レベル00の存在
ある山の中腹から少し上のなだらかな斜面に造られた小屋に一人の翁。
それは一見して普通の何処にでもいる老人。
だが遠目に見た時である。もし近くで見たならその衣服に隠された生々しくそれまでの人生が平坦な物で無かったと思わせる数々の傷痕。
杖代わりに使用している鳩尾程まである鉄塊。
年を取ってから日課となっている山歩きに生を出す。
何時もの様に何時もの如く頂上へ辿り着き自身で造った椅子に腰を下ろし、持ってきた冷たくのど越し爽やかな一杯の茶を木筒から器に移して一気に飲み干す。
それから数時間はその場で何も考えずに過ごし、腹が鳴れば下山して昼食を取る。
後は自由気ままに周囲を散歩する。それを毎日のように繰り返している。
中には翁の正体を知って弟子入りしようとする志願者も現れるが、全てを叩き附せ諦めさせていた。
その日も、そんな日常から始まるものと思っていた。
山への頂上へ向かっていたが、ふと日課の道筋から外れてみようと考え至り長年行くにも憚っていた道なき未知へと進んでいく。
獣も虫も存在しない。正確には出来ない穢れた土地に何時もなら向かないのだが今日この日は不思議と恐怖心はなかった。
いや在るには在った。が、不思議と好奇心が沸き上がり足が向いてしまった。
普段と異なる道なき道を歩いていくと、急に視界が開けた。
穢れた土地なら不浄に満たされ、木々は枯渇し大地は死に絶え、息ある者は触れることと同時に死を携えた存在に招かれる。
だが奇妙なことに正常に清浄な空気がたゆたい、不可解な誰かが手入れしたように綺麗な祠が鎮座していた。
その側に。
手に握った一本の縄。
剥がそうとしても取れず、諦め一回は気味の悪さに放置したのだが、その帰りに寄ると無傷で空を見上げて頬に涙の後があり視線だけを移動させ合うと小さく笑ったように見えた。なし崩し的に家へと連れ帰ることにした。
それから二人との生活が続いていく。
翁はこの子の名をなんと呼ぼうか悩んだが、天恵かふとした名が、脳裏に浮かんだのだ。
「お前は今日からイロット・ヴァーニカだ。」
と子は、気に入ったのか小さく笑ったように見えた。
この日この時より身元不明詳細不明なこの子はイロット・ヴァーニカとなった。
数年後。翁は困り果てていた。
術や技を覚えさそうとしても全く身に付かず。経験を積めば天恵を持って習得するのかとも考え森林での訓練を科したのだが一向に変化なく。
次第に自身の不安を募らせていった。
それだけではない。
此方の言ってる言葉が届いてないのか理解できないのか。幾ら説明しても破顔するだけで意思の疎通ができないのだ。様々な方法を試しても改善の兆しすら見えなかった。
だが、一度覚えた事はこなしていくのである意味では心配ないのだが。この先を考えると不安である。
そこで知り合いに数十年ぶりの連絡を取ることにした。
相手は心底驚いたのか蒸せたり泣いたりしていた。
なんとか宥めて話を進め約束を取り付ける。
身振り手振りで説得して二日後。町の公園で待ち合わせたものと合いある店へと向かう。
その間に二人の後ろを着いていくその表情は町の者達にとっては恐怖でしかなく、散り散りに遠巻きに見ていた。
ある店といっても町に併設されている市役所のようなもので、その一室を借りての依頼をしてもらおうと借りたのだが。
不明な言葉を言いながら暴れる暴れる。
どうにか宥め椅子に座らせると手をかざして言葉を唱える。
驚きと再度の唱え。
後に数回同様の行為をしてから翁に説明すると狼狽える翁。
宥めるように諭し、落ち着かせると二人はその子を見ることしかできない歯痒さを押し留めこの先のこの子の運命を悲観するしかなかった。
「この子のレベルはこの年頃であるなら通常は3あるか2。で何度測定して鑑定しても0。それも00(ダブルゼロ)。それから導きだされる答えは。世界全てに見放された忌み子。この先に待つ物は過酷などという甘い言葉では到底云い表せられない運命だろう。それは詰まる所。この世界にとっての悪意をむける事が当前の存在である失敗の証明。」
何かを暗示する。という世界でなく。翁は困り果てた。
この子をどうするのかを。
手放すか。
育てるか。
翁の選択は。
決まった。




