第1話 つるべ落としの桶子-5
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内容自体はそちらの転載となっておりますので、よければそちらからも一読ください。
月明かりが霧の間から漏れ、枝葉の影が僕らを覆っていく。心なしか、霧が徐々に晴れてきているようだ。
目の前の子どもは、額に三角形の白い布を結びつけており、衣服もまた白い着物を着ていた。つまり、この子は死装束を着ているのだ。それだけでも奇怪であるのに、さらにこの子は、自分よりも大きい桶の中に入っていた。この子の姿は異質で、自分と同じ、生きている人間だとはとても思えない。
子供はさきほどからじっと僕の目を見据えている。てっきり大きな顔が、それも黒い髭を蓄えたおっさんが降ってくるものだと思っていたのだが、まさかこんな子供だとは思ってもいなかった。もっとも、その恰好からして、ただの子供でないことは明らかだ。
姿を変えて、僕を油断させているのかもしれない。
それでも、いくらか落ち着きを取り戻すことができた僕は、まずはその子に話しかけることにした。
「君は幽霊なの?」
その子は一瞬、目を見開いてから、首をぶんぶん振った。肩までの髪が波打っている。多分、女の子なんだろう。
「じゃあ生きているんだね」
そう言うと女の子はうつむいて、また首を振った。
「死んでる…の?」
無意識に体がこわばっていくのを感じながら、僕は尋ねた。
女の子は悲しそうな顔をした。その表情が、なんだか僕の胸を痛くする。
そうして、しばらくなにかを我慢するように口をつぐんでいたが、やがてその口を開いて、
「気がついたら死んでた」
と、答えた。
死んでいるのに、幽霊ではないというのなら、彼女はきっと……。
「もしかして、君がつるべ落とし?」
そう訊くと、女の子――つるべ落としはゆっくりと頷いた。
やっぱりそうなのか。
「君のその姿は、偽物だったりするのかな」
女の子は首を振った。
つるべ落としの噂と、話が違う。僕をだまそうとしている?
「なんで木の上にいたの?」
彼女は捕まっていた枝を見上げてから答える。
「寝てたから」
「え?」
「寝てたら、急に変な音が聞こえてきて、びっくりした」
変な音、というのは、スマホの着信音のことだろう。そこまで大きな音ではなかったと思うが、つるべ落としの彼女には聞きなれない音がして驚いたのかも知れない。