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片倉トーリの日常なる非日常  作者: 十ノ口八幸
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5/51

非日常・夢と思いたい戦争風景

人の命は儚く脆い。

誰の言葉だろうか。

そんな事を考えながら目の前の光景に理解が追い付かないでいた。


数時間前。日課を終わらせて窓から登校風景を眺めていると目の端に何か現実離れした光景が見えた。

それは気のせい程度で片付けていた。

その時は。


時間が経つと目の端から次第に元の風景を侵食していった。

気がついたら目の前の風景と耳に聴こえる声は食い違いがあり一瞬の目眩を境に硬い椅子の感触が消滅。気づくと尻餅を着いて、硬い地面に座っていた。


「この状況は誰の思惑だ。」

眼前に繰り広げられる光景。

銃弾飛び交い、剣戟繰り広げられ、空を見上げれば飛行装置を使わずに飛び交う人影。

放たれた閃光は地上や同じ空を飛び交う別の影に当たると大爆発を起こしていった。

その爆煙から尾を引きながら地上に落ちていく影。

遠い山間から轟音が聴こえてくると目の前僅かな距離で被弾しトーリは爆風の影響により吹き飛ばされ硬い物体に頭を打つけ気絶してしまう。


夢心地であるのに揺さぶられ、目を醒ますと視界には寂れた建物の内部。

光源は手元の乏しい明かりのみ。

二人の男が眼光鋭すぎているが憚らずトーリを見ている。

直ぐに目覚めた事に気づき何かを口から放っているが状況と二人の雰囲気で何となく察した。

この場で一つの疑問が一つ思考を支配する。

耳に聞こえる言葉に対して自分の言葉が通じるのかという。

その疑問は直後に回答を得る。


普通に言葉が通じなかった。


結果。罵られながら殴られ気絶し何処かの牢屋に囚われてしまう。

通常ならばこんな理不尽な状況に憤慨して喚いて暴れて番をしている者に殴られ苦悶の表情をしながら悔し涙を流して世を恨んでいる事だろう。

が、トーリは達観していた。

正確には白けていた。

硬い椅子のように壁から出っ張っている部分に腰を下ろして現状を冷静に自己分析した結果。

「何処かの国か別世界にでも飛ばされたか。」

と、呟いて。目を閉じて意識を手離した。

答えは後者だと理解した。


次に目を覚ますと全身に冷たいものが浴びせられる。

それは何処までも嫌に重く冷たい水だった。

相も変わらず発するものは理解できない。


牢屋から連れ出され入らされた部屋には多数の男が囲むように壁に立ち並んでいた。部屋の奥の方へと座るように指し示されて素直に従うと席に着くなり捲し立てられているのだろうと推測した罵詈雑言だが判らなかった。

困惑するだろう。常人ならば。

だがトーリは捲し立てられている事はなんとなく判っていたがその理由が幾つもありすぎて何を正解とするのかを導き出せないでいた。

それと聞いている内に幾つかの言語が共通して出ていいることに気づいて意味とあの光景を統合し納得した。

相手の罵りか憎悪を含んだ音は耳に届いているのだが思考の阻害には成らず机に押さえつけられて始めて思考を中断させた。

罵詈雑言だろう音の羅列に辟易して痛む頭を無視して頬杖をついて殺意込めた音を浴びせる相手の目を反らさず見て尚も耳に入る音と殴りつけられる全身の痛みは頬杖を解いて机に頭を何度も強打させられる。

何か居た堪れない理由があるのか、更に浴びせる語気に焦りめいた感情が乗っていた事に気付いていても言葉の通じない相手に何を言っても無意味と知っていたので黙っている。

この時点でトーリは相手というかこの世界の言葉を全て耳から入って直後に消した。


気絶していたのだろう時間の感覚が飛んでいる。それか途切れている。

意識を取り戻すと少しだけいた牢屋ではなく、高台に立てられた太い棒に鎖とロープでがんじがらめに縛りつけられていた。

軽く力を込めて深く息を()いて上を見上げると満点の夜に瞬く中に影の集団がいることに気づいて目を凝らしてみると空に浮かんでトーリを見下している人間だった。

向けられた音は相変わらず判らなかった。それでも態度と雰囲気で察して。自分の現状を理解した。

晒されてから何日かして。上空で監視していた人数も数えるしか居なくなり、1日数回の風に晒されながらの尋問に飽いてきた頃に事態は動いたのかもしれない。

尋問の最中(さなか)に爆発が耳に届いたのだから。

上空で監視していた者達も慌てたようにその場から離れていった。


自分の事を放置して遠い各所にて激しい戦闘音が聴こえてきた。

「うーん。何か物足りなさがあるんだけど。お。」

遠方から響いてくる爆発や怒声が衝撃波を伴ってトーリに届くと深く差し込まれていた棒を激しく揺らし、最後に、

「気持ち悪いお゛え゛ええええええええ゛、え゛、え゛」

胃液が口から吐き出される。

何も食べていなかった事が幸いなのかだろうか吐き出した中には固形物がなく代わりに赤い筋のようなものが点在していた。

激しい揺れが地面を伝い、深々と地面に挿していた棒を少しずつ、しかし確実に押し上げていた。

遠方の大きな轟音は一つの光の塊を放ちトーリに向かってきていた。

でも縛られ動くこともできないトーリは何もすることが出来ず、諦めて眠ろうと瞼を閉じた。


轟音は背後から響き、そのまま地面を抉り、着弾の衝撃と爆風でトーリは棒と共に吹き飛ばされてしまう。

縛られ脱出できないので後ろからの爆風により地面には身体の前面に擦り傷や打撲を負ってしまう。

口の中を切ってしまい血の味が充満していく。

倒れた拍子に縛っていた鎖とロープが緩んでいて容易に棒から出ることができた。

顔や腕、足、胸、腹等が破れた服の部分から内出血や切り傷が見えている。

ここで行動は枝分かれする。

一:その場に止まり成り行きを見守る。

二:移動して近くで見物する。

三:移動して身を隠す。

四:どちらかの陣営に行き、借りを作る。

五:目の前の戦争を力業で終わらせる。

六:右往左往して行き当たりばったりで流れに身を任せてみる。

七:何れも選ばずこの世界から抜け出す方法を試す。


ため息を漏らして丘を下りながら頭を掻き、周囲から木霊する全ての音や声を耳にし、歩いて向かう先は。


「な、なんだ貴様は。」と言っているのだろうと思うそんな感じと態度で判った。

驚いた兵士。当然か。が、トーリにはその言葉は意味をなさない。

状況を見て理解はしていても、言葉自体は音としてしか理解できていない。

トーリの今の姿は端から見ても囚人のような様相を呈していたのだろうか。

それをトーリは知らない、故にその次の兵士の行動は必然なのだろう。

捕縛され、簡易な鉄格子を嵌めた檻に収監された。


通りすぎる者達は檻の側を通るたびにトーリを見ると薄ら笑いを浮かべいく。

不思議に考えて檻で大人しくして個人的に数えて10日。実際はもっとかも知れないが。檻から出るような事を言われた気がして出ると、手枷を嵌められて連行された。

連れていかれた建物は、蔦に覆われ周囲を木々に囲まれていて所々顔を覗かせるひび割れや欠けた壁。窓にはどれも灯りが灯っていない。

内部から人の気配が感じられない。

背を押され突きつけられながら入ると、外観通りに内部は朽ちた机や地面に散らばる黄ばんだ紙。

それらを気にすることなく奥へと連れていかれるともう一つの狭い部屋。違う。とトーリは直ぐに気づいた。小さく頭を動かして後ろを見るとボロボロで気付きにくいが隔てる出入り口の縁は何かが付いていた跡が二つの穴で理解できた。

元々何かを仕舞っておく部屋を潰してこの状態にしたのだろうと軽く推測してみる。

といってこれが何かの役に立つのかは判らないが。

さて、その造られたボロボロな狭い空間にトーリ含めて9人が入ると動ける隙間が無く、息苦しい。

トーリ以外は別段気にせず慣れた手付きで壁の一部を軽く押すと動いて唯一の出入り口が鉄格子に塞がれ軽い振動と共に床が沈んでいく。


沈んだ床と一緒に振動を感じて感覚的には数分。到着したその場は上と違い中近代的な作りに成っていた。

数人が出るとトーリも押し出されるように出され周りを囲われながら移動する。

そこは何かの施設のようで壁には幾つもの扉が取り付けられ、そのどれもが扉の中央とすぐ上に模様が描かれた板が貼り付けられていた。

不思議に思いながら、しかし口に出さずに素直に連れていかれる。

観音扉を開くとそこそこ広い部屋に入った。

今さら気づいた。始めに出会った者達と着ている服が違うことに。

だからと何かが変わる事はなく、連れてきた兵士は入るなり敬礼のような仕草をして出ていった。

口に加えた多角形の珠は淡く光り、白い靄が立ち上り天井に当たると何も無いかのように天井に消えていった。

口から珠を取り、胸のポケットに仕舞うと咳払いをして、トーリに向かって何かを話していた。

耳に聞こえる言葉らしき音は理解できるはずもなく、思考は別の事に集中していた。

強い衝撃を胸に感じて背を壁に強く打ち付けるまで気づいていなかった。

床に倒れて痛む胸を押さえながら起き上がると怒っている相手が捲し立てるように何かを言っている。

深く呆れた息を吐き捨て、予備動作を無しに相手を一撃の下に沈めて、生きていることを確認してから部屋中を捜し回る。


集めた紙の束を机に広げて内容を読もうとしても模様が紙面を踊っているだけで文字が見当たらない。

ふと、ポケットに手を収め軽く握ると、何もない手の中で徐々に膨らみ、出すと小さな硝子レンズが握られている。

「ふうん。そか」

と、それだけ呟くと踊る模様にレンズを当て、全てを(なぞ)っていく。

終えると倒した者を見て天井や壁の一画をみてから部屋を出ていく。扉は静かに閉めて。


出ると両脇に待機していた兵士が当然のように出てきたトーリに驚いて身構えるが、二人を一撃で沈めてその場を後にする。



歩いていて、適当な扉の取っ手を掴んで開けると中は木箱で天井まで埋め尽くされていた。

適当な物を探してあと一つ、足りない物を探すために廊下を歩いていると面白い場所に出た。

そこは場にそぐわない雰囲気を醸し出している部屋、もしくは空間。

その箇所だけ妙に色彩が豊かすぎたのだ。

簡単に言ってしまえば幾つものテントが並んでいたのだ。

異様な空気が漂うが何を思ったのか、トーリは迷うことなく入り、考えなしに足を動かしている。

まるで何かに導かれているように進んでいるが、その表情に焦りや怒り、悲しみはない。無表情だった。

抵抗せず勝手に動いてはいないがこの時考えていたのは、

『楽だなあ』

と、いった事で深く考えていない。


自我とは考えず、着いたテントはまたこの場、むしろこの世界にそぐわない存在感を放っていた。

「『哀れな天使の違う道。』の主人公、だったか。」

そう、現実世界であるトーリの世界ではマイナーであるが、そこそこ人気があるアニメのキャラ絵が色んな格好や表情をして全周に描かれていた。

「なんで、とか言って答えが出るとか考えても意味ないしなあ。と誰か来た。」

急ぐでもなく目の前の不可解なテントに入った。


出来るだけ奥に身を隠すため進むと近づいてくる足音がテントの前で止まった。

発する音は判らないが雰囲気と言動で巡回中の兵士らしい。出入り口の垂れ幕を捲って近くを簡単に調べると何事も無かったかのように閉めて何処かへと離れていった。

それが何人か通るたびに同じようにしていると別の声が怒鳴るように聴こえてきた。

捲っていた手を退けて怒鳴った相手と、何事かを話すと鈍く乾いた音を響かせて一人分の足音が急ぐように離れていく。

深いため息の後で垂れ幕を開け、残った一人が入ってくる。

外套を纏い、杖を突きながら近くに積まれていた箱を軽く叩きながら進む。

二度目のため息を吐くと、

「もういいよ。たく、何でこんな面倒事に巻き込まれてるのかな君は。」

その言葉にトーリもまたため息を吐く。

「聞いても」

「どうぞご自由に」

「ならさあ、この状況から脱出する方法を教えてほしいかなあ」

「あのねえそんなの何時ものように自分の力で解決しなさい。此方は看過しませんし干渉もしません。誰に指図されてもその方に対しては絶っっっっっっっっ対に。手伝いません」

「はあ。これも何時もの事か、なあ、ついでにさあ、探し物の在処くらいは教えてくんね」

「言ったでしょ、手伝いませんよ」

「いや教えてくれるだけでいいからさ。手伝わなくても良いから」

「それは結局、言葉を使って手伝ったことになりますから拒否します」

髪をクシャクシャにして天井を見上げる。

「あ、有った」

相手は突然ののトーリの言葉に、何を言っているんだこいつはという表情をするが構わず適当な箱と長い棒を使って天井に挟まっていた目的の物を回収した。

「なんで、とか言っても貴方は教えてはくれないでしょうね」

「ん、そうだなあ。取り敢えずこの現状全てから脱出するための布石とあと、何か。かな」

「最後は曖昧なのね」

「全部教える義理も理由も無いだろ。」

納得したのか黙り、トーリを計るような視線を向けるとテントから出ていった。

残されたトーリは暫く身を潜め、問題が無いことを再認識してから行動に移っていった。


現在身を隠す場所は眺めの一番良い塔に、壁を背にして一息吐いていた。

尻の下に敷いている緩衝材で床の直接的な硬さと冷たさから逃れている。

足元に置いている紙の束を一枚拾い上げ硝子レンズを翳して内容を読みこむ。

速読して紙の束の内容を読んだ先から処分していく。

壁の向こう側から賑やかな声が聞こえる。

そうか、そんなこんな世界に巻き込まれ、もとい飛ばされたのはこれを。と自己納得して束を消費していく。


これといって得るのもは無かったがこの世界のことは大まかに把握できた。

極端に云えることは、この世界の何処かで必ず戦が起こっているということ。

今いる戦場は、多数あるありふれたこの世界の日常の風景。

この戦場はどちらに、この場合どちらの勢力に転んだら戦況が一変させるそんな位置に束と一緒に盗んできた地図を見ながら考える。

印が付けられている箇所がいくつか書かれているが、周辺は山に囲まれているらしい。本当に重要な場所なのだろうかと思ってみても意味はなさないと理解しているので深く考えず次の行動に移る。


疲れも取れて処分するものも終えて、後はこの場からの脱出するための装備を着ていく。勿論、この軍の制服をだが。

「さてと、」

緩衝材兼断熱材から腰を下ろして立ち上がり、足で半回転させてから手を掛ける。

制服を脱がして着ていた服を処分して着替える。

「兜を貰うよ。まあ、返品はできないだろうから紛失したと、あ、言葉は通じないのか」

呻き声を上げる兵士に追い討ちを与えて完全に黙らせると塔を後にした。


思ったより重い装備に辟易しながら駐屯地から離れて小高い丘。即ち、あの張り付けにされていた丘に戻ってきた。

「ういぃ。疲れた。てもまだまだここじゃ危ないし、それに。」

上空にはこの制服と同じ服を着た人影が空を飛んでいる。

哨戒中だと判っている。

空の人影に敬礼をして丘の反対側に降りていく。

警戒はしていない。

これは鎧に附いていた校章による。

尋問や拷問を受けている間も牢屋に入っているときも兵士其々の立ち位置や階級を決めている印を見ていた。その関係からトーリは鎧を着た兵士の中で最も上と思う者を襲い、あの塔まで運んで動けなくしてから休憩していた。

そうしてこのように楽に丘を通りすぎることができた。

附いていた校章には三首の蛇が炎を背に刻まれている。

この効力は絶対らしい。

が、それで安心するのは愚の骨頂。警戒はしておいて損はない。


丘の反対側は小さな森がありその向こう側が敵陣らしく、この場合は今までいた部隊から見てだが。森の中には最初に見た軍服を着た者達が巡回していた。

「戦争相手か。」

一人を誘き寄せ、茂みに引き込んで気絶させて近くの木の側の影に頭を出して埋めた。

再び着替えて巡回の中に紛れる。

言葉は理解できていないが、流れで集合の合図と思い、集まる。そのまま一番後ろに並んで着いていった。

不思議なのが、どうしてか怪しさ全開であるにも関わらず誰も何も指摘して来ないことだった。

もしかして、この制服の持ち主は嫌われているのか。とか考えているが、それは関係なく、只そんな時間が無かっただけである。

数日前のあの爆発で長く陣営から離れることは禁止にされている。点呼を取るのも憚れていた。


到着した駐屯地は所々崩れていたりで慌ただしいことこの上ない。

駐屯地の内部に入ると頑丈そうな傷一つない建物に入り、列から離れて目についた扉を開け滑り込ませて中へと入り、奥に進んでから息を潜める。

扉の向こう側から喚くような怒号のような音が耳に届く。

この数日。尋問や拷問を受けていて休まる時間もなく。これ幸いにと休むために箱に細工を施し壁にして身を隠し、眠りに就いた。


目を開けると暗い。

耳に届く喧騒は変わらない。

軽い伸びをして、首を回して肩を解して、深呼吸。

再度伸びをすると箱に腕が当たってしまい音を出してしまう。

扉を開ける音と音がすると、少しの静寂の後、静かに扉が閉まる音がした。。

唾を飲み込むのも忘れるくらいに緊張していたらしく、背や額から多量の汗が流れていた。


「さて、行動に移るとしますかね」

そんな事を口にしながら箱を静かに退かす。

箱を片付けて部屋を出てみると騒がしさが増している。トーリに気づく者もいない。

目的の物を手に入れるために有りそうな場所を探していく。

堂々としているからか、誰も咎めない。

やはりそれ処ではないのだろうな。と考え、それらしい部屋の前に到着した。


予想通りその部屋は棚に収められた資料室。

胸ポケットに手を当てると、ポケットが少し膨らみ中に指を入れて取り出したのはあの硝子レンズ。

手近に収まっていた紙の束を取りだしてレンズを翳すと、内容を読んでいく。

だが、目的の資料ではないため別の資料を探していく。

それを気がつくと体感で数時間はしていただろうか。

当たり一面、足の踏み場もないほど紙で床が埋め尽くされていた。

「まあ、こんな場所に機密を保管しているとは思って無かったけど。さて、どうするかな」

次の行動を思案していると、外の騒がしさが止んでいる事に今さら気が付いて、扉を開けると視界を覆い尽くす淡い色が右から左へと移動している。

「なんだ、これ」

当然のように疑問の言葉が口から出る。

その言葉に反応してか淡い色が止まり巻き戻しをしているみたいに左から右へと流れていく。

その瞬間トーリの全身から汗が滝のように流れて、震えが止まらなくなる。

その動作は一瞬。

意識とは別方向の力が働いたのか、扉を閉め、開けられないように空になった棚を移動させ棚も動かないように厳重に固定して奥に息を殺し、気配を偽り、身を潜める。


段々と近づいてくる気配がある。

それでも偽り続けている。

折れて砕けそうになる精神(こころ)を保ちながらやり過ごそうとしている。

無駄に終われば良かった。


それを考えた自分を殴り潰したいと心底想う。

現在トーリは駐屯地からかなり離れた場所をひたすら走っている。

誰が好き好んでこんな疲れる事をするのか。そんなものランナーか余程の物好きでない限りはしないだろう。

そうしないと危ないからそうしているに過ぎず、止まっては後ろに跳んだり、両腕を平行に広げて立ち止まったり、かと思えば走りながら何もない草地を殴ったりと忙しなくしているトーリ。

他人が見れば変人の奇行、と思われるだろう。

実際は。

トーリの瞳には確りと見えていた。

全長をキロ単位で表した方が分かりやすいと思うように長く太い巨大な蛇。その後ろには煙を上げ尚も燃え盛る無人の駐屯地。

あの場に居た者達は全てあの腹に収まったのだろうと簡単に推測できる。

それが取りこぼしと思われたのか執拗に迫ってくる。

「あれに、恨まれる、事は、あるが、今さらだろ、うが」

少し前の出来事を脳裏に思い浮かべながら跳んだり避けたり殴ったり。

そんな行動をしながら意思と関係なくある光景が思考を埋め尽くす。


捕まり牙から並々ならない毒が瞬時に全身を駆け巡り、神経を麻痺させ、思考が朧気になり、筋肉が弛緩し溶け爛れ、目に見える大口を開ける蛇の口。そこから先は一切の闇。


トーリは笑う。現実を忘れるために。世界の理不尽を呪うために。自身のこれまでの人生を走馬灯で見る。

そして、トーリは力なく立ち止まり、向き直るとあの大きな口を開け鋭く禍々しいことこの上ないと心底思う。牙。

蛇は力の限り獲物に、誉れ尊び誇りにしている最強の武器を突き立てるため開いた口を全力で閉じた。

口内には暖かな獲物から発する熱ともがき苦しむ声が牙を伝い全身に愉悦と恍惚を与え少しずつ確実に時間をかけて、最後まで獲物を蹂躙する。

それを最後には飲み込み消化する。

それが蛇の描いた未来像。それは何時もの行動。下賎な世界の汚物で自分の腹を満たすための餌にすぎないそんな存在をまた今日も腹を膨らませるために喰らう。


「ホンットに鬱陶しいな」

その言葉を聞くと体が浮遊感を得て、蛇の視界には補食した筈の獲物が憤怒の表情を浮かべて腕を前に突きだしていた。

その後、全身に響く小さな振動を知り、遠ざかる獲物を見ながら理解した。

だか、一つ解せない。

獲物であるあれがなぜ自分の口内におらず、あのような場所にいて高貴なる自分を殴る事ができたのか。

確かに補食した。そう感じていた。

が、実際はこのように吹き飛ばされた肉体が地面に横たわっている。

何故だ。

そんな事を考える蛇を他所にトーリは近づいていく。

それを見て蛇は笑う(蛇に笑うという表情が出来るのかは疑問だが)と全身に指令を出して獲物を捕獲する為末端の尾を背後に忍び寄らせる。

「ああ。打撃は効かないのか。そか」

トーリは何かを納得して蛇の淡い色の体を撫でる。

それは考えてした行動では無かったが、その行為が蛇の思考をある一つの感情に塗りつぶす。

蛇にしてみれば始めての感情。この世界に生まれて今まで味わったこともないそれを理解できなかった。

いや、理解したくなかった。

その感情を振り払うため相手の背後に忍ばせていた尾を獲物の中心目掛けて突き刺そうとする。

これであれは何かの間違いだと納得できる。

それは後に蛮行だと知る。

普通なら関知しても簡単には捉えられる速度ではない。

「んだよ。鬱陶しいな、さっきから。」

尾を避けるでもなく受け流すでもなくその、蛇から見れば細い腕で自分の自慢の尾を鷲掴まれ尾を引きちぎられた。

「なんだあ。案外脆いな。ああ。打撃は強いけどこういう事には対処できないのか。なあそうなんだろ。」

トーリは質問する。

相手は蛇にも関わらずだ。

蛇は長い時間を生きてきた。

この世界にあの下等なる下賎な者共が闊歩する遥かな昔から。

蛇はこの世界に無くてはならない存在だとある時に自分で決めつけ、それを当たり前のように実行してきた。

だから今回も世界が自分を生かすため多量の餌を用意したものと勝手に解釈した。

だから蹂躙し喰らった。

明日もまた獲物を探しているだろうと想像しながら喰らった。それで終わりだった。

後は寝床に戻り眠るだけ。

それだけだった。

そのはずだった。

続くはずだった。

だから、だから。これは間違いだと全身を震わせ、長い体を跳躍させトーリに飛びかかる。

喰らうことは止め全身を使って元獲物を地面の染みに変えてしまおうと襲いかかる。

「そか、そうか。あれで逃げるなら良かったんだがな。まあ、どの道、逃がす気はないけど」

トーリは構え、腕を引き、

「まあ、今回はこんなもんかな」

掌を蛇の落下と同時に放つ。


蛇は自分を呪った。それだけにあらず全てを呪った。世界を。時間を。事象を。目に、全身に、全てに対して呪った。

呪詛の念を世界に撒き散らし、壊れてしまえと嘲笑うように消えかけた命を燃料に燃やし尽くす。

最後は笑って呪って満足して死ねる。

それだけで十分だった。

なのに。


目の前の元獲物はそれを許さなかった。

懇願の意味を込めて自慢の牙を自ら折り差し出す。

だが、それは無意味と悟った。


トーリは蛇の落下と同時に突きだしていた少し力を付与させた掌を宛がうと、一気に全身に行き渡るように放った。

衝撃波を。

物理的な打撃は無理でも物質的な衝撃波ならとか考えて試したら本当に当たっていて安心した。

それにしても問答無用だったなこいつ。

と、思い近づくと吹き飛ばした蛇は事の、自分の状況を見て理解していない様子で混乱しているようだった。

それはトーリを見て完全に理解して、全身を更に大きく震わせると口を大きく開けて長く太い牙を叩き折った。

「驚いたな。あれを喰らってまだ普通に動けるのか。」

差し出された牙を無視して再び体を触る。

蛇から自身の感情を表す声が出る。


蛇は自分の選択を呪った。

相手を見誤る愚かな行為をではなく。

そもそもこれまで生きてきてこの蛇を追い詰めた生物は居なかった。だから見誤るも何もなく、経験してこなかっただけだ。

では、何の選択か。

それは始めて感じた感情に素直に従わなかったことに対する自分に対してだ。

あの時生まれて始めて感じたそれは思考を鈍らせ、肉体を凍りつかせ地面に縫い付けられたように動けなくなった。

そんなものは、今さら、そう今さら思い出していた。

今まで補食してきた獲物たちがまさにそれだったではないか。何故、忘れていたのか。どうしてそれを思考の隅だけでも留まらせておかなかったのか。悔やんでも悔やみきれる物ではなかった。

だから呪った自分自身をだ。


あの瞬間浮かんだ感情は《恐怖》。


相手に対して抱く最も単純な感情の一つ。

その恐怖を始めて感じた蛇は逃げようと思考を巡らせる。がそれより早くトーリは容赦ない言葉を浴びせる。

「なあ、俺はお前に一回だけ逃げる選択を与えた。気づいているか。」

その言葉は届いていない。

「お前が俺に対して行った事は、まあ、予想外だが仕方ないと思って諦めたよ。」

届いていない。

「でもな、その後は駄目だよな。一応はさ、干渉を避けておこうと思ってたわけよ。わかる」

届いていない。

「俺はな荒事は嫌いなの。平穏無事に送りたいのよ人生を」

届いていない。

「だからな、出来るだけそういったことは避けてきた。まあ、避けられないなら対処するが」

届いていない。

「殴り飛ばした時に生きていてそのまま逃げていれば追う気もなかった。」

届いていない。

「で、選択は俺を襲った。その瞬間、排除確定だ。」

届いてない。

「だから諦めろ」

届かせない。

「おい。聞いているか。」

届かせはしない。

「なんだよ。」

届かせは、しない。


蛇の結論は動かずジットしていることだった。

いわば死んだふりだ。

正確には仮死状態にして最低限の活動のみを維持して肉体の殆どを停止させた。

瞳孔は開き体温も下がり、動くのは思考と鼓動のみ。

これは最後の手段。恥じるべき行為だと蛇は考えているが、形振り構っていられない。

鼻先に付いていた熱関知器官で視覚は閉じても元獲物が遠ざかることは見えている。

心の中で嬉々としていた。

遠ざかる元獲物の足は軽く。此方を忘れたように遠退く。

安堵はしない。その姿が完全に消えるまで動かず見ている。


トーリは普通に歩いている。目的は蛇から離れること。

出来るだけ、そう出来るだけ。


元獲物の姿が小さく、遠くにある。もう大丈夫だろう。

蛇は体の機能を戻すため止めていた思考と心臓。熱関知器官以外を再開させる。尚も遠退く元獲物を見ながらこれを教訓に感情というものを学習しようと固く誓う。

生まれた感情が再び全身を蝕む。

どうしてと思う。


「まあ、こんな所かな」

距離にして数キロは離れているだろうか。蛇から。

が、小さいがあの長大で巨大な蛇は辛うじて視認できる。

「ふむ。そろそろ。行くか」

軽く体を解し、軽く跳躍する。

「ふう、さて、処理に行きますか」

言い終わるや否やトーリの姿はその場から消え失せ、数キロ離れた距離から重いものが何かに当たる音と悲鳴のような鳴き声を最後に。数分の後更に大きな音が地面を伝い、静寂の中で風と燃え盛る駐屯地だけが残っていた。


それは感知さえする間もない出来事、気がつくと全身の皮膚は剥がれ血飛沫を撒き散らしながら空と大地が幾度も反転し最後には全身をこれまで味わったことのない激痛が走り同時に硬いものに全身を叩きつけられていた。

意識が無くなる寸前、回復した視界に入る元獲物は涼しげでやりきった表情をしていた。


「いってえ。もっと空けとけば良かったか。」

トーリはその場で座ると空に向かって深い息を吐く。

青々として所々雲が漂う空を眺めて終わったことを確認しながら頭を掻き、

「しんど。」

とだけ言ってから目を閉じる。


多分数分だけ寝ていたのだろう。目を開けて上体を起こすと処理した蛇が回復していた。

外観だけは。

あの淡い色を纏っていた。

「あ、俺が寝てる間に逃げれば良かったのに。もう攻撃しないぞ多分。」

蛇はトーリを囲むようにその体を巻いていた。

「なんだ。何か用があるなら聞く気はないぞ面倒だからな」

大きな頭をトーリに向けて二股の舌をチロチロと出してはトーリの足元に頭を置く。

「それは服従のつもりか」

答えるように舌をチロチロと出す。

「あのなあ。」

嫌な汗が流れている。

「俺の何に、てあれか。」

素直に納得する。

この蛇をズタボロにしたのはトーリ自身であり、自分に対しての変容は分かる、分かるが少し極端すぎると思う。

「まあ、深く考えても始まんねえし。しゃあない」

蛇の頭に手を置いて、

「お前をどうする気はない。名を付けて束縛することもない。俺は事が終われば居なくなるからな。それまではお前を使ってやるよ」

ポンポンと軽く頭を叩くと山向こうの空が雲ってきていた。

トーリの瞳には最後の仕事をこなす玄人たる決意が込もっていた。


山の山頂。そこにトーリは立って下界を見ていた。

山頂を中心に幾つもの戦場が展開されていて、その全てに等しく戦況を制御している存在がいた。

あの後、崩壊した駐屯地に戻り残った資料を探しているとその中に目的の物があった。

これで目的を果たせる。

「うあ。と、蛇。確かに肉体の操作は頼んだけどな。それは極端にも程があるだろう」

視線の先には小石に鎮座する小さすぎる玩具のような見た目古ぼけたロープにしか見えない生物、蛇がいる。

あの長大で巨大な体からこの大きさに瞬間でなり、懐に入れても違和感なくなっている。

「よしゃ、始めるか。」

足元に置いていた道具の山から一つを取りだし頭から纏う。

その次に加工して適当に輝く石を付けた鉄の棒を取ると力を付与させる。

「足が寂しいな。どうしようかね」

蛇がこれ幸いと尻尾を振り、舌を楽しげに出す。

「どうした」

一声鳴くとトーリの腰に巻き付き、足が変化して人の足から淡い色を纏う風に靡く民族衣装が出来ていた。

「これは又、便利な。これで格好はつけられるか」

屈んで最後に道具を取る。

『さて本格的に終わらせようか』

風に靡く外套ははためく。

手に携えた見た目豪華な杖は嵌め込んだ石が光を反射する。


トーリはあの時に決めていた。

眼下に広がる全ての戦場を永久に終らせる。

この先二度と起こせないように徹底的に壊す。

『なあ、頼んだ仕事はしてくれたか蛇』

頷くみたいに巻き付いた蛇が小さく腰で揺れる。

『ならこれはその結果か。止まらないなら力ずくで、か』

視線を落として直下を垂直の崖下に見るとこの世界の動物が唸っていた。

『まだ戦場の近くにこれだけいるのか。』

崖向こうへ一歩を踏み込み、落下する。崖には突きだしていた鋭い部分がある、そこに足先が着くと破壊音と強風が一体に吹き荒れる。

間近にいた動物は当然巻き込まれ悲鳴を上げながら塵々に飛んでいく。

それを気にせず空を突き走る。

『最初は近くの戦場からだ』


その日と時間を境に、その世界と地域の戦場は数日で確実に数を減らしていった。


それから更に2日後、トーリの姿は瓦礫の山を幾つも築いた中の一つに佇んでいた。

トーリのいる山の頂から見える数えられない山の頂の幾つかには身構える人影が存在していた。

『ほう、僅かな時間で此だけを集結させるとは、余程我が邪魔に見えるようだな』

何かを喋っている。気にはしない。

『これが最後の言葉だ。この地より、戦の種を全て抜き取る。反論は認めぬ』

喚いている。

聞く耳は元から無い。

『此の場に居るものはそれだけで我に対する最後の解答と受け取らせてもらう』

一人が嘲笑うように吠える。

これが相手の手なのだろう。

だから背後からの殺意を敢えて受けてあげた。

その一撃は外套を貫いて肉体を貫通させ、心臓を潰していた。

『ふむ。もう少し趣向を凝らすつもりだったが、気が変わった。赦せよ愚か者共よ』

衝撃で項垂れ外套に隠れた頭部を上げるとこの世界の全てが戦慄し恐怖した仮面が覗いていた。

其を目に入れたと同時に、山の頂にいた全ての存在が血の柱を造り雨を降らせために瞬殺された。

それは背後にいた存在も同様だった。

『ああ。これで終わりかね。そうだ。最後にこれで、本当の終わりにするか』

杖を掲げ、

『我は呪う。我は恨む。この世をこの時をもって我は完遂させる。』

それを最後に飾りに過ぎない輝く石から鈍く光を放ち空を穿つと、地面や山に流れた血が全て地面に吸い込まれた。

『これにて完了となる』

笑いをあげながら道具を残して肉体が世界から消滅した。

そして残った道具も役目を終えたと自ら悟ったかのように燃え砕け何も残すことは無かった。



「うあ。なんだ。嫌に長い夢だな。今は」

体を捻りある筈の時計を取ろうとすると手に柔らかく温かい感触が。

その次に生暖かく湿った感触が手を舐め回す。

眠い眼を開けてその存在を視界に確認した。

「ウソン。夢じゃないのかよ」

小さくロープのような蛇が尾を激しく振り、舌を楽しげに出していた。

驚きと絶叫が部屋から近所中に響き渡る。

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