非日常・断絶空間
騒々しさの中心に到着すると頭上を何かが飛んでいった。
「あぁ。誰か。この場合は者達が一線を超えたのかね。まあ発動前に領域を展開したのは多分良かった。で貴殿方はどうして傍観してるんですか。」
進んでいる方向には見知った人達。
何もせずに現状を観ているだけで動こうとしていない。
「もう一度質問して、良いですか。」
「どうぞ。」
「どうして収拾に動かないのか。それと原因は何なのか。」
もう一度と言いながら別の質問とは。
「さ、さあ。としか。気がついたらこの状況に。」
「ふうん。へぇえ。ほほうっ。そですか。」
「なに。」
「そうなら。ば。ですね。で、何処にいますか。」
「はあぁ。ん。」
顎で示したのは。
「はあぁ。騒動の中心。ですか。くくっ。」
「なに。」
「いやね。休みないなぁ、と思って。虚しいだけですね。では迎えに行きますか。続けていたら空間が壊れますから早いとこ対処しないと。」
持っていた数多の荷物を押し付け、気を抜くように肩を鳴らしながら足取り軽く向かっていく。
と。振り返りと同時に何かを投げ寄越した。
「持っていてください。ええ。持つだけで結構。中を見ても良いですが保証しませんよ。」
前を向いて遠ざかる。
騒動の中心と考えられる場所は体育館の裏。裏であっても広く車などが余裕で停められるスペースがあった。
だが現在は殺人現場と言われても間違いない凄惨な場面。
地面に拡がる血の溜まり。
酷く鼻に媚りつく異臭。
吐き気をもようするものだが慣れてしまったので近づいていく。
察知したのか視線を向け威嚇してくる。
「はっすまんがね。最初の警告だ。解くか離れるか選んでもらえるかな。」
なおも威嚇を崩さず見えない視線にて殺意を隠さず、揺らめくように周囲が陽炎のように霞んで見える。嫌な音を響かせる。
「ふむむ。じゃあ次は、あの娘を何処に隠した。話すなら危害を加えず見逃してあげようかね。」
歯軋りが響くが尚も突き刺す視線。
「なんだ。答えないか。そか。次で最後。どういう方法で入ってあの娘を搬出した。もし話すならまあ、原型を留める程度に加減してやるよ。さて答は。」
拒絶するかの行動を取り向かってくる。
「そうか。なら、面白くない。かはっ。」
背後からの衝撃と腹を突き抜ける凶器。流れ出る血。
足元が覚束ない。
汗が流れる。嫌な汗が。
フラフラと前後に足を踏みつける。
「がかかかかっ。してやったり。」
方位は掴みきれないが。隠れる気は更々無いだろうことは明白で警告の意味もあるのだろう。殺意は向けられている。
「はあ。抑えろよ。な。」
「ぐべ、ぺ。な」
振り抜いた手は半実体を掴んでいた。
「言わなくていい。普通に感知できてたから。さて、何に属して何から何までを理解していたのかね。たくよう。面倒な仕事を増やしてくれたよなあぁ。どうしてくれるよ。《アガヴァウア》」
その眼力に意竦められ噴出した意識は萎んでいく。
「どうして知ってるかて感じだな。知ってるも何もあの娘に関連して胸糞な事変だったかね。まああの時に潰した組織資料に載ってたよなたしか、写真も添付されていたしな。記憶してるよ。なあ屑鉄の霞柱の生き残りである。闇波のキセル。今は《アガヴァウア》に身を寄せてるだっか。虚しいな。命を拾ってこの生存方法しか模索しないとは。」
「き、貴様が。あの時」
「おう。全ての組織の頭とかのどうしてか止めの役目をな。」
「き」
「あ、そんな虚しさ滲み出る反応はいらない。取り敢えず。」
ニコリと笑い。容赦なく引き寄せて殴り飛ばす。
飛ばすといっても一部を掴んでいるので伸びきれば戻ってくる。そうして数回繰り返すと闇波のキセルは散り散りな状態でもなんとか原型を維持して土下座の格好を滑稽に晒していた。
「で、未だに未練がましくアレを取り込もうとしたのか。もう関連した組織全てを言葉通りに解体したよな。未練だねえ本当に。いや執念かね。妄執ともいうかな。」
「ぎぎぎ・・。」
「それに気づいているのか。」
「な、に。」
「散り散りになっても戻ってないよな。」
言われて気づいた。
「ぐくきぎっ」
「何故にどうして。て、所かね。simple is bestてな。」
なぜか流暢な。
「周辺に展開された結界が世界にとっての異物を修正する作用を強化する。そういう効果を付与させてあるらしい。この場合の異物とは事象の狭間に与する存在に対応するようにしたんだと。そうお前のような不完全な存在だ。後数分程度で消滅する。」
「ききき。」
「さて、助かる方法を此処に提示するが選択権は君に預けよう。強制はしない自由に選んでくれ。」
出した紙に書き記されていたのは2つ。
一つ。無抵抗のままに何も話さず何もせず完全消滅。
一つ。自身の全てを話し、身の安全を保証してもらう。
「さて選べ。もちろん、別の選択を提示するなら構わんよ。俺は関係なく聞くだけは聞いてやる。」
「なら後悔しろ。貴様を呪い尽くし全てに後悔しろおおお。」
「そうか。答えが陳腐なら存在も陳腐にならざるおえないな。」
その者の視界には理解できない現象が溢れだしていた。トーリの体が虚ろに霞むと背後からぬったりした表面をもち細長く歪んでいるようで直線の感覚が世界を歪めるように現象として顕現した。
そこから枝分かれするように延びる。
「き、きひひ。きはひひひひ。そうか。ああ。やはりそういうカラクリか。」
その言葉を最後に闇波のキセルは意識と存在を世界から引き剥がされ貪り食い潰されていった。
「で貴方は。と言ってもいいですか。それとも、貴様かお前か下等風情が。とか言った方がいいかね。不服だと言い方を変える。なんてね。」
闇波のキセルの反対側。体育館の屋根を見る。
「・・・・」
「なあ。無視は酷いな。何か言ってくれないと虚しいぞ。」
「・・・・・」
「うん。貫くなら返して貰えないかな。じゃないと。俺にとっての面白い結果になるぞ。」
無言は貫くが陰は動き一点を指し示す。
「そうか。なら今回は見逃してやる。」
気配は屋根から消えて遠方へと去っていく。
「なんて有り得ないだろ。」
なんのモーションもなく去っていった気配へ向けて残りカスを手元に引き寄せ頭部へ直撃するように細工して投げ放つ。
「お、目論見通り。当たったか。これで誤魔化しが効くかな絶対。多分。少しは。て悩んでいても意味ないな。向かうか。」
その場を後にして指し示された場所へと足を向ける。
その場所は軽く懐かしさを感じる場所。
春頃に相談を受けたあの祠である。
あいも変わらず吐き気がするほどの清浄さである。
いやそれ以上かもしれないだろう。
断絶空間の範囲は敷地を含めた周囲数キロへ渡って展開させていたがこの林も当然含まれていたのだが。
「なんだこれは。」
祠を中心とした範囲に死屍累々が転がり一人の脈を確認するが。
「なんとか生きている状態か。」
だが危険な状態であろうことは確認する前から判っていた。
脈拍も弱い。
「そういえば、血溜まりはあっても本体がなかったな。キセルが喰らい尽くしたと思ってたけど、違ったか。はあ。でだ、誰かどういう状況でこの惨劇めいた惨状を説明してくれないかね。」
周囲に向かって云い放つが。
「返答無し。な。て事は意識がある者は皆無か。」
取り敢えず運ぶには危険と判断して延命処置を全員に施す。
辺りの気配を探るが倒れている人達以外の気配を感じることが出来ない。距離が在るからか、それとも。
「これは安全だと考えて配置しなかったのか。一人くらいは。お」
地面が揺れる。
揺れてる。確実に。足下から伝わる感覚は現実だと物語る。
だがその揺れが現実なものだとは思えなかった。
目の前にある社がこの揺れに対して僅かな動きもなかったのだ。
「面白い。でも面白いだけで終るよな。」
「はっ。下らねえ挑発のつもりかよ。人なる外の常よ。」
「誰かね。対応が速いからあの存在とは別口の組織かな。」
「ご明察。と宣うべきかな。」
「べっつに。どうでも良いぞ。んで。何の権限でこの場を支配しようとしている。」
「そこまで理解してるなら話が速い。此方を」
「お。」
「この御方に関する全てを私に譲渡して頂きたい。」
「え。本当か。そうかそうか。んじゃあ権限全部譲渡する。あ、そうだ。んん。我。片倉トーリの名において。神たる方に関する総てをそなたに委譲する。」
光が放たれ手元に捕まっていた存在が声を発する。
「それじゃ、もう帰ってくんね。邪魔だから。ん。どうした。」
トーリが譲った存在を強く握りしめ、笑う。
「はあー。こうも巧く行くとは思ってもみなかった。さて試してみようか。な。」
内在する力をその存在に付与すると、張っていた空間に悲鳴が現れる。
「おお、お。力の加減をしてもらえたら。」
「くくが。確かにこの存在の所有権は貰った。そして確認も。」
「そうかい。じゃあさ。早く帰ってくんね。邪魔だし。」
「あぁ。気分が優れている。今日は見逃そう。では。」
存在の端を持ち、円を描いて大穴を開くとその中へと消えていった。
「おうう。使いこなしてるねぇ。はあ、これで肩の荷が一つ落とせた。」
穴が閉じることを見守り、処置を施した人達を安全な場所に移動させ祠の奥へと向かう。
祠の奥には霞む路が続いている。
現実ではなく幻の類いだが。
迷うことなくその道へと踏みいる。
「お、おお、お。これは良いものを付加してるな。何をどう配置したら向上するかを熟知している。むむ。今度会ってみたいな。」
呑気に先が見えない道をすすむ。
感覚的に数千年を要したろうか。
常人なれば。いやどの様な存在だろうと永遠という感覚は自我を十分に狂わせるに値する。
その中であっても例外なくトーリも疲弊した自我を崩壊させた。
目的を見失い自身が何者であるかも失していた。
その口からだすものに言葉という概念はなく音とした不愉快ななにか。
そうしてたどり着いた場所に彼女が眠り姫よろしく花に埋もれた棺に納められ息をせず。しかし鼓動は確実にしていた。
棺を見るとトーリだった何かは渇いた音を発して側によると崩れ落ち、頬を伝う涙に疑問を持つことなく永遠という時間の中で崩壊した自我の一部にこびりついた思考の意味を理解した。
或いは笑顔を向ける者。或いは頬を膨らませ抗議する者。或いは涙を流して何かを言っている者。或いは憤怒を通り越した何かになろうとしていた者。或いは慈しむような仕草を見せる者。或いは環の中で振り撒くように楽しむ者。
でもその全ては同じだった。
ああ。そうか。と理解した。そうだったのか。と理解した。
流していた涙を停めると立ち上がり彼女の頬を優しく。触れると小さく叩く。
その目にはこれまで有り得ないだろ慈しみの感情が籠っていた。
「なんて有り得ないよな。おら。起きろよこの糞虫。」
と同時にその頬に強烈な叩きを見舞った。
当然。「ひ、ひぎゃああぁ。」という絶叫と共に棺を破壊させられながら遠方へと叩き飛ばされる。
多転し岩に当たるとめり込み止まった。
「さて申し開きあるなら聞くがどうする。ん。どうするよ。なあ。どういう言い訳するのかな。なあ。少しは納得できる言い訳を用意してるのかなねえ。もし腹を抱えるような事を聞かせたら。どうするかな。」
噎せるがなんとか起き上がりながら埃を叩き落とす。
「う、うん。ごめんなさい。」
「ほう。聞こうか。」
「え、えとね。少し前に。ね。持ちかけられたの。えと可笑しな仮面を着けた不審者が現れたの。」
「ほほうっ。不審者ね。」
「そ、それでね。どうしてか私の身辺を知っていたのそれも詳細に。」
「ふうん。んで」
「うん。それでトーリ君の気持ちを私に振り向かせる方法とかいって教えて貰ったの。」
「ほっほう。それで一ついいか。」
「う、うん。」
「簡単だ。悩んだか。」
「え。ううん。直ぐに用意して私に賛同してくれた人達の尽力で計画は決まったよ。」
「ほ、ほほう。そ、うか。んで、それから。その不審者とは会ったのか。」
「いえ。あれ以来会ってないわ。」
「そうか。なら。」
「ごめんなさい。」
「どうして謝る。」
「えとね」
しどろもどろとしながら不安な目線を上目使いで向けてくる。
「その、神様を手放して。」
「あ、カミ。んん。何だっけ。」
「え、えと。あの遣いである人達の殆どをいなした長蛇よ。」
「長打てそんな飛ばした記憶はないんだが。」
「えと、そっちじゃなくて。あの、大きく長く。」
「ん。ああ。蛇の事か。なら心配ないぞ」
「私のせいで手放し。て、え。どういう。」
ズンッという音を響かせながら現れたのは淡い色を湛えた長大にして巨大な存在。
「なにを云うかと思えばそんな下らないことを言っているのか。」
「そんな。どうして。譲渡したんじゃ。」
「ああ。したよ。」
「でもなんで。」
「さあ。何処にも居場所が無かったから身限ったんじゃね。それか満足して後を濁さないようにして戻ってきたんだろ、なあ蛇」
「ムキシャー」
「お、成長したか。」
「な、何を、言って。え」
戦慄した。
「まさか、が。」
「うん。少し嗣ぐんでくれると嬉しいかな。」
理解して頷いた。
「そんじゃ辻褄を合わせるから。蛇。」
一鳴きの後には視界を閉ざされ意識が遠退いていった。
「まったくもって面白くないな。なあ。萌香に下手な入れ知恵を吹き込んだのは誰だと思うよ」
困るような返答をして蛇はトグロを巻いてトーリの腕に飛び付いて黙る。
「へえ、知っていて我関せず。かよ。まあ今は詮索しても処理後だし止めとこ。」
気絶させた萌香を抱えて祠まで運ぶと安全な場所へ移動させた人達を残さず全て蛇の腹に下しその場で空間を崩壊させた。
時空が歪み世界に戻ると萌香が倒れその側では襲おうとしていた者達を蛇が腹に食らっている図式が構築されていた。
「ああ。こうなるのか。はは。は。」
笑いは渇き。枯渇するように涙は流せなかった。




