てふてふ
雨の日って動きたくない。
だけど、近くのスーパーに行こうと思ったのは、ほんの気まぐれ。近くだから歩いていこう。なんて、自転車の鍵を置いて、代わりに傘を持った。
トイレットペーパーやらジュースやら、やっぱり自転車にすればよかった。なんて後悔しながらの帰り道。
それを見つけた。
「んん?」
最初はゴミかと思った。だけど、よくよく見ればそれは黒揚羽。
蝶々だ。
「えー?」
蝶ってのは、雨の日は大抵葉の裏とかにいるもんじゃないのか。だけど、その蝶は道のど真ん中で雨に濡れていた。
「おいおい……何考えてんだこの蝶は…」
虫って苦手だし、もう死んでるかな。なんて放ってこうとした。だけど、風に揺れてか自分で動かしてなのか、羽は動いている。
「………あ~」
気になる。
このまま放っておいたら、車に轢かれてバラバラになるだろう。この道はよく通るし、まあ、気まぐれだ。気まぐれ。
そーっと蝶の羽を摘まんで、雨に当たらない場所を探す。適当な場所が無かったので、他所様の塀にある排水の為の入口を見つけた。雨の日なのに水も流れてないみたいだからとそこに置けば、僅かな動きを見せる蝶。
「まあ、これで一応は大丈夫かな?」
ズボンで指についたりんぷんを拭い、買い物袋を持ちなおしてそのまま帰路に着いた。
◇◇◇◇
「あっちィー」
梅雨のこの時期は湿気が高く、鬱陶しい。
夜になって雨は止んだが、ジメジメした空気は苛立ちしか湧かない。
ピンポーン…
「こんな時間に誰だよ……」
玄関ののぞき窓から見れば、外に立つのはどうもその筋の方に見える男。
「……」
隣の部屋か下の階の人だろうか?静かに暮らしてたんだが。と、思いながら無視しようとすれば、また鳴らされるインターホン。
無視する方が怖いかもなあ。と、仕方なしに開ける。
「……何ですか?ひッ!」
扉を開けた途端に手を掴まれ、思わず悲鳴が漏れた。
「なっ、え?ちょ、だ、誰ですか!」
「アンタに恩返ししにきた」
「はあ?!」
黒いスーツを身にまとった強面のお兄さんを助けた覚えはない。
「ひ、人違いです!」
「いいや、アンタで間違いねえ。俺のりんぷんがついてる筈だ」
「りんぷん?」
何を言っているのかこの人は。
「放してくださいッ、警察呼びますよ!」
「ケイサツ?何だそれは?」
「何って……」
騒いでいれば、いつの間にか中に入り込んでいる男。
やばい。早く追い出そう。
「あの、いつどこで会いました?」
「今日、道で」
アバウトすぎる。
「私何かしました?」
「俺の命を救ってくれた」
チャカからですか?ドスからですか?いずれにせよ、覚えがありません。
「……あの、すいません。どこの人ですか?」
「おっと、そうだな。自己紹介が先だな」
扉を開けはなし、男は一歩後退する。
おい、虫が入る。虫が。なんて思っていれば、目の前の光景に思考がストップした。
いかにもな方の背から、黒い蝶の羽が出てきたのだ。
「…は?」
「俺の名はクロアゲ。お前に救われたこの命、燃え尽きるまで、お前に尽くそう」
鶴ならぬ蝶の恩返し…?
「何かして欲しいことはないか?」なんて聞かれ、真っ先に「羽をしまえ」と言った彼女の判断は間違っていない。
(大きくなった分、りんぷんがすごい)
登場人物
【女性】
その時その時で行動を決めるタイプ。
聖人というほどの善人ではないが、大抵の事をハッキリ拒否できないお人好し。
【クロアゲ】
元は黒揚羽。
雨の日に濡れて死にそうだったところを助けてもらい、恩返しを決意。
見た目がアレなのは、元々がこういった性格を見た目に表した結果。