にスマホを返すと、力尽きたように掛け布団の上に腕を落とした。
累は正和に布団を掛け直す。
「熱、まだ下がらないのね」
「……土砂降りん中五時間も漫才レッスンしてりゃな。……逆にあのオッサンは何であんなにピンピンしてんだろな」
「夢がある人は強いのよ、きっと」
今回も、結局ほとんど累が描いたシナリオ通りにことが進んだ。
貴之の説得という一番の重責が正和に投げっぱなしだったことは意外だったし、その代償として彼はいま高熱に苦しめられているのだが。
「……花澤さんは、喜んでくれてた?」
「ええ。演奏を沢山の人に聞いてもらえたこともそうだけど、何より両親が楽しそうにしていたのが、嬉しかったみたいね」
「そっか。ま、これで何もかも上手くいくって訳じゃねえだろうけど」
「これからの二人の努力次第ってところね。でもきっと平気よ。プライドもかなぐり捨ててあれだけできるなら、きっと大抵のことは乗り越えていけるわ」
累がそういうと、なんとなく安心できるような気がする。
「……んじゃ、俺もう寝るわ……。試験近いし、さっさと治さねぇと……」
「そうね。ここにスポーツドリンクと、ゼリーと、有害図書を置いておくわね」
「元気ねぇんだから、そういうのやめてくれ……」
「巨乳特集よ」
「……一応置いといて」
累が小さく笑う気配がした。
夕暮れの日差しが差し込むカーテンの隙間を閉じて、累は部屋のドアを開いて廊下に出る。
「お疲れ様、正くん。お休みなさい」
その声が聞こえたか聞こえなかったかのうちに、正和の意識は眠りの中へと落ちていった。